N社14区
N社の巣。
街は白かった。
ただ塗装が白いのではない。
統一された白だった。
管理された白だった。
思想としての白だった。
通りを歩く人々は静かで、声を荒げる者はいない。
笑っている者も少ない。
誰もが整然と歩き、誰もが視線を下げている。
清潔で。
秩序があり。
安全で。
そして――どこか息苦しい街だった。
その白い通りを、二人のフィクサーが歩いていた。
タマモクロスが、横を歩く少女に三度目の確認をする。
本当に三度目だった。
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タマモクロス「ええかオグリ!?」
声は強い。
だが怒っているのではない。
焦っているのだ。
タマモクロス「今回ばっかりはホンマの絶対やで!」
指を一本立てる。
タマモクロス「1つ。寄り道せん」
もう一本。
タマモクロス「2つ。お願いは全部断る」
そしてもう一本。
タマモクロス「3つ。ウチの傍を離れんな」
オグリキャップは迷いなく頷いた。
オグリキャップ「分かった」
そして少しだけ考えるように言う。
オグリキャップ「約束だな」
その言葉に、タマモクロスは一瞬だけ安心したような顔をする。
だがすぐに引き締める。
タマモクロス
「ええな……?なら行くで」
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N社本社
白い巨塔だった。
周囲の建物とは明らかに格が違う。
高い。
広い。
そして静かだった。
入口に立っただけで分かる。
ここは巣の中心に近い場所だと。
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受付。
白い制服の女性が静かに微笑む。
「ようこそN社へ。本日はどのようなご要件でしょうか?」
オグリキャップが一歩前に出る。
オグリキャップ「ヂェーヴィチ協会のオグリキャップとタマモクロスだ。荷物の配達に来た」
受付嬢が端末を操作する。
数秒。
その数秒が妙に長く感じられた。
「身元確認が取れました、8階応接室でお待ちください」
オグリキャップ「ありがとう」
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応接室。
そこもまた白かった。
机も。
椅子も。
壁も。
菓子皿さえも。
まるで色そのものが排除された空間だった。
オグリキャップが皿を見る。
オグリキャップ「……タマ、この菓子は食べてはダメなのか?」
タマモクロスは即答した。
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タマモクロス
「アホか!なんか混入されとったらどないすんねん!N社出るまで一口も食うな!」
オグリキャップは少しだけ肩を落とした。
オグリキャップ「む……そうか」
静かな足音が廊下から近づいてくる。
一定の間隔。
迷いのない歩幅。
扉が開く。
空気が変わる。
「待たせて申し訳ないね」
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紺色のスーツを着た女性だった。
白い空間の中で、その色だけが際立っている。
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オグリキャップ「君が依頼主か?」
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「そうだ、私はN社理事のヘルマン。よろしく」
タマモクロスの背筋がわずかに強張る。
理事。
翼の幹部。
つまり都市の上層の人間だ。
オグリキャップは普段通り名乗った。
オグリキャップ「ヂェーヴィチ協会のオグリキャップだ。こっちはタマモクロス、よろしく頼む。荷物の確認を」
ヘルマン「ああ」
確認作業は簡潔だった。
だが正確だった。
無駄がない。
翼らしい仕事だった。
ヘルマンが視線を向ける。
ヘルマン「確かに受け取った、ご苦労さま灰色の怪物に……」
そしてもう一人へ。
ヘルマン「青白の稲妻」
オグリキャップが首を傾げる。
オグリキャップ「私たちを知っているのか?」
ヘルマンは静かに笑う。
ヘルマン「当然だ、君たちはもう翼にとっても無視できない存在だからね」
オグリキャップ「そうか」
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ヘルマンは話題を変える。
自然に。
あまりにも自然に。
ヘルマン「灰色の怪物、君は6区の出身だそうだね」
オグリキャップ「ああ、裏路地で母さんに育ててもらった」
ヘルマン「そうか」
ほんの少し間があった。
その沈黙には意味があった。
ヘルマン「苦労しただろう」
オグリキャップ「母さんが守ってくれた、だから私は生きている」
ヘルマン「君の母親は今も裏路地に?」
オグリキャップ「ああ、巣に移り住んだ方がいいとは思っている。だが手続きがよく分からない」
その言葉を聞いた瞬間、
タマモクロスの背筋に嫌な予感が走った。
そして。
案の定だった。
ヘルマン「提案がある、14区の巣に移住しないか?」
タマモクロス「んな!?」
オグリキャップが驚く。
オグリキャップ「14区に?」
ヘルマン「ああ、君の母親も一緒に受け入れる」
タマモクロスの指先が震える。
これは交渉ではない。
誘導だ。
ヘルマン「どうだい?」
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オグリキャップは考える。
真面目に。
丁寧に。
オグリキャップ「母さんと相談しないと決められない」
ヘルマンは少しだけ目を細めた。
評価の視線だった。
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ヘルマン「普通の人間なら即決する話なんだけどね」
オグリキャップ「いきなり引っ越したら母さんが驚く、だから意見を聞きたい」
ヘルマン「そうか」
そして静かに言う。
ヘルマン「なら連絡先を教えてもらえるかな、決まったら知らせてほしい」
オグリキャップ「分かった」
その返事を聞いた瞬間、
タマモクロスは理解した。
もう止められない。
退室。
白い廊下。
静かな足音。
そして部屋に残されたのは。
ヘルマンだけだった。
ヘルマン
「……連絡先は確保できた。これでN社は他の翼より優位に立てたな」
ほんの少しだけ視線を落とす。
「移住は……高望みか」
そして静かに呟く。
ヘルマン
「だがリンバスカンパニーとの本格衝突の時、役に立つだろう」
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その頃。
14区の白い街の中を歩きながら。
灰色の怪物はまだ。
自分がどれほど大きな渦の中心にいるのかを。
知らないままだった。