【完結】銀魂 銀狼篇 ~白夜叉鎮魂歌~   作:春風駘蕩

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第二訓 女と泪とアイツの忘れ物

「乾 黒羽(くれは)。惑星アニマ、狼牙族出身。無職……」

 身分証明書を見ていたスナックのママ、お登勢は視線を上げて娘を見た。

 黒羽は小豆たっぷりの丼をかきこみ、尻尾を振りながらご満悦の様子。細い見た目のどこに入っていくのか、大きな丼の中身が見る間に消えていく。

「うはー。ごっつぁんです!」

 ドン、と丼を置くと、ぺろりと口の周りを舐め取った。

「…………いつかこんな日が来んじゃないかと思ってたよ」

 銀時を半目で見やって、お登勢が呟いた。

「まさかあんたが、女孕ませて親の義務放棄しやがるような奴だったとはねェ」

「マッタク、ドコデ残シテキタンデスカ。オメーノヨウナ負ノ遺伝子」

「……いや、違うから。銀さんそこまで下種じゃないから」

 目を合わせないようにしながら、銀時は否定する。だが、その目は明らかに動揺してバタフライしていた。

「とぼけないでくださいよ! この気だるげな目、天パ、甘党! どっからどう見てもあんたの遺伝でしょうが!!」

「オイ、余計なお世話だコラ」

「だーから違うって。お前ら、勘七郎の件を忘れたか? あれ、他人の空似だったじゃん。俺、無実だったじゃん。大方今回も同じだって」

 そういわれて、新八と神楽は大分前にやってきた乳幼児のことを思い出した。

 ふてぶてしい顔と銀髪天然パーマのあの赤ん坊は、結局ただの勘違いだった。

 だが、ハイそうですかとはいかない。

 批判の視線を受けながら、銀時はなおも否認を続ける。

「そもそも年齢合わねーだろうが。こいつの見た目からして14、15だろ? その頃っつったら、俺攘夷戦争でブイブイ言わせてた時期だぜ?」

「あ、オレ7歳なんだけどね」

「そーそー。そんくらいじゃねーと計算合わねっ……」

 ボソッと言った黒羽に、銀時は固まった。

 ギギギ、と壊れた機械(からくり)人形のように首を向け、黒羽を凝視した。

「…………黒羽ちゃん。今、なんて?」

「だからさー」

 黒羽は常識だ、と言わんばかりに胸を張った。

「狼牙族は子供の時期が短いから、大体地球人の二倍速で大人になるんだよ」

「…………」

 またも固まる銀時。そこへ。

「やっぱテメーの子じゃねーかァァァァァ!!」

 新八と神楽らの蹴りが、容赦なく降り注いだ。

「いだだだだだ違うって! ほんとに違うんだって!!」

「……正直、どうでもいいけどな」

 冷めた声で、黒羽は言った。

「!」

 どういう意味だ、というふうに一斉に振り向く一同。

 フンと鼻で笑い、黒羽は言う。

「お袋は最期まで会いたがってたみてーだがな、オレはお袋を見殺しにした男になんざ会いたくもなかったし、興味もねェ」

「……死んだのか?」

「…ああ。流行りの病でな」

 そう言った黒羽の目には、言いようのない悲しみが見て取れた。

 新八と神楽は顔を見合わせると、銀時の肩を叩いて憐れみの目を向けた。

「……いや、違うから。俺に言ったワケじゃないから」

 銀時がちらりと黒羽を見ると、プイと目を背けられた。

 頭痛を感じながら、銀時は黒羽に向き直った。

「…んで? お前父親探しでねーなら、何しに江戸に来たのさ。観光か?」

「お袋の旧友って奴から手紙が来てな。面倒見てやるから来いってよ」

 そう聞いて、銀時は思いっきり顔をしかめた。手紙一枚で、単身江戸に? この天人のガキに、地球人の旧友?

