現れたソイツは、まるで灰を固めた鎧を纏っているかのようだった。
光沢の無い岩のような外装に、ゴツゴツとした鱗のような突起が生え、呼吸するたびにギチギチといやな音を立てている。頭部は額が長く伸び、どことなくオコゼを思わせる不気味さを持っていた。
何よりも目を引いたのは、その手に持った三つ又の槍、
鈍い灰色のソレは、持ち主の不気味さと相まって恐ろしく見えた。
「……見つけたぞ」
灰色の怪物は、その両目に殺意と憎しみの炎を燃やしながら、黒羽をじっと睨み続けていた。
「……お知り合イ?」
「いや全然」
目くばせしたネズミが尋ね、冷や汗を流す黒羽が答える。
まったく見覚えが無い。つーかあったら忘れるはずがない。忘れられるわけがない。
黒羽の困惑を感じ取ったのか、怪物は目つきをさらに鋭くし、槍を握る力を強めた。
「忘れたとは言わせんぞ……。俺は貴様に会ったあの日から、こうして再び対峙することをずっと夢見ていたのだ……!!」
「…いや、知らないんスけど、マジで」
黒羽は嘘偽りなく真実を告げる。だが、相手にはそれはひどい侮辱に感じられたようだ。目に見えるほど憎しみのオーラが膨れ上がった。
「ふざけるな…、俺はあの日から、貴様への雪辱を晴らすためだけに生きてきた!! 数多の星々を巡り、体をいじくり、そしてついに、生物の限界を超えた。どれもこれもすべて、貴様を葬るためだ!!」
「いや、ホントに知らないから、マジで帰ってくんない?」
激昂する怪物を前に、黒羽はひどくドライだ。恐ろしいほどに面倒臭く暑苦しい相手を前に、どうすればいいのか途方に暮れているのだ。
だが、そこでネズミが口を開いた。
「気を付けロ、黒羽。コイツは……例の殺人鬼その人ダ」
「…………え"?」
黒羽は顔をひきつらせ、ネズミを凝視する。
それと同時に、
「逃がしはせんぞ……狗神ぃぃぃぃぃ!!」
「えっ!?」
怒号とともに、異形が切っ先を剥けて突っ込んできた。
黒羽はその場で転がり、ネズミはその場で跳躍してコンテナの上に退避する。ネズミは顔をしかめ、小さく舌打ちした。
「…タイミングを逃したカ…、いや、オイラの情のせいカ」
「うわわわわ!!」
その下では、命辛々黒羽が刺突を避けて、大きく距離を取る。
「え、ちょっちょっと待って!? おまっ…まさか……」
いやな予感でいっぱいになりながら、黒羽は怪物を凝視した。
「姿を変えてもわかるぞ! その髪…その目……!! 狗神、貴様その者だろう!!」
「いやソレただの人違い!!」
のけぞって刺突を交わしながら、黒羽は叫んだ。
「十年前の屈辱、今ここで晴らす!!」
「気づけよォォォォ!! 年齢の違いに気付けよォォォォ!!」
恐ろしい殺人鬼と思ったら一転、ただのバカだった。
「あのねオジさん! オレは狗神じゃないの!! その二つ名はオレのお袋のなの!! お袋はもうこの世には……」
「きゃんきゃんと喧しい!! さっさと死ねェぇ!!」
「オイ誰かコイツに日本語教えたげて!?」
もう嫌ぁぁぁ!! と黒羽は叫びながら、斬撃を躱す。怪物の三叉槍はコンテナの側面を切り裂き、怪物もその中に突っ込む。
その隙に、黒羽が思いっきり走って逃げた。
ネズミは唸ると、アタッシュケースに手を駆ける。
「待ってロ。今コイツを…」
ロックを外そうとした時、ネズミの手を、誰かが掴んだ。
「!!」
