ナザリック地下大墳墓・第九階層。
執務室の扉を開けた瞬間、アインズは動きを止めた。
「……何だ、これは」
机の上に、赤い包みが鎮座している。
昨日まで確かに無かったはずの、それは――妙に“上品”にリボンが結ばれていた。
(嫌な予感しかしない)
アインズが近づくと、包みの横に一枚の紙が添えられているのが目に入った。
『本日は聖夜祭当日につき、準備会で定めた方針に基づき、
予定通り“象徴の運用”を実施いたします。
なお、アインズ様には「最終確認」だけお願い申し上げます。
――デミウルゴス』
「最終確認……?」
その言葉の響きに、アインズの背骨(骨だけど)がひやりとする。
(“確認”って言いながら、既に全部決定済みの時のやつだろ……)
恐る恐る包みを開くと、中から出てきたのは――
赤いローブ。
白い毛皮(もしくはそれっぽい素材)の縁取り。
そして、極めつけに――白い髭。
「……」
アインズはしばらく無言だった。
(えーっと。
これは、どう見ても……)
そこへ、ノックも無しに扉が開く。
「アインズ様ぁっ!! 本日は聖夜祭当日でございます!!」
飛び込んできたのはアルベドだ。
普段以上に気合の入ったドレスに、胸元には赤いリボン、腰には白いリボン。
リボンが多い。とにかく多い。
「デ、デミウルゴスはどこだ」
「もう皆、会議室へ集まっております! “運用開始”のお時間でして!」
「運用って言うな」
アインズは低く呻いた。
会議室へ向かう廊下は、いつもと違った。
あちこちに赤と緑の飾り紐。
燭台には妙にキラキラした装飾。
角の柱には――なぜか棘のある蔦が巻き付いている。
「……あの蔦、危なくないか?」
「装飾用に、ソリュシャンが“安全性を確保した個体”を選別いたしました!」
「個体って言うな」
会議室の扉を開けると、守護者たちはすでに整列していた。
中央には“ツリー”らしきものが立っている。
ただし――
木ではない。
骨だ。
巨大な魔獣の骨格が、クリスマスツリーのように組み上げられている。
そこへ赤い飾り玉と、謎に輝く宝石がぶら下がっていた。
「……誰だ。これを“ツリー”にしようと言い出したのは」
「アインズ様、これは“聖夜樹”でございます!」
胸を張って答えたのはパンドラズ・アクターだ。
いつも通り、キラキラとした目をしている。
「アインズ様の世界の象徴文化を、ナザリック流に最適化してみました!」
「最適化の方向が怖い」
アインズが額(骨だけど)を押さえていると、
デミウルゴスが進み出て、恭しく一礼した。
「アインズ様。本日は聖夜祭当日――
準備会で定めた“やりすぎない”方針に則り、運用を開始いたします」
「お前、今“やりすぎない”って言ったか?」
「はい」
デミウルゴスは、一点の曇りもない笑顔で頷いた。
(もうダメだ。言葉の定義がナザリック基準になってる)
「では、確認事項です」
デミウルゴスが資料を掲げる。
その表紙には、見覚えのある文字があった。
『世界の怪神・奇祭 聖夜祭特別増補版』
出版社:民明書房
(特別増補版って何だよ。いつ出たんだよ)
「民明書房によれば――」
(やめろ、その前置きは危険だ)
『聖夜翁は“赤き衣”と“白き髭”を纏い、
一夜にして世界を巡り、
善き子に甘味を、悪しき子に黒炭を授ける。
なお、黒炭とは古来より“反省を促す儀式具”であり、
その授与は徹底した道徳矯正を意味する――』
「……黒炭を“儀式具”とか言い出したぞ」
アインズが嫌な汗(出ないけど)を感じていると、
コキュートスが腕を組んで低く唸った。
「フム…… 悪シキ子ニ 黒炭ヲ授ケル……。
ツマリ、懲罰ノ象徴……ト 解釈デキルナ」
「解釈しなくていい!! 配るな!!」
アインズのツッコミが即座に飛ぶ。
「アインズ様。ご安心くださいませ」
アルベドがにこやかに微笑む。
「“黒炭”はナザリックでは、すでに十分な在庫がございます。
必要とあらば、いつでも――」
「必要ない!! 使うな!!」
アインズは即座に止めた。
(この流れで黒炭が“懲罰”に化けたら、外に向けての贈答が地獄になる……)
デミウルゴスは咳払いを一つ。
「もちろん、外部への運用は慎重に行います。
本日はまず“内部運用”――
ナザリック内の者たちへ感謝を示す催事として実施します」
(内部運用……? それならまだ……)
アインズが少し安堵しかけた、その時。
「それに加えまして」
デミウルゴスが、さらりと続けた。
「エ・ランテル周辺の孤児院へも、匿名にて贈答を行います。
民衆の心を温め、我が統治の正当性を――」
「お前は毎回そこに着地するな!!」
アインズは頭を抱えた。
「アインズ様」
シャルティアが、上品に手を挙げる。
「それでありんすけど、聖夜祭の“主役”はやはり――
サンタクロース、でありんすよねぇ?」
「主役って言うな」
「アインズ様が“夢と希望の象徴”と仰せになった以上、
その象徴が、民の前に姿を見せるのが道理どす」
「道理じゃない」
「それに、赤い衣と白い髭……」
シャルティアの視線が、執務室から持ってこさせた例のローブに吸い寄せられる。
「まるで、最初からアインズ様のために用意されたみたいで――
運命、感じてしまいんす」
「感じるな」
アインズが淡々と否定していると、
パンドラズ・アクターが一歩進み出た。
「アインズ様。ご安心ください。
“象徴の運用”は、必ずしもアインズ様ご本人が現地へ赴く必要はありません!」
「おお、珍しくまともな――」
「そこで! わたくしが提案するのは!」
パンドラズ・アクターは胸を張り、輝く笑顔で叫んだ。
「アインズ様の“代理サンタ”として、
わたくしが、アインズ様の装いを完璧に再現し、
外部へ“夢と希望”を――」
「やめろ!! それは別の意味で問題が増える!!」
アインズは即座に止めた。
(パンドラがアインズコスで外に出たら、情報漏洩とか混乱とか、色々まずい!)
