―――………き……。
銀時…。
「銀時!」
強く呼び掛けられ、銀時は寺の縁側で目を覚ました。
見上げると、そこには銀の髪を垂らし、金色の目で銀時を見下ろす獣人の女の姿があった。切れ長の目を向け、微笑んでくる。
銀時はため息をついた。
「……伏か」
「調子が悪そうだな。また遊郭で女にフラれたか」
「うるせーよ。おかんかテメーは」
「図星か……」
伏はフッと笑うと、銀時の隣に腰を下ろした。
「あんな場所に通わずとも、夜が寂しければ私が相手をしてやるものを…」
「黙れロリババア。俺より五つ下のクセに何大人のお姉さんぶってんだ」
額に青筋を立てて銀時が言うが、伏は涼しい顔だ。
「狼牙の体質を忘れたか? 私はもう婚姻も
「年頃の女がんな台詞を口にするんじゃありません!! メッ!!」
「ふん。こんな性格になったのはお前たちの影響だぞ?」
伏の皮肉に、銀時は「ったく…」と悪態をついてそっぽを向く。
伏はそんな銀時を見やり、ため息をついて寺の境内を眺め、銀時の隣で長い間ぼんやりとしていた。
風に吹かれ、雲が流れる。
流れていく雲の陰と、風に揺れる草木を眺めていると、唐突に伏が口を開いた。
「……銀時」
「あん?」
伏の声は、ひどく不安気だった。大人っぽさを演じていた表情も、今はいくらか影を帯び、幼く見えた。
「お前は、もしもの世界を想像したことはあるか?」
「……はあ?」
気の抜けた返事をする銀時に、伏は真剣なまなざしを向けた。
「…もしも、天人が来なかったら。もしも、先生が連れて行かれず、今も私たちとともにいたら……。もし、私が天人などではなく、ただの地球人の女の子だったら……、お前は、何か変わっていただろうか」
「…………」
銀時は答えず、伏をまっすぐに見つめる。
サァァ、と木々が揺れる音を聞きながら、伏はふいに目をそらした。
「……忘れてくれ。いつもの戯言だ」
恥ずかしくなったのか、頬を染めた伏は手を振って、その場で立ち上がり背を向ける。だが、尻尾は悲しげに垂れ下がっていた。
その時、伏の背中に向かって銀時は口を開いた。
「……変わんねーよ、何も」
伏は背を向けたまま、立ち止まった。
「テメーが誰だろーが、昨日が違ってよーが、…テメーがいねー今なんざ、俺にとっちゃあり得ねーよ。過去を思い返しても何も変わんねー」
銀時はごろりと寝転がり、頬杖をついて空を見上げる。
「テメーが何を迷ってんのかしらねーが、ソイツがテメーの決めた道なら、振り返らねーで、その道へ行け」
「…………」
伏は黙り、拳を握りしめる。そして、強く噛んでいた唇をゆるめ、微笑んだ。
その時、銀時が起き上がって縁の下に降り、手ごろな大きさの石を拾う。と、次の瞬間銀時は、その石を草むらに向かって全力投球した。
「そんでテメーら何やってんだァァァァァ!!」
「ぶごををを!?」
草むらの中に隠れていたモジャモジャとロン毛の顔面に、石はクリーンヒットする。二人は鼻を押さえながら慌てて立ち上がった。
「待っ、ままま待て銀時! 俺たちは別にやましい気持ちで覗いていたのでは……」
「そうじゃ!! わしらは別におんしらのラブシーンなんぞ期待してな……」
「バカ!!」
ブチッ、と銀時の何かがキレ、銀時はモジャモジャとロン毛に襲い掛かった。
「テメーらの罪を数えろォォォォ!!」
草むらに突撃し、取っ組み合いを始めた三人に、伏は呆れてため息をつき、次いでその様子を愛おしげに見つめた。
そこへ、二人の黒髪の青年が近づいた。
「……またやってんのか」
「いつも元気ですね」
呆れた口調の二人に、伏は肩をすくめてみせる。
小柄な方の黒髪の青年が腰を下ろし、喧嘩を続ける三人を眺める。
その隣に立ち、伏は小さな声で何かを呟いた。
「ん? なんか言ったか?」
青年が気付くと、伏は「何でもないさ」と首を振る。そして、髪をかきあげると、また 唐突に口を開いた。
「……高杉、黒子野」
呼ばれた青年たちは、訝しげに振り向いた。
伏は銀時の方を見つめたまま、先を続ける。
「…さっき、決めたことがあるんだ。後で、みんなに伝えてほしい」
微笑みの消えた真剣な表情で、伏は言う。
「私は……」
「!!」
闇の中、銀時の意識は覚醒した。
まず目に入ったのは、埃っぽい独房を塞ぐ鋼鉄の格子。外のランプの僅かな明かりだけが、中の様子を照らし出している。
「……こいつは」
銀時は険しい表情で、格子を凝視した。
一瞬、何がなんだか分からなかったが、もう思い出した。そして、理解した。
