アインズ様と民明書房   作:ギアっちょ

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お花見の起源:その戦標の真実
現代ではのどかな春の風物詩として知られる「お花見」だが、その発祥を紐解くと、古代中国から伝わる苛烈な武術修行儀式に突き当たる。

【王花眺(おうかに)】
お花見のルーツは、中国・秦の時代、精鋭部隊「黒風隊(こくふうたい)」に伝わる視力鍛錬法――
**王花眺(おうかに)**であるとされる。

当時の武術家にとって、飛来する矢や暗器を“見切る”力は生死を分ける絶対条件だった。
そこで彼らが目をつけたのが、春に舞い散る無数の桃や桜の花弁である。

修行者は満開の樹下であえて強い酒を飲み、平衡感覚を失わせた状態で、
「地に落ちるまでに、すべての花弁の表裏を判別し、その数を数え切る」
という狂気じみた試練を課されたという。
これが現代の「酒を飲みながら桜を見る」という形式の原型となった。

【散華(さんげ)と武士道】
この風習が日本に伝わったのは平安時代。当初は貴族の遊興であったが、鎌倉期に入ると武士の間で、より実戦的な
**散華眼(さんげがん)**として進化を遂げる。

桜の下で宴が行われたのは、単なる親睦ではない。
舞い散る花弁の揺らぎの中から敵意の気配を察知する――
極限の動体視力と殺気感知を養うための、いわば野外合宿であった。

【現代への変遷】
江戸期、天下泰平の世になると、この命がけの修行から「殺気」は抜け、庶民の娯楽へと変質していった。
しかし今なお日本人が花見の席で「場所取り」に異常な執念を見せるのは、かつての武士たちが
少しでも有利な視界(射線)を確保しようとした本能の残滓に他ならない。

「現代人が桜を見て涙するのは、美への感動ではない。
先祖が花弁一枚を見落としただけで命を落とした、その凄絶な記憶が遺伝子レベルで共鳴しているからである。」
――『東洋死闘術・極意の起源』民明書房刊より抜粋


お花見準備編:第六階層・桜庭園と戦標の席順

四月の半ば。

ナザリックは、久方ぶりに“平穏”の気配を纏っていた。

 

――第六階層。

 

アウラとマーレの住まう森林階層には、広大な自然が広がっている。

その一角に、春だけ現れるように咲き誇る、淡い桜の庭園があった。

 

白く、薄紅に、風に舞う花弁。

木々の間を抜ける柔らかな光。

水場のきらめき。

そして小鳥の囀り――と見せかけて、魔獣の低い呼吸音。

 

(ナザリックだなぁ……)

 

アインズは庭園の入口で足を止め、しみじみと眺めた。

 

「……美しいな」

 

アウラが胸を張った。

 

「でしょ? ここ、私とマーレの自慢!」

 

マーレも小さく頷く。

 

「……きれい……です……」

 

(桜を、ただ桜として見たい。

 今日はそれだけでいい)

 

アインズがそう思った、その瞬間。

 

背後から、聞き慣れた声がした。

 

「アインズ様。失礼いたします」

 

(来た)

 

デミウルゴスだった。

爽やかな笑み。手には――紙束。

 

(紙束の時点でアウト)

 

「第六階層の桜庭園にて、“お花見”を実施する件について、準備が整いました」

 

「準備って言うな!!」

 

アインズは反射で叫び、咳払いで誤魔化した。

 

「……いや。

 まあ、そうだな。

 花を見て、のんびり――」

 

「はい。“戦標の席順”も整えました」

 

「戦標!?」

 

(のんびりの対極!!)

 

その日の夕刻。

第六階層・桜庭園の一角に、臨時の会合場所が設けられた。

 

敷物が敷かれ、白い燭台が並び、妙に豪奢な幕が張られている。

 

(誰だ、この“儀式会場”にしたのは)

 

「私です!」

 

パンドラズ・アクターが誇らしげに言った。

 

「“花見装束”を保存するためにも、背景は重要です!」

 

「保存すな!!」

 

シャルティアが、にこやかに周囲を見回す。

 

「まあまあ……えらい気合いどすなぁ。

 “花を見るだけ”のはずが、もう宴会場やないですか」

 

アルベドが静かに頷く。

 

「当然です。

 アインズ様に相応しい場を用意するのは、妻として――」

 

「妻って言うな!!」

 

(第六階層が、危ない)

 

アウラが慌てて前に出た。

 

「ちょっと待って!

 ここ、私とマーレの庭なんだけど!?

 変なことしないでよね!」

 

デミウルゴスが穏やかに言った。

 

「ご安心ください。

 “変なこと”はしません。

 “必要なこと”だけをします」

 

(その“必要”が一番怖い)

 

「お花見とは何か」

 

デミウルゴスが、開口一番に宣言した。

 

「民明書房によれば――」

 

「出すな!!」

 

アインズが叫ぶより先に、デミは朗読を始めた。

 

「『王花眺(おうかに)』――

 秦代の精鋭部隊“黒風隊”に伝わる視力鍛錬法――」

 

アウラが首を傾げる。

 

「え? 花見って視力鍛えるやつなの?」

 

マーレが不安そうに言う。

 

「……こ、こわい……です……」

 

コキュートスが、深々と一礼。

 

「視界確保ハ戦術デス。

 散華眼ハ動体視力ヲ高メマス」

 

「やめろ! 訓練にするな!」

 

シャルティアが、ふっと笑う。

 

「まあまあ……

 “場所取り”が射線確保、っちゅう話、ありましたなぁ」

 

アルベドが微笑む。

 

「つまり――

 アインズ様の隣の“射線”を確保すればよいのですね?」

 

「よくない!!」

 

(桜庭園が前線基地になる!)

