「……まったくもって、未知のエネルギーだ」
そう言って、ゴーグルをかけた老人は、ベルトをゴトリと置いた。
江戸一番の機械技師にして、かつて将軍の暗殺を図り指名手配された男、平賀源外だ。
「こんなもん、長年
「装甲も見たことがない」
そういうのは、水色の髪を束ねた若い女、刀鍛冶の鉄子だ。
「これほどの硬度を有する鉄は、私の記憶にはない。多分、戦艦の砲撃にも耐えられるほどの代物だ」
「それ、どんなマジンボーン?」
半目で、黒羽はボソッと呟いた。
逃げた銀時たちは、トランクボックスとその中身を持って、このからくり堂に駆け込んでいた。そして、興味を持ったのが源外と鉄子だったのだ。
「アンタ達も妙なもの押しつけられたもんだね。しかも相手は、あんたの過去を知ってる奴らときた」
「お袋のことも知ってるみたいだったぞ?」
「次から次へと、難儀だねェ」
何故かいたお登勢が、やれやれといった風に言う。
ついに銀時が尋ねた。
「つーかバーさん、なんでいるの?」
「源外のジーさんに呼ばれたからだよ」
フーと煙草の煙を吐き、簡潔に答える。
その疑問に、源外が答える。
「この
[はじめまして、黒羽様]
黒羽の前で、緑色の髪の娘が頭を下げた。一見人間のようだが、実は高性能な機械であるという家政婦、たまだ。
「あ、どうも」
つられて、黒羽も頭を下げた。
源外はベルトから離れ、黒羽の傍に立つ鉄人の装甲を叩いた。
「こいつの出所を調べようと思って、プログラムに侵入しようとしたんだが、頑丈なセキュリティでガチガチに守られてやがる。たまには、このオートバジンとやらの心を開いてもらおうと思ってな」
「ンだよ、まだるっこしいな」
頭をかきながら、銀時は鉄人、オートバジンに近づいた。
「そんなめんどくせーことしねーで、直接聞いてみりゃいいじゃねーか。頭ん中勝手に覗かれりゃあ、そりゃ無口にもなるわ」
オートバジンの前に立ち、銀時はその顔を見上げた。
「オイ、ガンダムもどき。おめーは一体どっから来たんだ?」
銀時は、いつもの気だるげな雰囲気で尋ねる。だが、鉄人は一言も発さず、無言を貫いていた。
ヒクッと、銀時の眉が顰められた。
「オイ、なんとか言え。このポンコツ」
そう言って、装甲をいささか強くバン、と叩く。すると、オートバジンはいきなりウィーンと振りかぶったかと思うと。
ドガシャアアアア!!
いきなり銀時の顔面に、オートバジンの硬い拳がめり込んだ。
「ごべらぁ!?」
銀時は倒れこそしなかったが、鼻血を流しながら呆然と突っ立った。
「オイぃぃ!! 何しやがんだこの鉄クズがぁぁぁ!!」
我に返った銀時が怒鳴るも、オートバジンは一言も返事をしない。
代わって、源外が答える。
「敵対行為と判断されたみてーだな。最初に主とみなした相手以外は攻撃対象となるらしい」
「攻撃基準低すぎるだろーが!! 悪ノリした部長にも鉄拳飛ぶレベルだぞあれ!!」
「まあまあ銀さん、落ち着けよ」
怒る銀時を、黒羽が宥めた。
「考えてみりゃ、あの時こいつはオレを助けに来てたじゃねーか。つまり、オレを主として助けにきたってことだろ?」
ズイ、と銀時を押しのけ、黒羽は胸を張って相対した。
「オイ、オートバジン。まずは忠誠の証として、オレに跪きな」
だが、やっぱり答えない。
「……おい、なんか言えポンコツ」
黒羽は不機嫌さをあらわにしながら、銀時の例を思い出して比較的軽く叩いた。
すると。
ドガシャアアアア!!
