都市に存在する12のフィクサー協会。
その中でも第二協会──
治安維持を担う組織。
ツヴァイ協会。
モットーは──「あなたの盾」。
だがその盾は、契約者にしか向けられない。
守る対象を選ぶ盾。
それがこの都市における“正義”だった。
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ツヴァイ協会本部 協会長室
書類の山。
積み上がった報告書、損害報告、依頼履歴。
その中心で、バンブーメモリーは頭を抱えていた。
「はぁ……」
深いため息。
「本格的に不味いっすね……」
紙を一枚めくる。
そこに並ぶのは、被害、損失、未解決案件。
「ツヴァイの業績が右肩下がりっすよ……」
声に、いつもの勢いはない。
「特に南部支部……」
言葉が止まる。
脳裏に浮かぶのは、ここ数年の出来事。
残響楽団。
図書館。
人差し指の神託代行者。
どれも、ツヴァイでは防ぎきれなかった災害。
「……このままだと南部での影響力が落ちるっす。治安維持能力が……いや……考えたくもないっす……」
その先は、言葉にしなかった。
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コンコン。
「どうぞ」
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのは東部支部長フェノーメノ。
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「メノさん……どうしたっすか?」
「東部地域の現状報告に参りました」
事務的で、無駄のない口調。
「東部か……どうっすか?」
フェノーメノは即答する。
「ここ数ヶ月、大規模な事件は発生していません。五本指にも目立った動きはなし、ツヴァイの任務は問題なく遂行できています」
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「……そうっすか」
バンブーメモリーは、わずかに肩の力を抜く。
「それなら良かったっす……」
だがその安堵は、長く続かなかった。
フェノーメノの視線が、鋭く突き刺さる。
「……協会長、お疲れのように見えますが」
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「え?いやいや!」
慌てて手を振る。
「大丈夫っすよ!ちょっと考え事が多いだけで……!」
「……南部支部の件ですね?」
言い当てられる。
「うっ……」
苦笑い。
「メノさんにはお見通しっすね……」
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フェノーメノは小さく頷く。
「何年の付き合いだと思っているのですか、貴女の性格は理解しているつもりです」
責任を抱え込みすぎる。
それが彼女の弱点でもあると。
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「はは……一本取られたっす」
少しだけ、笑う。
だがすぐに表情は戻る。
「……正直、厳しいっす。南部は人手不足、実力者も足りない」
机を軽く叩く。
「タイトルホルダー支部長も頑張ってくれてるっすけど……限界があるっす」
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「南部1課のエドガーさんは?」
フェノーメノが問う。
「優秀っすよ」
即答。
「でも“足りない”っす」
苦々しく言う。
「理想を言えば……」
一瞬だけ間を置く。
「エドガーさんが10人くらい欲しいっすね……」
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「クローンは禁忌違反です」
即座に返される。
「ただの例えっす!」
そして、小さく呟く。
「……それくらい、足りてないってことっす」
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沈黙。
バンブーメモリーは椅子にもたれた。
「……正直、自分で現場に出れたらいいって思うことが増えたっす」
拳を握る。
「協会長って立場……こんなにもどかしいとは思わなかったっすよ」
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フェノーメノは静かに言う。
「ですが貴女の指示があるからこそ、ツヴァイは機能しています。現場だけでは組織は回りません」
一歩近づく。
「貴女の役割は、現場とは別にあります」
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バンブーメモリーは目を逸らす。
「……そうっすかね」
ぽつり。
「前協会長から引き継いだ時は……正直、押し付けられたと思ったっす」
本音だった。
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フェノーメノは少しだけ表情を緩める。
「それでも貴女は逃げなかった、それだけで、協会長としての資質は十分です」
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「……」
バンブーメモリーは何も言えなかった。
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フェノーメノは続ける。
「ですが、その状態で無理を続ければ」
一拍。
「……ねじれる可能性もあります」
空気が重くなる。
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ねじれ。
それは、心が折れた者の末路。
調律者でも、フィクサーでも、例外ではない。
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「……休んでください」
フェノーメノは静かに言う。
「今の貴女には、それが必要です」
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「いや……」
反射的に否定する。
「まだ仕事が──」
「倒れたら、それこそ終わりです」
強い口調だった。
「協会長が機能しなければ、ツヴァイは崩れます」
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沈黙。
長い沈黙。
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「……」
バンブーメモリーは、ゆっくりと目を閉じた。
そして。
「……分かったっす」
小さく、呟く。
「少しだけ……休むっす」
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フェノーメノは静かに頷いた。
「それでいいのです」
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ツヴァイ協会は「盾」である。
だがその盾は、すべてを守ることはできない。
契約がなければ見捨てる。
力がなければ守れない。
人手がなければ崩壊する。
そして──
守る側もまた、人間である以上。
いつか、折れる。
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都市の治安とは。
守られているのではない。
かろうじて維持されているだけなのだ。