爆炎が立ち上る、スマートブレイン社最上階。
そこに立つ七人を前に、ロズワは憎々しげに顔を歪めているようだった。悪魔のようなその顔が、さらに醜悪な形になっているように見えた。
「……予想外だったな……。まさかここまで来るとは……」
怒りに声を震わせ、ロズワは拳を握りしめる。
「白夜叉…、狗神…。貴様らはいつも私の邪魔をする」
「オイオイ、そりゃ被害妄想ってやつだぜ、社長さんよ」
憎たらしい笑みを浮かべ、銀時が言った。
「俺ァずっと、俺が歩きてェと思った道を歩いてきた。誰かの邪魔をした覚えは一度たりとも無ェよ」
「ほざけ!! 貴様らが大人しくしていれば、私の計画は間違いなく完遂したのだ。…それを、それをををを!!」
見る間に、ロズワの怒りのオーラが膨れ上がっていく。
だが、対する銀時はどこ吹く風といった姿勢を崩さない。
「……俺ァ、昔から真っ直ぐ歩けなくてな。右も左も間違えりゃ、大事なもの落とすことも、見つけられずに失くしたこともあった。…けどな、それも全部、俺がずっと歩いてきた足跡だ。俺だけじゃねェ、仲間と作ってきた道だ」
ギン、と銀時の目が鋭く光る。
肩に背負っていた刀を構え、切っ先をロズワに向ける。その目はもう、死んでいなかった。
「どけ。そこは、俺達が歩く道だ」
静かな殺気に、辺りの音が消える。
ロズワは握りしめていた拳を解き、鞭の柄を手に取った。
「…………そうか、よくわかった」
ビシィッと鞭を振るい、高い音を響かせる。するとその音に従うように、ぞろぞろとオルフェノク達が集まり始めた。
ロズワは鞭を両手で持ち、残虐な笑みを浮かべてみせた。
「貴様ら人間は、絶滅すべき愚かな種族だということがな」
ロズワの隣に、新しい飛行ユニットを背負ったレオが降り立つ。バシュッ、という音とともに外れたユニットの中から現れた、青い光刃を持つトンファーを構え、レオは銀時たちを見据える。
銀時と黒羽は、背中を合わせるように立ち、ロズワ達に剣の切っ先を向ける。
「……いいか、テメーら。よく聞いておけ」
銀時は仲間たちに背を向けたまま、しっかりと言った。
「背中、預けるぜ」
新八たちは、無言で頷く。
その姿に、ロズワの怒りが頂点に達した。
「かかれェェェェ!! 下等種族どもを根絶やしにしろォォォ!!」
「ォォオオオオオオオオオオオオ!!」
「シャアアアアアアアアア!!」
咆哮と怒号が飛び交い、オルフェノク達の軍勢が、新八たちに襲い掛かった。
ヒュンと剣を振るい、銀時は新八たちと背中を合わせ、そして駆け出した。
まず向かってきたイルカとガゼルのオルフェノクを、黒羽とともに叩き斬り、踏み潰す。銀時と黒羽は共に並び、次々に向かってくる異形の群れを斬り捨てていく。互いの位置、呼吸、目線を互いを見ることなく把握し、まるで打ち合わせていたかのような阿吽の呼吸で刃を振るい、戦いに身を投じる。
新八たちも気合を込め、それぞれの得物と共にオルフェノク軍に突撃した。
「死ねェェ!! 下等種族ぅぅぅ!!」
「!?」
風を切り、肉を断つ鞭が黒羽に迫る。
だが黒羽は、軽く横目を向けただけでその軌道を読み、小さな移動でそれを回避していった。
[
空中へと跳び上がりながら、腕時計型ツールからメモリーを抜き、ケータイに差し込む。即座に胸の装甲が展開して肩に装着され、ラインが銀に染まる。
そして、腕時計のボタンを押した。
[
キィ―――ンと言うジェット音が鳴り響き、黒羽は高速のスピードに達した。
10秒間の間に、黒羽の光剣がロズワに何百発も叩き込まれ、ロズワの全身から火花を散らせた。ドシャッ、倒れたロズワの前で、黒羽の装甲が元に戻った。
「ぐおおおおお!!」
ロズワは苦悶の声を漏らし、倒れ伏す。全身から煙を立ち上らせながら、膝をついて黒羽を驚愕の目で凝視する。
「ば……、馬鹿な。何故、これほどの力を、あの失敗作が……!?」
