ツヴァイ協会本部 廊下
硬質な床に、規則正しい足音が響く。
書類を抱えたフェノーメノは、ようやく一息ついていた。
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フェノーメノ
「ふぅ……ようやく一区切り、ですね……」
小さく息を吐く。
だが、その表情は晴れない。
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(協会長……やはり無理をしすぎている)
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脳裏に浮かぶのは、数時間前のやり取り。
疲労を隠そうとしていた、あの笑顔。
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フェノーメノ
「……もう少し、強く止めるべきでしたか……」
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その時。
「た、大変ですフェノーメノ支部長!」
足音を乱して駆け寄るフィクサー。
顔色は明らかに悪い。
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フェノーメノ
「落ち着いてください。報告を」
「D社4区の裏路地でねじれが発生しました!」
フェノーメノ
「……被害状況は?」
「現時点で多数の負傷者が出ていますが……その、死者は確認されていません」
フェノーメノ
「……?それは妙ですね」
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「はい……!対象は拘束系の能力を持っているらしく……人を“捕まえて”動けなくするだけで……」
「……殺さないんです」
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その一言。
フェノーメノの眉がわずかに動く。
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フェノーメノ
「……分かりました。私が出ます」
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「支部長自ら!?」
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フェノーメノ
「この状況、現場判断が必要です。準備を」
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「は、はい!」
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D社4区 裏路地 ― 針葉樹林
夜。
冷たい空気。
針葉樹の影が不気味に揺れる。
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フェノーメノたちは森の中を駆ける。
足音が湿った土に吸い込まれていく。
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やがて。
異様な光景が、視界に入る。
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「……っ」
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そこには。
巨大な“盾”の塊があった。
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無数の板。
重なり合う防壁。
歪んだ鉄と石の集合体。
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そして――
そこから伸びる“壁”のようなものに。
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フィクサーや民間人が。
包み込まれるように拘束されていた。
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「くそっ!斬っても弾かれる!」
「炎も通らない……なんだこの防御は……!」
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現場は完全に膠着していた。
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フェノーメノ
「……これは……」
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その時。
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ヤエノムテキ
「来ましたか」
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振り向くと、そこにはリウ協会の面々。
その中心に、協会長の姿。
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フェノーメノ
「ヤエノムテキ協会長……!」
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ヤエノムテキ
「久しいですねフェノーメノ支部長。……ですが、状況は良くない」
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静かに、ねじれを見る。
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ヤエノムテキ
「攻撃は通らない。突破も出来ない。……しかし、殺しにも来ない。千日手状態です」
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フェノーメノ
「……守っている、ように見える?」
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ヤエノムテキ
「ええ」
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一瞬の沈黙。
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ヤエノムテキ
「……そして、あの形」
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歪んだ盾。
重なり合う防壁。
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フェノーメノの脳裏に。
ひとつの人物が浮かぶ。
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「……まさか……」
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ヤエノムテキ
「フェノーメノさん、ツヴァイ協会に精神的に追い詰められてた人物はいますか?」
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フェノーメノ
「……協会長が……」
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その瞬間。
空気が、凍りついた。
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「え……?」
「まさか……」
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ツヴァイのフィクサーたちがざわめく。
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「……あのハチマキ……!」
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歪んだ盾の一部に。
確かに残っていた。
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“夢”の文字。
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フェノーメノ
「……協会長……」
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ヤエノムテキは、目を伏せる。
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ヤエノムテキ
「……最悪の形ですね、討伐も視野に入れます」
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その言葉は、静かだった。
だが、重い。
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ヤエノムテキ
「判断は、あなたに任せます。支部長」
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フェノーメノ
「……私が……」
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ツヴァイ協会長の命。
ツヴァイの象徴。
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それを。
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自分が、断つかもしれない。
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ヤエノムテキ
「時間はありません。この規模、拡大すれば都市悪夢になります」
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フェノーメノ
「……少し、時間を」
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ヤエノムテキ
「ええ。ですが早く」
フェノーメノは、一歩前に出る。
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ギギ……
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巨大な盾が、わずかに軋む。
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そして。
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声が、響いた。
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『……危ないっす』
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フェノーメノ
「……!」
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それは確かに。
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バンブーメモリーの声だった。
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『そこは……危ないっす……』
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盾が、さらに広がる。
