三月十四日。
ナザリックは朝から妙に静かだった。
静かすぎる。
それは嵐の前触れだと、アインズはもう学習している。
執務室でアインズは、机上の小箱の山を見下ろしていた。
白い箱。白い包み。白いリボン。白い封蝋。
(……白で統一しすぎだろ)
誰が統一したのか。
答えは見なくてもわかる。
(デミと……パンドラ)
胃のない腹のあたりが、じわりと痛む気がした。
コン、コン。
「アインズ様、失礼いたします」
入ってきたのはセバスだった。いつも通り落ち着いている。癒し。
「準備は整ったか」
「はい。返礼の品は全て揃っております。
また、デミウルゴス殿より“授受作法”の最終確認が届いております」
「届かなくていい!!」
セバスは淡々と続ける。
「距離、順番、礼、受領後の一歩下がり――などが記載されております」
(作法が増えすぎだろ……)
「……守護者たちは?」
「玉座の間に集合しております。
全員、整列しております」
「整列……?」
(嫌な予感しかしない)
玉座の間。
アインズが入った瞬間、守護者たちが一斉に跪いた。
「「「アインズ様!!」」」
その声は、完全に式典だった。
(ホワイトデーって式典じゃないんだが)
玉座の前には、床に白い線が引かれている。
距離の線だ。誰の仕業か。
アインズが視線を泳がせると、コキュートスが深々と一礼した。
「アインズ様。接近距離ノ基準線ヲ設置致シマシタ。
衝突回避ノ為デス」
「衝突回避……?」
(誰と誰が衝突する前提なんだよ)
アルベドとシャルティアが、にこやかに並んでいる。
並んでいるが、目が笑っていない。
シャルティアが柔らかい声で言う。
「まあまあ……線まで引かはるなんて。
誰が“飛び込む”いう前提なんどす?」
アルベドも静かに微笑む。
「飛び込む方がいるのなら、止める必要がありますね」
(すでに衝突前提だよ!!)
デミウルゴスが一歩前に出た。
「アインズ様。
本日は“平等返礼”を滞りなく執行――失礼、進行いたします」
「執行って言ったな今」
「言い間違いです」
(言い間違いで済むか)
デミウルゴスは、手元の紙を見た。
「返礼係数は1.0。全員同一の品。
順番は、階層守護者の序列――」
「待て」
アインズは即座に止めた。
「序列で渡すと面倒が起きる」
デミウルゴスは穏やかに頷く。
「ゆえに、問題が起きぬよう序列で渡します」
「逆だ!!」
(こいつ、俺の話を聞け)
シャルティアがにっこり笑う。
「序列で渡しはるんどすか。
ほな、アルベドは最初やろうし……わたくしはその次どすなぁ」
アルベドもにっこり笑う。
「当然です」
(当然じゃない!!)
アインズは頭を抱えた。
(どうする……。
全員同じ品を渡す。
順番は……適当に……いや、それも火種だ。
なら、まとめて配る? それも“誰が最初に受け取ったか”で揉める……)
アインズが黙った瞬間、パンドラズ・アクターが一歩前へ出た。
「アインズ様! 提案がございます!」
「提案するな!!」
「“全員同時受領”です!」
「……どうやって」
「箱を同じタイミングで掲げ、同時に一歩前へ――」
「行進かよ!」
デミウルゴスが頷いた。
「優れた案です。
同時性は不公平感を軽減します」
(お前ら、ホワイトデーを軍事パレードにするな)
コキュートスが一礼。
「同時受領ハ安全デス。
ただし、足並ミガ乱レルト衝突スル恐レガ――」
「やめろ!」
結局、こうなった。
守護者たちは白い線の後ろに整列し、
アインズは玉座の前に立つ。
白い箱を配る使用人が、左右に控える。
(俺が配るんじゃないのかって?
……俺が配ったら“手渡し”の情報量が多すぎて死ぬ)
アインズは必死に冷静を装い、言った。
「よし。……全員同時に受け取れ」
「「「はい!!」」」
使用人が一斉に箱を差し出し、
守護者たちが一斉に受け取る。
そして――一斉に一歩下がる。
(ほんとに行進だよ!!)
その瞬間、事件が起きた。
アルベドが、わずかに箱を見下ろした。
「……?」
シャルティアも、わずかに箱を見下ろした。
「……?」
二人が同時に、顔を上げる。
アルベドが静かに言った。
「シャルティア。あなたの箱……」
シャルティアも静かに言った。
「アルベド。あなたの箱……」
「「……少し、大きくありません?」」
(終わった)
アインズは即座に叫んだ。
「同じだ!! 全部同じだ!!」
デミウルゴスが素早く補足する。
「外形寸法は同一です。
ただし、リボンの結び目の厚みが――」
「補足するな!!」
パンドラズ・アクターが、うっとりした声で言う。
「結び目は芸術です。
同じ結び目は存在しません」
「存在しなくていい!!」
アルベドの瞳が、宝石のように光った。
「……同じではない、と」
シャルティアもにこりと笑った。
「まあまあ……“同じではない”んどすなぁ」
(やめろォ!!)