戦慄するロズワを前に、黒羽はベルトのメモリーをポインターに挿し、右足に装着して姿勢を落とす。両手を膝の上に乗せ、前屈姿勢でロズワを見据える。
「喰らえ………!!」
黒羽は全身に力を溜め、高く高く跳躍した。
「ウオラァァァァァ!!」
赤いエネルギー体に包まれた黒羽が、ロズワの体を貫こうとしたその瞬間。
ズガァァン
横から飛来した灰色の何かが、黒羽の脇腹に激突し、必殺の攻撃を強制的にキャンセルさせた。
「うわっ!?」
黒羽は地面にたたき落とされ、転がる。すぐさま起き上がって相手を見据えた。
そこには、一人の影がいた。前髪に隠され、その表情を伺うことはできないが、見たことのある風貌の男だった。
グルルルと唸りながら、姿勢を低く目を光らせる。身構える黒羽を見やりながら、倒れていたロズワはニヤリと残虐な笑みを浮かべた。
「……教えてくれないか? 君たちの言う道というのは……」
影の姿を目にし、ネズミたちは目を見開く。その様子を面白げに見ながら、ロズワは言い放つ。
「仲間の屍を踏み越えてでも歩んでいくものなのかい?」
そこにいたのは、一本の漆黒のベルトを腰に巻いた、騏場だったからだ。
「き、騏場……」
「なんでお前がっ…」
親しかったネズミと巽は、動揺を隠せない。冷たい目を向ける兎姫も、一筋の汗を流して言葉を失っていた。
騏場は光彩の消えた目で、一同を見やった。
「…俺はただ、理解しただけだ。スマートブレインの正しさと……、人間の愚かさを」
懐から取り出した金色のベルトを腰に巻き、騏場は言った。
取り出した一機のケータイに、ネズミの表情が青ざめた。
「お前っ……そのベルトハッ!?」
「ご紹介しよう。我が社の新たなる精鋭だ」
笑みを深め、ロズワが手で示す。
騏場はケータイを開き、「000」と打ち込み、目前に掲げた。
「変身……」
[
小さく呟き、騏場はベルトにケータイを収める。
金の光のラインが走り、騏場の体を包んでいく。騏場の体を漆黒の戦闘スーツが包み、同じく黒い鎧が覆っていく。腰布がはためき、胸と額に「Ω」を模した金のラインが走り、瞳が赤く光る。
騏場は憎悪を目に燃やし、銀時たちに剣を向けた。
「〝地〟のベルトに選ばれた、新人類だ」
ロズワが言うが早いか、騏場は怒号とともに黒羽に襲い掛かった。
「くっ!!」
黒羽は瞬時に起き上がり、騏場の剣を躱す。すぐさま跳躍し、騏場から大きく距離を取る。
ガキンッ、と剣が火花を散らし、甲高い音を鳴らした。
「黒羽っ……」
駆け寄ろうとした銀時を、黒羽は手で制し、騏場に向き直った。
騏場は剣を持ち上げながら、黒羽を見つめた。
「……なぜ、アニマが宇宙に宣戦布告などし、世界を敵に回したか、分かるか?」
「…………」
黒羽は答えず、眉をひそめたままじっと騏場の目を見返した。
否定と受け取った騏場は、先を続ける。
「それは、勢力を広げ、世界を掌握するため。それは間違いじゃない。…だが、本当の目的は違う」
カツン。一歩踏み出し、黒羽に近づいていく。黒羽はその場から一歩も動かず、騏場を見据えたままだ。
「本当の目的は、……アニマの住人が生き残れる環境を手に入れるため。…それが、前社長が掲げた理想だった」
「…………?」
遠回りな騏場の言葉に、聞いていた新八と神楽は首を傾げる。だが、ネズミや兎姫、銀時や黒羽はその目を細めた。
「…分からないか。……この惑星は
「!?」
目を見開く二人を余所に、その先を続ける騏場とレオ。騏場は黒羽の数歩前に立ち、真っ直ぐに向き直った。
「草木はほぼ死に絶え、水は渇き、文明は衰えた。もはやこの星に再生する力は残されていない。資源は根こそぎ使い尽くされ、人も生物も痩せ細っていく。……そのための戦争だ」
「新たに星を手に入れなければ、待っているのは……絶滅だけだ」
レオが続くように言うと、新八がその場から声を張り上げた。
