―――……オレのせいだ。
頬に感じる生暖かい感触に、黒羽はそう瞬間的に思った。
―――俺が、使えもしない道具に手を出して、素人の癖に前に出しゃばって、ガキみたいに無鉄砲にツッコんだから……。
そのせいで、……銀さんが……。
銀さんが……!!
ポタリ、と赤い雫が落ちる。
血の滴る三叉槍の先には、赤く染まった着物と、刃を掴む腕があった。
「オイ」
白い鬼が、低く異形に言った。
異形は濃厚な殺気におののき、槍を引こうとする。だが、動かなかった。
目の前に立つ鬼が、強い力で抑えつけているからだ。
鬼は異形の前で、ニタァ、と邪悪に笑った。
「テメー、うちの従業員に何してくれてんの?」
直後、鋼鉄のように固い拳が、異形の顔面を捉えた。強固な皮膚が深くめり込み、その体が軽く吹っ飛ばされる。後方にいた牛の異形を巻き込み、二体はコンテナを突き破って倒れた。
銀時は痛そうに手を振ってから、木刀を持ち直す。
「おおおおおお!!」
象の異形が、棍棒の先を銀時に向ける。銀時が嫌な予感に従って、黒羽を抱えるのと同時に、その棍棒の先端が火を噴いた。
火が爆ぜるのを尻目に、銀時は盛大に転がる。そして黒羽をそっと横たえさせ、護るようにその前に立ちはだかる。
オコゼと牛の異形が得物を振り下ろし、銀時はそれを木刀でいなし躱す。
途中何度も飛んでくる砲火をぎりぎり避け、オコゼと牛の顔面を打ち据える。だが、牛の異形は少しのけぞっただけでこらえ、すぐさま銀時に拳を振り下ろした。急なことに咄嗟に判断が遅れ、銀時は目を見開く。
しかし、それよりも早く、深紅の閃光が走った。
「うおらァァァァ!!」
赤いエネルギー波を纏った黒羽が、牛の異形の鳩尾に強烈な拳を叩き込む。
さらなる衝撃に、牛の異形の体が大きく傾ぐ。黒羽は拳を当てたまま、地面に足を踏ん張り、さらに拳をめり込ませていく。
直後、閃光が弾け、牛の異形の体が大きく吹っ飛ぶ。声をあげる暇すらなく、巨体はコンテナの奥に突っ込んでいった。
「ハァ……ハァッ……」
拳を突き出したまま、黒羽は肩で荒く息をし、膝をつく。
しかし、息を整える間もなく、オコゼの異形が斬りかかる。無理やり立とうとする黒羽に変わり、銀時が三叉槍を受け止めた。
黒羽も加勢するが、象の異形がまた砲撃を再開し、決定打を見いだせずにいた。
チッ、と傍観していたカクサが舌打ちする。
「…面倒な小娘だ。自分から荒事に首を突っ込むなんてな」
懐から出した腕時計らしきものをコツコツと膝に当てながらつぶやくと、隣のネズミが横目を向けた。
「あの人にそっくりだろウ?」
「…………」
カクサはネズミを睨むと、無言のまま立ち上がる。そして、コンテナの反対側に降り、止めてあったサイドカーの側車の座席から、別のアタッシュケースを持ち上げた。
開いた中にあったのは、黒羽の持つものとよく似た、黒いベルトとケータイだった。
見下ろすカクサの目が、細まった。
棍棒代わりに振り下ろされる大砲を、黒羽はバックステップで距離を取り、躱す。
その後頭部に、何かがコンッと当った。
「いでっ!?」
跳ね上がったソレを慌ててとると、それは大型の腕時計だった。
振り向くと、思った通りカクサがいた。
「!」
「…使え。さすがに死なれると後味悪い」
面倒そうなその言葉に、黒羽の額にビキッと青筋が立つ。
カクサは今にも噛みつきそうに睨んでくる黒羽を無視し、腰に黒いベルトを巻きつけた。睨んでいた黒羽の表情もさすがに変わった。
「お前それ……!!」