 

アインズは深呼吸し、強引に軌道修正した。

 

「いいか。

 花見は訓練ではない。

 今日は……桜を見て、雰囲気を楽しむだけだ」

 

「雰囲気……」

 

デミウルゴスが考え込む。

 

「なるほど。

 雰囲気の統一が必要ですね」

 

「必要じゃない!」

 

パンドラズ・アクターが輝く。

 

「雰囲気!

 では“花見用の座”の意匠を統一し、記録保存用に――」

 

「保存するな!!」

 

デミウルゴスは、さらりと紙を出した。

 

『第六階層・桜庭園 配置図(暫定)』

 

(配置図……またかよ)

 

「アインズ様の席は中央」

「左右に――」

 

アルベドが微笑む。

 

「当然、右が私ですね」

 

シャルティアも微笑む。

 

「まあまあ……右左の話どすか。

 ほな、わたくしは“前”どすなぁ」

 

「前はない!」

 

「後ろでもええどすえ。

 “背後”は大事どすし」

 

(言い方が不穏すぎる!)

 

アインズは頭を抱えた。

 

「席順はダメだ。

 揉める。

 だから――円だ。円形に座れ。平等に」

 

デミウルゴスが頷く。

 

「円形陣ですね」

 

「陣って言うな!!」

 

コキュートスが一礼する。

 

「円形陣ハ死角ヲ減ラシマス。

 合理的デス」

 

「褒めなくていい!」

 

「場所取りについて」

 

デミウルゴスが次の紙を出す。

 

『場所取り要員(候補)』

 

「要員!? 花見に要員!?

 ……誰を出す気だ」

 

デミウルゴスは真顔で答えた。

 

「下僕の一部を――」

 

「だめだ!

 花を見るために人員を削るな!」

 

(魔導国の“税三倍”より先に、“花見要員”で炎上するわ)

 

セバスが一礼する。

 

「アインズ様。

 場所取りは不要かと。

 第六階層はナザリック内部ですので」

 

「……確かに」

 

(セバス、最強)

 

アウラが胸を張る。

 

「そうだよ! ここ、うちの庭だし!」

 

シャルティアが、にこやかに言う。

 

「まあまあ……でも“最前列”は欲しいどすなぁ」

 

アルベドが微笑む。

 

「“最前列”ではなく、“隣”です」

 

(ほら揉めた)

 

「酒について」

 

デミウルゴスが言った瞬間、アインズは反射で言った。

 

「私は飲めない」

 

「承知しております。

 ゆえに――」

 

(やめろ、その“ゆえに”)

 

「“飲んだふり”の儀礼を」

 

「儀礼!? 花見に儀礼!?」

 

パンドラズ・アクターが輝く。

 

「盃を掲げる所作は絵になります!」

 

「絵にするな!!」

 

シャルティアが笑う。

 

「まあまあ……飲めへんのに盃だけやなんて、

 それ、拷問どすえ?」

 

アルベドが真剣に言う。

 

「アインズ様が飲食できないのであれば、

 “代替の楽しみ”を用意するべきです」

 

(珍しくまとも)

 

「香り袋、楽器、花弁の演出……

 そして何より、アインズ様が心から落ち着ける環境――」

 

「環境、な」

 

(それは欲しい)

 

そこへデミウルゴスが、満面の笑みで言った。

 

「環境整備ならお任せください。

 “散華眼訓練”を取り入れ、皆が静かに花弁を数え――」

 

「入れなくていい!!」

 

(静かに数えるって、余計怖いわ!)

 

会合の終盤。

アインズは、とにかく結論だけ先に叩き込んだ。

 

「よし。決定事項だ」

 

指を折っていく。

 

「一、席順で揉めるな。円だ。

 二、場所取り不要。第六階層は庭だ。

 三、訓練にするな。

 四、民明書房を持ち込むな」

 

デミウルゴスが爽やかに言った。

 

「四、について質問が」

 

「質問するな!!」

 

「民明書房を持ち込まず、内容だけ共有するのは――」

 

「それもダメ!!」

 

(こいつ、逆に天才か?)

 

会合が解散した後。

桜庭園に残ったのは、アインズとアウラ、マーレだけだった。

 

風が吹き、花弁がひらりと落ちる。

 

マーレが小さく言った。

 

「……おはな、きれい……です……」

 

アウラも頷く。

 

「ね。

 こういうの、ただ見てたいだけなんだけどなぁ……」

 

アインズは、静かに答えた。

 

「……そうだな」

 

(願わくば、明日も“ただ見るだけ”で終わりますように)

 

そう思った瞬間――遠くから声がした。

 

「アインズ様!

 “散華眼”の練習用に、花弁を増やしておきました!」

 

デミウルゴスの声だった。

 

「増やすな!!」

 

アインズの叫びが、春の夜に虚しく響いた。

 

無いはずの胃が痛む思いで、アインズは桜を見上げた。

 

(花見当日……怖い)

 

 




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