第二十五訓 そして、親父となる
―――…オーイ。
何やってんだ、そんなトコで。
遠い記憶、その中で、少年は少女にそう呼びかけた。
困惑した表情の少女に、少年はにやりと笑う。
―――こっちに来いよ。
誰もお前を拒んだりしねーからよ。
少年は笑い、少女に手を差し出した。
ギャリィィィンッ
火花を散らし、刀と爪が打ち合わせられる。
白き
―――銀時、そこは違うぞ。こうやるんだ。
―――……おい、伏。頼むから俺と脳みそ取り換えてくんない?
ぶつかり合うたび、火花が散る度、灰狼の脳裏には、見覚えのない映像が次々にフラッシュバックしていく。そしてそれが、痛いほどに胸に突き刺さっていく。
何だ、これは……。
戦いの中、灰狼は誰にともなく問いかける。
―――こっちに来るんじゃねェ、化け物!!
―――テメーのせいで俺達の生活メチャクチャだ!!
―――うっ…、ひっく……。
―――おいテメーらァァァ!!
伏に何してんだコラァァァ!!
なんだコレは……!
―――…ち、畜生……!
松陽先生ェェェェェェ!!
―――銀時、いつか……、いつか必ず…………!!
先生を取り戻そう……!!
―――伏、俺の背中預けるぜ……。
―――承知した!!
―――出陣じゃあああああ!!
―――二人に続け、前へェェ!!
―――奴らを死なせるなぁぁ!!
―――狗神?
―――お前の二つ名だそうだ。
二本の刃を牙のように携え、戦場を駆る異形の姫。
そう呼ばれているそうだ。
―――伏ちゃんんんん!!
結婚してくれェェェェ!!
―――ノーセンキュー!!
―――…私は、
臆病者と呼んでくれても構わない。…でも私は。
―――誰も呼ばねーよ。
誰より傷ついて、それでも戦ってきたお前を、誰も責めねーよ。
お前は、誰よりも気高い女だ。
―――すまない。後は頼む、……黒子野。
―――いいえ、……それが、
―――…………なら、これから私が言う事も、忘れていてくれ。
お前たちといられて、楽しかった、幸せだった……!!
さよなら、ありがとう。
なんだコレは!!
「黒羽ァァァァァァァァァァァ!!」
刀を水平に構え、銀時は怒号とともに突進する。
「ゥオオオオオオオオ!!」
黒羽も咆哮を上げ、メリケンサックを振りかぶる。
刀と牙が交差し、その刹那、二人の仲を、伏の記憶が駆け巡る。
銀時の手から、刀の柄が離れた。
「……私の胎内に、お前の遺伝子を?」
冷たい目で、伏は目の前の白衣の男を睨みつけた。
「そうだ。理論は完璧だ。これで我々は、最強の戦士を生み出す技術を証明できる」
ロズワは興奮した様子で、伏に小さな試験管を差し出した。赤黒い液体の入ったソレを見下ろし、伏は嘆息した。
「…私に、お前の女になれと?」
「ん? 妙なことを言うな。これから崇高な実験だというのに、女というのはそんなことを気にするのか……面倒だな」
「…………そうか」
伏は試験管を受け取り、ロズワに背を向ける。
ロズワはにやりと笑うと、部屋の出口にスキップでもしそうな勢いで向かっていった。
「君も体調には気を付けたまえ。大事な容器なんだからね!!」
「…………」
高笑いして去っていくロズワの後ろで、伏は一枚のハンカチを眺めていた。
赤黒いしみがついたままのソレは、いつの日か本当に惚れていた男の血を拭いたものだった。
バンッ、と机を叩き、ロズワは頭を抱えていた。
「なんという事だ……。理論は完璧だったはずだったのに……、あんな出来損ないが生み出されるなんて……!!」
口汚く吐き捨て、ロズワは机の上の書類を払いのけ、怒りを露わにする。
