ヂェーヴィチ協会西部支部 支部長室
静かな室内。
書類をめくる音だけが響いている。
ペンを走らせていたナイスネイチャが、ふと手を止めた。
コンコン。
ナイスネイチャ「どうぞー」
扉が開く。
オグリキャップ「ネイチャ、今いいか?」
ナイスネイチャ「珍しいねオグリさんから来るなんて。どうしたの?」
オグリキャップ「ディエーチ協会に行きたい」
ナイスネイチャ「……ディエーチ?」
わずかに視線が鋭くなる。
オグリキャップ「ああ。ライスに呼ばれたんだ。会いに行きたい」
ナイスネイチャ「ライスって……“黒い刺客”のライスシャワーさん?」
オグリキャップ「そうだ」
即答。
ナイスネイチャは小さく息を吐く。
ナイスネイチャ「……まあ、あの子なら大丈夫か」
少し考えた後、条件をつける。
ナイスネイチャ「ただし、付き添いは絶対つけてね。特色同士の接触は一応記録対象だから」
オグリキャップ「分かった。タマに頼む」
ナイスネイチャ「うん、よろしく」
オグリキャップ「ありがとう」
そのまま、何の疑いもなく部屋を出ていく。
扉が閉まる。
ナイスネイチャ「……ほんと、危なっかしいよね」
ぽつりと呟いた。
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数時間後
ディエーチ協会本部 協会長室
本、本、本。
壁も机も床さえも、本に侵食されているような空間。
その中央で。
ゼンノロブロイ「ようこそ、ディエーチ協会へ」
穏やかな笑みで迎える。
タマモクロス「相変わらず本だらけやなここ……」
オグリキャップ「……落ち着くな」
タマモクロス「どこがやねん」
そのやり取りの奥で、小さく手を振る影。
ライスシャワー「……あ、オグリさん」
オグリキャップ「ライス」
少しだけ表情が柔らぐ。
ライスシャワー「久しぶり……元気だった?」
オグリキャップ「ああ。ライスも元気そうで何よりだ」
ライスシャワー「うん……」
安心したように微笑む。
タマモクロス「で、今日はなんの用なんや?」
ライスシャワー「えっと……その……」
少し言葉に詰まる。
ライスシャワー「オグリさんのこと、問題になってるって聞いて……心配で」
タマモクロス「……あー、その話か」
オグリキャップ「問題はない。私はいつも通りだ」
迷いのない答え。
ライスは一瞬だけ、表情を曇らせる。
ライスシャワー「……そっか。でも……」
少し俯き、
「困ったことがあったら……絶対言ってね」
顔を上げる。
「ライス、助けるから」
オグリキャップ「……ありがとう」
ほんの少し、優しく笑った。
そのやり取りを見ていたタマモクロスは、
タマモクロス(……杞憂やな)
内心で肩の力を抜く。
ゼンノロブロイ「協会所属同士ですからね。無用な心配は不要でしょう」
静かに補足する。
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だが。
ライスシャワー「……ねえオグリさん」
ふと。
「連絡先、見せてもらってもいい?」
タマモクロス「は?」
オグリキャップ「ああ、いいぞ」
即答。
迷いなし。
タマモクロス「ちょい待てや!!」
しかし、もう遅い。
スマートフォンはライスの手に渡っていた。
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主要連絡先
・アルガリア(青い残響)
・アンジェリカ(黒い沈黙)
・アーモンドアイ(水色の女王)
・イオリ(紫の涙)
・ヴェルギリウス(赤い視線)
・シンボリルドルフ(深緑の皇帝)
・ハイセイコー(桃色の偶像)
・ライスシャワー(黒い刺客)
・朱色の十字
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沈黙。
ライスシャワー「……」
タマモクロス「……」
ゼンノロブロイ「……これは」
ライスシャワー「ほんとに……特色ばっかり……」
震える声。
ライスシャワー「どうやって……?」
オグリキャップ「配達先で話をしたら友達になれた」
当然のように言う。
タマモクロス「当然みたいに言うなや!!」
思わずツッコミ。
だが。
ライスの視線は、別のところで止まっていた。
ライスシャワー「……オグリさん」
静かに。
「この人たち……消さないの?」
指が触れているのは――
既にこの世にいない名前たち。
オグリキャップ「消さない」
即答。
オグリキャップ「大切な友達だったからな」
少しだけ目を細める。
「忘れないために残している」
静かな声。
「忘れるのは……寂しいことだから」
ライスシャワー「……」
言葉を失う。
タマモクロス(……ほんま、甘い奴や)
だが。
否定はできなかった。
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そして。
ゼンノロブロイ「……オグリさん」
一歩、前に出る。
「その端末、しばらくお借りしても?」
