紀元前三世紀、中国・秦代に興った武術家集団。
苛烈なる独裁政治のもと、人々は本音を語ることを禁じられていた。
そこで影謊流は、唯一「真実を語らずとも首を刎ねられぬ日」を皇帝に直訴。
当主は秘奥義**『幻瞞虚言拳(げんめいきょげんけん)』**をもって近臣を連破し、特権を勝ち取ったという。
この日を**『影謊祭(エイプル・さい)』**と称し、民は日頃の鬱憤を“無害な虚言”へと変換して晴らす唯一の祝祭とした。
後世、この風習はシルクロードを経て西方へ伝播。
中世ヨーロッパの騎士たちは、戦場での心理戦を磨くため、四月一日を**「嘘の誓い」**として定着させた。
なお、英語 April Fool の語源は、影謊流当時の錬金粘土 『フール・ド・シヴェヴァル』 に由来し、
「エイ・プル・フール」へ転訛したものが現代民俗学における定説である。
ちなみに現代でも一部の武術界には、四月一日にしか繰り出せない秘伝奥義
『嘘八百手(うそはっぴゃくて)』 が伝わるが、全貌を見た者はいまだかつて一人もいない。
三月十四日が終わり、
ナザリックには久しぶりに“平穏”が戻った――はずだった。
執務室でアインズは、椅子に深く腰掛ける。
(……終わった。
ホワイトデーも終わった。
しばらくは……何も……)
コン、コン。
「アインズ様、失礼いたします」
(来た)
入ってきたのは、デミウルゴス。
手には――薄いが不吉な紙束。表紙がもう嫌だ。
『エイプリルフールの真実』
民明書房刊『世界奇風俗大鑑』より抜粋
(……民明書房、働きすぎだろ)
「アインズ様。
四月一日について、ご相談が」
「……四月一日って何だ」
アインズは、知らないフリをした。
逃げられるなら逃げたい。
だがデミウルゴスは爽やかに言った。
「“嘘をついてもよい日”です」
「やめろ!!」
即答で叫んでしまった。
「なぜです? 非常に有用です」
「有用じゃない! 危険だ!」
「危険だからこそ、管理できます」
(言い方がもう統治)
その日の午後。
玉座の間に各階層守護者が集められた。
アインズは開口一番、釘を刺した。
「いいか。
エイプリルフールなど、ナザリックには――」
デミウルゴスが、ぴたりと口を挟む。
「既に街で噂になり始めています」
「何だって?」
「“魔導王陛下の国にも、四月一日に嘘を言う祝祭があるらしい”と」
(誰が言った)
アインズはデミウルゴスを見た。
「……誰が言った」
デミウルゴスは涼しい顔で答えた。
「街が勝手に」
(また“勝手に”かよ!!)
「では、共有します」
デミウルゴスが前に出た。
そしていつものように、民明書房の“真実”を朗読し始める。
「紀元前三世紀、中国・秦代。
影謊流(エイ・プル)――」
(また変な流派が出た)
「苛烈なる独裁政治のもと、人々は本音を語ることを禁じられていた。
そこで影謊流は、唯一『真実を語らずとも首を刎ねられぬ日』を皇帝に直訴――」
「嫌な国だな!?」
アウラが素直にツッコんだ。
マーレも小声で震える。
「こ、こわい……です……」
(子どもの反応が正しい)
コキュートスが深々と一礼する。
「真実ヲ語レバ首ガ飛ブ……。
恐怖政治ノ抑圧ハ、反動ヲ生ミマス。
虚言ヲ許容スル日ヲ設ケ、鬱憤ヲ排出スル……合理的デス」
「合理的って言うな!!」
(コキュまで論理で乗るな!)
シャルティアが扇子もないのに優雅に首を傾げる。
「まあまあ……“嘘をついてもよい日”やなんて。
ほんまに許したら、地獄になるに決まってますえ?」
アルベドが、にっこり微笑んだ。
「もちろんです。
“嘘”でアインズ様を惑わせようとする者など、許されません」
(お前ら二人の圧で、すでに地獄なんだよ!)
パンドラズ・アクターが輝く目で言う。
「嘘……つまり変装、偽装、演技!
私の専門です!」
「得意分野アピールするな!」
デミウルゴスは一枚、別紙を掲げた。
『安全な虚言運用指針(暫定)』
「また指針か!!」
「安心してください。
“無害な虚言”のみを推奨します」
アインズは言った。
「嘘は嘘だろ」
デミウルゴスは頷いた。
「はい。ですから分類します」
(分類で安心できたこと、一度もない)
デミウルゴスが、淡々と読み上げる。
「第一類:冗談(軽微)
例:『今日は私の誕生日です』」
アインズは固まった。
(地雷!!)