「クソッ……あの失敗作がァァァ!!」
癇癪を起こし、暴れるロズワ。その部屋の扉の陰で、伏は一人の赤子を抱き、静かに佇んでいた。
外に出て、夜風に当たりながら我が子の頭を撫でる。
青い月光が、砂の海を染める幻想的な光景を前に、伏は子の顔を眺めた。
「……お前は、何も心配するな。あの
クセのある銀髪、アイツを思わせる頭を撫で、伏は一人語りかける。
「誰が何と言おうと、お前は私の子だ。……私と、あいつの」
目から、熱いものが零れる。
涙に濡れる頬を寄せ、眠る小さな赤子に頬ずりする。
「私達の
闘技場に突き刺さる、一本の刀。
その奥に膝をつく銀髪の侍は、一人の少女を抱きしめていた。
男の腕の中で、少女は身を固くする。
「……なんで、斬らなかったんだよ」
肩を震わせ、黒羽は口を開いた。
銀時は黒羽の長く伸びた髪を抱え、優しく見下ろす。
「…俺ァよ、あいつと約束してんだ。必ず、戻るって。あいつには、先に約束破られちまったけどよぉ、せめて、あいつの魂継いだお前だけは、取りこぼすわけにはいかねーんだ」
ヒクッ、ヒクッと黒羽の方が揺れる。カチカチとなる歯を開き、言葉を返す。
「オレは…、もう人間じゃねェんだぞ。人を傷つけて、食う、ただの化け物になっちまったんだぞ。……こんな化け物に、もういていい場所なんてないよ」
「…バカヤロー」
銀時は、黒羽の体を抱く力を強める。
「誰もお前を否定しやしねーよ。…アイツは、同族よりも自分の魂信じぬいたんだ。もう、誰もお前を裏切りゃしねーよ」
「…違う」
キュ、と銀時の着物を掴み、黒羽が声を漏らした。
「オレは…、人に裏切られんのが怖いんじゃない。人と親しくなんのが怖いんだ」
ポタポタと、雫が地面に落ちていく。
震える体で、黒羽は自分の言葉を紡ぐ。
「……オレが、人を裏切んのが怖いんだ」
「…………」
眉間にしわを寄せ、銀時は少女の背中を見つめる。
「今は大丈夫でも、いつかアンタを裏切るかもしれない。…傷つけるかもしれない。オレがようやく手にできた繋がりを、オレの手で壊すかも知れない。それが、死ぬほど怖くて怖くてしょうがないんだ」
「…………」
銀時は顔を上げ、ため息をついた。
「……そうやって、お前は逃げるのか」
「!! ……オレは」
「テメーはただ、嫌なことに目を背けて、自分が傷つきたくないだけだ。痛みに向きあわねーで、逃げてるだけだ」
「ッ………」
「あいつは逃げなかったぞ。自分の戦いから」
「…………」
着物を掴む力が強まるが、銀時は構わずに続ける。
言わなければならない、これだけは。
「傷つくことを恐れるな。好きなだけ泣きゃいいじゃねーか。人は泣きながら生まれてくる。コイツはどうしようもないことだ。…だがな」
言葉を切り、天井を仰ぐ。
「死ぬときに泣くか笑うかは、
ビクン、と黒羽の体が震える。
「お前が苦しいとき、悲しい時、俺も一緒に泣いてやる。お前が嬉しい時、楽しい時、俺も一緒に笑ってやる。これ以上
フッと微笑み、黒羽の髪を撫でる。
「お前は俺の、俺達の娘だ」
黒羽は唇を噛み、俯く。
震える体で、ゆっくりと手を伸ばし、男の背に触れ、抱きつく。
「…………ずっと」
言葉が、漏れる。
心が、魂が歓喜する。
「…ずっと…、ずっと…、ずっと…、ずっと……」
顔を上げ、銀時を見上げる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔だったが、そこには、晴れやかな笑顔があった。
「会いたかったよ………………………………親父」