アインズ様と民明書房   作:ギアっちょ

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まず準備会です。

クリスマス当日どうなるかはこれから()



聖夜祭(クリスマス)準備会と謎の赤い老人

ナザリック地下大墳墓・第九階層。

前回の「バレンタイン準備会」と同じ会議室に、再び守護者たちが顔をそろえていた。

 

「では――本日は、『冬季贈答行事・聖夜祭(クリスマス)』についての事前学習会を始めます」

 

前方の演壇で、デミウルゴスが眼鏡を押し上げながら宣言する。

 

アインズは、一番奥の上座に腰を下ろしつつ、静かにため息を飲み込んだ。

 

(……ついにこの日が来てしまったか)

 

少し前のデミウルゴスとの会話が脳裏によみがえる。

 

――“冬に子どもたちへ贈り物をする謎の老人”の話や……

――“死んだ者が蘇って街を練り歩く仮装祭”など……

 

あのとき軽く流したつもりの話題が、見事にピックアップされているのを見て、

アインズは心の中で頭を抱えた。

 

(軽い雑談を全部ちゃんと拾ってくるんじゃないよ、デミウルゴス……)

 

「本日の議題は三つです」

 

デミウルゴスが、手元の資料を掲げる。

机の上には、またしても見覚えのある背表紙が几帳面に並んでいた。

 

『冬至祭起源異聞』

『世界の怪神・奇祭』

出版社:民明書房

 

(やっぱりいたな民明書房!!)

アインズは、今さら驚きはしないが、本気で胃のあたりがキリキリする気がした。

 

「一つ、聖夜祭(クリスマス)の歴史的背景と、その宗教・政治的役割について。

 二つ、“謎の赤い衣の老人”による夜間贈答行為の構造分析。

 三つ、それらをナザリックに導入する際の実務的指針について、でございます」

 

「ふむ……」

 

パンドラズ・アクターが、腕を組んで興味深そうに頷く。

 

「アインズ様の世界における文化イベント研究――胸が高鳴りますね!」

 

(こいつはこいつでテンションが高いし……)

アインズは、何も言わずに“支配者っぽく”頷いたフリだけしておく。

 

デミウルゴスが、まずは守護者たちの方に向き直った。

 

「では、アインズ様の御言葉を仰ぐ前に、

 現時点での“予習内容”を簡単に共有しましょう。

 

 まずは――聖夜祭(クリスマス)とは何か。マーレ?」

 

「え、ぼ、ぼくですか?」

 

突然振られて、マーレがびくりと肩を震わせる。

 

「えっと……大図書館の資料によると……。

 ある聖人の誕生日を祝う日、っていう説がいちばん多くて……。

 

 でも、実は“冬至のお祭り”と混ざってるって説もあって……。

 人々が、一番暗い時期を乗り越えるための“光のお祭り”……。

 ……って、書いてありました……」

 

「的確です」

 

デミウルゴスが満足そうに頷く。

 

「つまり、宗教的意味合いと、季節行事としての意味合い――

 その両方を兼ね備えた、多層構造をもつ行事、というわけですね」

 

「多層構造って言いたいだけじゃないの?」

アウラが、ぼそっとつぶやいた。

 

「続いて、アルベド」

 

デミウルゴスが視線を送ると、アルベドはすっと立ち上がる。

 

「はい。

 聖夜祭の習俗として、“贈り物”が非常に重要な役割を担っているとのこと。

 

 特に、家族や親しい者同士で贈り物を交換し合い、

 日頃の感謝や愛情を再確認する日――そう理解しております」

 

「ふむ」

 

アインズは、そこまでは特に異論はない。

(うん、その辺は割と普通の解釈だな。このまま無難に終わってくれると助かるんだが……)

 

デミウルゴスは、そこでニヤリと口角を上げた。

 

「そして――ここからが、本題です」

 

(嫌な前振りきたな!?)

