【完結】銀魂 銀狼篇 ~白夜叉鎮魂歌~   作:春風駘蕩

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第三幕 人
第二十五訓 そして、親父となる


 ―――…オーイ。

    何やってんだ、そんなトコで。

 遠い記憶、その中で、少年は少女にそう呼びかけた。

 困惑した表情の少女に、少年はにやりと笑う。

 ―――こっちに来いよ。

    誰もお前を拒んだりしねーからよ。

 少年は笑い、少女に手を差し出した。

 

 ギャリィィィンッ

 火花を散らし、刀と爪が打ち合わせられる。

 白き夜叉(おに)と灰燼の狼は、狂気に満ちた闘技場(コロシアム)で互いの命を削りあう。悲しき運命(さだめ)の波に流され続けた二匹の獣に、迷いなどなかった。

 

 ―――銀時、そこは違うぞ。こうやるんだ。

 ―――……おい、伏。頼むから俺と脳みそ取り換えてくんない?

 

 ぶつかり合うたび、火花が散る度、灰狼の脳裏には、見覚えのない映像が次々にフラッシュバックしていく。そしてそれが、痛いほどに胸に突き刺さっていく。

 何だ、これは……。

 戦いの中、灰狼は誰にともなく問いかける。

 

 ―――こっちに来るんじゃねェ、化け物!!

 ―――テメーのせいで俺達の生活メチャクチャだ!!

 ―――うっ…、ひっく……。

 ―――おいテメーらァァァ!!

    伏に何してんだコラァァァ!!

 

 なんだコレは……!

 

 ―――…ち、畜生……!

    松陽先生ェェェェェェ!!

 ―――銀時、いつか……、いつか必ず…………!!

    先生を取り戻そう……!!

 

 ―――伏、俺の背中預けるぜ……。

 ―――承知した!!

 ―――出陣じゃあああああ!!

 ―――二人に続け、前へェェ!!

 ―――奴らを死なせるなぁぁ!!

 

 ―――狗神?

 ―――お前の二つ名だそうだ。

    二本の刃を牙のように携え、戦場を駆る異形の姫。

    そう呼ばれているそうだ。

 

 ―――伏ちゃんんんん!!

    結婚してくれェェェェ!!

 ―――ノーセンキュー!!

 

 ―――…私は、宇宙(そら)へ戻るよ。

    臆病者と呼んでくれても構わない。…でも私は。

 ―――誰も呼ばねーよ。

    誰より傷ついて、それでも戦ってきたお前を、誰も責めねーよ。

    お前は、誰よりも気高い女だ。

 

 ―――すまない。後は頼む、……黒子野。

 ―――いいえ、……それが、(ぼく)の仕事ですから。

 ―――…………なら、これから私が言う事も、忘れていてくれ。

 

    お前たちといられて、楽しかった、幸せだった……!!

    さよなら、ありがとう。

 

 なんだコレは!!

「黒羽ァァァァァァァァァァァ!!」

 刀を水平に構え、銀時は怒号とともに突進する。

「ゥオオオオオオオオ!!」

 黒羽も咆哮を上げ、メリケンサックを振りかぶる。

 刀と牙が交差し、その刹那、二人の仲を、伏の記憶が駆け巡る。

 銀時の手から、刀の柄が離れた。

 

 

「……私の胎内に、お前の遺伝子を?」

 冷たい目で、伏は目の前の白衣の男を睨みつけた。

「そうだ。理論は完璧だ。これで我々は、最強の戦士を生み出す技術を証明できる」

 ロズワは興奮した様子で、伏に小さな試験管を差し出した。赤黒い液体の入ったソレを見下ろし、伏は嘆息した。

「…私に、お前の女になれと?」

「ん? 妙なことを言うな。これから崇高な実験だというのに、女というのはそんなことを気にするのか……面倒だな」

「…………そうか」

 伏は試験管を受け取り、ロズワに背を向ける。

 ロズワはにやりと笑うと、部屋の出口にスキップでもしそうな勢いで向かっていった。

「君も体調には気を付けたまえ。大事な容器なんだからね!!」

「…………」

 高笑いして去っていくロズワの後ろで、伏は一枚のハンカチを眺めていた。

 赤黒いしみがついたままのソレは、いつの日か本当に惚れていた男の血を拭いたものだった。

 

