セブン協会本部 協会長室
セブン協会本部最上層。
そこは執務室というより――
都市の断面図そのものだった。
壁一面を覆う情報投影盤。
協会。翼。指。裏路地組織。フィクサー事務所。
事件記録。資源流通。抗争履歴。交渉履歴。
すべてが線で結ばれ、層になり、折り重なり、都市の現在を形作っている。
そしてその中心付近。
一本だけ。
異様に自然な形で――
異様に不自然な速度で伸び続けている線があった。
灰色の怪物。
フォーエバーヤングの指先が、その線をなぞる。
まるで楽器を弾くように。
フォーエバーヤング
「……ふふ」
声は軽い。
けれど視線は軽くない。
フォーエバーヤング
「ねえトランさん」
トランセンド
「なぁに?」
椅子に深く座ったまま、都市全体の相関図を見上げている。
その目は完全に観測者の目だった。
フォーエバーヤング
「オグリさんって……最高だよね」
トランセンド
「……だねぇ」
静かに笑う。
この笑いは評価ではない。
発見だ。
フォーエバーヤング
「ちょっと弄ってみる?」
軽く言う。
けれどその言葉は軽くない。
都市構造に干渉するという意味だからだ。
トランセンド
「いんや」
ゆっくり首を振る。
トランセンド
「オグリさんにはさ」
少し間が空く。
トランセンド
「自然体でいてほしいかな」
フォーエバーヤング
「だよね♡」
すぐに同意する。
なぜなら理解しているからだ。
観測対象は自然であるほど価値が高い。
トランセンド
「でもさ」
声の温度が少し変わる。
トランセンド
「周りに干渉するのはありかもね♡」
フォーエバーヤングの瞳が細くなる。
理解が速い。
速すぎる。
フォーエバーヤング
「……つまり」
トランセンド
「あえて」
フォーエバーヤング
「配達ルートの位置情報を流して」
トランセンド
「見守る♡」
フォーエバーヤング
「あは♡」
笑う。
その笑いは無邪気だった。
そして危険だった。
フォーエバーヤング
「それ最高じゃん♡」
トランセンド
「でしょ♡」
そのやり取りを背後で聞いていたフリオーソが、ゆっくり口を開く。
慎重に。
言葉を選びながら。
フリオーソ
「……2人とも」
2人は振り向かない。
まだ都市図を見ている。
フリオーソ
「オグリさんをこれからどうするつもりですか?」
少し沈黙。
それは迷いではない。
言語化の選択だった。
トランセンド
「それね〜、まあ言葉を選ばずに言えば♡」
フォーエバーヤング
「都市の新しい機構になってもらう♡」
フリオーソ
「……12協会のためにですか?」
トランセンド
「まあその建前は無くさないけど〜」
フォーエバーヤング
「本音言っちゃえば♡」
トランセンド
「ウチらのゾクゾクを♡」
フォーエバーヤング
「満たし続けて欲しいかな♡」
室内が静かになる。
セブン協会の中心で発せられた言葉としては危険すぎる。
フリオーソ
「……その発言は、絶対に外では言わないでください」
トランセンド
「分かってるよん」
フォーエバーヤング
「ポーカーフェイス得意だから♡」
その時。
扉が開く。
空気が変わる。
エアシャカール
「邪魔するぜ」
この部屋に入ってきて空気を変えられる数少ない人物の一人だった。
トランセンド
「およ、シャカールさんじゃん。どしたの?」
エアシャカール
「南部支部のカフェ運営報告だ」
書類を机に置く。
だが視線はすでに別の場所を見ている。
都市構造図。
灰色の線。
エアシャカール
「……なんでヤングがいる?」
フォーエバーヤング
「トランさんに用があってね」
エアシャカール
「……灰色の怪物だろ」
トランセンド
「さっすが」
エアシャカール
「チッ」
舌打ち。
珍しいことではない。
だが理由が珍しい。
エアシャカール
「あいつ意味分かんねぇ、前は特色にしては抜けてる奴だった」
エアシャカール
「なのに今は都市全体が動いてやがる。オレのデータが通用しねぇ奴なんて初めてだ。しかも本人に歩く機密漏洩の自覚がないのがタチわりい。」
トランセンド
「まあ普通はそう思うよね」
エアシャカール
「……トラン」
空気が変わる。
エアシャカール
「ヤング」
完全に支部長の声だった。
エアシャカール
「南部支部長として言っとく。あいつを利用するのは構わねぇ、都市じゃ普通だからな」
一拍。
エアシャカール
「だが、セブン協会に危害が及ぶなら。不信任案出す」
沈黙。
重い沈黙。
トランセンド
「はいはい」
フォーエバーヤング
「セブン協会壊すつもりはないからさ♡」
エアシャカール
「言質取ったからな」
そして去る。
扉が閉まる。
少しの静寂。
トランセンド
「……シャカさんに目つけられたね〜」
フォーエバーヤング
「でもさ」
フォーエバーヤング
「セブン協会が無事なら何してもいいって意味だよね♡」
トランセンド
「そゆこと〜♡」
フリオーソは理解していた。
この2人は止まらない。
止まる理由がないからではない。
止まらない選択をしているからだ。
セブン協会本部 本部長室
本部長室は協会長室より静かだった。
情報が整理される場所。
情報が判断に変わる場所。
エアシャカール
「……つーわけだ、トランの監視強めろ」
ビリーヴ
「ええ」
湯のみを静かに置く。
その所作は正確だった。
彼女らしいほどに。
ビリーヴ
「協会長の能力は信頼しています。ですが今は、怪物に魅入られていますね」
エアシャカール
「止まらねぇな」
ビリーヴ
「ええ、しかしこれは協会長とヤングさんだけの話ではありません」
湯のみを1口含む。
ビリーヴ
「都市中の人間が灰色の怪物を使おうとしている。その一部が協会長たちというだけです。どの組織や個人も、灰色の怪物の全てに目をつけている。単純な戦力としても、情報源としても。指と協会が動いてる中で、まだ翼の接触がないのが不思議なくらいです」
エアシャカール
「ほんととんでもねぇ時代だ。翼の連中が動いてないのは……」
ビリーヴ
「動けないからでしょうね。翼は権力の大きさ故にフットワークが重いですから」
エアシャカール
「その点じゃあ、まだ協会が有利か」
ビリーヴ
「ええ。ひとまず安心してください、協会長の動向は僕が見守ります」
エアシャカール
「ならいいな。だがあとの問題は……」
ビリーヴ
「北部のカレンチャン支部長ですね」
エアシャカール
「……あいつか」
ビリーヴ
「彼女が怪物に“カワイイ”を見出した場合」
エアシャカール
「利用するな」
ビリーヴ
「ええ、確実に」
都市構造図の中心。
灰色の怪物の線だけが。
まだ。
伸び続けていた。