「お前ちっとは危機感持てよな~。江戸ナメてたら怖いぜ?」

「…頼れる伝手がなかったんだよ。つーか江戸でも有名な奴だって聞いたし」

「あん? 誰よソレ」

「確か…………、キャプテン・カツーラって書いてたな」

「…………え?」

 椅子の上で、銀時は固まった。ぱちぱちと瞬きして、黒羽を凝視する。

 そしていきなり、テーブル席の下に移動して、その下を覗き込んだ。…すると。

 

「偽予告編からずっとスタンバってました」

 

 膝を抱えて座る、桂小太郎(アホ)がいた。

「普通に登場できねーのかてめェはァァァァァァ!!」

 顔面に銀時の両足キックが炸裂し、桂は「ぶごぉ!?」と奇声を漏らして吹っ飛んだ。

 鼻血を拭いながら、桂はゆらりと立ち上がった。

「くっ……。やるではないか銀時。俺の隠密を見抜くとは」

「くっ、じゃねーよ。お前テーブルの下で体育座りしてただけじゃねーか。今どき小学生もんなトコ隠れねーよ」

 半目で睨みながら、幕府に天誅をなさんとする攘夷志士の一人、桂小太郎に対してため息をついた銀時。この男の相手はひどく疲れる。

「つーか何なの? このガキ呼んだのお前なのか、ヅラ」

「ヅラじゃないカツーラ…、じゃない桂だ。旧友の訃報を聞いていてもたってもいられなくてな。偽名を使って呼んだまでだ」

「旧友?」

 銀時は思いっきり眉をひそめた。

 こいつに宇宙の友達がいただろうか。そもそも友達いたっけ、コイツ?

 腕を組んで考え込んだ銀時に、桂はなぜか憂いを帯びた表情を見せた。

「……憶えているはずだ。かつて共に戦場を駆けた志士」

 その後ろにいる、黒羽を見つめる。

「…〝狗神〟の子だ」

 その瞬間、銀時の目が大きく見開かれ、氷のように硬直した。

 銀さん? と新八が問いかけるも、反応がなかった。

「………………黒羽ちゃん」

 しばらくして、銀時はようやく口を開いた。

「……ひょっとしてさぁ」

 ゆっくりと振り向く銀時。

 その目はバタフライ並みに泳ぎ、滝のように脂っぽい汗が流れ落ちていた。

 

「……お母さんの名前って、(ふせ)?」

 

 その瞬間、スナックお登勢の時間が凍った。

 お登勢とキャサリン、たままでもがフリーズし、新八と神楽は「やっちまったァァァ」といった顔で固まる。

 一方の黒羽は氷のような無表情で銀時を凝視していたかと思うと、突然ビキッと額に青筋を立たせ。

「やっぱオメー、心当たりあんじゃねーかァァァァァ!!」

「ごべらぁ!!」

 銀時の顔面に向かって、見事な必殺キックをお見舞いした。

 ゴガシャァァアアア!!

 倒れこんだ銀時に乗りかかろうとする黒羽。

 そんな彼女を、新八は必死に羽交い絞めにする。

「黒羽ちゃんんんん!! ちょっ、ダメェェェェ!! ちゃんと裁判で、裁判で訴えないとだめだってェェェ!!」

「うるせェェェェ人間の法律でこの野郎が裁けるかぁ!! こいつだけはっ、コイツだけはオレの手で殺させろォォォォ!!」

 犬歯を剥きだして、がるるるるとうなる黒羽。

 命の危機に、銀時は慌てて起き上った。

「ちょっと待ってェェェ違うって!! 俺、アイツとは全然そういうんじゃなかったんだって!!」

「……アイツ?」

 それを聞いて、黒羽は暴れるのをやめた。

 銀時の呼び方に違和感を感じたからだ。

「あんた……お袋とどういう関係なんだ? 男と女のアレとかじゃないのか?」

「あん? ……いや、まあ。アレだ……幼馴染だ」

 ぽつりと、銀時は呟いた。

 そして天井を見上げ、かつての学び舎の光景を思い浮かべた。

 今思えば、一番楽しかったあの時代を。

「……俺がまだハナタレの頃だったな。ある時、女が一人、無断で字、習いに来てたことがあったんだわ」

 その後は、桂が引き継いだ。

「当時というと、女子にはまだ差別感があり、教義など許されぬ時代だったからな」

「んで、廊下でこそこそ教科書の内容書き写したりしてたっけな。一日だけじゃなく、何日も続けてよ」

 はー、とため息をつき、頭をかく。

「俺ァ、大概居眠りしてたんだが、そいつの影がチラッチラ見えてたし、放ったらかしにすんのもバカらしくなってな……」

 

 