タマモクロス「……なんでや?」
ゼンノロブロイ「記録です」
淡々と。
「貴女の接触関係は、もはや一個人の範疇を超えています」
視線がわずかに鋭くなる。
「これは都市の勢力図に影響を与えかねない情報です」
オグリキャップ「そうか」
あっさりと。
「分かった」
差し出す。
タマモクロス「おいオグリ」
止める間もなく。
タマモクロス「……ほんまにそれでええんか」
オグリキャップ「?」
首を傾げる。
オグリキャップ「頼まれたから貸しただけだが」
悪意はない。
疑いもない。
ただ、それだけ。
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その瞬間。
ゼンノロブロイは確信する。
(……これが“怪物”)
力ではない。
在り方そのものが――危うい。
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ライスシャワー「……オグリさん」
小さく呟く。
「守らなきゃ……」
誰にも聞こえないほどの声で。
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本の山の奥で。
静かに、何かが動き出していた。
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――怪物は無垢である。
だからこそ、誰よりも利用されやすい。
そして。
その隣にいる“刺客”は――
まだ、自分が何をする存在なのかを、完全には知らない。
数分後
ページをめくる音だけが、部屋に満ちている。
ゼンノロブロイは端末を閉じ、小さく息をついた。
ゼンノロブロイ「……以上で記録は完了です」
顔を上げる。
「協力、ありがとうございました」
オグリキャップ「そうか。ロブロイが喜んでくれたなら何よりだ」
本気でそう思っている声。
タマモクロス「……で、その記録どないするんや?」
ゼンノロブロイは少しだけ間を置く。
ゼンノロブロイ「ハナ協会へ報告。その後、12協会全体で共有されるでしょう」
淡々と。
「これは、もはや個人の交友関係ではありません」
一拍。
「“勢力情報”です。オグリさん個人はもちろんヂェーヴィチ協会だけで管理できる裁量を超えています」
タマモクロス「……はぁ」
頭を掻く。
「ほんま、とんでもないことしとるでオグリ」
その隣で、
ライスシャワーが小さく拳を握る。
ライスシャワー「……ライス、オグリさんのために頑張るから……!」
オグリキャップ「?」
首を傾げる。
「……ああ」
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その時。
ブーブー、と軽い振動音。
オグリキャップ「む、電話か」
タマモクロス「誰や?」
オグリキャップ「……ハイセイコーだ」
空気が、ほんの少しだけ変わる。
ゼンノロブロイ「……ハナ協会西部支部長」
オグリキャップは通話を取る。
「もしもし、久しぶりだな」
短いやり取り。
そして。
オグリキャップ「……分かった。今から向かう」
通話終了。
ライスシャワー「……何て?」
オグリキャップ「ハナ協会に来てほしいそうだ。話があるらしい」
タマモクロス「……また厄介そうやな」
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ハナ協会西部支部 支部長室
白い。
清潔で、整った空間。
その中心で。
ハイセイコー「久しぶり、オグリちゃん」
柔らかな笑み。
だがその奥に、確かな“圧”がある。
オグリキャップ「ああ、久しぶりだ」
ハイセイコー「急に呼び出してごめんね?」
少しだけ声のトーンを落とす。
「……オグリちゃんのこと、聞いたよ」
オグリキャップ「そうなのか?」
タマモクロス(もうツッコまん)
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ハイセイコー「単刀直入に言うね」
笑顔のまま。
「オグリちゃん、ハナ協会に来ない?」
静寂。
タマモクロス「……は?」
一瞬、理解が遅れる。
「何言うてんねん!?」
ハイセイコーは変わらず穏やかに続ける。
「待遇は保証するよ。むしろ、言い値でいい」
軽い調子。
だが――内容は重い。
タマモクロス「オグリはヂェーヴィチや!引き抜きとかそういう問題ちゃうやろ!」
ハイセイコー「……引き抜きじゃないよ」
少しだけ、声の温度が下がる。
「管理」
その一言で、空気が変わる。
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ハイセイコー「オグリちゃんの交友関係は、もう個人の範囲を超えてる」
「配達という仕事柄、今後も増える」
「そして――利用される」
静かに。
確信を持って言う。
タマモクロス「……」
反論できない。
ハイセイコー「だから、環境を変えるのが一番安全」