右腕を捻り上げられ、ネズミは振り向く。そして、そこにいた人物に、眉間のしわを寄せた。その表情は、嫌悪感が強く表れていた。
「…………カクサ」
その姿は、黒羽の目にも入っていた。
「! あのヤロッ……わわわ!?」
慌てふためく黒羽を無視し、カクサはネズミを押さえ続ける。
「…何のつもりだ? ネズミ、それを渡す相手を間違えているぞ」
「何のつもりだハこちらの台詞ダ。……カクサ、お前、オイラ達の恩師の娘ヲ見殺しにするつもりカ?」
射殺すような目で、ネズミが言う。
カクサは表情を変えず、鋭い目をネズミに向ける。
「…アイツはこれを持つにふさわしくない」
「そんなことを言ってル場合じゃナイだろガ!!」
「うん、そんな討論やってる場合じゃないよね!? いいからさっさと助けろよぉぉ!!」
斬撃を躱しながら、黒羽が叫ぶ。息も絶え絶え、もう限界が近い。
不意を突かれ、黒羽の腹に強い蹴りが入れられ、軽い体は簡単に吹き飛ばされた。その先で、コンテナの側面に激突し、灰の中の空気が一気に締め出された。
「がっ…は……」
地面に落下し、激痛に悶えながら黒羽は激しく咳き込む。
そんな好機を、異形は見逃さなかった。槍を掲げ、猛然と黒羽に向かって突進し、勝利の咆哮を上げる。
黒羽は逃げようとするも、力が入らず動けない。
黒羽の窮地に、ネズミは目を瞠った。
「黒羽ァァァァ!!」
衝撃を予感し、黒羽はきつく目を閉じて頭を抱える。
だが、衝撃はいつまでたっても来ず、その代わりに鈍い打撃音が耳に届いた。
「……!!」
目を開き、振り仰ぐ黒羽。そこにいたのは。
木刀を振り上げ、異形を吹っ飛ばす銀時だった。
「ぎっ…銀さん!!」
銀時は木刀を握りなおし、異形の顔面に突きを放つ。
異形の顔がめり込み、ズシンと大きな音を立てて仰向けに倒れた。
銀時は木刀をしまい、黒羽の方に振り向いた。
「よォ、大丈夫か?」
「…お、おう」
黒羽は頬を赤らめながら、立ち上がって埃をパンパンと払った。
銀時は呆れたように目を細め、ガリガリと頭をかいた。
「ったく、テメーは買い物のついでにどんだけ面倒事に巻き込まれりゃ気がすむんだ?」
「すっ、好きで巻き込まれてんじゃねーよ!!」
さらに赤くなって反論すると、銀時はまた嘆息した。そして、目つきを鋭くし、コンテナの上にいるカクサとネズミを見上げた。
「…で? テメーらはうちの従業員を呼び出して何してくれようとしてるワケ?」
殺気を込めた銀時の視線に、二人も僅かにたじろいだ。
少しだけ冷や汗を流しながら、カクサは無理に余裕を見せるように笑った。
「…俺が贈ったプレゼントを、あまり有効活用してくれてないようなんでな」
「あいにくだが、野郎からの贈り物なんざ虫酸が走らァ。特にテメーはな」
その言葉で、カクサの笑みが怒りに染まった。
「………やはり俺はお前が嫌いだ」
「奇遇だな、俺もだ」
ピリピリとした雰囲気の中、銀時とカクサは睨みあう。ネズミはカクサの隣で難しい表情になり、黒羽はハラハラと状況を見守るしかなかった。
が、その時。
うめき声をあげながら、倒れていた異形が起き上がった。
「!」
銀時と黒羽はすぐに振り向き、身構える。
その背中に、カクサは声をかける。
「……白夜叉。どうしてもと言うなら、手を貸してやらんこともないぞ」
「!?」
疑惑の目で、銀時はカクサを睨む。カクサは肩をすくめ、ニヤリと笑った。