「…………」
カクサは答えず、回転型のケータイを開き、『9・1・3』と入力する。
[
黒羽の物よりさらに低い声が聞こえ、カクサはそれを顔の前に構え、手を返す。
「変身」
[
ケータイをベルトに収めると、カクサの体が黄色い光に包まれ、全身に黄色いラインが走り、戦闘スーツが生み出されていく。
「Ⅹ」字を表したバイザーに、同じくⅩの字を模した装甲と黒いロングコート。腰にはまたⅩの字を模した銃と、双眼鏡らしきアイテムが装着される。
呆然となる黒羽の前で、カクサは腰の銃を抜き、後方に向かって発砲する。
幾数もの火花が散り、復活していた牛の異形が吹き飛んだ。
カクサはやれやれといった様子で振り返り、ケータイのメモリーチップを銃に挿入する。
銃の一部から一筋の光が放たれ、銃は剣に変化する。
「ハァァァ!!」
カクサは怒号を放ち、牛の異形に斬撃を放った。
その威力は、黒羽の物とは比べる必要もないほど強力なものだった。
「……っ!」
黒羽は茫然自失となるが、聞こえてきた地響きで我に返る。
「のわっ」
黒羽は間一髪踏まれる前に逃げ、すかさずケータイを銃に変形させ発砲する。
だが、ほとんど焼け石に水だった。
象の異形は痺れを切らしたのか、前足を振り上げながら大砲を構えた。
「いやいやいやタンマ! タンマァァァ!!」
黒羽は慌てふためき、背を向けて逃げ出した。
象の異形はその背中に照準を合わせ、引き鉄に指をかける。
だがその時、無数の光弾が象の異形を襲った。
「!?」
目を剥いたような象の異形は、突如飛来してきた銀の鉄人に蹴りを食らい、轟音を立てて転倒した。
「オートバジン!」
オートバジンは背と腕のタイヤを高速回転させ、飛行しながら象の異形に無数の弾幕を浴びせる。
黒羽はその隙に立ち上がり、そしてはたと思いだす。
受け取った腕時計を見つめ、左腕に取り付ける。表面に填められた赤い半円の二つ付いたメモリーチップを取り外し、ケータイのメモリーと差し替える。
[
瞬間、銀の光が迸った。
体に走るラインが銀に染まり、面の目が赤く光る。
そして、胸の装甲が展開して肩に装着され、中の機構が露わになった。
黒羽は表情を改め、オートバジンに足止めされる象の異形を見やる。
「……さーて、行くか」
黒羽は呟き、腕時計のボタンを押した。
[
キィ―――ン、とジェット機が稼働するような音とともに、黒羽は姿勢を低く身構え、標的を見据える。
そして、カウントダウンが開始された。
―――
ドンッと砂塵を巻き上げ、一気に加速する。
―――
象の異形の真下に辿りつき、顎を思い切り蹴り上げる。
―――
オートバジンから光剣を抜き、象の異形の体の所々を米の字のように斬りつけていく。
―――
腰からポインターを外し、メモリーを差して右足に装着する。
―――
象の異形の周囲、剣閃でマーキングした傷痕に、赤い円錐形のエネルギーの塊が集まり、包囲していく。
―――
高速分身した黒羽が、円錐の中に飛び込み、象の異形を貫いていく。
―――
[
カウントが0になるのと同時に、胸に肩の装甲が戻り、ラインも赤に変化する。
大きな穴だらけになった象の異形は、青い炎を噴き出して、灰と化していった。
「オオオオオ!!」
カクサは牛の異形を殴りつけ、ぶっ飛ばす。
ケータイをベルトから外し、銃に変形させて発砲する。
すると、牛の異形の体が網目状のエネルギーに拘束された。
続けて、双眼鏡型のデバイスにメモリーを差し、右足に取り付ける。
[