「ぶべらァ!?」
さっきと全く同じ構図で、鉄拳が飛んできた。
「なんでだァァァァ!?」
「攻撃的、高圧な態度に対しても敵対意識とみなすようだな」
「沸点低すぎるだろコイツぅぅぅ!!」
思わず殴りかかろうとする銀時と黒羽。それを、新八と神楽が羽交い絞めにした。
「落ち着いてください二人とも!!」
「また拳骨来るアルヨ!? また制裁来るアルヨ!?」
「うるせぇぇ!! このポンコツだけは許しておけねェェェ!!」
「
うがァァァァ、と野獣と化す銀時と黒羽に、源外は一人ため息をついた。
「ったく何のためにたまを呼んできたと思ってんだ? お前らは最初からお呼びじゃねーんだよ。オイ、たま」
[了解しました源外様]
たまはそう答えると、オートバジンの顔の前に手をかざし、目を閉じた。
キュィィィンという電子音に気付いた黒羽が、訝しげにたまの方を見やった。
「…おい、何やってんのアレ?」
「
黒羽の疑問に、お登勢が答えた。
「そうすることで、たまは機械の不調の原因を調べたり、故障を直したりできるのさ」
そうこうしているうちに、電子音が大きくなり、たまとオートバジンは光に包まれていった。
[飲む? 差し入れよ]
暖かなビルの屋上で、OLの制服を着たたまが、缶コーヒーを差し出した。その相手は、ネクタイを巻いたオートバジンだ。
「うぉっ!? なんだコレ!?」
「出た! 機械たちの午後の昼休み!!」
思わず声をあげる黒羽の横で、新八が言った。と言っても新八たちの姿はこの空間にはないが。
[また課長とぶつかったの? あの人、人に嫌味を言うのが趣味みたいな人だから、気にしても仕方がないわよ]
「…………」
オートバジンは何も言わず、コーヒーをすする。口がどこにあるのか知らないが。
[そんなふうに何も言わず、一人で抱え込んだりしないで。私たち機械は、みんなで協力し合ってこそ真の力を発揮するのよ? コミュ障だからってひがんだりしないで]
「…………」
[部長は厳しいけど、あなたには期待しているのよ。みんなも何も言わないけど、ちゃんとあなたの努力する姿を知ってる]
言ってから、たまは俯き、頬を染めた。
[…わ、私も…、信じてるから……]
「…………」
オートバジンはやはり喋らない。だが、僅かに顔をそむけた。
何故か、目に見えない桃色の空間が広がっていた。
「…………」
「何コレェェェ!? なんか勝手にドラマティックになってるよ!? 明らかにコイツら同僚だけの関係じゃねーよ!?」
「マジでか。たまあんなん好みアルか」
頬を染めてモジモジするたまと、黙々とコーヒーを飲むオートバジン。近寄りがたい雰囲気の中で、時が過ぎていく。
「つーか何やってんのあの子!? 心開けっつー話なのになんで話しかけ辛くしてんの!?」
「たまァァァ!! 幸せになりなぁぁぁぁぁ!!」
「ババア参加すんなァァァ!!」
ギャーギャーと騒がしい外野。そんな時。
「…期待ですか」
そんな声が、たまとオートバジンの間から聞こえた。
「私には、縁遠い言葉ですね」
絶望した表情で、そんなことを言う電脳天使が、そこにいた。
それを見た新八が、目を剥いて叫んだ。
「ブルー霊子どっから出てきたァァァァァァ!?」
青い髪に、白いワンピース。痛々しく巻かれた包帯に、首にくくられて、どこに繋がっているか分からないロープ。そして、折れた白い翼。その正体は、都市をまるごと昇天させるほどの力を持つ天使型ウイルス、ブルー霊子だった。
「オイぃぃぃ!! 懐かしのキャラが次々に登場してっぞォォォ!!」
「つーかあの子生きてたの!?」
シーンでは、俯くブルー霊子の肩をたまが抱いていた。
[だ…、大丈夫よ。ここのみんなはあなたを必要としているわ。自信を持って]
「…………」
励ますたま。オートバジンもまた、いたたまれなかったのかブルー霊子の肩をポンと叩いた。
「おい桃色空間が一瞬で真ブルーに染められてんぞ!! 何してくれてんだあの女ァァァァ!!」
ふわふわした空気が、一瞬で重っ苦しく変わり果てたその時。
バタン、と背後の扉が開かれた。
「オイ、お前ら。いつまでだべってるつもりだ。もう休憩時間は終わりだぞ」
と、頭部が原付バイクとなったスーツの男が、声をかけた。後輪部分には、墨字で『銀』と書かれていた。
「原チャリ部長!!」
「原チャリ部長って誰だァァァァァァ!?」
目を剥いた銀時が叫んだ。
「誰だあの新キャラ、まさか俺のか!? 俺の原チャリか!?」
[度重なる事故で入院と退院を繰り返し、その都度不死鳥の如く復活し続けた歴戦のサラリーマン、原チャリ部長だわ]
「完全に俺の原チャリじゃねーか!! なんで故障しただけで英雄扱いされてんの!?」
カオスの中、原チャリ部長は悠然と歩み寄り、ブルー霊子の頭をくしゃくしゃと撫でた。…本人はちょっと迷惑そうだった。
「たとえ今は出番が無くとも、いつかきっと必要とされる時が来る。俺もまた、あの人の足として、パートナーとして走る日を、いつも待っている」
そう言って、原チャリ部長はたまとオートバジンの顔を見つめた。
「そして必要とされた時、導いてやるのがお前たち、先輩だ」
笑っているのか、ライトを光らせた原チャリ部長が、オートバジンの肩をポンと叩いた。
「期待してるぞ、新人」
すると。
ドガシャアアアア!!
