数日が過ぎ、夜が来る。
今宵、スナックお登勢は大いににぎわっていた。
今もまた一人、酒と女の香りに誘われて、仕事帰りの男たちが暖簾をくぐる。
そんな彼らを、一人の少女が出迎えた。
「いらっしゃい!」
快活な笑顔に、愛らしく揺れる耳としっぽ。丈の短い着物の裾から除く美脚に、男達は釘付けになる。
「ご注文は何に?」
ガヤガヤと騒がしくなる店内で、黒羽は新しい客に応対する。
客は鼻の下を伸ばしながら、キリッと眉と目を寄せた。
「じゃあ…………黒羽ちゃんで」
ゴガシャァアアアン
不埒な発言をした男性客の脳天に、黒羽は笑顔のまま右脚を高く上げ、踵を直角に振り下ろした。床に沈んだ男は、ピクピク震えながら悶絶した。
「あらら、ごめんねー?」
「…すんません、やっぱ中生二つで」
「はいよ! お登勢さーん、中生二つ―!!」
「あいよ!」
注文を受けた黒羽は、さっそうと次のテーブルへ向かう。
ついでに客を踏んでいく彼女に、男性客たちは熱く歓声を上げ、熱の入った視線を向け続けた。
「いやー、いいじゃないの、お登勢さん。あの新しく入った
カウンター席で、常連の禿げ頭の客が言う。隣の連れも頷いていた。
「たまちゃんみたいな清純な子もいいけど、ああいった元気な子も雰囲気が良くなるよねェ…」
「ナンダト、コノロリコン親父。私ニタイシテハナニモナイノカコラ!!」
キャサリンが面白くないと怒鳴る。
「ダイタイ、アンナガキノドコニ魅力ガアルンダヨ!! 胸ナンカタダノマナ板ダローガ!! ナンモ間ニ挟メネーゾ!!」
「いや、オレはどっちかっつーと脚で……」
ゴガシャアアアン
不埒な男その2が、ビール瓶を叩き付けられて沈む。お登勢は深くため息をついた。
「お登勢さん、あんな娘いつ雇ったの?」
「上の連中のところに出稼ぎに来てんのさ。今は仕事も無いってんで、こっちでバイトしてもらってんだよ」
「上のってこたァ……、万事屋さんかい?」
客が尋ねると、お登勢は腕を組みながら答える。
黒羽はビールとつまみを運びながら、客との談笑を楽しんでいる。その証拠に、耳も尻尾もピコピコ揺れていた。
「そいつは、華やかになるねェ。良い娘が入ってよかったじゃないかい」
客は笑いながら、焼酎の入ったお猪口をあおる。
一方でお登勢は、少しだけ険しい表情で黒羽を見つめていた。
「……ちょいと、ワケありのようだけどね……」
「?」
お登勢の様子に、訝しげに振り返る男性客。
しかしお登勢は、それ以降口を開かなかった。
奥のテーブル席で、銀時は一人ちびちびと酒を飲んでいた。
そんな銀時の前に、黒羽はつまみを置いて隣に座る。
「どーしたよ、銀さん。うかねー顔して」
微笑みながら聞く黒羽を、銀時はジト目で睨みつける。
「浮かばれねーよ。プリンでつられちまったが、そうでなきゃテメーみてーなメンドクセ―ガキ雇ったりしなかったぜ」
「安っすく釣られる大人だな、あんたって」
半目で黒羽が睨み返す。
「お前がいなきゃ、俺は今日ダンジョンで銀の玉のパ○ドラで10コンボを炸裂させ、ウッハウハのストライクショットをかましていたはずなんだよ」
そういう銀時の脳裏には、ただのパチンコ屋に向かうところを、黒羽の跳び蹴りで沈められるシーンが浮かんでいた。
「いやアンタの言うダンジョン、ただの欲望という名の魔物の巣窟だから!! アライグマも使徒も赤い配管工もコラボしてねーから!!」
銀時に突っ込んでから、黒羽は「まったく……」と呟いてため息をつく。
「アンタ、ほんとにお袋から聞いてた〝白夜叉〟? 威厳もクソもねーな」
「余計なお世話だコラ。そりゃオメー俺が若けー頃の話だろーがよ」
「ハイハイ、生きる屍になる前のね」
「…………」
銀時は苦虫を噛み潰したような顔になり、ふいと目をそらした。
「チッ……、可愛くねーとこまでアイツそっくりだな」
「当たり前じゃん。娘だもん」
「血筋にしてもお前のはアイツまんまじゃねーか。もう半分もさぞいい性格だったんだろーよ」
「知るか。どーでもいいっつってんだろ」
互いに毒を飛ばし、罵り合う。だがなぜだろうか、仲が悪いどころか、むしろ言葉を交わすたびに近しくなっているように見える。
「なんか、ホントの親子みたいですね」
二人の様子を見ながら、新八がモップを持ちながら、微笑んで言った。
新八と同じく、雑用で駆り出された神楽も、呆れたように見つめる。
「ていうかほとんど本人アル」