カクサはそのまま高く跳ぶと、一回転して双眼鏡から黄色い円錐型のエネルギー波を放出し、その中心に両足キックを叩き込む。
貫かれた牛の異形は、拳のグローブを取り落し、青い炎に包まれた。
「てェあああああ!!」
銀時は雄叫びを上げ、木刀をふるう。
オコゼの異形の顔面がひしゃげ、三叉槍が砕け散る。異形は歪んだ顔のまま、銀時に向かって手を伸ばす。
だが、それよりも早く、銀色が瞬き閃く。
肩から脇腹へ一刀両断された異形もまた、青い炎が燃え上がり、崩れ落ちた。
灰が風に吹かれ、散っていく。
銀時はそれを眺めながら、静かに木刀をベルトに収めた。
そこへ、黒羽が慌てて駆けよってくる。だが、来たはいいが、何を言えばいいのか、咄嗟に出てこなくなった。あうあうと口を開いたり閉じたりするだけだ。
「あの……銀さん。オレっ…オレ!」
ようやく、覚悟を決めて、顔を上げた時だ。
パンッ
乾いた音が、黒羽の頬から発せられた。
黒羽は茫然となり、じんじんと痛みだした頬の方を見下ろした。
「バカ野郎!!」
銀時の怒鳴り声に肩をギュッとすくめると、強い力で襟を掴まれた。
覚悟はしていた。そのつもりだったが、やはり黒羽は、思わず目を瞑った。当たり前だ。危険な目に巻き込んだうえに、黒羽のミスで怪我までさせたのだから。
改めて、ベルトがあれば何とかなると思っていた自分が恥ずかしくなる。
だが、銀時の言葉は、思っていたものとは大きく違った。
「なんでさっき出てきやがった!! 死ぬところだったろーが!!」
黒羽は目を見開き、「え……」と声を漏らした。
銀時は恐ろしい形相で黒羽を睨んでいる。だがその瞳には、ひどく不安定な色、恐れが混じって見えていた。
「
「…………!!」
黒羽はくしゃりと顔をゆがめ、苦しそうに俯いてしまった。
そのまま黙った黒羽の襟を離し、銀時はぼりぼりと頭をかく。何故か居心地悪そうに目をそらすと、ふいに黒羽の頭にポン、と手を置いた。
「……まぁ、なんにせよ。ありがとよ」
ぼそりと、ぶっきらぼうにそう言っておく。
黒羽は潤んだ目を見開くと、ややあってから口元を綻ばせた。そのまま銀時に抱きつき、無目に顔をうずめながら、上目だけ向ける。
「…銀さん、ごめん。……ありがと」
銀時は呆れたようにため息をつき、ぽんぽんと黒羽の頭を叩く。
その時、聞こえるか聞こえないかの声で、黒羽は呟いた。
「…あんたが、ホントのオレの親父だったら、よかったのにな」
「…………」
銀時は何も言わず、黒羽の成すがままになる。
その姿を、ネズミは優しく、カクサは渇いた目で眺め、揃ってため息をついた。だが、カクサの目には、どこか羨望のような複雑な光が見えた。
その時、カクサの虎の耳がピクリと動く。
同時に、ぬるりとした濃厚な殺気が、銀時たちを襲った。
「!!」
全員が表情をこわばらせ、バッと振り返る。
汗を滴らせる四人が見たのは、ひとりの長身の青年の姿だった。
「……まったく役に立たねェ駒どもだな」
言いながら近づいてくる男の姿が、影の中で歪む。月明かりに照らされ、灰色の巨大な鎧が姿を現した。
「なっ……まさカ!」
ネズミが、鎧を見て驚愕の表情を浮かべた。
頭部に生えた二本の角。両腕に装備された爬虫類の巨大な顔、そして強固な巨体。
その姿は、まさに〝竜〟。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオ!!」
竜の異形は、銀時に向かって、轟く咆哮を上げ、突進を始めた。