四月一日。
アインズは朝から嫌な予感しかしなかった。
ナザリックの空気が、妙に“整って”いる。
(整ってるってことは……誰かが、整えた)
コン、コン。
「アインズ様、失礼いたします」
入ってきたのはセバス。
その手には――白い封筒。
(白い。嫌な予感)
「デミウルゴス殿より、本日の“冗談規約”が」
「規約って言うなああああ!!」
アインズは叫び、そして悟った。
(……止められない。もう走ってる)
玉座の間。
守護者たちが整列していた。
また整列だ。いつものことになりつつあるのが一番怖い。
デミウルゴスが前に出る。
「諸君。
本日は“冗談で笑う日”――エイプリルフールです」
アインズは慌てて補足する。
「嘘をつく日じゃないからな!
冗談を言って、笑う日だ!」
デミウルゴスが頷く。
「承知しております。
ゆえに“冗談の安全運用”を行います」
(最悪の単語が並んだ)
デミウルゴスは紙を掲げた。
『冗談規約(第1版)』
――監修:デミウルゴス
「監修するな!!」
「第一条。冗談は“無害”であること」
セバスが小さく頷いた。癒し。
「第二条。冗談は“相手の尊厳”を損なわないこと」
アインズも頷く。
(よし。まともだ)
「第三条。冗談は“誤解を招かぬよう”必ず最後に
『これは冗談です』と宣言すること」
「……台無しじゃないか?」
アウラが素直に言った。
マーレも小声で言う。
「……こ、これは……冗談です……」
(子どもが真面目に練習してるの、かわいいけど怖い)
シャルティアが、にこやかに言う。
「まあまあ……最後に“冗談どす”言うたら、
刺した後に包丁見せて“冗談や”言うてるみたいどすなぁ」
「言い方!!」
アルベドは静かに頷く。
「私は賛成です。
冗談であっても、アインズ様に不快を与えるのは許されません」
(お前が一番不快を与えそうなんだが)
「第四条。禁止例」
デミウルゴスが読み上げた瞬間、空気が硬くなった。
「『税が三倍になります』は禁止」
「当たり前だ!」
「『ホワイトデーの特別枠』は禁止」
「当たり前だ!」
「『鮭の使徒が復活した』は禁止」
「当たり前だ!!
……いやそれ禁止に入ってるの何!?」
デミウルゴスは爽やかに言った。
「既に街で噂が」
「街、勝手に動きすぎだろ!」
「第五条。冗談には“反動”がある」
デミウルゴスが真顔になる。
「無害な冗談は、相手に安心を与えます。
しかし、冗談が冗談として成立しない場合――」
(嫌な前置き)
「相手は“真実”だと受け取り、行動します」
アインズは即座に言った。
「だから嘘は禁止って言ってるだろ!」
デミウルゴスは頷いた。
「ゆえに、行動を誘導する冗談は“統治に有用”――」
「言うな!!」
シャルティアが、楽しそうに言う。
「まあまあ……誘導したらあきまへんえ。
“誘導してないふり”が一番怖いんどす」
(怖いこと言うな!!)
アインズは咳払いし、強引に宣言した。
「よし!
今日は各自、軽い冗談を一つ言って、笑って終わり!
以上!」
デミウルゴスが一礼。
「承知しました。
では“冗談発表会”を開始します」
「発表会って言うな!!」
(もう儀式だよ!)
最初に前へ出たのは、パンドラズ・アクターだった。
「皆様、ご機嫌よう。
では私から――」
パンドラは、胸に手を当て、芝居がかった声で言う。
「本日、私は――“至高の御方”でございます」
玉座の間が凍った。
(おい)
アルベドの目が光る。
「……何と?」
シャルティアがにこりと笑う。
「まあまあ……それは冗談で済むんどすか?」
パンドラは即座に言った。
「これは冗談です!」
(宣言した! 規約守った!)
だが遅い。
アルベドは立ち上がりかけ、コキュートスが一礼した。
「衝突回避ノ為、線ノ内側ニ入ラナイデクダサイ」
「線を引くな!」
パンドラは慌てて続けた。
「本物の至高の御方は、もちろん――アインズ様です!
私はただ、その栄光を模倣し――」
「模倣って言うな!!」
アインズは頭を抱えた。
(こいつ、冗談の選択が最悪だ)
デミウルゴスは感心したように頷く。
「高度です。
“恐怖”と“安心”の落差で笑いを生む。
まさに――影謊流の――」
「影謊流を持ち出すな!!」
次に前へ出たのはアウラだった。
「じゃあ私!