鉄拳が、炸裂した。
からくり堂の前に、バラバラになった原チャリが転がった。
[…残念ながら、意志疎通は失敗。原チャリ部長が犠牲となってしまいました]
たまはさっきとは打って変わって、ただ淡々と言い切った。
「…おお、原チャリ部長よ。しんでしまうとはなさけない」
「情けないじゃねーよ!! 原チャリ部長ォォォォ!!」
「…ムカついたアル。上から目線がムカついたアル」
残骸を抱える銀時に、神楽がボソッと言った。
「つーかどうすんですかコレ。会話は失敗するし、銀さんの原チャリはまた大破するし」
半目でぼやく新八。そんな中、たまが動いた。
[ですが、多少の収穫はありました]
「え?」
目を丸くする新八の前で、たまは例のケータイを操作した。
途端にオートバジンは蒸気を噴き出して宙に浮き、みるみるうちに変形していく。数秒のうちに、鉄人は銀色のオートバイへと変化した。
「うぉぉ!! かっけェェ!!」
「うわっ…なんですかコレ!?」
[彼のデータの中に、変形用のコマンドが存在しましたので、もしかして、と思いまして]
カッケー、と呟きながら触る神楽を見ながら、たまは答えた。
その時、考え込んでいた源外は、おもむろに口を開いた。
「…銀の字。思うにコイツは、お前たちのうちの誰かを護ったんじゃなく」
そして、ベルトとケータイを見やった。
「そいつを持っていたものを守るために現れたんじゃねーかと思う」
「…………」
銀時は無言で、ベルトを見下ろした。源外の言葉には、納得できる。
黙っていると、源外は深くため息をついた。
「……どちらにせよ、もうこいつにはあんまり関わんね―方がよさそうだ」
「え?」
聞き返した一同の前で、源外はトランクボックスの蓋にスパナを引っ掛け、一気にベリリとはがした。
「!!」
目を見開く銀時たちの目に映ったのは、SMART BRAINの文字。
それを見下ろし、源外は頭をかく。
「こいつが一体、何の目的で、誰の命令でここに来たのかはわからねェ。…だが、これ以上関わってもロクなことにならねェってのは確かだ」
源外は一同を見渡し、トランクボックスを閉じた。
「こいつは俺が預かる。お前らはこのこと、一切口外するな」
いつになく真面目な様子の言外に、銀時たちはただ頷くことしかできなかった。
*
星空の下。銀時と黒羽は二人、万事屋の前で向かい合っていた。
「お前…、これからどうすんだ?」
「今、ヅラの所に行っても、警察がうろうろしてるから迷惑かけるだろうし。どっか適当に野宿でもするよ」
「…そうか」
銀時は背を向けると、ヒラヒラと手を振った。
「せいぜい頑張れよ」
「……大人としてその反応はどうよ……」
口をへの字に曲げた黒羽は、不機嫌そうに唸りながら背を向けた。
そんな背中に、銀時は。
「何かあったらまた来い。…俺は万事屋だからな」
そう、ぶっきらぼうに言って、去っていった。
思わず、立ち止まって振り返る黒羽。
「…………」
姿が見えなくなるまで見送っていた黒羽は、ややあってから微笑む。
そして、万事屋の看板を見上げると、いたずらを思いついた子供のように、ニヤリと笑ったのだった。
これにて《天の巻》は終了です。
続きは当分先になると思います。
待ってくれている方はご了承ください。