高く昇っていた陽もゆっくりと傾き、オレンジ色に空が染まっていく。
昼間から聞こえていた喧騒もさらに大きくなり、昼間に負けぬ明るさが歌舞伎町の一角に灯っていく。
夏に一度の祭りだ。
「ほらほら、行くアルヨ銀ちゃん!!」
「わーった、わーったって」
気だるげに返事をしながら、頭をかく銀時。
いつもなら同じようにはしゃいでわたがし屋に突撃する銀時だが、今日は気分がのらない。
すると、前を行く銀時の袖が、鬱気分の原因となる少女にキュッと掴まれた。
「おっ……おい」
見下ろすと、超ミニの浴衣に着替えさせられた黒羽が、恨めしげに銀時を睨んでいる。
尻尾は落ち着きなく振られ、犬耳もせわしなく動いている。
きょろきょろと金色の瞳を動かしながら、八重歯をちらりとみせて唸る。
「かっ、壁役が先に行こうとしてんじゃねーよ。恥ずかしーんだから……」
睨んでいるのだが全然怖くない。むしろ上目遣いが可愛らしい。
視線を向けられている銀時は頭を抱えたくなった。
―――…いや、何コレ。こいつこんなキャラだっけ?
なんで背景にフワフワした描写入ってんの、コレ? ねぇ?
そんな銀時の心の声が聞こえるはずもなく、黒羽はもじもじしながらちらちら見てくる。
「何言ってるんですか。すごく可愛いじゃないか」
「そうよ。私のお古が合うか心配だったけど、よく似合ってるわ」
のんきに言う新八の隣で、彼の姉・志村妙も賛同した。
言われて、銀時も黒羽の浴衣を見る。
黒の生地に、ヒマワリの模様。帯は淡いピンクの桜の模様が入ったもの。
銀糸のような髪に、よく映えていた。
だが、男たちがまず釘付けになるのは、彼女の脚だろう。
美脚だったから。
「きれいな脚なのに、もったいないよ」
そう言われて、黒羽はさらに真っ赤になって、足の付け根を精いっぱい隠した。
笑っている新八を見て、銀時は思う。
新八。そういったセリフが許されるのはイケメンだけだ。
「……………」
黒羽は俯くと、恨めしげに新八を睨み。
「えっち」
と、小さく呟いた。
その瞬間、新八の胸を何かがズキュゥゥゥンと貫いた。
一瞬で。
なんか、持ってかれた。
「ぐあああああああ!!」
そのままビターンと仰向けに倒れた新八に、銀時は冷たい目を向けた。
「いや、何してんのこの子、ねェ」
「何一人でときめいてるアルか」
神楽もまた、赤くなって目を剥いて悶えている
そんな中、唐突にお妙が「ねェ」と黒羽の肩を掴んだ。
「志村家に嫁ぐ気はないかしら」
「何いきなり人ん家の子に嫁入り進めてんの!?」
ありえねぇだろとばかりに銀時は目を剥いた。
かなり本気の目をしていた妙は、頬に手を当ててため息をついた。
「いえね? 新ちゃんも年頃だし、いい加減姉弟で暮らすのも世間の目が気になってきちゃうし…。家のコブをもらってくれるならうれしいことだわ」
「あの、すいません姉上。今僕のことコブって言った?」
なんか、引っかかるんですけど。と、起き上がって呟く新八。
「道場の跡取りのことも気にしないで済むし、穀潰しもきっとちゃんと働き出すわ」
「今穀潰しって言った? 弟のこと穀潰しって言った?」
毒を吐きながら、ニコニコと黒羽に迫る。
悪意は自分の方には感じられない分、黒羽も無理には拒めなかった。「えっと…」と返答に困っていると、ふいにグイッと襟首を引っ張られた。
「うぉっ!」
反射的に振り返ると、引っ張ったのは銀時だった。
「やめとけやめとけ。それより行くぞ。綿菓子が俺たちを待っている」
「お…おう!」
渡りに船だといわんばかりに喜んでついて行く。
置いてけぼりを食らった新八も、慌てて後を追った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよお義父さん!」
「誰がお義父さんだ!?」
意外に乗り気な、新八だった。
*
屋台の通りは予想以上に繁盛していた。
もともと江戸の人々は祭り好きだ。働き者もそうでない者も、有り金持って参加してくる。それが歌舞伎町だ。
だが今年は、違う盛り上がりを見せていた。
江戸でも稀に見る美少女が、恥らいながら歩いているのだから。
金色の瞳を好奇心で輝かせながら、耳としっぽをピコピコ動かし、屋台を冷かしていく。彼女を見る町の人間の目はもう熱を孕んでいた。
その隣を歩く、ある意味名の高い銀髪の男を見つけると、全員が揃って生暖かい目を向けた。
ヨーヨーすくいに参加して、神楽と黒羽は歓声を上げる。
その近くで、銀時は久々に会ったハードボイルド同心に慰労された。
久々に登場した魔破のり子には、妙な顔で二人分のタオルギフトをもらった。
リンゴ飴を頬張る二人の横で、伝説の花火師の老人に花火セットとサムズアップを贈られた。
出張してきた海の家のオッサンには、もっさりした焼きソバをサービスされた。