 あぐらをかき、涎を垂らして眠りこけていた当時の銀時。

 ふと目を覚ますと、障子の向こうに、いつも見かける人影があった。

 廊下に這いつくばり、一生懸命に内容をかき取ろうとする小さな影。何度も辺りを警戒しながら、筆をちょこちょこと動かしている。

 銀時は嘆息すると、思い切って障子をガラッと開け放った。

 伏せっていた少女は、その瞬間はっと銀時の方へ振り向き、恐れをはらんだ目で見上げてきた。

 障子を開ける前から、少女の頭に乗っているのが見えたので、銀時は全く驚きも、取り乱しもしなかった。

 彼女が、天人であることに。

 おどおどした様子で見上げてくる少女。

 銀時はそんな彼女をじっと見つめ、やがてニヤリと笑いかけた。

 ポカンとなる少女に吹き出しそうになるのをこらえていると、教室の前方の障子が静かに開かれた。

 そこから顔をのぞかせた亜麻色の髪の教師は、並んでいる銀時と少女を見つけると、優しく微笑んで、小さく手招きした。

 

 

「……俺も先生も、気にしやしなかった」

 話し終えた銀時の表情は、目に見えて沈んでいた。

「…………」

 新八たちは声も出せなかった。

 ツッコミすらできる雰囲気じゃなかった。

「黒羽さんよぉ、アイツ……伏は、お前の母ちゃんなんだな?」

「え……うん。はい」

 思わず敬語になる黒羽。

 さっき自分が言った言葉に、罪悪感があるからだ。

 

 ―――おれはお袋を見殺しにした父親になんざ、

    会いたくもねーし、興味もねェ。

 

 背中を汗が伝う。それはきっと、暑さから来るものじゃないだろう。

「…そうか、アイツは、もういねーのか……」

 そうつぶやく銀時の背には、哀愁が漂っていた。

「…惜しい女を亡くした」

「ああ…。いい女だったよな。アイツは」

 桂が並んで腰掛け、銀時の背中を叩く。

 いつになく真面目な桂だった。

 それを見て、全員が思った。

 

 ―――……ヤバい。

    なんか、銀さんこれマジだ。

 

 かつてない深刻な感じに、全員が狼狽える。

「……ようするにアレかい」

 唐突に、お登勢が口を開いた。

「ガキの頃からの幼馴染が、戦が終わったら知らねーうちに人妻になってて、その忘れ形見がいきなり来たってワケかい」

「…ん? まぁ…、そういう事だな」

 歯切れ悪く、銀時は肯定した。

 新八たちは、ふと視線を互いに合わせて考え込む。その結果。

「…………」

 ポン、と銀時の肩に手を置き、慰めることにした。

「…今日は飲みましょ」

「辛イコトハ忘レルノガ一番デス」

「……いや、何してんの?」

 思わず尋ねる。この扱いの変わりようを。

「何してんのォォォ!? なんで俺が女寝取られた感じになってんだ!! 違うつってんじゃん。そーいうんじゃねェつってんじゃん!!」

「あ…、あのさ」

 その声の方に振り返る。

 椅子の上であぐらをかいていたはずの黒羽は、いつの間にか姿勢を正して何やら頬を染めてモジモジしていた。

「さっきはあんなコト言ったけど……、ホントは、そんな、嫌じゃないんだ」

「何急にしおらしくなってんの? さっきまでの刺々しいツンどこ行ったよオイ。なんで急にデレになってんだよ!?」

 周囲の態度の変わりように、ツッコミポジションに回る羽目になる銀時。

 お登勢は平静を保ちながら、煙草の煙をフーと吐き出した。

「…きょうは確か祭りのはずだったね」

「いってきたらどうだ? 銀時」

「オイぃぃぃババァァァやめろぉぉぉぉ!! 気ィ使うなぁぁぁぁ!!」

 泣きそーになんだろがァァァァ、と叫ぶ銀時の両手を、新八と神楽が掴んだ。

「行きましょうよ銀さん! 黒羽ちゃんも」

「お…おう!」

「何で祭りで親子の絆取り戻そう的な流れになってんだよ!! 違うっつってんじゃん、俺、親父じゃねェつってんじゃん!!」

 叫ぶ銀時はことごとく無視され、真昼の空の下に引きずられていった。




初キックが、こんなところで…。
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