「武力に頼らなくても……、戦わずに解決する問題もあったはずです!! 互いに話し合えば、こんなことしなくても!!」
「黙れ!!」
厳しい声に、敵味方双方が言葉を失った。
「……お前もあの人と同じように、叶いもしない理想を騙るのか。話し合えれば、語り合い分かり合えば道はあると、信じて理想に溺れ、裏切られた先生と同じように!!」
「……!!」
騏場は剣を構え、柄を強く握りしめ、切っ先を黒羽に向けた。
「俺達を見ろ。人間など簡単に殺せる力を持った化け物だ。たとえ歩み寄ろうとも、人はその力を恐れ、受け入れたりはしない!! 分かり合うことなどできない!!」
ブゥゥゥン、とレオのトンファーが唸りを上げ、刃が鳴動する。
「あの人の教えは矛盾だらけだ!! 叶いもしない理想や夢では、人を導くことなどできない!! ……俺達は真理を見出した。支配以外にオルフェノクが生き残る道など存在しない!!」
魂の叫びが、新八たちの心をうつ。その正しさに、迷いが生じてしまう。
再び、二人の宿命を背負った戦士が殺気を迸らせる。
「俺達が人を導く!! あの人は失敗したんだ……!?」
言いかけた騏場の言葉が、急に止まる。
突き出された刃の切っ先が、黒羽によって掴まれたのだ。
「ギャーギャーギャーギャー喧しいんだよ、オンドゥルですかコノヤロー」
心底呆れたような、チンピラのような声が、全員の耳に届いた。
騏場とレオは表情を歪め、声の主を睨みつけた。
「! ……何だと」
視線を受けると黒羽は、気だるげに二人を見やった。その目はまるで、出来の悪い子供に呆れ、諌めているようだった。
「テメーらは単に、お袋の夢を、叶わねェと斬り捨てたんじゃねェ。叶えらんねェと最初から決めつけて、諦めてるだけじゃねーか。……だとしたら、カッコ悪ぃよ、アンタら」
黒羽の言葉に、騏場は目を細める。
「…俺にとって夢や理想は、呪いと同じだ。途中で挫折した者は、ずっと呪われたままだ」
「……だから、最初から持たないってかよ」
吐き捨てるように言い、黒羽は怒りに顔を歪める。
「呆れるぜ。お前それでもお袋の教え子か。テメーのやってることは何でもねェ、逃げてばかりの臆病者のやることじゃねーか!」
「ほざけェ!! お前に何が分かる!?」
激昂した騏場が、剣を振るって黒羽を払う。黒羽の掌が斬られ、鮮血が舞った。
憎悪を向けられても、黒羽は怯まず、それどころか前に一歩踏み出し、姿勢を落として顔を下げる。
そして、天を大きく仰いで高々と、吠えた。
「ゥオオォォオォオオオオォォオオォオオオオオ!!」
瞬時に、黒羽の姿が歪んでいく。白く、刺々しい鎧のような外殻に包まれた、狼を模したような騎士の異形へと、黒羽は変貌していった。
「!?」
「くっ……、黒羽ちゃん……!?」
新八たちは、目を見開いた。少女の変貌に、言葉を失った。
黒羽は鋭く眼光を光らせ、騏場を睨みつけた。爪をとがらせ、唸り声とともに騏場に襲い掛かる。
「ハァァァァァァァ!!」
爪の斬撃を躱し、騏場は黒羽から距離を取る。そして、自身もまた人馬の異形の姿へと変わり、剣と盾を持って黒羽に襲い掛かった。
「お袋は理想を信じた。…だったら俺は、その理想を受け継ぐ!!」
爪の斬撃を放ちながら、黒羽は騏場に向かって駆け出す。
その後を追い、銀時も駆け出した。
「夢や理想を抱き続けんのをお前が馬鹿だっていうならそれでもいい!! 俺達はそんな馬鹿の魂受け継いで、歩き続ける!!」
騏場とレオが咆哮を上げ、銀時と黒羽に迫った。
互いに向かって全力突進する、四人の戦士。黒羽と騏場の姿がオルフェノクと人と戦士、三つの影にブレる。
再び戦士の姿に戻った黒羽と騏場が、急接近する。
銀時は地を蹴り、壁を駆けあがってレオに挑みかかる。
「お前が無理だって言っても、オレたちは諦めねェ!! お袋が抱いた夢を、理想を、もう誰にも否定させたりなんかしねェ!!」
―――ォォオォオオオオオオオオオン!!