アインズの内心の叫びは、もちろん誰にも聞こえない。

 

「聖夜祭の、もっとも象徴的な存在。

 それが――“赤い衣をまとい、夜中に子どもたちへ贈り物を配る謎の老人”」

 

「サンタクロース、でありんすね?」

 

シャルティアが、どこか得意げに口を挟んだ。

 

「ほぅ、知っているのか、シャルティア」

 

アインズが思わず感心すると、

吸血鬼の少女は、ふんっと鼻を鳴らす。

 

「もちろんでありんす。

 アインズ様の世界の玩具産業における、

 最大規模の“販促用マスコットキャラクター”どすと、理解しておりんしてよ」

 

(理解がやたら生々しいな!?)

 

「さて、その“サンタクロース”についてですが――」

 

デミウルゴスが、ここぞとばかりに一冊の本を掲げる。

 

『冬至祭起源異聞』

出版社:民明書房

 

「こちらの書によれば――」

 

アインズは、心の準備をする間もなく、聞いてしまった。

 

『聖夜翁(せいやおきな)

極北の荒野にて鍛え上げられた、伝説の戦士である。

かつて極寒の地に生きる人々は、

冬の飢えをしのぐため、互いに食料を融通し合う習慣があった。

 

その中でも、白髭をたくわえた一人の老戦士は、

自らの獲物を背負い、夜を徹して各家々を巡り歩き、

飢えた子どもたちに肉を配り続けたという。

 

その姿が、赤い血に染まった毛皮と、

雪に混じる白い髭であったことから、

“赤い衣の白髭の翁”の伝説が生まれ、

やがて現在のサンタクロース像へと受け継がれた――』

 

(そんなホラー寄りの起源いらないからな?)

アインズは、思わず本気で突っ込みたくなった。

 

しかし、デミウルゴスは真剣そのものだ。

 

「極めて興味深いのは、“贈与による共同体維持”という要素です」

 

「贈与……?」

 

今度は、後方で静かに構えていたコキュートスが、重々しく口を開いた。

 

「ツマリ…… 自分ノ獲物ヲ他ニ分ケ合ウコトニヨリ……

 村全体ノ飢餓ヲ防グシステム……ト 言ウコトカ」

 

「はい、コキュートス」

 

デミウルゴスが満足そうに頷く。

 

「一見、ただの“優しい老人”の話ですが――

 実際には、共同体内の暴動や略奪を未然に防ぐための、

 きわめて高度な治安維持システムと見ることもできるのです」

 

(見なくていいからな!? 本当にそういう話じゃないからな!?)

アインズは、脳内で必死に抗議した。

 

「さらに――」

 

デミウルゴスは、もう一冊の本を取り上げる。

 

『世界の怪神・奇祭』

出版社:民明書房

 

(タイトルの時点で嫌な予感しかしないんだが)

 

『飛翔橇(ひしょうそり)

極北の聖夜翁が用いたとされる移動手段。

本来はトナカイに牽かれる雪橇であったが、

後世の伝承の混交により、“空を飛ぶ”能力が付与された。

 

近年の研究では、橇に取り付けられた“魔導推進装置”、

もしくは“古代失われし竜骨機関”の存在が指摘されている。

 

なお、一晩で全世界の子どもの家を巡るという逸話も、

高位魔法級の転移門網を用いれば不可能ではないと、

一部学者の間で囁かれている――』

 

(勝手にナザリック基準で話を広げるな!!)

アインズの心の悲鳴が天を突いた。

 

だが、室内の守護者たちは、むしろ真剣さを増す一方だ。

 

「フム…… 一夜ニシテ 全テノ子供ニ 物ヲ 配ル……。

 確カニ、普通ノシステムデハ 無理ガ アロウナ」

 

コキュートスが腕を組んで唸る。

 

「ナザリック規模の転移網であれば、確かに理論上は可能かもしれませんね」

 

パンドラズ・アクターが、妙に楽しそうに計算を始めていた。

 

「アインズ様! いっそ今年から、

 “ナザリック式サンタクロース・ロジスティクスシステム”を構築してみてはどうでしょう!」

 

「やめろ、名前からして嫌な予感しかしない!」

「……おっと」

 

ここで、さすがにアインズは口を挟まずにはいられなかった。

 

「一応言っておくが……。

 サンタクロースはな、“信じる子どものところに来る”っていう、

 わりとファンタジー寄りの存在だからな? そこにロジスティクス理論を持ち込むな」

 

「なるほど、“信仰心を前提とした象徴的存在”……」

 

デミウルゴスが、またもやうんうん頷く。

 

「つまり、“実在するかどうか”ではなく、

 “存在すると信じさせること”に価値がある――」

 

(なんでそういう方向に持っていくんだお前は!)

