花見当日。
第六階層・桜庭園は、昨日よりも明らかに“桜が多かった”。
(……増えてる)
桜の木の密度が増したとかではない。
舞い落ちる花弁の量が、常識の範囲を逸脱している。
ひらり、ひらり――ではない。
ざあああああっ、と降っている。
(雪か?)
アインズは庭園の入口で立ち尽くした。
「デミウルゴス……やったな?」
背後から爽やかな声が返ってくる。
「はい。やりました」
「認めるな!!」
デミウルゴスは微笑んだ。
「散華眼訓練――ではなく、“雰囲気”の増強です。
花見の主役は花弁ですので」
(雰囲気を“増強”って言うな!)
庭園中央には、円形に敷かれた座があった。
昨日の決定どおり、席順ではなく“円”のはずだ。
……はずだった。
円の中心に、やたら豪華な座がある。
玉座ほどではないが、ほぼ玉座だ。
桜の彫刻、白い幕、金の縁取り、そして“保存”用の記録装置。
(パンドラ……)
パンドラズ・アクターが誇らしげに言った。
「花見用の座です!
アインズ様を中心に、皆が円形に――」
「中心にするな!!」
デミウルゴスが頷く。
「中心は“統一感”を生みます」
「統一感で胃が痛くなるんだよ!」
守護者たちが集合した。
アルベドは完璧な笑み。
シャルティアもにこやか。
……どちらも目が笑っていない。
アウラが慌てて言った。
「ちょっと!
円形って言ったじゃん!
なんで真ん中にアインズ様の席があるの!」
パンドラが胸を張る。
「円形です!
中心の周りに円が――」
「それ、円形“陣形”!!」
コキュートスが深々と一礼した。
「円形陣ハ死角ヲ減ラシマス。
中心ノ指揮官ヲ守ル配置デス」
「守らなくていい!!
花を見たいだけだ!!」
アインズは、いつもの“強引なまとめ”で進行を始めた。
「よし。
今日は花を見る。
争うな。
座れ。
静かに――」
「アインズ様」
アルベドが一歩前へ。
「中心にお座りください。
私は右に」
「右って言うな!!」
シャルティアも一歩前へ。
「まあまあ……中心の右左いうたら、
“隣”のことどすなぁ」
(始まった)
アインズは即座に言った。
「隣はない。
“等距離”だ。等距離に座れ」
デミウルゴスが頷く。
「等距離配置、承知しました。
では――円周上の角度を均等に」
「角度って言うな!!」
結局、こうなった。
アインズは中心の席に座らされる。
(座らないと始まらない雰囲気になった)
周囲に守護者が円形に座る。
だが、アルベドとシャルティアは明らかに“近い”。
「等距離だって言っただろ」
「等距離です」
アルベドが平然と答えた。
「角度を均等にしました。
距離は“心の距離”の問題です」
「何を言ってるんだ」
シャルティアがにこやかに言う。
「まあまあ……“心の距離”なら、
わたくしはゼロどすえ?」
「ゼロにするな!!」
(円形が崩壊してる)
そこへセバスが、落ち着いた様子で盆を持ってきた。
「アインズ様。
花見の“雰囲気”として、香り袋をご用意いたしました」
「ありがとうセバス……!」
(癒し!まとも!)
だが、デミウルゴスがすかさず言った。
「香り袋は良い。
“嗅覚”は飲食不能を補完します」
(その理屈はまともなのが腹立つ)
続けてパンドラが言った。
「では盃の所作も!」
「やるな!!」
「雰囲気です!」
「雰囲気って便利な言葉だな!!」
盃が配られた。
中身は当然、アインズには関係ない。
(飲めない盃を掲げる王……)
アインズが無言で盃を掲げると、守護者たちが一斉に掲げた。
「「「アインズ様に栄光あれ!!」」」
(式典!!)
アウラが小声で言った。
「ねえ、これ花見だよね……?」
マーレが小声で答えた。
「……おまつり……みたい……」
(そう。お祭りになっちゃった)
そのとき、風が吹いた。
桜吹雪が、どわっと舞い上がる。
美しい――はずだった。
だが、花弁の量が多すぎて、視界が白くなる。
誰がどこにいるか、見えない。
コキュートスが即座に立ち上がった。
「視界ガ悪イ。
安全確保ノ為、布陣ヲ――」
「布陣するな!!」
アルベドが、冷たい声で言った。
「視界が悪いということは、
誰かがアインズ様に近づく可能性があるということ」
シャルティアが、にこやかに言う。
「まあまあ……近づく可能性がある、やなんて。
近づく人がおる前提どすなぁ」
「います」
アルベドの声が低い。
「いますえ」
シャルティアの声も低い。
(やめろ、ホラーになる)
アインズは叫んだ。
「花弁を増やすなって言っただろ!!」
デミウルゴスが爽やかに言った。
「増やしていません。
“風”を調整しただけです」
「調整するな!!」
混乱を止めるため、アインズは立ち上がった。
「よし!
花弁が多すぎる!
少し落ち着け!
デミウルゴス、風を――」
その瞬間、デミウルゴスが嬉しそうに言った。
「承知しました。
では散華眼の初級として、花弁の表裏を――」
「訓練にするな!!」
(言ったそばから訓練にするな!)
アウラが手を挙げた。
「じゃあさ、普通にさ、
桜見ながらおしゃべりしようよ。
ね、マーレ」
マーレが頷く。
「……うん……のんびり……」
(天使か)
アインズも頷いた。
「そうだ。
それが花見だ」
……しかし、ナザリックはナザリックである。
シャルティアが、桜を見上げてぽつりと言った。
「桜は……散るからこそ美しいんどすえ。
散り際は、潔い。
……せやから、儚い恋もまた――」
アルベドが、にこやかに遮る。
「儚い恋など不要です。
アインズ様への愛は永遠です」
「まあまあ……“永遠”いうのも、重いどすなぁ」
「重くありません」
(重い!!)
パンドラが感動したように言う。
「愛も桜も保存です!」
「保存するな!!」
そこへ、またしても報告役の使用人が駆け込んできた。
「アインズ様! 街で……!」
(やめろ、ここ第六階層だぞ。なんで街の話が来る)
「“魔導国の花見は、桜吹雪の中で王を守る軍事儀式”だと……!」
「誰が言った!!」
デミウルゴスが爽やかに答える。
「私ではありません」
(確かに言ってないかもしれない。
でもお前が作った空気だ)
セバスが静かに言った。
「……“陣形”という言葉が漏れたのでは」
「漏らすな!!」
アインズは、深く深くため息をついた。
(花見とは、何だろう)
だが、そのとき。
桜吹雪がほんの少しだけ弱まり、
花弁の隙間から青空が覗いた。
静かな風。
淡い光。
マーレが小さく笑った。
「……きれい……」
アウラも笑う。
「ね。
こういうの、好きだな」
その言葉に、アインズも少しだけ肩の力が抜けた。
(……まあ、悪くない。
ほんの一瞬だけでも、平穏が――)
「アインズ様」
アルベドが甘い声で言った。
「この花見、来年も行いましょう」
「やめろ!!」
シャルティアもにこやかに言う。
「まあまあ……毎年恒例どすなぁ」
デミウルゴスが頷いた。
「定例化、承知しました」
「承知するな!!」
無いはずの胃が痛む思いで、アインズは桜を見上げた。
(次の季節イベント……怖い)
花は美しいのに、なぜ胃が痛むのか。
それが魔導王の宿命なのだろう。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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今回いちばんツボったところ、もしあれば教えてくださいw
(例:好きなセリフ/オチ/アインズ様が一番不憫だった場面 など)
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