あの化け物達の仕業で、こんなところにいるのか。銀時はイラつきながら、獰猛に口元を歪めて外を睨みつけた。
「…なんや、新入りかいな」
面白がるような声が、すぐ近くから聞こえた。
銀時は振り向くと咄嗟に身構え、腰に手を当てる。だがそこに木刀が無いのを感じ、仕方なく警戒したまま目を凝らす。
闇の中で、長身の体が動く。頭から伸びる、曲がった角の横から、山羊の耳がのぞいた。
山羊男は銀時を興味深そうに見ながら、再び口を開いた。
「災難やったのう。こんな狭っ苦しい所に連れてこられて。…まぁ、この中にぶち込まれとるぐらいや。ここが運の尽きと諦めるこっちゃな」
どこか軽い感じのする男に、銀時は目を細めた。
「…あんた、何者だ。ここはどこだ」
「……なんや、知らずにつれてこられたんか。不憫やのう……」
男はえっこらしょ、と体を起こし、あぐらをかいて向き直る。
「名乗るほどでもないけども、まぁ、ハナガタとでも呼んでくれや。…んで、ここはアニマの地下牢や」
「アニマだと?」
「せや」
ハナガタは頷くと、銀時の格好をじっと見た。
「あんさんもここに連れてこられとるっちゅうことは、かなり腕が立つんやろう。ここにぶち込まれとる奴らは、同じように多少名のある戦士や傭兵ばっかりや」
「どういう事だ?」
「簡単や」
ハナガタはため息をつき、頭上を仰ぐ。
「ここにおる連中は、もうじき人でなくなる。鎧の化け物になって、スマートブレインの忠実な
「!?」
銀時は目を見開いた。
鎧の化け物と聞き、思わず詰め寄る。
「オイ、その化け物ってのは、灰色の奴らか?」
「…そうや」
「じゃあ、教えてくれ。あいつらは、一体なんなんだ?」
「…………」
ハナガタは黙り、腕を組んでまた説明を始めた。
「オルフェノク。……早い話が、素質があった人間が、いっぺん死んで蘇り、力に覚醒した……いわゆる進化した人間。普段は普通の人間と変わらへん。せやけどあの化け物の姿になれば、生物を圧倒的に凌駕する能力を誇る」
「…進化した人間ねェ」
銀時は半目で呆れたように呟く。
「多くのオルフェノクは力を隠し、普通の人間に紛れて暮らしてきた。…せやけど最近になって、一部のオルフェノクが現状に異を唱え始めた。力を有する自分らが、なんで陰でひっそりしとらなアカンのかってな」
「…そいつが、内乱のきっかけか」
「せや。支配を望む革命派と、共存を望む反乱派。…アニマは真っ二つに分かれた」
ハナガタの声は沈み、独房に声は響かなくなった。
「革命派はじきに、オルフェノクの
「……!?」
「奴らは宇宙中から名のある強者を捕え、自分らの駒として作り変えていっとる」
ハナガタは説明を終えると、大きくため息をついた。
「ここにおるんは、皆先の大戦やら内乱やらで戦っとった者たちばっかや。…あんさん、よう見たら地球の侍っちゅう奴やろ。特に奴らは、アンタらを狙っとるんや。攘夷戦争ゆうたか? あの戦いで、侍は今や宇宙に知れ渡ったからのぉ……」
銀時は聞きながら、ある者たちのことを思い出していた。
―――狗神ぃぃぃぃ!!
あのオコゼの怪物は、もしかしたら攘夷戦争の折、伏と戦ったことがあったのかもしれない。そして敗北し、死んでオルフェノクとして蘇った。そして、復讐しようとした。
人を捨ててまで、恨みを晴らしたかったのだろうか。
たとえ、その娘が相手でも。
「…………!!」
銀時はハッとなった。
思わずハナガタに掴みかかり、詰め寄った。
「オイ、俺の他にガキが連れてこられなかったか!? 俺と同じ銀髪の奴だ!!」
「…………」
ハナガタは銀時を見つめ、ややあって頷いた。
「……ああ、来たで」
「どこにいる!?」
「……奴らの下っ端が、目も覚まさんうちに連れて行きおった」
重い声で、ハナガタは答えた。
銀時は「クソッ!!」と悪態をつき、格子を殴った。
そんな銀時に、ハナガタは宥めるように語りかける。
「…あんさん、悪いことは言わん。諦め。奴らが連れてったっちゅうことは、もうどういう事かわかっとるやろ?」
悲痛な顔で、銀時は歯を食いしばった。
「…もうあの娘とは、人として会うことはできへんで」
*
白い、不気味なほど白い空間。
汚れ一つ無い壁と、無数の機械がぶら下がる天井。
その中心に、黒羽はいた。
四肢を拘束され、生まれたままの姿で、少女は機械が取り囲む寝台の上で、眠り続けていた。
僅かな機械の作動音だけが聞こえる中、少女にとって絶望の時間が、刻一刻と近づきつつあった。