背後に気配を感じて振り返ると、恐ろしい形相の鬼・屁怒絽さんと会った。ガタブルと二人して震えていると、何か察したらしい屁怒絽さんに花の鉢植えをもらった。
黒羽と神楽が女子のノリで祭りをエンジョイしている横で、銀時は会う人会う人に何かしら品物を贈られた。
銀時は顔をひきつらせながら、乾いた声で笑った。
*
「なんでだァァァァァァァァァァァァァァ!!」
ついに銀時は、地に手をついて絶叫した。
そんな彼を、周囲の人間は可能な限り避けて歩いて行った。
「何で誰一人として例外なく俺の子と信じて疑わねーんだよ!! なんで全員微妙なカンジで俺に何か渡してくるんだよ!! なんでこういうときだけみんな優しいんだよ!!」
「……日頃の行いじゃねーの?」
「うるせーよコノヤロー。俺ァそんな不誠実な生き方してねーよ!」
「いや、してるからそう思われるんじゃね?」
呆れ顔で見降ろし、ため息をつく黒羽。
そこへ、また別の声が届いた。
「オイ、何やってんだ。こんな往来で」
「!」
思わず、顔を上げる銀時と黒羽。
そこにいたのは、瞳孔の開いた目と煙草がトレードマークの男、土方十四郎。そして、栗毛の青年、沖田総悟。
泣く子も黙る鬼の副長の所属する武装警察『真選組』の二人だった。
「どけ。市民の通行の邪魔だ。それとも残りの時間はパトカーでランデブーでも望むか?」
フ――と煙を吐き、土方は銀時を睨んだ。
「テメーらか…。江戸の守護神も暇だね~」
「うるせーよ。こちとら巡回中だ。ホントの暇人に言われたくねー」
皮肉を皮肉で返し、土方は目を細めた。
「お前こそ誰だそのガキ。場合によっちゃしょっぴくぞテメー」
「さっすが旦那でさァ。俺の好みのガキ釣り上げるたァ。いかにも気の強そうで調教のし甲斐があるじゃねーですかい」
土方の斜め後ろから、沖田は感心しながら言った。ちなみに斜め後ろにいるのは、上司の命をいついかなる時も狙っているからだとか。
沖田の物言いに、土方は冷や汗を流して振り向いた。
「…おい総悟。いくら何でもあの年頃のガキに手を出すのはアレだと思うが…」
「やめてくんない? 今、手ェ出すって言葉に敏感だからやめてくんない?」
「何言ってるんですかい、土方さん。最近じゃあ、ガキが自分好みに成長するのを待って、ちゃっかりおいしくいただくってのが流行ってんですぜ?」
「それどんな育成ゲーム!?」
「てゆーかどんな光源氏?」
「オイ、年頃のガキ前にしてんな話してんじゃねーよ」
気づけば、真選組自体が祭りの通行の邪魔になっていた。
ギャーギャー銀時と土方が騒いでいるうちに、周囲の屋台から人が遠のいていく。いい迷惑だ、と店主たちが思っていると。
「稼ぎ時の皆さんのためにも、その無駄話は終わらせた方がいいですよ」
そういって、新たに白い服装の人物が近づいてきた。
市中
「て、てめぇ……、佐々木!!」
携帯電話片手に、丈の長い純白の衣装を着こなした片眼鏡の男、佐々木伊三郎は、気の抜けた半目で銀時たちを見やった。
「だめですよ、勤務中にサボってたら。祭りといえど、騒ぎはどこにでも起きるんですから」
「ケータイゲームしながら仕事してるやつに言われたくねーよ!!」
「ゲームしながらでもきちんと仕事はこなしています。なんせエリートですから」
ピコピコピーンという電子音とともに返事をする佐々木。
聞いてるうちに、土方の顔が怒りでえらいことになってきた。爆発寸前の火山のように震え、血管が網目のように浮き出る。
「……なら、エリート様にはこのような地味な仕事はさぞ苦痛でしょうなぁ…」
「いいえ? 私は凡人の皆さんとは違いいかなる仕事にも文句などありませんよ?」
思わず刀の柄に手がかかる。斬りかかりそうになったが、意志の力で必死にこらえて決して抜かなかった。
そんな土方を横目で見ながら、佐々木はにやりと笑った。
「エリートに不真面目という言葉はありません。エリートの名にかけてサボりなど許されはしませんよ。ねェ、信女さ……」
そういって佐々木は、右腕ともいえる見廻組副長、今井信女を振り返った。だが当の本人は焼きソバ片手に神楽や黒羽とともにキャッキャッと戯れていた。
「…………」
「オイぃぃぃぃ
「いや、違いますよアレは。溢れ出るエリートを隠すためにわざと不真面目に振る舞うことで……」
「不真面目って言葉はねェって言ってなかった!?」
ビシッと指をさして、目を剥きながら怒鳴る土方。
熱くツッコむ土方に、佐々木はハァ、とため息をついて肩をすくめた。
「それにね。我々の仕事は巡回ではありません。さる要人の警護です」
「あん? 警護? 誰の…」
ふと目をそらした土方は、一瞬で硬直した。
ここにいちゃいけない、「あの人」がここにいたから。