ヂェーヴィチ協会西部支部――
配達任務を終えた直後の、慌ただしさがまだ残る室内。
ナイスネイチャは帳簿に目を落としたまま、顔だけを上げる。
ナイスネイチャ「じゃあ2人とも、次の配達はリウ協会西部支部ね。……よろしく頼むよ」
オグリキャップは静かに頷いた。
オグリキャップ「ああ、分かった」
隣で腕を組んでいたタマモクロスが軽く肩を回す。
タマモクロス「任せとき。西部支部やろ?すぐ終わらせたるわ」
ネイチャは一瞬だけ視線をオグリに向け、それからタマモへ戻す。
ナイスネイチャ「……タマモさん」
タマモクロス「ん?」
ナイスネイチャ「一応言っておくけど、協会相手だからって油断しないでね」
少し間を置いて、付け加える。
ナイスネイチャ「――オグリさんのこと、ちゃんと見てて」
タマモはため息を一つ。
タマモクロス「当たり前や。こいつが勝手にどっか行かんように、ウチが首輪つけといたるわ」
「む、それは困る」
タマモクロス「例えや例え!」
ネイチャは苦笑した。
ナイスネイチャ「……まあいいや。行ってきて」
オグリキャップ「行ってきます」
ヂェーヴィチ協会西部支部を出た二人は、いつも通りの配達任務としてリウ協会へ向かっていた。
配達。
ただ荷物を届けるだけの単純な仕事。
――だが、今やその「ついで」で築かれる繋がりが、都市の均衡を揺るがしかけている。
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リウ協会 西部支部
赤を基調とした内装。壁には龍の意匠。
空気には微かに香辛料の匂いが混じる。
扉を開けると同時に、豪快な笑い声が響いた。
ノーリーズン「にゃっはっは!よく来たのう、“灰色の怪物”に“青白の稲妻”!」
タマモクロス「相変わらず声デカいなあんた…」
オグリキャップ「荷物はここでいいのか?」
ノーリーズン「うむ、そこに置いてくれればええ!」
オグリは淡々と荷物を降ろす。
動作は無駄がなく、それでいて力強い。
――この一見無防備な少女が、都市の戦力バランスを崩しかねない存在。
それを、ノーリーズンはじっと観察していた。
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タマモクロス「よし、確認も終わりや。帰るでオグリ」
オグリキャップ「ああ――」
ぐぅ〜…
一瞬の沈黙。
タマモクロス「……」
オグリキャップ「……お腹が空いたな」
タマモクロス「さっき食うたやろが!!」
ノーリーズン「にゃはは!腹が減るのは元気な証拠じゃ!」
オグリキャップ「……そうか?」
ノーリーズン「よし、軽く何か作らせよう。遠慮するでない」
タマモクロス「……ちょい待て」
一歩前に出るタマモ。
タマモクロス「それ、“餌付け”やないやろな?」
ノーリーズン「ほう、警戒心が強いのう」
タマモクロス「当たり前や。相手があんたやったら尚更な」
ノーリーズン「安心せい。ヤエノからも釘は刺されとる。“灰色の怪物の扱いは慎重に”とな」
タマモクロス「……ほんまやろな?」
ノーリーズン「嘘をつく理由がないわい」
数秒の睨み合い。
やがてタマモはため息をついた。
タマモクロス「……分かった。今回は信じたる」
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数十分後
机いっぱいに並べられた点心。
湯気を立てる小籠包、香ばしい餃子。
オグリキャップ「……いただきます」
その瞬間、怪物は消える。
ただ、美味しそうに食べる少女がそこにいた。
タマモクロス「……ほんま、こいつだけ見てたら普通の子なんやけどな」
ノーリーズン「……じゃろうな」
だがその“普通”こそが異常。
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ノーリーズン「……タマモ殿、少しよいかの」
タマモクロス「なんや?」
ノーリーズン「オグリ殿の連絡先、教えてもらえんか?」
空気が変わる。
タマモの目が細くなる。
タマモクロス「……どういうつもりや」
ノーリーズン「単純な話じゃ」
ノーリーズンは椅子に深く座り、指を組む。
ノーリーズン「オグリ殿の人脈、もう把握しとるじゃろ?」
タマモクロス「……」
ノーリーズン「ハナ、ディエーチ、それに一部の特色。既に共有され始めている」
タマモクロス「それがなんや」
ノーリーズン「ならば――」
一拍。
ノーリーズン「“管理する”より、“繋がる”方が合理的じゃろうて」
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タマモクロス「……利用する気やな?」
ノーリーズン「利用、か」
少しだけ笑う。
ノーリーズン「言葉はどうでもよい。“繋がる”ことで情報が流れる。それが都市では力になる」
タマモクロス「……」
ノーリーズン「オグリ殿は西部からほぼ動かん。なら西部の各協会が把握すれば――」
タマモクロス「行動管理ができる、か」
ノーリーズン「そういうことじゃ」
タマモクロス「……フォーエバーヤングにも回す気やろ」
ノーリーズン「流石の察しじゃのう、あやつの情報網は都市でもトップクラスじゃ。あやつが知ればほぼ確実にオグリ殿の行動は把握できる」
タマモクロス(こいつ、完全に筋通しとる……せやけど)
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タマモクロス「……ノーリーズン」
低い声。
タマモクロス「オグリを“便利な道具”やと思うたらアカンで」
ノーリーズン「ほう?」
タマモクロス「あいつはな、怪物や。しかも自覚のないタイプのな」
ノーリーズン「……」
タマモクロス「扱い間違えたら、全部吹き飛ぶで」
ノーリーズン「にゃはは……それは承知の上じゃ」
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タマモは少しだけ視線を落とす。
(止めるべきか?)