デミウルゴスが、満足そうに頷いた。
「なるほど。では、外部への贈答は“完全匿名”に徹し、
内部は――」
デミウルゴスの視線が、赤いローブへ移る。
「アインズ様に、一言だけ“祝辞”を頂戴し、
その上で、象徴としてローブを纏っていただくのが最も効果的かと」
「最も効果的とか言うな!!」
しかし、守護者たちの瞳は一致して輝いていた。
(……ダメだ。ここで拒否すると、別の方向に暴走する。
“内部だけ”なら……内部だけなら、まだ被害が少ない……)
アインズは、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。内部だけだぞ。内部だけだ」
「「「はい!!」」」
返事が揃いすぎていて怖い。
そして――
玉座の間。
ナザリックのあらゆる使用人、メイド、下僕、警備の者たちが整列していた。
その前に、アインズが立つ。
赤いローブ。白い髭。
(何だこの格好……! 完全にサンタじゃないか……!)
しかし、部下たちは感極まったように震えている。
「……本日は、聖夜祭だ」
アインズは、できる限り威厳ある声を作った。
「日頃、ナザリックのために尽くしてくれるお前たちに感謝する。
これは、その気持ちの形だ」
後方で、デミウルゴスがこっそり頷いているのが見えた。
アルベドは両手を胸の前で組み、涙ぐんでいる。
シャルティアは口元を押さえ、うっとりしている。
(やめろ、雰囲気を神聖化するな)
配られ始めた贈り物は、意外とまともだった。
手袋、甘い菓子(食べられる者向け)、装飾品、作業道具の新調品。
「……ちゃんと“やりすぎない”範囲に収まってるな」
アインズが小声で呟くと、
デミウルゴスが同じく小声で返す。
「はい。“予算の三割”は却下されましたので」
「却下してよかった……」
その時、最前列で手を挙げる者がいた。
――コキュートスだ。
「アインズ様。確認シタイ」
「何だ?」
「民明書房ニヨレバ……
悪シキ子ニ 黒炭ヲ授ケル……ト アッタ。
ナザリック内ニモ 規律ヲ乱ス者ガ 居ルナラ……
ソレニ 適用スベキカ?」
「適用しなくていい!!」
アインズは即答した。
「今日は感謝の場だ。懲罰は別の日にやれ」
「了解シタ。ソレガ アインズ様ノ御意志ナラ……」
コキュートスが深く頷く。
(危ない危ない。危うく“黒炭制裁デー”が追加されるところだった)
その後、内部運用は――奇跡的に大きな事故なく終わった。
問題は、外部だった。
執務室へ戻ったアインズは、机の上に置かれた報告書を見て、静かに天井を仰いだ。
「……“匿名の贈答”、だったな?」
「はい。もちろんです」
デミウルゴスは微笑んだ。
「孤児院へは食料と衣類、そして玩具を。
配達役は、恐怖を与えぬよう“外見に配慮した者”を選定しました」
「外見に配慮?」
「はい。骸骨兵は避け、
比較的親しみやすい――」
デミウルゴスは、さらりと言った。
「“仮面を付けた死霊術師一名”が担当しております」
「それは配慮できてない!!」
アインズのツッコミが炸裂する。
「しかし、非常に効果的でした。
孤児たちは最初こそ怯えましたが、贈り物を受け取ると――
『サンタだ!』と叫び、喜びました」
「喜んだのか……?」
「はい。結果として、“サンタクロースは恐ろしくも慈悲深い存在”という理解が――」
「理解を歪めるな!!」
アインズは頭を抱えた。
(誰だ、仮面を付けた死霊術師って。
……もしかして、ナベ? いや、あれは戦闘メイドだし……)
デミウルゴスは、最後にこう締めくくった。
「本日の成功を踏まえ、来年はより円滑な運用が可能となるでしょう。
民明書房の特別増補版にも、追加の知見が期待できます」
「期待するな。出版を止めろ」
アインズは、骨なのに胃が痛くなる思いで、深くため息をついた。
その視線の先――
執務室の片隅には、白い薔薇の花束。
そして、その横には、また赤いリボンの小箱が置かれている。
(……次は何だ。正月か? お年玉か?)
アインズは、見ないふりを決め込んだ。
“夢と希望の象徴”の仕事は、
どうやら年中無休らしい。