アインズは、心の中で机をひっくり返した。

 

アルベドが、静かに手を挙げる。

 

「アインズ様。

 その“サンタクロース”という存在――

 ナザリックにおいて、どのように位置づけるのが適切でしょうか?」

 

「どのようにって……」

 

アインズは一瞬、言葉に詰まる。

 

(どう答えるのが一番被害が少ない?

 “ただの童話だから無視でいいよ”と言えばいいのか? でも、そう言ったら絶対――)

 

予感通り、デミウルゴスが口を開いた。

 

「童話として片づけられる存在でありながら、

 実際には“共同体内部の贈与を促進し、支配構造を安定化させる象徴”でもある――。

 と、そういう理解でよろしいでしょうか?」

 

(一ミリもそんなこと言ってないぞ!?)

アインズは叫びたい衝動を、全力で飲み込んだ。

 

結局――

 

「サンタクロースとは、“子どもたちにとっての夢と希望を具現化した象徴的存在”である」

 

という、限界まで無難にした一文でまとめることで、その場は何とか落ち着いた。

 

……落ち着いた“ように見えた”だけで、守護者たちの目は、むしろさらに輝きを増していたが。

 

「夢と希望……」

アウラが、小さく呟く。

 

「子どもたちにとっての夢と希望を、

 アインズ様が与える……ってことですよね?」

 

(え、そこまで言ってない、そこまで言ってないからね!?)

 

「フム…… アインズ・ウール・ゴウン=サンタクロース……。

 分カリ易イ 象徴デアル」

 

コキュートスが、なぜか納得したように頷く。

 

「アインズ様専用の赤いローブと白い髭のデザイン、今から考えてもよろしいですか?」

 

パンドラズ・アクターが、キラキラした目で迫ってきた。

 

(やめろ、その方向性は本当にやめろ!!)

アインズは、骨の両手を振って全力で否定した。

 

最終的に、その日の「クリスマス準備会」は、次のような結論に落ち着いた。

 

・聖夜祭(クリスマス)は、「感謝と贈与」の行事としてナザリックに導入する

・ただし、“やりすぎない”こと

・サンタクロースは、“アインズ様が演じる必要はないが”、

 ナザリック独自の解釈に基づく象徴として検討の余地あり

 

(最後の項目がいちばん不穏なんだが……)

 

会議が解散となり、守護者たちがそれぞれ持ち場へ戻っていく中、

アインズは、机の上に残された一冊の本に目を落とした。

 

『冬至祭起源異聞』

出版社:民明書房

(……これ、燃やしたら怒るよな)

 

一瞬だけよぎった危険な考えを、アインズはすぐに頭から振り払う。

 

「アインズ様」

 

不意に声をかけられ振り返ると、そこにはデミウルゴスがいた。

 

「本日は、貴重なお話の数々、ありがとうございました。

 アインズ様の世界の文化は、民明書房の書と相まって、

 我々に新たな視座を与えてくれます」

 

(……いや、民明書房はあまり相まってほしくないんだが)

心の中でそう毒づきつつも、口から出たのは別の言葉だった。

 

「……まあ、ナザリックの者たちが、互いに贈り物をし合い、

 感謝を伝える機会になるのなら、悪くはないだろう」

 

「はい」

 

デミウルゴスは、心から嬉しそうに笑う。

 

「アインズ様の御心、確かに受け取りました。

 “夢と希望の象徴”としての聖夜祭――

 必ずや、ナザリックにふさわしい形で実現してみせます」

 

(だから、その“象徴”の中にオレを混ぜるなって……)

 

アインズは、もう一度だけ、深くため息をついた。

 

白い薔薇の花束の隣には、

いつの間にか、小さな赤いリボンが結ばれた箱が一つ置かれている。

 

それが誰からの“予行演習”なのかを考えるのは――

ひとまず、後回しにすることにした。

 

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