轟く、咆哮。
砂埃を巻き上げ、四人の侍は急接近する。
「ウオラァァァァァ!!」
ガキィィィィン
甲高い音を立て、四人の姿が交錯する。
黒羽の拳と、騏場の拳が互いの胸をとらえ、銀時とレオがすれ違う。
直後、黒羽と騏場は互いの衝撃で吹き飛ばされて後ずさり、レオの装甲からは火花が噴き出し、レオは声を漏らしてよろめいた。
黒羽は体勢を立て直し、光剣を振るって再び騏場に挑む。騏場もそれを剣で受け止め、激しい打ち合いが勃発する。
光剣が残像を残して軌跡を描き、火花が散る。黒羽は陣羽織を翻し、まるで舞うように剣を振るう。
横薙ぎの斬撃をターンで受け流し、上段から斬りかかる。受け止められ、弾き返されるも、胴に蹴りを放ってさらに追撃していく。跳躍して体勢を整えた騏場が、反撃に放つ斬撃と刺突を、光剣でいなして軽々と躱す。
一方で斬られたレオは、怒号と共に再び銀時に殴りかかる。青い光刃を持つトンファーを構え、レオは咆哮とともに銀時に迫る。
銀時は刀を振るい、トンファーを受け止める。もう一方のトンファーを、持ち手に蹴りを放って止めると、刀を逆手に持って斬りかかる。
レオは仰け反って斬撃を躱し、バック転しながら刀を蹴り上げる。
銀時はすぐに体勢を戻し、次々に斬撃や突き、蹴りを放った。
「銀さん! 黒羽ちゃん!」
オルフェノクの刃を受けながら、新八が叫んだ。
すると、離れたところにいた兎姫が、新八と相対するオルフェノクに向かって発砲し、光弾をあびせかけた。
銃撃を受け、オルフェノク達がまとめて吹っ飛ばされる。兎姫は鋭く辺りを見渡し、銃とともに一本の番傘を構えた。
「ほあちゃああああ!!」
神楽が先行し、傘で異形たちを迎え討つ。オートバジンも、銃を乱射して神楽を援護した。
巽とネズミも、自身の双剣とナイフを用意し、刃を煌かせる。
全員各々の得物を構え、参戦した。背中を合わせて相手に向かい合い、襲い来る敵の魔の手を次々に払い除け、斬り捨てていく。
ロズワもまた、怒りに拳を震わせながら、鞭を振って新八たちの方に向かった。
ギィィン
刀と光剣をはじかれ、銀時は大きく後方に跳び退る。
背中を合わせ、双方から歩み寄る天と地の王の戦士を見据えた。
「小娘……人間一人に何ができる。あの人やお前の言う理想など、ただの絵空事だとなぜわからん」
「愚者としか言いようがないぞ、貴様ら」
剣とトンファーを構え、二人の裏切者は言い放つ。
だが、その言葉に銀時と黒羽は、ニッと笑みを返した。
「……そうかねェ。オレにとっちゃ夢や理想ってのは、時々すっげぇ熱くなって、時々すっげぇ切なくなるもんだ。お前らが言うほど、悲しいものじゃねーと思うんだけどなー…」
ブン、と光剣を横に振るい、構え、黒羽は騏場を見据える。
銀時も刀の切っ先を向け、笑みを向ける。
「…今の俺達に、んな大層なもんは無ェ……、だが」
背を互いに向けながら、銀時と黒羽は目を細め、同時に口を開いた。
「誰かの夢を守ることはできるさ」
その時、敵を撃っていたオートバジンが、背から何かを取り外し、黒羽に向かって投げた。弧を描いて落ちてくるそれを、光剣を地面に突き立てながら、黒羽は片手を上げて掴み、受け取る。
赤いトランクボックス型のそれを持つと、黒羽はベルトからケータイを取り外し、トランクボックスに取り付ける。
[
そして、持ち手に半弧状に並ぶナンバーキーに、再びコードを打ちこんだ。
[
持ち手の円形部分に紅い光が灯り、高速で回転を始める。
それを合図に、遥か上空の宇宙空間で、一機の衛星が動き出した。一部に取り付けられた画面に、「555-2 COMPLETE」という文字が並び、アンテナから真下に向けて赤いエネルギー波が放たれる。
それは天井をぶち抜いて、黒羽のもとに届いた。
エネルギー波を受けて面の狼の目が輝き、黒羽の戦闘服に変化が起こる。
戦闘服の黒と赤のラインが入れ替わり、装甲の形状が変化して黄色のラインが走る。背にも新たな装甲が加わると、陣羽織が白く染まり、バサリと広がる。
面の色も紅色に変化し、黄色い目が光る。
より重層な鎧を纏って、黒羽は銀時の背中を護り、前を見据える。
白と赤の夜叉がそこに現れ、牙を剥いた。