ナザリック地下大墳墓・第九階層。
執務室の空気は、昨夜の騒ぎが嘘のように静まり返っていた。
「……平穏だ」
アインズは、誰に言うでもなく呟いた。
(昨日は“内部運用”のせいで、玉座の間が妙に神聖な空気になっていたし……
外部の“匿名贈答”も、なんか変な伝説を生みそうな雰囲気だった)
机の上には、昨夜脱ぎ捨てるように置いた赤いローブ。
白い髭。
そして、なぜか綺麗に畳まれている白い手袋。
(……誰だ、畳んだの)
そう思った瞬間――
コン、コン。
控えめなノック。
「アインズ様、失礼いたします」
「入れ」
扉の向こうから現れたのは、セバス……ではない。
デミウルゴスだった。
「……珍しいな。どうした?」
「はい。本日は“聖夜祭翌日”にあたり、
昨日の運用結果のご報告と、改善提案を――」
「改善提案は要らない。まず“結果”だけにしろ」
アインズは即座に釘を刺した。
(改善提案=来年はもっと大きくやる、だからな)
デミウルゴスは、にこやかに頷く。
「かしこまりました」
(その笑顔が怖いんだよ)
「まず、内部運用ですが――」
デミウルゴスは、淡々と報告を始めた。
「配布された贈答品に関し、使用人たちの士気は目に見えて向上。
作業効率も上がり、警備体制においても連携の質が向上しております」
「……意外と実利が出てるのが腹立つな」
アインズは、思わず本音が漏れそうになるのを堪えた。
「また、メイドたちの間では――」
デミウルゴスが一枚の紙を取り出す。
「“聖夜翁(せいやおきな)アインズ様の御慈悲”という題名で、
賛歌が作られつつあります」
「やめろ」
「なお、歌詞はまだ推敲段階であり――」
「やめろと言っている」
アインズは即座に止めた。
(賛歌とか作られると、もう引き返せなくなるだろ!)
デミウルゴスは、少しだけ残念そうに目を伏せてから、次へ進む。
「次に、外部運用――エ・ランテル周辺孤児院への匿名贈答です」
「そっちが本命の地雷だな」
アインズは、心の中でうなずいた。
「贈答物は、予定通り受領されました。
ただし、想定通り“追加の物語”が発生しております」
「ほらな!!」
デミウルゴスは、淡々と続ける。
「孤児たちは当初、配達役を見て怯えましたが、
贈答品を確認すると、すぐに歓喜し――
『サンタだ!』と叫びました」
「……そこまでは聞いた」
「その後、“恐ろしくも慈悲深いサンタ”という伝承が、
街の子どもたちの間で自然発生しております」
「自然発生って言うな」
アインズは胃のない腹を押さえたくなった。
「そして本日、問題が一つ」
「問題?」
デミウルゴスが、にこやかに言った。
「孤児院から、追加の“お礼”が届いております」
「……お礼?」
(匿名贈答なのに!?)
デミウルゴスが差し出した封筒には、稚拙な字でこう書いてあった。
『サンタさまへ
ありがとう
いつもみてるよ』
「“いつも見てる”!?」
アインズは思わず声を上げた。
「監視されてるみたいで怖いだろそれ!!」
「しかし、これは好意的な意味でしょう。
『見守ってくれている』というニュアンスかと」
「いや、文章として怖い!」
アインズは、骨の指で封筒をつまみ、遠ざけるように持った。
「……で、内容は?」
恐る恐る中身を取り出すと、そこには絵が描かれていた。
赤い服。白い髭。
そして、妙に角ばった顔。
(……角ばった顔?)
さらに、周囲には黒い影がたくさん。
「……これ、サンタの横にいる黒い影は何だ?」
デミウルゴスは、さも当然のように答える。
「配達役の周囲に配置した護衛です。
“安全性のため”に、影の悪魔を数体――」
「護衛を付けるな! 怖いわ!!」
アインズのツッコミが炸裂した。
(子ども視点だと、サンタが影の悪魔従えて来たことになるだろ!!)
