「乾
身分証明書を見ていたスナックのママ、お登勢は視線を上げて娘を見た。
黒羽は小豆たっぷりの丼をかきこみ、尻尾を振りながらご満悦の様子。細い見た目のどこに入っていくのか、大きな丼の中身が見る間に消えていく。
「うはー。ごっつぁんです!」
ドン、と丼を置くと、ぺろりと口の周りを舐め取った。
「…………いつかこんな日が来んじゃないかと思ってたよ」
銀時を半目で見やって、お登勢が呟いた。
「まさかあんたが、女孕ませて親の義務放棄しやがるような奴だったとはねェ」
「マッタク、ドコデ残シテキタンデスカ。オメーノヨウナ負ノ遺伝子」
「……いや、違うから。銀さんそこまで下種じゃないから」
目を合わせないようにしながら、銀時は否定する。だが、その目は明らかに動揺してバタフライしていた。
「とぼけないでくださいよ! この気だるげな目、天パ、甘党! どっからどう見てもあんたの遺伝でしょうが!!」
「オイ、余計なお世話だコラ」
「だーから違うって。お前ら、勘七郎の件を忘れたか? あれ、他人の空似だったじゃん。俺、無実だったじゃん。大方今回も同じだって」
そういわれて、新八と神楽は大分前にやってきた乳幼児のことを思い出した。
ふてぶてしい顔と銀髪天然パーマのあの赤ん坊は、結局ただの勘違いだった。
だが、ハイそうですかとはいかない。
批判の視線を受けながら、銀時はなおも否認を続ける。
「そもそも年齢合わねーだろうが。こいつの見た目からして14、15だろ? その頃っつったら、俺攘夷戦争でブイブイ言わせてた時期だぜ?」
「あ、オレ7歳なんだけどね」
「そーそー。そんくらいじゃねーと計算合わねっ……」
ボソッと言った黒羽に、銀時は固まった。
ギギギ、と壊れた
「…………黒羽ちゃん。今、なんて?」
「だからさー」
黒羽は常識だ、と言わんばかりに胸を張った。
「狼牙族は子供の時期が短いから、大体地球人の二倍速で大人になるんだよ」
「…………」
またも固まる銀時。そこへ。
「やっぱテメーの子じゃねーかァァァァァ!!」
新八と神楽らの蹴りが、容赦なく降り注いだ。
「いだだだだだ違うって! ほんとに違うんだって!!」
「……正直、どうでもいいけどな」
冷めた声で、黒羽は言った。
「!」
どういう意味だ、というふうに一斉に振り向く一同。
フンと鼻で笑い、黒羽は言う。
「お袋は最期まで会いたがってたみてーだがな、オレはお袋を見殺しにした男になんざ会いたくもなかったし、興味もねェ」
「……死んだのか?」
「…ああ。流行りの病でな」
そう言った黒羽の目には、言いようのない悲しみが見て取れた。
新八と神楽は顔を見合わせると、銀時の肩を叩いて憐れみの目を向けた。
「……いや、違うから。俺に言ったワケじゃないから」
銀時がちらりと黒羽を見ると、プイと目を背けられた。
頭痛を感じながら、銀時は黒羽に向き直った。
「…んで? お前父親探しでねーなら、何しに江戸に来たのさ。観光か?」
「お袋の旧友って奴から手紙が来てな。面倒見てやるから来いってよ」
そう聞いて、銀時は思いっきり顔をしかめた。手紙一枚で、単身江戸に? この天人のガキに、地球人の旧友?