「…だが、条件がある。ファイズギアはお前が使え」
「!」
カクサが見せるアタッシュケースを、黒羽は思わず凝視した。
「コイツはもともと、お前が使うために伏姫が作ったものだ」
「!? お袋が……」
黒羽は目を見開き、カクサとアタッシュケースを交互に見る。
「戦友が遺したものだ。お前が使わない理由もないだろう?」
「…………」
銀時は答えず、カクサを睨む。そして、一言も漏らさず異形に向き直り、静かに木刀を抜いて構えた。
カクサはそれを、何故か面白そうに眺めた。
「強情な奴だ」
「ウォオオォォオオオ!!」
待ちきれなくなったのか、オコゼの異形は雄叫びをあげて銀時に突っ込んだ。
強烈な勢いの刺突を、銀時は木刀で受け止める。数メートル後方に押しやられるが、気合で踏ん張り、こらえる。
異形は怒りの咆哮を上げ、三叉槍をさらに押し込む。
「白夜叉……、またしても邪魔するか……!!」
「ん? え、何? どっかで会ったことあったっけ?」
鍔迫り合ったまま、気の抜けた目で銀時は尋ねた。
こんな特徴的すぎる奴から恨みを買ったことあったっけ? そう思いながら、三叉槍をはじき、斬りかかる。
異形は下段から槍を振り上げてそれを返し、力任せに斬りつけ、突いてくる。
ただの力押しの攻撃だが、馬鹿力と武器の鋭さは侮れない。銀時は木刀で軽くいなしながら、ひらりひらりと雲のように自由に攻撃をかわす。
「あ、もしかして磯部くん? 前にジャンプ借りたまま忘れたことまだ怒ってんの? いやー、悪かったって、アレ……」
「ふざけたことを抜かすなァァァ!!」
異形は怒りに我を忘れ、渾身の突きを銀時に放った。
だが、銀時は一歩横に踏み出すことでそれを躱し、すれ違いざまに木刀を鋭く突き出す。
反応が遅れた異形の硬めに、木刀が深々と突き刺さった。
「ぐあああああ!!」
異形は目を押さえて絶叫し、たたらを踏んで後ずさる。
思わずにやりと笑った銀時の耳に、黒羽の声が届いた。
「銀さん、上だ!!」
「!?」
切羽詰まった黒羽の声に、表情を変えた銀時は頭上を振り仰ぐ。
ぐおんっ、と風を切る音とともに、巨大な二本角の怪物が踊りかかってきたのだ。
銀時は慌てて後方に跳び、牛型の異形の振り下ろしてきた巨大な拳の形のグローブを躱し、砂煙をあげて着地した。
体勢を整える銀時は、背筋に感じた寒気に、急いでまた跳躍する。
背後からさらに、鋼鉄の棍棒が振り降ろされたのだ。ボガンッと砂埃を上げて陥没した地面に冷や汗を流しながら、銀時は顔をしかめた。
背後にいたのは、隆々とした肉体に鎧を纏った、象のような顔の異形だった。
「……白夜叉ァ……」
三体の怪物は、グローブと穴の開いた棍棒、それぞれの得物を構え、銀時の前に陣取った。
思わず、銀時の口元が笑みに歪んだ。
「へっ……笑えねぇぜ」
冷や汗を払い、木刀の切っ先を向ける。
すると、オコゼと象の異形の様子がおかしくなった。体を震わせ、低く唸り始めたのだ。
次の瞬間、二体の下半身は膨れ上がり、オコゼは魚の体、象は四本の太い脚を持つ巨体を生やした。
「オオオオオ!!」
変貌した二体ともう一体は、猛烈なスピードで、銀時に迫った。
ズガァァァン
爆音が響き、砂埃が立ち込める。
カクサは舌打ちし、憎々しげに顔をしかめた。ネズミも同様だ。
「ここまで予定が狂うとはな……」