ここから先は、地獄だった。
「アインズ様。確認いたします」
アルベドが一歩前に出ようとした。
「線の外に出るな!」
コキュートスが即座に一礼。
「アルベド殿、接近距離ヲ遵守願イマス」
アルベドがゆっくりと笑う。
「……コキュートス。あなたは誰の味方?」
「アインズ様ノ安全ノ味方デス」
(コキュ、最高)
シャルティアが、柔らかく言った。
「まあまあ……アルベド。
焦らんでもよろし。
“中身”を見てから騒いでも遅うありまへんえ?」
「そうね。中身を見ましょう」
(見ないでくれ!!)
「開封は同時に行います」
デミウルゴスが宣言した。
「宣言するな」
守護者たちが一斉に箱を開ける。
中身は――白い菓子。
(よし。普通だ。普通のマシュマロみたいなやつ。
……デミの資料どおりだが、普通の範囲だ。
これなら――)
アルベドが、息を呑んだ。
「……紙」
「紙?」
シャルティアが覗き込む。
「まあ……カードが入ってはる」
(カード?)
アインズは知らない。
(聞いてない!)
デミウルゴスが爽やかに言った。
「返礼には“言葉”が必要です。
聖ホワイト司祭も――」
「聖ホワイトを出すな!!」
だがもう遅い。
アルベドはカードを読み上げた。
「『日頃の忠誠に感謝する』」
シャルティアも読み上げた。
「『日頃の忠誠に感謝する』」
「……同じ」
二人が同時に顔を上げる。
「……同じですね」
(よし……同じなら……)
デミウルゴスが、最後の一撃を放った。
「ただし、宛名が違います」
(やめろおおお!!)
アルベドのカードには、確かに宛名がある。
『アルベドへ』
シャルティアのカードにも宛名がある。
『シャルティアへ』
……それだけだ。
それだけなのに。
アルベドの頬が赤く染まり、
シャルティアの目が細くなる。
「まあ……“名前”を書いてくれはったんどすなぁ」
「当然です。私は妻ですから」
「妻……? どこの話どす?」
(始まる!!)
アインズは必死に咳払いをした。
「よし! これで終わりだ!
解散! 以上!」
「アインズ様」
デミウルゴスが即座に言う。
「まだです」
「まだ何がある!!」
デミウルゴスは紙を見た。
「返礼係数1.0は“標準”です。
“特別枠”について――」
「あるわけないだろ!!」
アルベドが微笑む。
「特別枠……?」
シャルティアも微笑む。
「まあまあ……“特別枠”て」
(言うなデミ!!)
だがデミウルゴスは、爽やかに頷いた。
「はい。特別枠は存在しません」
(よし!!)
「ですが」
(やめろォ!!)
「“例外”は存在します」
(終わった)
「例外?」
アインズが絞り出すと、デミウルゴスは当然のように言った。
「セバスです。ツアレに返礼をするため」
「お前が言うな!!」
セバスが静かに前へ出て、一礼した。
「申し訳ございません。
これは、私個人の――」
「謝るな! それはいいんだ!」
だが、アルベドの目が輝いた。
「個人の特別……」
シャルティアも柔らかく笑う。
「まあ……あるんや」
(あるけど! そこじゃない!)
その瞬間。
アルベドが突然、ひざまずいた。
「アインズ様。
私にも“個人の特別”をください」
「やめろ!!」
シャルティアが同時にひざまずく。
「わたくしにも、個人の特別を。
平等は大事どすけど、特別はもっと大事どす」
「お前もか!!」
アウラが小声で言う。
「え、特別ってなに……?」
マーレも不安そうに言う。
「こ、こわい……」
(子どもを巻き込むな!)
コキュートスが深々と一礼する。
「アインズ様。
衝突回避ノ為、線ノ内側ニハ入ラナイデクダサイ」
「今はそれどころじゃない!」
アインズは必死に叫んだ。
「特別はない!!
今日はこれで終わり!!
ホワイトデーは……終わりだ!!」
その言葉で、玉座の間は静まり返った。
……静まり返ったが。
デミウルゴスが、ぽつりと呟いた。
「……聖ホワイト司祭は、甘いものを食べすぎると歯が悪くなると諫言し――」
「言うな!!」
だが守護者たちは、そこだけ聞いた。
アルベドが真剣な顔で言う。
「……では、来年は甘くない返礼を」
シャルティアが頷く。
「まあまあ……塩味の効いた白い菓子、とかどすなぁ」
(やめろ! 来年の話をするな!)
その瞬間、アインズの脳裏に“鮭”がよぎった。
(やめろ……繋がる……!)
無いはずの胃が痛む思いで、アインズは天井を仰いだ。
「……次の季節イベント……怖い」
返事はない。
だが、どこかでデミウルゴスが微笑んでいる気配だけは、確かにあった。