夜の闇の中を、疾走する二台のバイクの姿があった。
一台に男女が乗り、もう一台に一人の男が乗っている。
二人乗りの男の方が、もう一人に合図をすると、二台のバイクはさらに速度を増し、目的地に向かって爆進を開始した。
*
天まで震わせる、竜騎士の咆哮が轟く。
振り下ろされた竜の
「おわあああ!?」
爆風に跳ね飛ばされながら、銀時たちはなんとか体勢を立て直す。
「なっ、ななななな、なんじゃありゃあああ!?」
目を限界まで見開き、冷や汗をダラダラ流しながら黒羽は絶叫した。
「おいぃぃなんかいきなりラスボスみてーな奴出てきたぞ!? ゾーマよりヤバそうな最凶っぽいキャラ出てきたぞオイ!!」
「クソ……、まさか奴まで出てきやがるとは……!!」
同じく狼狽える銀時の横で、カクサが引きつった顔で言った。腹の立つ男の変貌に、さすがに銀時も真剣に目を向けた。
「…奴はゾーマでもデスピサロでもねェ。アニマを支配する独裁企業スマートブレイン社社長直属の幹部、ラッキークローバーの一人だ」
「ラッキーじゃねーよ、どう見ても!! 明らかにアンラッキーだろ!! 幸運じゃなくて死運んでくる死神的な奴だろあの化け物!!」
銀時は言ってから、ハッと気づく。
スマートブレイン社の幹部。そして、さっき襲ってきた者たちと同じく変貌した、灰色の鎧の異形。
「……まさか」
「そうだ」
カクサは表情を険しくし、言い放つ。
「…今やアニマは、怪物が支配する惑星へと成り果てた!」
「オォオオォォオオ!!」
ズシン、と地を踏み、竜の異形は銀時に襲い掛かった。
銀時は振り下ろされた咢を木刀で受け流して躱し、打ちつけた反発で離脱する。先ほどの力を見た手前、正面衝突は避けたかった。
「白夜叉ァァァァ!!」
コンテナの上から、ネズミが叫んだ。
「ソイツを相手にするナ!! 力がケタ違いすぎル!! 逃げロォォォォ!!」
必死の形相で叫ぶネズミ。
だがその時、竜の異形がゆっくりと振り向き、咢をネズミの足もとのコンテナに向け、砲弾のように撃ち放った。
凄まじい音が響き、コンテナが木端微塵に吹き飛んだ。足場を破壊され、浮遊感の中破片が腹に激突し、ネズミは息を詰まらせた。
咢を引き戻した竜の異形は、再びネズミに照準を合わせる。
何故か、面の下でニヤリと笑った気がした。
が、その攻撃は放たれる寸前で大きく外される。全力疾走した黒羽が、ネズミを抱えて離脱し、銀時が咢に蹴りを放ったからだ。
「! クソがっ……」
竜の異形は激昂し、もう片方の咢を銀時に振るう。銀時はそれをしゃがんで躱し、追撃にと竜の異形の膝裏に木刀を叩き込んだ。
ガクリと膝をつく竜の異形から離れ、木刀を構えなおす。
「銀さん!!」
「来るな!! そいつを連れて逃げろ!!」
銀時の怒号に一瞬躊躇うものの、黒羽は腕に抱える気絶したネズミを見下ろし、意を決して背を向けて駆け出した。主に従い、オートバジンも後を追う。
カクサもまた一度銀時の方を見て、一瞬迷った後、背を向けた。
銀時はそれを見て、ニヤリと笑う。そして、攻撃の手を止めない竜の異形に、再び木刀の切っ先を向けた。
だが、敵は予想以上の規模だったらしい。
黒羽たちが向かった出口が破られ、大量の灰色の異形がなだれ込んできたのだ。
「い"っ!?」
二人は足を止め、顔を強張らせながら光剣を片手で構えた。
それを見た銀時も表情を変えた。
「まだいるのかよ!?」
「ウガァァァ!!」
「つーかテメーはどこの南蛮の王様!?」
剛腕を振るう竜の異形に既視感を覚えながら、銀時は攻撃を躱し続けた。
黒羽たちもまた、一体一体には力量で劣らないものの、その数に圧倒され、じりじりと後退し始めた。徐々に銀時と黒羽の間の距離が縮まり、トン、と背中が当たる。
背中を合わせる四人と一体を、灰色の異形たちが取り囲んでいく。
いわば、前門の
蠢く不気味な鎧集団を前に、銀時は冷や汗を流した。
「……銀さん、マジでごめん」
顔をひきつらせながら、黒羽が言った。
「言うんじゃねーよ。罵る気にもなれねーや」
「…そうだゾ、黒羽。悪イのハここにいるトラ耳野郎だかラ」
いつの間にか起きていたのか、ネズミが弱々しく言った。
「全責任を押し付ける気か、ジェリーもどきが」
「黙れトム。ダイナマイトで自爆して星になレ」
口論の間に、異形たちが雄叫びを上げて突撃を開始した。
誰もがここまでか、と思ったその時。
爆音が辺りを支配した。
けたたましいエンジン音を轟かせ、二台のバイクが異形の集団を跳び越えてきた。
「!!」
目を見開く銀時たちの頭上で、バイクの騎手が一斉に飛び降り、バイクだけが竜の異形に突っ込んでいく。
竜の異形は驚きこそすれ、二台のバイクを難なく受け止め、両腕で左右に殴り飛ばした。飛ばされたバイクはコンテナに激突して大破し、爆発炎上した。
竜の異形は怒りを目に滾らせ、飛び降りた三つの影を睨みつけた。
影はヘルメットを外し、その顔を露わにする。それを見たカクサは、口元を歪めた。