黒羽は銀時の方を不安げに見ると、カクサの手にあるアタッシュケースにも目を向け、唇をかむ。
しかし、少しの迷いの後、キッとそれを見据えた。
カクサは気配を感じ、振り向く。
「おらぁっ!!」
「!」
咄嗟の判断で、カクサは殴りかかってきた黒羽の攻撃を躱す。だが、なおも追撃に蹴りを放ってくる黒羽に、カクサは怒鳴った。
「何のつもりだ!?」
「そのベルト寄越せェェェ!!」
黒羽は続けざまに蹴りつけ、アタッシュケースに手を伸ばす。
だが、カクサは軽くその手を払いのけ、黒羽の頬を張り飛ばす。
黒羽はたたらを踏むが、なんとかその場に留まり、再びカクサに向かって走る。だが、今度は狙ったのはアタッシュケースではなく、カクサの方だった。
「!?」
予想が外れて一瞬呆けるカクサの前髪を掴み。
「うらあ!!」
黒羽は渾身の頭突きを放った。
「うごっ!?」
カクサの目の前に火花が散り、ガクリと膝をつく。
その隙に、黒羽はアタッシュケースを奪った。
「! 貴様っ……」
カクサは追おうとするが、衝撃からまだ立ち直れずその場で手をつく。
ネズミだけが、黒羽を見て「バイオレンスだナ…」と呟いていた。
黒羽はアタッシュケースを開けると、ベルトとケータイ、必要なものを除いて放り捨て、ベルトを腰に巻きつける。ケータイを開き、例のコードを打ち込む。
[
そして、ケータイを高く掲げ、叫ぶ。
「変身!!」
[
ベルトにケータイを装着し、同時に駆け出す。
着物が再構築され、赤いラインの走る戦闘スーツと面が作り出される。
黄色く光る面をかぶる、黒羽は腰に装着してあるカメラを取り出し、グローブへと変形させる。そして、ケータイの表に填められたメモリーを取り外し、カメラに取り付けた。
ベルトから紅い光が漏れ、ラインを伝って右腕に溜まっていくと、黒羽はカメラを構え、振りかぶった。
―――間に合えっ……!!
「おおおおおお!!」
黒羽は叫び、銀時に迫っていた牛の異形の顔面を殴りつけた。
ドガン、と少女が出したとは思えない音がして、蓄積されていたエネルギーが弾ける。紅い閃光が四散するも、牛の異形の顔に目立った外傷は与えられなかった。
「なっ……」
黒羽は目を見開き、硬直する。
牛の異形は振り向きながら、拳のグローブを黒羽に叩き付けた。
「ガッ……」
黒羽は吐血し、そのままコンテナの側面に突っ込んだ。
「黒羽!?」
銀時が振り向き、駆け寄ろうとするも、牛の異形がそれを許さない。
黒羽は穴の開いたコンテナの中で、力なくうめき声を漏らす。
そこへ、象の異形が太い足を踏み鳴らして近づいていく。歩くたびに、踏みしめた地面に足が深くめり込んだ。
黒羽は逃げようとするが、体に力が入らず、動けない。
象の異形は無情にも、両前足を振り上げた。
「ぐぬぅぅ!!」
黒羽は気合い一発、全力で地を蹴り、象の異形の一撃を躱した。
ズン、と地が揺れ、黒羽は倒れこむ。間一髪窮地を脱したと思われた黒羽だったが、逃げた先には、三叉槍を振り上げるオコゼの怪人があった。
「あっ……」
気付くも、黒羽は動けなかった。呆然となる彼女に、白刃が迫った。
ザクッ!!
肉の裂ける音が、辺りに響く。だが、それは黒羽の元から聞こえた物ではなく。
黒羽を庇って立つ、銀時の方からだった。
黒羽の頬に、赤い雫がポタッと付着し、目が見開かれた。
「銀さんんんんん!!」
鮮血が宙に舞い、赤く光った。