 バンッ、と机を叩き、ロズワは頭を抱えていた。

「なんという事だ……。理論は完璧だったはずだったのに……、あんな出来損ないが生み出されるなんて……!!」

 口汚く吐き捨て、ロズワは机の上の書類を払いのけ、怒りを露わにする。

「クソッ……あの失敗作がァァァ!!」

 癇癪を起こし、暴れるロズワ。その部屋の扉の陰で、伏は一人の赤子を抱き、静かに佇んでいた。

 外に出て、夜風に当たりながら我が子の頭を撫でる。

 青い月光が、砂の海を染める幻想的な光景を前に、伏は子の顔を眺めた。

「……お前は、何も心配するな。あの馬鹿(バカ)はもういろいろと手遅れだ」

 クセのある銀髪、アイツを思わせる頭を撫で、伏は一人語りかける。

「誰が何と言おうと、お前は私の子だ。……私と、あいつの」

 目から、熱いものが零れる。

 涙に濡れる頬を寄せ、眠る小さな赤子に頬ずりする。

「私達の(こころ)を継ぐ、希望の子だ」

 

 

 闘技場に突き刺さる、一本の刀。

 その奥に膝をつく銀髪の侍は、一人の少女を抱きしめていた。

 男の腕の中で、少女は身を固くする。

「……なんで、斬らなかったんだよ」

 肩を震わせ、黒羽は口を開いた。

 銀時は黒羽の長く伸びた髪を抱え、優しく見下ろす。

「…俺ァよ、あいつと約束してんだ。必ず、戻るって。あいつには、先に約束破られちまったけどよぉ、せめて、あいつの魂継いだお前だけは、取りこぼすわけにはいかねーんだ」

 ヒクッ、ヒクッと黒羽の方が揺れる。カチカチとなる歯を開き、言葉を返す。

「オレは…、もう人間じゃねェんだぞ。人を傷つけて、食う、ただの化け物になっちまったんだぞ。……こんな化け物に、もういていい場所なんてないよ」

「…バカヤロー」

 銀時は、黒羽の体を抱く力を強める。

「誰もお前を否定しやしねーよ。…アイツは、同族よりも自分の魂信じぬいたんだ。もう、誰もお前を裏切りゃしねーよ」

「…違う」

 キュ、と銀時の着物を掴み、黒羽が声を漏らした。

「オレは…、人に裏切られんのが怖いんじゃない。人と親しくなんのが怖いんだ」

 ポタポタと、雫が地面に落ちていく。

 震える体で、黒羽は自分の言葉を紡ぐ。

「……オレが、人を裏切んのが怖いんだ」

「…………」

 眉間にしわを寄せ、銀時は少女の背中を見つめる。

「今は大丈夫でも、いつかアンタを裏切るかもしれない。…傷つけるかもしれない。オレがようやく手にできた繋がりを、オレの手で壊すかも知れない。それが、死ぬほど怖くて怖くてしょうがないんだ」

「…………」

 銀時は顔を上げ、ため息をついた。

「……そうやって、お前は逃げるのか」

「!! ……オレは」

「テメーはただ、嫌なことに目を背けて、自分が傷つきたくないだけだ。痛みに向きあわねーで、逃げてるだけだ」

「ッ………」

「あいつは逃げなかったぞ。自分の戦いから」

「…………」

 着物を掴む力が強まるが、銀時は構わずに続ける。

 言わなければならない、これだけは。

「傷つくことを恐れるな。好きなだけ泣きゃいいじゃねーか。人は泣きながら生まれてくる。コイツはどうしようもないことだ。…だがな」

 言葉を切り、天井を仰ぐ。

「死ぬときに泣くか笑うかは、自分(テメー)次第だ」

 ビクン、と黒羽の体が震える。

「お前が苦しいとき、悲しい時、俺も一緒に泣いてやる。お前が嬉しい時、楽しい時、俺も一緒に笑ってやる。これ以上自分(テメー)の心を殺すな。魂を殺すな。お前はもう、一人じゃねェ。万事屋が、かぶき町が、お前の家で、家族だ。もう、一人で戦おうとするんじゃねェ」

 フッと微笑み、黒羽の髪を撫でる。

「お前は俺の、俺達の娘だ」

 黒羽は唇を噛み、俯く。

 震える体で、ゆっくりと手を伸ばし、男の背に触れ、抱きつく。

「…………ずっと」

 言葉が、漏れる。

 心が、魂が歓喜する。

「…ずっと…、ずっと…、ずっと…、ずっと……」

 顔を上げ、銀時を見上げる。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔だったが、そこには、晴れやかな笑顔があった。

 

「会いたかったよ………………………………親父」

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