「お前ちっとは危機感持てよな~。江戸ナメてたら怖いぜ?」
「…頼れる伝手がなかったんだよ。つーか江戸でも有名な奴だって聞いたし」
「あん? 誰よソレ」
「確か…………、キャプテン・カツーラって書いてたな」
「…………え?」
椅子の上で、銀時は固まった。ぱちぱちと瞬きして、黒羽を凝視する。
そしていきなり、テーブル席の下に移動して、その下を覗き込んだ。…すると。
「偽予告編からずっとスタンバってました」
膝を抱えて座る、
「普通に登場できねーのかてめェはァァァァァァ!!」
顔面に銀時の両足キックが炸裂し、桂は「ぶごぉ!?」と奇声を漏らして吹っ飛んだ。
鼻血を拭いながら、桂はゆらりと立ち上がった。
「くっ……。やるではないか銀時。俺の隠密を見抜くとは」
「くっ、じゃねーよ。お前テーブルの下で体育座りしてただけじゃねーか。今どき小学生もんなトコ隠れねーよ」
半目で睨みながら、幕府に天誅をなさんとする攘夷志士の一人、桂小太郎に対してため息をついた銀時。この男の相手はひどく疲れる。
「つーか何なの? このガキ呼んだのお前なのか、ヅラ」
「ヅラじゃないカツーラ…、じゃない桂だ。旧友の訃報を聞いていてもたってもいられなくてな。偽名を使って呼んだまでだ」
「旧友?」
銀時は思いっきり眉をひそめた。
こいつに宇宙の友達がいただろうか。そもそも友達いたっけ、コイツ?
腕を組んで考え込んだ銀時に、桂はなぜか憂いを帯びた表情を見せた。
「……憶えているはずだ。かつて共に戦場を駆けた志士」
その後ろにいる、黒羽を見つめる。
「…〝狗神〟の子だ」
その瞬間、銀時の目が大きく見開かれ、氷のように硬直した。
銀さん? と新八が問いかけるも、反応がなかった。
「………………黒羽ちゃん」
しばらくして、銀時はようやく口を開いた。
「……ひょっとしてさぁ」
ゆっくりと振り向く銀時。
その目はバタフライ並みに泳ぎ、滝のように脂っぽい汗が流れ落ちていた。
「……お母さんの名前って、
その瞬間、スナックお登勢の時間が凍った。
お登勢とキャサリン、たままでもがフリーズし、新八と神楽は「やっちまったァァァ」といった顔で固まる。
一方の黒羽は氷のような無表情で銀時を凝視していたかと思うと、突然ビキッと額に青筋を立たせ。
「やっぱオメー、心当たりあんじゃねーかァァァァァ!!」
「ごべらぁ!!」
銀時の顔面に向かって、見事な必殺キックをお見舞いした。
ゴガシャァァアアア!!
倒れこんだ銀時に乗りかかろうとする黒羽。
そんな彼女を、新八は必死に羽交い絞めにする。
「黒羽ちゃんんんん!! ちょっ、ダメェェェェ!! ちゃんと裁判で、裁判で訴えないとだめだってェェェ!!」
「うるせェェェェ人間の法律でこの野郎が裁けるかぁ!! こいつだけはっ、コイツだけはオレの手で殺させろォォォォ!!」
犬歯を剥きだして、がるるるるとうなる黒羽。
命の危機に、銀時は慌てて起き上った。
「ちょっと待ってェェェ違うって!! 俺、アイツとは全然そういうんじゃなかったんだって!!」
「……アイツ?」
それを聞いて、黒羽は暴れるのをやめた。
銀時の呼び方に違和感を感じたからだ。
「あんた……お袋とどういう関係なんだ? 男と女のアレとかじゃないのか?」
「あん? ……いや、まあ。アレだ……幼馴染だ」
ぽつりと、銀時は呟いた。
そして天井を見上げ、かつての学び舎の光景を思い浮かべた。
今思えば、一番楽しかったあの時代を。
「……俺がまだハナタレの頃だったな。ある時、女が一人、無断で字、習いに来てたことがあったんだわ」
その後は、桂が引き継いだ。
「当時というと、女子にはまだ差別感があり、教義など許されぬ時代だったからな」
「んで、廊下でこそこそ教科書の内容書き写したりしてたっけな。一日だけじゃなく、何日も続けてよ」
はー、とため息をつき、頭をかく。
