ゴールデン・ウィークは終わり、端午の節句も終わった。
つまり――本当に“何もない日”のはずだった。
アインズは執務室で、静かに書類をめくっていた。
(平和だ……)
コン、コン。
「アインズ様、失礼いたします」
(……来るな)
入ってきたのはセバス。
癒し。だが、今日の癒しは長続きしないと、アインズは学んでいた。
「第六階層の件で、ご報告がございます」
「……鯉のぼりか」
セバスは頷いた。
「はい。撤収と保管についてです」
(撤収して終わりじゃないのか)
第六階層・森の空地。
昨日まで空を占領していた巨大鯉のぼりは、今や地面に横たわっている。
しかし近くで見ると、でかい。でかすぎる。布というより“建材”だ。
使用人たちが手分けしてロープを外し、竹(柱)を倒し、布を畳もうとしていた。
そこへ。
「待ってください!!」
勢いよく現れたのはパンドラズ・アクターだった。
目が輝いている。嫌な輝きだ。
「それを“畳む”のは危険です!!」
「何が危険なんだ……」
アインズが呟くと、パンドラは熱弁する。
「折り目がつきます!!
折り目は劣化の始まりです!!
歴史的遺物をそんな扱いで――」
「遺物じゃない!!昨日のだ!!」
アルベドが優雅に現れ、冷ややかに言った。
「パンドラズ・アクター。
それは飾りです。保存対象ではありません」
パンドラは反論する。
「飾りこそ保存すべきです!!
“アインズ様の慈悲が形となった巨鯉”――これは象徴です!」
「象徴にするな!!」
シャルティアも、にこやかに口を挟む。
「まあまあ……保存するにしても、
あないにデカいもん、どこ置くんどす?」
パンドラは即答した。
「展示室を増設します!」
「増設するな!!」
(また“施設が増える”方向に話が行く……!)
コキュートスが一礼し、真面目に言う。
「パンドラ殿。
保存ハ理解シマスガ、布ハ湿気デ傷ミマス。
まず乾燥サセ、虫ヲ避ケ、匂イヲ残サヌ処理ガ必要デス」
(コキュが保存に寄ってる!?)
パンドラが感動した。
「さすがコキュートス!
あなたは“保存の武士”です!!」
「武士にするな!!」
コキュートスは真顔のまま続ける。
「そして何ヨリ、アインズ様ノ許可ガ必要デス」
(よし、最後は投げてきた)
全員の視線が、アインズに集まった。
(やめろ!!許可を俺に投げるな!!)
アインズは咳払いをして、できるだけ“王らしい”声を作った。
「……鯉のぼりは、撤収する。
保管は最小限。展示室増設は却下だ」
パンドラが食い下がる。
「では“最小限の展示”を!」
「展示って言うな!!」
アルベドが微笑む。
「最小限とは、焼却処分のことでしょうか?」
「違う!!」
(なぜ最小限=燃やすになるのだ)
シャルティアがにこやかに言った。
「まあまあ……燃やしたら煤が出て、
第九階層の空気が悪うなりますえ?」
(なぜ煤の心配が先なんだ)
セバスが淡々と提案した。
「現実的には、布は適切に乾燥させ、巻いて保管。
竹は分割して倉庫へ。
次年度に再使用するかどうかは、その時点で判断がよろしいかと」
(セバス、神)
アインズは頷いた。
「それでいい。
“来年の判断”に回す」
その瞬間、デミウルゴスが爽やかに現れた。
「来年――良い言葉です」
(最悪のタイミングで来るな!!)
デミウルゴスは、当然のように言った。
「来年は、鯉のぼりの“系統”を増やしましょう。
“風受け効率の異なる布”を複数用意し、
成長祈願の最適解を――」
「最適解を探すな!!」
(最適化、禁止!!)
デミウルゴスは爽やかに続ける。
「そして今年の実測データは、民明書房にまとめ――」
「まとめるな!!」
(出すな!!)
パンドラが目を輝かせた。
「実測データは保存に適しています!!」
「また保存だ!!」
アルベドが冷たく言った。
「パンドラズ・アクター。
あなたは保存の名のもとに、倉庫を占領します」
「占領ではありません!
保全です!!」
シャルティアが扇子で口元を隠し、笑いながら言う。
「まあまあ……言い方違うだけで、
やってることはだいたい同じどすえ?」
「どすえ、じゃない!!」
(シャルティアが珍しく正論)
結局、撤収作業は“儀礼”になった。
布を巻く者は、無言で一礼。
紐を結ぶ者も、無言で一礼。
竹を運ぶ者も、無言で一礼。
(GWの“万礼闘陣”が、ここで再発している……)
アインズは遠い目をした。
「……なぜ、撤収で礼をする」
デミウルゴスが爽やかに答える。
「撤収は“終わりの儀礼”です」
「儀礼にするな!!」
(終わらせたいのに、終わりを儀礼化するな)
撤収が終わり、空地には何も残らなかった。
風だけが吹いている。
アインズは胸の奥が軽くなるのを感じた。
(終わった……)
その瞬間、パンドラが小声で言った。
「……鯉のぼり、巻いた状態でも展示できますね」
「できない!!」
デミウルゴスが爽やかに頷く。
「巻鯉――良い概念です。
民明書房に――」
「やめろ!!」
アルベドが微笑む。
「アインズ様。
次の季節行事まで、しばし静かに過ごせますね」
アインズは、心から頷いた。
「……そうだな」
――そして、その“静けさ”は、三時間だけ続いた。
廊下の向こうから、デミウルゴスの声。
「皆様!
次は“母の日”の準備会です!」
「次はあるのかよォォ!!」
無いはずの胃が痛む思いで、アインズは深くため息をついた。
(安息日は……どこだ……)
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(例:好きなセリフ/オチ/アインズ様が一番不憫だった場面 など)
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