「それがハナ」
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沈黙。
そして。
ハイセイコー「……オグリちゃんはどうしたい?」
視線が向けられる。
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オグリキャップ「私は――」
迷わず。
「ヂェーヴィチのままでいい」
即答。
ハイセイコー「理由は?」
オグリキャップ「タマがいる」
それだけで十分だというように。
そして少しだけ考え、
「配達も好きだ、終わった後に食事をすると、また頑張ろうと思える」
ほんの少し、柔らかい表情。
「ここも良い場所だと思う。でも――今の生活は、ヂェーヴィチ協会にしかない」
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沈黙。
ハイセイコーは、少しだけ目を細めた。
ハイセイコー「……そっか」
柔らかく笑う。
「それなら無理には言わない」
だが。
「ただし、連絡先の管理は徹底してね。これは“お願い”じゃなくて、規定に近いよ」
オグリキャップ「分かった。約束だ」
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その時。
コンコン。
スティルインラブ「失礼します……」
静かで、控えめな声。
だが。
その奥に、何かが“蠢いている”。
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ハイセイコー「あ、スティルちゃん!」
スティルインラブ「書類、持ってきました……」
ふと、視線がオグリへ向く。
スティルインラブ「……その方は?」
ハイセイコー「ヂェーヴィチのオグリちゃんだよ」
スティルインラブ「……あ」
小さく息を呑む。
スティルインラブ「……貴女が“灰色の怪物”……オグリキャップさん」
オグリキャップ「ああ」
スティルインラブ「……紅色の衝動、スティルインラブです」
一礼。
スティルは、じっとオグリを見る。
スティルインラブ「……不思議な人ですね」
ぽつり。
「こんな状況でも、平然としてる」
オグリキャップ「?」
スティルインラブ「……怖くないんですか?」
「自分がどう扱われるか、分からないのに」
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オグリキャップは少し考え。
「分からない」
正直に言う。
「でも、みんなが必要だからやっているんだろう。なら、私は邪魔をしない」
静かに。
「それでいいと思う」
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スティルの目が、わずかに揺れる。
スティルインラブ「……強いですね」
そして。
ほんの一瞬。
“衝動”が顔を出す。
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スティルインラブ「……あの、連絡先、交換しませんか?」
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タマモクロス「はぁ!?」
ハイセイコー「えっ!?」
オグリキャップ「いいぞ」
即答。
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タマモクロス「ちょい待てや!!」
スティルインラブ「……」
じっと見つめる。
ハイセイコー「スティルちゃん、それは――」
スティルインラブ「……ダメ、ですか?」
しょんぼり。
ハイセイコー「うっ……」
一瞬で崩れる。
「……1人だけなら……いいかな……」
タマモクロス「何でやねん!!」
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オグリキャップ「では」
ピッ。
スティルインラブ「……ありがとうございます」
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タマモクロス「何しとんねーーーーん!!」
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その瞬間。
スティルの内側で。
“衝動”が、わずかに笑った。
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ハイセイコーはそれを見逃さなかった。
(……やっぱり、この子)
(危ないね)
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そして。
改めて理解する。
灰色の怪物は、止まらない。
桃色の偶像ですら、その流れを完全には制御できない。
都市は。
また一つ、“歪な繋がり”を得た。