ハナ協会本部――大会議室。
長大な楕円卓を囲んでいた十二協会の長たちは、ひとまず一つの結論に辿り着いていた。
「灰色の怪物」――オグリキャップという存在は、単体では危険ではない。だが、条件次第で都市を揺るがす災害にもなり得る。
その評価は、誰の胸にも重く沈んでいた。
会議を締める空気が流れ、椅子が引かれ、書類がまとめられ始める。張り詰めていた空気が、わずかに緩む――その時だった。
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アイネスフウジン「……オグリちゃん、いくつか聞いてもいい?」
場を引き留めたのは、アイネスフウジンだった。
その声は明るい調子を装っていたが、どこか慎重で、確かめるような響きを含んでいる。
視線が一斉に、まだ席に座ったままのオグリキャップへと集まった。
オグリキャップ「なんだろうか、アイネス」
相変わらずの調子で首を傾げるオグリ。その様子に、何人かが小さく息をつく。
――この少女は、本当に何も変わっていない。
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アイネスフウジン「……特色の人達と食事をしたって言ってたけど、どんな食事だったの?」
フェノーメノ「確かに……気になりますね」
フェノーメノが静かに同意し、スピードシンボリも腕を組んで頷いた。
スピードシンボリ「特色同士が関わって“何も起きない”というのは、にわかに信じ難い」
その言葉には、長年都市を見てきた者の実感が滲んでいる。
この都市で「特色」が関わる時、それは往々にして血か、破壊か、あるいはそれ以上の何かを伴う。
だが――
オグリキャップ「普通だ」
オグリキャップは、あまりにもあっさりと言った。
オグリキャップ「仕事帰りに奢ってもらった。美味しかったな」
その一言に、場の数名が言葉を失う。
“普通”。
その言葉が、これほどまでにこの都市と乖離しているとは。
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シンボリルドルフ「……なら、今聞かせてくれ。どんな話をした?」
シンボリルドルフの声は静かだったが、明確に核心を突いていた。
オグリは少しだけ考え込み、そして素直に答える。
オグリキャップ「そうだな……誰の話をすればいいだろうか?」
ヤエノムテキ「では――青い残響と紫の涙から」
ヤエノムテキの目が細められる。
ヤエノムテキ「特に興味深い二人ですので」
セイウンスカイ
「私としては朱色の十字も気になるな~。つかみどころのないひとだったからオグリさんとどんな風に関わってたのか気になるね」
「アルガリアとイオリ、それに十字か。分かった」
その名を、何の躊躇もなく口にする。
――それがどれほど異常なことか、この場の全員が理解していた。
回想――青い残響
五年前、G社7区の裏路地。
薄暗く、湿った石畳の上を、二人の影が並んで歩いていた。
白髪に青い衣装――アルガリア。
その隣には、今と何一つ変わらない姿のオグリキャップ。
アルガリア「ふふ、灰色の怪物。仕事を手伝ってくれて感謝するよ」
その声は柔らかいが、底の見えない響きを持っていた。
アルガリア「俺一人だと少し厳しかったんだ」
オグリキャップ「構わない。友達を助けるのは当然だ」
即答だった。
そこに打算も警戒もない。ただ“当然”という認識だけがある。
アルガリアは、わずかに目を細める。
アルガリア「……そう。ならお礼に食事でも奢るよ」
その瞬間、オグリの耳がぴくりと動いた。
オグリキャップ「本当か……!感謝する」
その表情は、あまりにも素直だった。
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裏路地の料理店。
粗末だが温かい料理を前に、オグリは満足げに頷いている。
オグリキャップ「……うん、美味しいな」
アルガリア「ふふ……」
アルガリアは、その様子を興味深そうに眺めていた。
まるで“観察”するかのように。
アルガリア「そういえば、アンジェリカともよく会っているそうだね」
オグリキャップ「ん?ああ、友達だからな」
迷いのない返答。
オグリキャップ「よく君とローランの喧嘩の愚痴を聞く。あまり困らせるのはダメだぞ」
アルガリア「……ははは」
アルガリアの笑みが、わずかに歪む。
アルガリア「それはあいつが結婚なんてしたからだよ。俺のアンジェリカを奪うなんて、我慢ならなくてね……」