「遅いぞ、
三人のうち一人、精悍な顔立ちの、馬の耳を有する青年が振り返った。
「すまない、途中妨害に遭っていた」
「これでも急いだ方よ」
唯一の女が、もう一人の男とともに騏場の隣に並んでいった。
「さ~て、そろそろやりますかねェ!!」
男が言うのと同時に、三人の姿が白く歪む。次の瞬間、三人がいた場所には、馬、鶴、蛇を模した三体の異形の姿があった。
「!?」
目を見開く銀時の前で、騏場だったものが首だけを向けた。
「ここは俺が相手をする。巽とクレイは彼らを守れ」
「はい!」「オウ!!」
頷くと同時に、三体はそれぞれの武器を手に散開する。
馬の異形は剣と盾を手に、さながら騎士のように竜の異形に立ち向かい、鶴と蛇の異形は、無数の羽根とダガーを手に、背後の集団に斬りかかった。
「この裏切り者がァァァァァァ!!」
竜の異形が、雷のような声で怒鳴った。
銀時は事態の変化について行けず、困惑するばかりだ。
「何がどうなってんだ?」
「な、仲間割れ?」
同じく困惑する黒羽に、抱えられたネズミが顔を上げた。
「……大丈夫、味方サ」
弱々しく笑い、黒羽の腕の中から降りる。
「それよりモ、早く逃げロ」
銀時は一瞬、馬の異形の方を見やるが、すぐに背を向けて走り出す。黒羽も頭を振り、それにつき従った。
「うらぁぁぁ!!」
「オラァ!!」
怒号を上げ、並走する鶴と蛇の異形とともに、異形集団を蹴散らしながら、出口へと急ぐ。オートバジンがマシンガンを放ち、怯んだ彼らを薙ぎ倒していく。
「急ゲ、もう少しダ!!」
ネズミが叫んだ時だった。
またも、ぬるりとした、しかし先ほどよりも冷たい気配が銀時を襲う。
ガキィィィン
咄嗟に木刀を背後に向かって薙いだ銀時は、その音と衝撃によろめいた。同時に、肩口から鮮血が吹き出し、ガクリと膝をつく。
「!? 銀さん!!」
慌てて立ち止まった黒羽。その耳に、知らない声が届く。
「見ーつけた❤」
瞬間、黒羽の両足からも血が吹き出し、力が抜けてしゃがみ込む。
じくじくと鈍く痛む足から目を離し、震える体で黒羽は背後にいる誰かを見上げ、硬直する。
血に濡れた
「フフッ」
海老の異形は笑いながら、細剣の切っ先を黒羽に向けた。
銀時はその姿に、一気に頭に血を上らせた。
「黒羽ァァァァァァ!!」
傷も無視し、銀時は怒号とともに突進する。
だが、怒りに燃える銀時の横を、海老の異形が静かに通り抜け、目を見開く。
二人の姿が重なり、離れ、一拍の間が開く。
静かに佇む海老の異形の後ろで、銀時は体中のいたるところから鮮血を噴き出させ、ドサリと崩れ落ちた。
「ぎっ……」
銀時が倒れた瞬間を見た黒羽は、目を剥いて声を震わせた。
「銀さんんんん!!」
目に涙を浮かべ、目の前の男の名を呼ぶが、男がその声に応えることはなかった。
同時に黒羽から離れた場所に、馬の異形が倒れこんだ。
「ぐああ!!」
「!!」
驚く黒羽。その体が、ふいに激痛とともに浮いた。
竜の異形に蹴られたのだと気付くより前に、黒羽はコンテナの側面に叩き付けられ、「がっ……」と目を剥いて悶絶した。
さらには倒れるのと同時にベルトが外れ、変身が強制解除される。
「ぅ……あ……」
激痛にうめく黒羽。その腹に、重い鎧の足がのせられた。
「ガッ」と空気が灰から漏れ、少女の体が地面に沈む。
「まずい……!!」
異形を相手に奮戦していたカクサが、それを見て舌打ちする。すると、カクサは蛇の異形に目配せを送り、黒羽の落としたベルトの方を示した。
蛇の異形は頷き、無駄のない動きで急ぎ、ベルトをかっさらう。
カクサはそれを確認し、他の者の方を向いた。
「ここは一旦引く、撤退だ!!」
「!」
「!?」
カクサの例に、何人かは銀時たちを見て難色を示すが、すぐに合理的理由を理解し従っていく。カクサも自分のケータイを操作し、自身のサイドカーを呼び出してすぐに乗り込む。
馬の異形、騏場だけは拳を震わせていたが、カクサの「急げ!!」という声でそれを振り払う。そして、下半身を馬の首から下に変貌させ、ケンタウロスのような姿で撤退を始めた。
カクサ達は異形をはねのけ、夜の闇へと消えていく。
何体かの異形たちが追っていく中、竜と異形の姿が歪み、一組の男女の姿になる。
「……ようやく、第一段階終了ね」
「チッ……、殺したりねーな」
竜の異形だった青年は、不機嫌そうに足を踏み鳴らして去っていく。遅れて海老の異形だった女も、クスリと笑って背を向けた。
「後は任せるわ。丁重に扱いなさい」
女の命令に、数人の異形が従い、銀時と黒羽に近づいていく。
迫る足音を聞きながら、黒羽は必死に手を伸ばそうとしていた。
「…………ぎ……」
朦朧とする意識の中、黒羽はすぐ近くにいて、しかし手の届かない位置で地の海に沈んでいる銀髪の男を、必死に求める。
「……銀、さん」
震える手が、届きそうになった時。
少女は力尽き、その手は血の海に落ちた。