[銀時様と、噂に聞く伏様の姿が目に浮かぶようです]
「要スルニ、似タモノ同士ダッタワケデスネ」
呆れた口調でキャサリンが言い、ゲラゲラ全員で笑った。
「…あいつら、好き勝手言いやがって……」
会話を全部聞いていた銀時は、ヒクヒクと頬をひきつらせながら五人を睨みつけ、わなわなと拳を震わせる。
「事実だろ? だいたいお袋があーゆー性格になったのって、銀さんやヅラが原因だったんじゃねーの? 朱に交われば赤くなるっていうじゃん」
「バカヤロー。もともと灰色な奴に色混ぜても大して変わんねーよ」
「いやいや、混ぜる色が多けりゃ結構変わるんだよ」
「元から濃いキャラだったよ、アイツ」
毒舌合戦から先に身を引いたのは、黒羽だった。「チッ…、負けか…」と呟いてから、椅子に深く座ってため息をつく。
そんな中、後ろの席の男性客たちの会話が耳に入った。
「オイ、聞いたか。例の化け物の噂」
「ああ。最近見かけられるようになったっつー白い奴だろ?」
「?」
黒羽は会話の内容に興味を持ち、目を向けた。
「浪人やら幕府の要人が狙われて、次の日には姿が見えなくなっちまうって奴だろ? あれ、怖いねー」
「見つかってねェ奴もいりゃあ、変わり果てて帰ってきた奴もいるってな」
「戻ってきた奴は、心臓が無くなって、燃えたみてーに灰になって崩れちまったってー話だぜ。どんな呪いでそんなふうにしちまうんだろうなぁ……」
ひそひそと声をひそめながらも、男たちの会話は続いていく。
「昼だろーが夜だろーが、連れから離れたら最後、そいつに襲われてもう二度と帰ってこねーんだってよ!」
「くわばらくわばら……」
「おちおち出かけることも出来やしねーなぁ……」
黒羽は続きが気になり、ピンと耳を立てて続きをうかがう。
だがその時、店の引き戸がガララ、と音を立てて開けられ、新たな客が入店した。
「あっ、いらっしゃいませ!!」
黒羽は耳を戻し、続きを聞くことを諦めて応対に戻った。
*
「黒羽ちゃ〰ん、また今度〰〰」
「は―い! ありがとうございました、お気をつけて!」
陽気な声で、最後の客が店を出た。
黒羽が
ほろ酔い気分のまま、口笛を吹いていた男は、ふと路地裏から奇妙な音を聞き、立ち止まった。
「んぁ?」
ガシャ、ガシャンという金属がこすれあう音や、打ったような鈍い音が聞こえてくる。喧嘩かと思った男は、好奇心を露わに路地裏に入っていった。酒のせいか的確な判断ができなかった男は、原因はなんだ、女か? などと考えながら恐れることなく進んでいく。
「コラァ〰、誰だぁ! こんな真夜中に暴れてる奴ぁ……」
千鳥足のまま怒鳴る男。
すると突如、その目前に何かが勢いよく倒れこんできた。
「!!」
思わず酔いもさめた男は、目を見開く。
倒れこんできたのは浪人だった。乱闘の後らしく、服装や髪は乱れ、体にはところどころに打ち身や傷が見られた。
男はしばらく呆然となるが、浪人のうめき声ではっと我に返る。
「おっ…、おい大丈夫か!?」
浪人はその声を聴くと、血に汚れた顔を向け、必死に手を伸ばしてきた。
「…………たっ、たす、け………」
ようやく聞こえたその言葉が、「うっ」という声で途切れる。
見れば、浪人の胸には、青白い触手のようなものが突き刺さっていた。
浪人は目を剥き、虚空に向かって手を伸ばして、ぱくぱくと口を開閉する。全身が震え、脂汗が吹き出し始める。
すると、浪人の体から突如、青い炎が噴き上がった。
尻餅をつく男の前で、浪人は青白い炎に包まれ、見る間に肌から血の気が失われていく。炎によって水分を奪われているわけでもなく、男の姿はそのままに、色が灰色に近くなり、乾いていく。
そして、始まりと同じように、浪人の体から唐突に炎は消える。
それに続いて、浪人の体はぼろりと崩れ、粒子となって散っていく。
男は恐怖のあまり、声も上げられない。
そんな男の前に、ゆらりと何かが立ちふさがる。
月光で青白く反射する灰色の鎧を身にまとう、異形だ。
ゴツゴツしたフォルムと、伸びた額はオコゼを思わせ、手には
男はもう、限界だった。
「ひっ……、ヒィィィィ!!」
情けない悲鳴を上げ、男は這う這うの体で逃げ出した。
だがそれは、殺意で飢えた異形の前では愚行に等しかった。オコゼの異形は目の部分を光らせ、遊泳するように音もなく男に接近する。
「ぎゃあああああああ!!」
その夜、哀れな絶叫が、江戸の町に響き渡った。