そのとき、扉が勢いよく開く。
「アインズ様っ!!」
アルベドだ。
目が血走っている。いつも通りと言えばいつも通りだが、今日はさらに勢いがある。
「外部の孤児に贈り物ですって!?
私の知らぬところで、アインズ様の“夢と希望”が外部に……!?」
「違う! 夢と希望って言葉を勝手に使うな!」
アインズは反射的に否定した。
「それに、匿名だ。アインズ様とは名乗ってない」
「ですが! 民は既に“サンタさま”と……!」
アルベドが歯噛みする。
「不届き……! 名を知らずとも、崇め奉っている……!
やはりアインズ様は、外界においても……!!」
(話が重くなる!)
デミウルゴスが、さりげなく横から刺す。
「アルベド。
“外界における象徴化”は、支配構造の安定にも寄与します。
感情の揺れは抑え――」
「黙りなさい」
アルベドが即座に切り返した。
「私が揺れているのは感情ではなく、忠誠です」
(違いが分からない)
アインズは、無いはずの胃が痛む思いだった。
そこへ、さらに扉が開く。
「アインズ様」
落ち着いた声。セバスだ。
「昨夜の聖夜祭につきまして、使用人たちの間で“もう一度”という声が……」
「言うな」
アインズは先回りして止めた。
「言うな、セバス」
「ですが」
「言うな」
セバスは一歩引き、困ったように微笑んだ。
(セバスが困ってるの、珍しいな……)
その後方から、ひょこっと顔を覗かせたのはアウラだ。
「ねえアインズ様。
街の子どもたちがさ、“サンタって影の悪魔を連れてるんだって!”って噂してたよ」
「噂を拾うな!!」
「あとさ、上の子たちは“悪い子は黒炭もらう”って言ってて、
怖がってる子もいた」
アウラが肩をすくめる。
「まあ、ちょっと面白いけど」
「面白がるな!!」
アインズは即座に否定した。
(黒炭は止めたはずだろ……止めたはずだよな?)
「アインズ様」
静かに響く低音。コキュートスだ。
「外界ノ子供達ガ 怖ガッテイルノハ……
“統治”ニトッテ 望マシクナイカト。
恐怖ト慈悲ノ配分ハ 調整スベキデアルと思ワレマス。」
「お前、真面目に分析するな」
アインズはため息をついた。
「……わかった。外部への贈答は“次回から”もっと慎重にする」
「次回から、って……」
アルベドが目を輝かせる。
「来年もおやりになるのですか!? アインズ様!!」
「そういう意味じゃない!!」
(言葉尻を拾うな!!)
アインズは咳払いをし、場を締めにかかった。
「いいか。
サンタの伝説は……“優しい存在”として広まるのが望ましい。
怖がらせる要素は減らせ」
デミウルゴスが、即座に頷く。
「かしこまりました。
影の悪魔は撤廃し、護衛は“視認できぬ形”で――」
「それはそれで怖い!」
「では、護衛の代わりに、
“柔和な外見”の眷属を――」
「眷属って言うな!」
アインズは頭を抱えた。
(結局、何を言ってもナザリック流に翻訳されていく……)
「……とにかくだ。
今日は“翌日”だ。イベントは終わり。もう通常運用に戻れ」
守護者たちは一斉に頷く。
しかし、デミウルゴスだけが最後に、さらりと付け足した。
「承知しました。
では次は――年末に向けた『歳末清算儀礼(大晦日)』と
『年始贈答儀礼(お年玉)』の準備会を――」
「待て待て待て!!」
アインズは手を突き出して制止した。
「その単語の並べ方がもう怖い!!
なんで全部“儀礼”になるんだ!」
デミウルゴスは、穏やかに微笑む。
「民明書房によれば――」
「それ以上言うな!!」
アインズのツッコミが、執務室に響き渡った。
窓の外は、冬の空。
白い薔薇はまだ咲いている。
そして、机の片隅には、新しい赤いリボンの箱が置かれていた。
(……次は何が入ってるんだ?)
アインズは、見ないふりをした。
“夢と希望の象徴”の後始末は、
どうやら翌日も終わらないらしい。