(……でも)
(もう止まらん流れや)
タマモクロス「……オグリ」
オグリキャップ「もぐもぐ……なんだ?」
タマモクロス「ノーリーズンが連絡先欲しいらしい。どうする?」
オグリキャップ「分かった」
タマモクロス(即答かい!!)
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ノーリーズン「にゃはは!助かるのう!」
端末同士が接触する。
ピッ、という軽い音。
――それだけで、また一つ“線”が繋がった。
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オグリキャップ「……美味しいな」
何も知らずに、また一つ餃子を口に運ぶ。
タマモクロス「……はぁ」
ノーリーズン「……」
ノーリーズンはその姿を見ながら、静かに呟いた。
ノーリーズン(この怪物……)
ノーリーズン(利用する側とされる側……どちらに転ぶかは、まだ分からんのう)
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都市において「繋がり」は力だ。
だがそれは同時に――
爆弾でもある。
そして今、誰もがその導火線を握ろうとしている。
その中心にいるのは、
ただ「友達」を増やしているだけの少女だった。
一方そのころ
ヂェーヴィチ協会本部 協会長室
書類の山。
報告書の山。
そして――
アイネスフウジン「……」
静寂。
トランセンド「……ねえアイネス、息してる?」
ゼンノロブロイ「脈はありますね。一応」
アイネスフウジン「……生きてるの……」
机に突っ伏したまま、か細い声が漏れる。
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問題の報告書
机の上に広げられた資料。
タイトルは――
「灰色の怪物:交友関係拡張に関する追加報告」
アイネスフウジン「……ねえ……なんで増えてるの……?」
トランセンド「増えるでしょ」
ゼンノロブロイ「増えますね」
アイネスフウジン「なんでそんな当たり前みたいに言うの……!?」
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トランセンド「えーっと最新の追加だけど〜」
ペラ、と紙をめくる。
トランセンド「ハナ協会西部、スティルインラブ」
アイネスフウジン「うん……知ってるの……」
トランセンド「リウ協会西部、ノーリーズン」
アイネスフウジン「……は?」
ゼンノロブロイ「つい先程、配達先で取得したようです」
アイネスフウジン「は?????」
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アイネスフウジン「いやいやいやいや待ってほしいの」
アイネスフウジン「これ、ただの配達だよね?」
トランセンド「うん」
ゼンノロブロイ「ええ」
アイネスフウジン「なんで配達行って協会幹部の連絡先増えるの!?」
トランセンド「オグリさんだから」
ゼンノロブロイ「オグリさんですからね」
アイネスフウジン「その説明やめてほしいの!!」
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ゼンノロブロイ「……ですが、これは予想の範囲内です」
アイネスフウジン「どこがなの!?」
ゼンノロブロイ「オグリさんの特性上、“敵対されにくい”」
トランセンド「それに“断らない”」
ゼンノロブロイ「さらに“強すぎる”」
トランセンド「結果、“繋いでおくと得”って判断される」
アイネスフウジン「うん最悪なの!!」
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トランセンド「正直さ〜」
トランセンドが椅子を揺らしながら言う。
トランセンド「もう止めるフェーズじゃないよね」
アイネスフウジン「……」
ゼンノロブロイ「ええ。“管理対象”ではなく“現象”です」
アイネスフウジン「現象って言わないで怖いの!!」
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トランセンド「このまま行くとさ〜」
指折り数える。
トランセンド「西部の各協会幹部が全部繋がるでしょ」
ゼンノロブロイ「その後、本部にも共有」
トランセンド「で、最終的に――」
二人同時に
「「都市全体に拡散」」
アイネスフウジン「やめてぇぇぇぇぇ!!!」
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机を叩くアイネスフウジン
アイネスフウジン「なんで!?なんでうちの協会からこんなの出てきたの!?」
トランセンド「運が悪かったね」
ゼンノロブロイ「いえ、運ではありません。“必然”です」
アイネスフウジン「必然でこんなの出てこないの!!」
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ゼンノロブロイ「ちなみに」
アイネスフウジン「まだあるの!?」
ゼンノロブロイ「ディエーチとしては、オグリさんの連絡網を正式にデータベース化しました」
アイネスフウジン「やめてって言ったのにぃぃぃ!!」
トランセンド「セブンとしても当然コピー済みだよん」
アイネスフウジン「なんでぇぇぇぇぇ!?」
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アイネスフウジン「もうやだ……」
アイネスフウジン「オグリちゃん強いし可愛いし良い子だけど……」
アイネスフウジン「管理できないの……」
トランセンド「うん」
ゼンノロブロイ「はい」
アイネスフウジン「認めたくないのぉぉぉ……」
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しばらく沈黙。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
アイネスフウジン「……決めたの」
トランセンド「お?」
ゼンノロブロイ「何を?」
アイネスフウジン「もう制御は諦めるの」
トランセンド「おお〜」
ゼンノロブロイ「合理的ですね」
アイネスフウジン「その代わり――」
ぐっと拳を握る。
アイネスフウジン「“味方に引き込む”のを最優先にするの!!」
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一方その頃
裏路地 屋台
オグリキャップ「……この餃子も美味しいな」
タマモクロス「さっきも食うたやろが!!」
オグリキャップ「?別の店だぞ?」
タマモクロス「そういう問題ちゃう!!」
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都市の上層で、戦略が組まれる。
管理か、抑制か、利用か。
その全ての中心にいるのは――
ただ「美味しいご飯」を楽しんでいるだけの少女だった。