その言葉の奥に潜む狂気に、オグリは気付かない。
ただ、まっすぐに返す。
オグリキャップ「家族は大事にするべきだ。妹なんだろう?」
アルガリア「……」
オグリキャップ「アンジェリカの意思は尊重するべきだ」
沈黙。
そして――
アルガリア「……ははは」
アルガリアは笑った。
アルガリア「灰色の怪物も、そんなことを言うんだ。涙が出そうだよ」
オグリキャップ「そうなのか?ハンカチいるか?」
アルガリア「……ははは……」
その瞬間、アルガリアは確信した。
――この存在は、利用できる。
回想――紫の涙
四年前、M社13区。
整えられた店内、静かな空気。裏路地とは対照的な場所。
イオリはグラスを傾けながら、目の前の少女を見る。
イオリ「感謝するよ、灰色。私一人でやるには面倒な仕事だったんだ」
オグリキャップ「問題ない。達成できたならなによりだ」
イオリ「今日は好きなだけ食べてってくれ。奢るからね」
オグリキャップ「感謝する」
変わらないやり取り。
変わらない構図。
ただし――イオリはアルガリアとは違った。
イオリ「……時に灰色、あんたにとって友達とはなんだい?」
問い。
試すような視線。
オグリは、迷わず答える。
オグリキャップ「一緒に食事をする相手だ」
イオリの目が、わずかに細まる。
オグリキャップ「食事をすると、仲良くなれるからな」
イオリ「……そうかい」
それは理解でも否定でもない、ただの“確認”。
イオリ「……あんたも昔から変わってないね」
その言葉には、ほんの僅かな――感情が混じっていた。
回想――朱色の十字
三年半前、X社24区。
三人で囲む食卓。
朱色の十字は寡黙に、ただオグリを見ていた。
朱色の十字「……お前は、食事で誘うといつも来るな」
オグリキャップ「仕事がなければ行きたい。友達の誘いだからな」
朱色の十字「……断らないのか?」
オグリキャップ「断らない」
即答。
ドンファンが笑う。
ドンファン「はは、変わってるな」
だが――
朱色の十字は笑わなかった。
朱色の十字「……灰色の怪物」
その声は低く、重かった。
朱色の十字「その考え方は否定しない。だが――」
わずかな間。
朱色の十字「不用心だ。いつか、代償を払う」
オグリは首を傾げる。
オグリキャップ「? 分かった、気をつける」
「……そうか、ならいい」
それ以上は言わなかった。
それ以上は――言えなかった。
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オグリキャップ「……という感じだ」
語り終えたオグリは、いつも通りの顔で座っていた。
まるで、何の問題もないとでも言うように。
だが――
「……」
会議室には、重い沈黙が落ちていた。
ヤエノムテキが静かに口を開く。
ヤエノムテキ「……青い残響の言葉をどこまで信用するかで、評価が変わりますね」
トランセンド「まあ十中八九、利用だよね〜」
トランセンドの軽い口調が、逆に現実を際立たせる。
グラスワンダー「ええ、信用できません」
グラスワンダーの声には明確な拒絶があった。
だが一方で――
セイウンスカイ「朱色の十字は気づいてたっぽいね、オグリさんの特異性と危うさに」
セイウンスカイがぼそりと呟く。
ゼンノロブロイ「少なくとも、忠告はしていたようです」
ゼンノロブロイが頷く。
“気づいていた者”はいた。
だが、それでも止められなかった。
それが、この都市だ。
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ヤエノムテキ「……オグリさんの交流関係も、良し悪しですね」
ヤエノムテキの結論は、あまりにも的確だった。
善意で繋がった縁。
だがその中には、確実に悪意が混じっている。
そして――
それを見分ける術を、オグリキャップは持たない。
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オグリキャップ「?」
当の本人は、やはり理解していなかった。
ただ首を傾げるだけ。
その姿は、あまりにも無垢で――
同時に、あまりにも危うかった。
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灰色の怪物。
それは、暴力でも狂気でもない。
“信じることを疑わない強さ”そのもの。
だからこそ――
それは時に、誰かの意思を乗せた“災害”へと変わる。