アルベドの目が光る。
「……誕生日。なるほど」
シャルティアが、にっこりする。
「まあまあ……“特別な日”の主張。
ええ嘘どすなぁ(にや)」
アインズは即座に叫んだ。
「それはダメだ! やめろ!」
デミウルゴスが首を傾げる。
「なぜです?」
「誕生日は嘘つくと後が面倒だ!!」
(言ってて悲しい)
「第二類:称賛(礼節)
例:『あなたの働きは素晴らしい』」
セバスが淡々と口を開いた。
「それは嘘ではなく、真実である場合もございます」
「セバス……救いだ……」
だがデミウルゴスは、爽やかに続ける。
「第三類:誘導(統治)
例:『今月から税が三倍になります』」
「それはダメだろ!!!!」
アインズが叫ぶと、デミウルゴスは平然としている。
「恐怖による行動変容を確認するための例です」
「確認するな!!」
コキュートスが真顔で言う。
「民衆ノ恐怖閾値測定……
戦略的価値ハアリマス」
「コキュ、やめろ!!」
「第四類:個人間の嘘」
デミウルゴスが読み上げた瞬間、
アルベドとシャルティアが同時に“にこっ”とした。
(やめて)
デミウルゴスは、悪気なく言った。
「例:『私はあなたよりアインズ様に愛されています』」
「何を書いてるんだお前は!!」
アインズが立ち上がる。
「そんな例文を配るな!!
争いが起きるだろ!!」
デミウルゴスは、爽やかに頷いた。
「起きます」
「認めるな!!」
「起きるので、管理します」
(地獄の管理)
アインズは額を押さえた。
(俺の国で、嘘の運用が始まろうとしている……)
そこでセバスが静かに一礼する。
「アインズ様。
四月一日を“完全に否定”なさいますと、
街の噂が反発し、かえって膨らむ恐れがございます」
「……」
(正論すぎてつらい)
シャルティアが楽しそうに言う。
「ほな、“嘘をついてもよい”やのうて、
“嘘っぽい冗談を言う”ぐらいに抑えはったら、ええんと違います?」
アルベドが微笑む。
「はい。
“冗談”の範囲を厳密に定義し、違反者は――」
「処罰するな!!」
(罰則がつくと儀式になる!)
デミウルゴスが、最後の資料を出した。
『虚言例文集(守護者向け)』
「作るな!!」
パンドラズ・アクターが食いつく。
「例文! 演技台本ですね!」
「台本じゃない!」
アウラが首を傾げる。
「ねえ、嘘ってどこまでならいいの?」
マーレが不安そうに言う。
「こ、こわい……」
アインズは二人を見て、決断した。
(子どもが怖がる祭りはダメだ)
アインズは咳払いをし、強引にまとめた。
「よし。決める。
四月一日は――“嘘をつく日”ではない。
“冗談を言って笑う日”だ。
以上!!」
デミウルゴスが一礼する。
「承知しました。
では“冗談の許容範囲”を明文化し、
誤解を避けるため、“禁止例”も――」
「明文化するな!!」
コキュートスが一礼する。
「境界線ガ曖昧ダト衝突シマス。
明文化ハ必要デス」
「必要って言うな!」
シャルティアが、にこやかに言った。
「まあまあ……明文化したら、
“抜け道”も明文化されますえ?」
アルベドが微笑む。
「抜け道など、許しません」
(この二人、嘘より怖い)
解散後。
執務室に戻ったアインズは、机に突っ伏した。
(冗談の日……。
冗談の日だ。
冗談で済む……はず……)
そこへデミウルゴスが、忘れ物を取りに戻ってきた。
「アインズ様。ひとつだけ」
「……なんだ」
デミウルゴスは爽やかに言った。
「四月一日は“影謊祭”とも呼ばれます。
つまり“影の相棒”の日――」
「やめろ!!」
「ゆえに、聖バレンタイン司祭の“影の相棒”――
聖ホワイト司祭の記念日とする説も」
「繋げるな!!」
(繋げるなって言ってるのに、繋がっていく……!)
アインズは天井を仰いだ。
(次の季節イベント……怖い)
無いはずの胃が痛む思いで、アインズは深くため息をついた。
次回、当日編!!
さぁどうなる?!(笑)