えっと……アインズ様、今日……髪型が変!」
「髪がない!」
アウラは一瞬固まり、顔を赤くした。
「……あっ、あっ、ごめん!
これは冗談です!!」
マーレが小声でフォローした。
「……あ、あいんずさま……かっこいい……です……
こ、これは……冗談じゃない……です……」
(癒し……!!)
アインズは思わず頷いた。
「よし。そういうのでいい」
(本当にそういうのでいいんだよ……)
そして、シャルティアが優雅に前へ出る。
「ほな、わたくしも。
アインズ様……今日は、ちょっと“優しすぎ”ますえ」
アインズは眉をひそめる。
「……それは冗談なのか?」
「もちろん。冗談どす。
ほんまは――」
シャルティアはにっこり笑い、間を置いて言った。
「いつも優しい、んどすえ」
(それ、褒めてるだけじゃねえか)
アルベドが即座に言う。
「それは冗談ではありません。
アインズ様は常に慈悲深いのです」
シャルティアは微笑む。
「まあまあ……ほな、冗談にしときますえ。
“私の方が”アインズ様に愛されてる、とか」
「宣言したな?」
「冗談どす」
(刺すな!!)
アルベドが前へ出る。
空気が重くなる。
「アインズ様。
私は冗談など必要ありません」
(やめろ、真面目が一番怖い)
「ですが、規約ですので言います」
(言うんだ)
アルベドは凛とした声で言った。
「私は今日――“アインズ様の妻ではありません”」
玉座の間が静まり返った。
(やめろおおおお!!)
シャルティアが、目を細める。
「まあまあ……それ、冗談なんどすか?」
アルベドは、にこりと笑う。
「これは冗談です」
(宣言した!)
しかし、シャルティアが軽く拍手した。
「ほな、冗談やったら“反対”も冗談にできますなぁ」
「何を言う」
「“妻ではない”が冗談なら、
“妻である”も冗談にできますえ?」
アルベドの笑顔が固まった。
(やめろ、言葉遊びで戦うな!)
コキュートスが、真顔で前へ出た。
「私ノ冗談ハ簡潔デス」
(頼む、まともであれ)
「アインズ様。
本日ハ……“武具ノ手入レヲサボリマス”」
「それは嘘だろ」
「冗談デス」
「実行するなよ?」
「実行ハ致シマセン。
これは冗談デス」
(コキュの冗談、安心する……)
デミウルゴスが頷いた。
「理想的です。
“起こり得ない事態”を提示し、安心を与える」
(やっと学習したか……?)
そのとき、扉が開いた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、例の報告役の使用人だった。
顔色が悪い。
「アインズ様……街で……」
(嫌だ)
「“魔導王陛下が四月一日に税を三倍にする”と……」
「誰だ!! そんな冗談を言ったのは!!」
デミウルゴスが、爽やかに言った。
「禁止例として、読み上げました」
「読み上げるな!!」
「“禁止”は周知されてこそ意味があります」
(理屈が最悪)
セバスが静かに言う。
「……街の者は“禁止例”の前半だけを覚えたのでは」
「最悪の誤解だ……!」
アインズは叫んだ。
「今すぐ訂正しろ!!
“冗談です”って!!」
デミウルゴスが頷く。
「承知しました。
ただし、訂正が遅れるほど、恐怖は増幅します」
「増幅させるな!!」
その瞬間、アインズは悟った。
(冗談の日は……管理できない。
管理しようとするから、拡散する)
そして、口をついて出た。
「……もういい。
今日の冗談は――終わりだ。
四月一日は、今後“冗談禁止”!!」
「「「……!!」」」
守護者たちがざわつく。
デミウルゴスが、穏やかに言った。
「それでは“反動”が――」
「反動でも何でもいい!!」
シャルティアが、にこやかに言った。
「まあまあ……“冗談禁止”も、冗談みたいな話どすなぁ」
アルベドが微笑む。
「冗談ではありませんね?」
「……」
(誰か助けて)
マーレが小声で言う。
「……あいんずさま……がんばって……」
(癒し……!)
アインズは天井を仰いだ。
(次の季節イベント……怖い)
だが今日は、季節イベント以前に――“一日”が怖かった。
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