「俺ァ、大概居眠りしてたんだが、そいつの影がチラッチラ見えてたし、放ったらかしにすんのもバカらしくなってな……」
あぐらをかき、涎を垂らして眠りこけていた当時の銀時。
ふと目を覚ますと、障子の向こうに、いつも見かける人影があった。
廊下に這いつくばり、一生懸命に内容をかき取ろうとする小さな影。何度も辺りを警戒しながら、筆をちょこちょこと動かしている。
銀時は嘆息すると、思い切って障子をガラッと開け放った。
伏せっていた少女は、その瞬間はっと銀時の方へ振り向き、恐れをはらんだ目で見上げてきた。
障子を開ける前から、少女の頭に乗っているのが見えたので、銀時は全く驚きも、取り乱しもしなかった。
彼女が、天人であることに。
おどおどした様子で見上げてくる少女。
銀時はそんな彼女をじっと見つめ、やがてニヤリと笑いかけた。
ポカンとなる少女に吹き出しそうになるのをこらえていると、教室の前方の障子が静かに開かれた。
そこから顔をのぞかせた亜麻色の髪の教師は、並んでいる銀時と少女を見つけると、優しく微笑んで、小さく手招きした。
「……俺も先生も、気にしやしなかった」
話し終えた銀時の表情は、目に見えて沈んでいた。
「…………」
新八たちは声も出せなかった。
ツッコミすらできる雰囲気じゃなかった。
「黒羽さんよぉ、アイツ……伏は、お前の母ちゃんなんだな?」
「え……うん。はい」
思わず敬語になる黒羽。
さっき自分が言った言葉に、罪悪感があるからだ。
―――おれはお袋を見殺しにした父親になんざ、
会いたくもねーし、興味もねェ。
背中を汗が伝う。それはきっと、暑さから来るものじゃないだろう。
「…そうか、アイツは、もういねーのか……」
そうつぶやく銀時の背には、哀愁が漂っていた。
「…惜しい女を亡くした」
「ああ…。いい女だったよな。アイツは」
桂が並んで腰掛け、銀時の背中を叩く。
いつになく真面目な桂だった。
それを見て、全員が思った。
―――……ヤバい。
なんか、銀さんこれマジだ。
かつてない深刻な感じに、全員が狼狽える。
「……ようするにアレかい」
唐突に、お登勢が口を開いた。
「ガキの頃からの幼馴染が、戦が終わったら知らねーうちに人妻になってて、その忘れ形見がいきなり来たってワケかい」
「…ん? まぁ…、そういう事だな」
歯切れ悪く、銀時は肯定した。
新八たちは、ふと視線を互いに合わせて考え込む。その結果。
「…………」
ポン、と銀時の肩に手を置き、慰めることにした。
「…今日は飲みましょ」
「辛イコトハ忘レルノガ一番デス」
「……いや、何してんの?」
思わず尋ねる。この扱いの変わりようを。
「何してんのォォォ!? なんで俺が女寝取られた感じになってんだ!! 違うつってんじゃん。そーいうんじゃねェつってんじゃん!!」
「あ…、あのさ」
その声の方に振り返る。
椅子の上であぐらをかいていたはずの黒羽は、いつの間にか姿勢を正して何やら頬を染めてモジモジしていた。
「さっきはあんなコト言ったけど……、ホントは、そんな、嫌じゃないんだ」
「何急にしおらしくなってんの? さっきまでの刺々しいツンどこ行ったよオイ。なんで急にデレになってんだよ!?」
周囲の態度の変わりように、ツッコミポジションに回る羽目になる銀時。
お登勢は平静を保ちながら、煙草の煙をフーと吐き出した。
「…きょうは確か祭りのはずだったね」
「いってきたらどうだ? 銀時」
「オイぃぃぃババァァァやめろぉぉぉぉ!! 気ィ使うなぁぁぁぁ!!」
泣きそーになんだろがァァァァ、と叫ぶ銀時の両手を、新八と神楽が掴んだ。
「行きましょうよ銀さん! 黒羽ちゃんも」
「お…おう!」
「何で祭りで親子の絆取り戻そう的な流れになってんだよ!! 違うっつってんじゃん、俺、親父じゃねェつってんじゃん!!」
叫ぶ銀時はことごとく無視され、真昼の空の下に引きずられていった。
初キックが、こんなところで…。