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拘束された者たちを。
さらに奥へと包み込む。
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『守るっす……』
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『全部……守るっす……』
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フェノーメノの拳が、震える。
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(……守っている)
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(本当に)
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だが。
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その“守り”は。
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誰一人、動けない。
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誰も、逃げられない。
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誰も、“生きられない”。
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完全な静止。
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完全な隔離。
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それは。
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守護ではなく、封印だった。
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フェノーメノ
「……協会長……」
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小さく、呟く。
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フェノーメノ
「それは……守ることではありません……」
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盾が、きしむ。
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まるで、否定するかのように。
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『……違うっす』
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声が、歪む。
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『これで……いいんす……』
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『誰も……傷つかない……』
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フェノーメノは、目を閉じる。
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そして。
静かに、開いた。
フェノーメノ
「……判断します」
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背後のフィクサーたちが息を呑む。
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この一言で。
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すべてが決まる。
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(私は――)
フェノーメノ「……私は、協会長を助けます」
静かな声だった。
だが、その決意は誰の耳にもはっきり届いた。
ヤエノムテキ「……その理由は?」
フェノーメノ「ツヴァイは“誰かを守る”組織です」
一歩、前に出る。
フェノーメノ「苦しんでいる身内一人救えないなら……ツヴァイ協会の存在意義などありません」
一切の迷いがなかった。
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ヤエノムテキ「……いいでしょう」
わずかに目を細める。
ヤエノムテキ「ですが、どうやって“ねじれ”から戻すつもりですか?」
彼女は続ける。
ヤエノムテキ「今のバンブーさんは、“守る”という概念そのものが歪んでいる状態。
生半可な説得では届きませんよ」
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フェノーメノ「なら──その歪んだ概念を一度壊します」
ヤエノムテキ「……ほう?」
フェノーメノ「自由を奪う盾に意味はない。それを教えます」
そして、はっきりと言い切った。
フェノーメノ「──力ずくで」
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ヤエノムテキ「……ふふ」
小さく笑う。
ヤエノムテキ「我がリウ協会に負けず劣らずの脳筋ですね。嫌いではありません」
だが、その目は鋭いまま。
ヤエノムテキ「しかし、その盾は彼女自身の一部。
加減を誤れば──命を奪いますよ」
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フェノーメノ「大丈夫です」
即答だった。
フェノーメノ「協会長は……あの程度で壊れるような方ではありません」
「おお……!」
周囲のフィクサーたちが思わず声を上げる。
「流石フェノーメノ支部長!」
フェノーメノ「……多分」
「多分!?」
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ヤエノムテキ「……まあいいでしょう」
軽く肩をすくめる。
ヤエノムテキ「問題は、あの盾の硬度です。
我々でも一枚も破壊できていません」
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フェノーメノ「ならば方法は一つ」
静かに告げる。
フェノーメノ「一点集中攻撃。
一枚の盾を徹底的に叩き続けます」
ヤエノムテキ「持久戦……ですか」
フェノーメノ「盾を生成し続ける以上、いずれ限界が来るはずです」
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ヤエノムテキ「……望むところです」
口元がわずかに吊り上がる。
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フェノーメノ「ツヴァイ協会!ターゲットは最前列の盾!
リウ協会と連携し、総攻撃!」
ヤエノムテキ「リウ協会!援護に回れ!
決して内部に取り込まれるな!」
「「はっ!!」」
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轟音が森を揺らす。
「ぐっ……硬ぇ!!」
「衝撃が返ってくる……!」
「ヒビすら入らねえぞ!」
攻撃は、すべて弾かれる。
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ヤエノムテキ「……やはり容易ではありませんね」
フェノーメノ「協会長の盾は“あらゆるものを弾く”性質……
打撃も斬撃も通りません」
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ヤエノムテキ「ならば貫通攻撃ですが……」
わずかに首を振る。
ヤエノムテキ「リウでは主力ではありません」
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フェノーメノ「センク協会の応援を──」
ヤエノムテキ「間に合いません」
即答だった。
ヤエノムテキ「東部のセンクは打撃主体。
他地域から呼べば時間がかかりすぎる」
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フェノーメノ「……なら」
一瞬の沈黙。
フェノーメノ「……あの方に頼みます」
ヤエノムテキ「“あの方”?……」
フェノーメノ「後が怖いのですが……背に腹は代えられません」
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セブン協会 本部
トランセンド「ふわぁ……暇だねぇ、な~んか大事件起きないかな~」
椅子にだらりと座り、メガネを回す。
フリオーソ「協会長……不吉なことは言わないでください」
トランセンド「へへ、ごめんごめん」
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ジリリリリ──
トランセンド「お、電話だ」
受話器を取る。
トランセンド「はいはいセブン協会。……お、メノさんじゃん」
軽い調子。
しかし──
トランセンド「……え?」
表情が変わる。
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トランセンド「……バンブーさんが、ねじれ?」
沈黙。
トランセンド「……分かった。今すぐ向かう」
一拍置いて、笑う。
トランセンド「貸しは二倍返しね?」
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受話器を置く。
トランセンド「フリオ、準備」
フリオーソ「はい」
トランセンド「4区行くよ。
ツヴァイが、崩れかけてる」
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再び D社4区
フェノーメノ「……あとは時間稼ぎです」
ヤエノムテキ「セブン協会ですか」
わずかに息を吐く。
ヤエノムテキ「他協会、それも協会長に頼る……
ツヴァイの立場は弱くなりますよ」
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フェノーメノ「構いません」
即答。
フェノーメノ「この程度で揺らぐほど──
ツヴァイは脆くありません」
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ヤエノムテキ「……ならば」
炎が揺らぐ。
ヤエノムテキ「私も全力を尽くしましょう」
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フェノーメノは、盾の奥を見据える。
そこにいる“彼女”を。
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フェノーメノ(協会長……)
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フェノーメノ(必ず、取り戻します)
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歪んだ盾が、軋んだ。
戦いは──まだ始まったばかりだった。