ゴールデン・ウィーク――開幕。
その朝、アインズは執務室で、奇跡みたいな予定表を見ていた。
「……何もない」
一日目の欄が、まっさらだった。
(ついに……ついに俺にも……安息が……?)
コン、コン。
「アインズ様、失礼いたします」
(来た)
入ってきたのはセバスだった。癒し。
「本日より、ゴールデン・ウィークの“休息計画”を実施いたします」
「休息計画、だと……?」
アインズは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
胃はないが、心はある。
「よし。では私は――」
「まず、休息の前提として“安全の確認”を」
「……うん?」
セバスは淡々と紙を差し出す。
『休息実施前チェックリスト』
・緊急報告の遮断
・守護者間の衝突リスク低減
・“余計な催し”の排除
・音量、香り、照明の調整
(チェックリスト……? 休むのに……?)
だが、セバスの目は真剣だ。
「休息とは、環境づくりが九割です」
(正しい……正しいが……ナザリックの休息、ハードル高いな)
同時刻。別室。
デミウルゴスは、爽やかな笑顔で宣言していた。
「諸君。
本日よりゴールデン・ウィーク――
“休息”の名のもとに、最適な期間運用を開始します」
(言い方が怖い)
アルベドが頷く。
「休息は大事です。
アインズ様のためにも、余計な雑音は排除いたしましょう」
シャルティアも、にこやかに続ける。
「まあまあ……アインズ様が休めるよう、
周りが頑張らなあきまへんなぁ」
コキュートスが一礼。
「休息ニハ整備ガ必要デス。
刃モ身体モ、休ム前ニ整エル」
パンドラズ・アクターが輝く。
「黄金週間です!
黄金の――」
「黙りなさい」
アルベドが即座に封殺した。
「すみません!」
(珍しく統率が取れている。なお不穏)
デミウルゴスは満足げに言った。
「よろしい。
ではまず、休息を妨げる最大要因――
“怠惰”を排除します」
「排除……?」
シャルティアが首を傾げる。
「怠惰、いうたら……休みの本体どすえ?」
デミウルゴスは爽やかに言った。
「いいえ。
怠惰は休息ではありません。
休息とは、回復のための“計画的行動”です」
(ブラック企業だこれ)
一方その頃、アインズは――
「今日は何もしない」
と、強く強く誓っていた。
(桜も片付けた。ホワイトデーもエイプリルフールも乗り切った。
俺は……休む……)
だが、ナザリックはナザリックである。
執務室の扉が、静かに開いた。
「アインズ様」
アルベドが入ってくる。
続いてシャルティア。
そしてデミウルゴス。
最後にコキュートスとパンドラまで。
(フルコース!!)
「何だ? 今日は休みだぞ」
アインズがそう言った瞬間、全員が頷いた。
「「「はい。休みです」」」
(怖い)
デミウルゴスが、優しい声で言う。
「ですので、休みの質を最大化するための“儀礼”を」
「儀礼を持ち込むな!!」
セバスが、慌てず騒がず前に出た。
「皆様。
本日のアインズ様は、完全休息の予定です。
これは私が管理します」
デミウルゴスが微笑む。
「素晴らしい。
では“休息を管理するセバス殿”を支援するために――」
「支援するな!!」
(支援って言うと、だいたい余計なことが起きる)
デミウルゴスは、例の紙束を掲げた。
「民明書房によれば――」
「やめろ!!」
アインズが即座に止める。
「民明書房は持ち込むなと決めただろう!」
デミウルゴスは、爽やかに頷いた。
「承知しました。
本は持ち込みません」
(珍しく聞き分けがいい……?)
「――抜粋だけ共有します」
「それが持ち込みだ!!」
パンドラが感動したように言う。
「抜粋は保存に適しています!」
「保存するな!!」
コキュートスが一礼。
「アインズ様。
休息ハ“整備”カラ始マリマス。
まず、武具ノ点検――」
「俺に武具は関係ないだろ!」
コキュートスは真顔で続けた。
「では、精神武装ノ点検。
休息中ニ不測ノ事態ガ起キタ時、
即応デキル心構エ――」
「休ませろ!!」
(休息って何だよ!)
シャルティアが、にこやかに言う。
「まあまあ……休みいうても、
アインズ様は飲み食いできひん。
普通の楽しみ、できまへんしなぁ」
アルベドがすかさず言う。
「だからこそ、私たちが“楽しみ”を用意します。
アインズ様が心から落ち着ける――
“特別な休息”を」
(いやな予感)
デミウルゴスが頷く。
「特別。
つまり“黄金”」
パンドラが叫ぶ。
「黄金装束!!」
「違う!!」
結局、その日の“休息”はこうなった。
第六階層の静かな森に、椅子が一つ。
(椅子は普通。奇跡)
その前に、香り袋。
水音を出す小さな噴水。
遠くで控えめに演奏される弦楽器。
照明も柔らかい。
(……ちゃんと休めそうだ)
アインズが椅子に座る。
(……これだ。
これが休息だ)
――が。
周囲に守護者が“円形に配置”されている。
(なんで布陣してるの)
アルベドが微笑む。
「アインズ様。
休息の妨げとなるものを排除するため、警戒しております」
シャルティアもにこやかに言う。
「まあまあ……休みのときほど、
うっかり狙われますえ?(誰に)」
「誰にだよ!」
デミウルゴスが爽やかに言った。
「怠惰に」
(抽象敵を作るな)
そこへ、アウラとマーレが駆けてきた。
「アインズ様! 休みなら遊ぼうよ!」
「……おさんぽ……したい……です……」
(天使が来た)
アインズは、心底嬉しかった。
「よし。散歩にしよう。
これは休息だ。誰も異論はないな?」
セバスが頷く。
「最適です」
コキュートスも頷く。
「歩行ハ血流ヲ促進シ、回復ニ寄与シマス」
(珍しく味方)
アルベドが言う。
「アインズ様の隣で――」
「隣はない!」
シャルティアが言う。
「まあまあ……ほな、後ろから守りますえ」
「守らなくていい!」
デミウルゴスが爽やかに締めた。
「散歩――
つまり“行軍”ですね」
「違う!!」
散歩は、散歩にならなかった。
誰も走らない。
誰も騒がない。
だが、全員が妙に統制された歩調でついてくる。
アウラが小声で言う。
「……ねえ、これ遊び?」
マーレが小声で答える。
「……しゅぎょう……みたい……」
(修行になってる!!)
アインズは、森の香りを吸い込むふりをして、心の中で叫んだ。
(休ませろ!!)
夕方。
アインズは執務室へ戻り、椅子に沈んだ。
(休んだ……気はしないが……
仕事はしなかった……それだけで勝ちだ)
その瞬間、デミウルゴスが現れた。
「アインズ様。
本日の休息は成功です」
「成功……?」
「はい。
明日からは第二日目。
“万拳闘陣”は行いません」
(よかった!!)
「代わりに、“万礼闘陣”を――」
「何だそれ!!」
デミウルゴスは爽やかに答えた。
「一週間、感謝を表す儀礼を途切れさせない修行です」
「修行にするな!!」
(休みとは!!)
無いはずの胃が痛む思いで、アインズは深くため息をついた。
(ゴールデン・ウィーク……怖い)
それでも、仕事をしなかった。
だから今日は、勝ち――のはずだった。