ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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出自

オグリキャップ&ナイスネイチャサイド

 

F社6区、裏路地。

 

「裏路地」と呼ばれてはいるものの、見た目だけなら普通の下町。古びた建物が並び、道幅は狭く、壁には年月を感じさせる汚れがこびりついている。だが、人が暮らしている気配は確かにあり、路地の奥からは夕食の支度を思わせる匂いも漂ってくる。

 

もちろん、巣と同じ意味で安全なわけではない。

けれど、指の支配下にある以上、少なくとも無秩序そのものではなかった。暴力も死も身近にある。だが同時に、そこには裏路地なりの秩序があった。

 

その一角を、オグリキャップとナイスネイチャが並んで歩いていた。

 

ナイスネイチャは周囲をさりげなく見回しながら、小さく息をつく。空気が違う。西部支部のある地域とも、他の区とも、また少し違う閉塞感があった。人の視線が少ないのに、誰かに見られているような気配だけが残る。そんな場所だった。

 

ナイスネイチャ「……オグリさんの実家ってこの辺?」

 

そう聞くと、オグリキャップは迷うことなく前方を指差した。

 

オグリキャップ「ああ……ここだ」

 

それは古びたアパートの一室だった。築年数は相当経っているのだろう。外壁は色褪せ、階段の手すりも少し錆びている。決して立派な建物ではない。だが、不思議と荒れた印象はなく、誰かが丁寧に暮らしていることが分かる佇まいだった。

 

オグリが扉の前に立ち、ためらいなくインターホンを押す。

 

ピンポーン。

 

少し間があって、扉の向こうで物音がした。足音。鍵の外れる音。そして、ゆっくりとドアが開く。

 

現れたのは、芦毛のウマ娘だった。

 

落ち着いた雰囲気をまとい、年相応の疲れは見えるものの、その目元には柔らかさが残っている。オグリとよく似た色の髪。だが、表情にはオグリにはない、長く生きてきた者特有の警戒と諦観が滲んでいた。

 

「はい、どなた様……」

 

そこまで言って、彼女は目を見開いた。

 

「……オグリ?」

 

オグリキャップは、ほんの少しだけ表情を和らげる。

 

オグリキャップ「ああ、久しぶり母さん」

 

その言葉を聞いた瞬間、母親の顔に安堵が浮かんだ。

だが、それは次の瞬間には別の色に変わった。

 

「なんで6区に……? まさかF社に……!」

 

声が強張る。

 

オグリは首を横に振った。

 

オグリキャップ「行ってない。今日は休暇だ。まっすぐここに来た」

 

その答えを聞いて、母親は目に見えて肩の力を抜いた。

 

「そ、そうなのね……良かった……」

 

それから、オグリの隣に立つナイスネイチャへと視線を移す。

 

「そちらは……?」

 

ナイスネイチャはすぐに軽く会釈した。

 

ナイスネイチャ「ヂェーヴィチ協会西部支部長のナイスネイチャだよ。オグリさんの上司」

 

「あっ……ヂェーヴィチ協会の……」

 

母親は慌てて頭を下げる。

 

「どうも、オグリの母です。娘がお世話になっています」

 

ナイスネイチャ「いやいや、全然平気だよ」

 

ネイチャはいつもの柔らかい口調で笑う。

 

ナイスネイチャ「オグリさん、頑張り屋でいつも助かってるよ〜」

 

その言葉に、母親はほんの少し目を細めた。

 

「そうなんですか……オグリ、頑張ってるのね」

 

オグリキャップ「もちろんだ」

 

オグリは迷いなく頷く。

 

オグリキャップ「母さんとの約束だからな」

 

その言葉に、母親の表情がわずかに揺れた。

 

「っ……約束……うん、そうね。約束……」

 

何かを飲み込むような間があった。

 

オグリは不思議そうに首を傾げる。

 

オグリキャップ「……どうしたんだ母さん? どこか痛いのか……?」

 

「ううん、なんでもないの」

 

母親はすぐに微笑んだ。だが、その笑みは少し無理をしているように見えた。

 

「オグリ、貴女が元気なら……それでいいわ」

 

オグリキャップ「そうか、分かった」

 

本当にそれで納得したらしい娘を見て、母親は困ったように、そして愛しむように目を細める。

 

「……ねえオグリ、良ければしばらくゆっくりしていく? お菓子ぐらいなら出せるわよ」

 

オグリキャップ「本当か!」

 

ぱっと目を輝かせる。

 

オグリキャップ「ありがとう母さん!」

 

「ふふ……貴女は本当に変わらないわね……」

 

それから母親はネイチャに向き直る。

 

「ネイチャさんも良ければどうぞ」

 

ナイスネイチャ「おっ、ありがとうございます」

 

そうして二人は部屋の中へ通された。

 

---

 

室内はこぢんまりとしていた。広くはない。だが、不思議と窮屈さを感じさせない。きちんと整えられた家具、小さな棚、控えめな装飾。質素ではあるが、どこか温かみがあった。

 

そして何より目を引いたのは、食料の蓄えだった。乾物、保存食、菓子、缶詰。多すぎるというほどではないが、一人暮らしにしては明らかに量が多い。

 

居間に通され、菓子が並べられると、オグリはさっそく手を伸ばした。

 

オグリキャップ「もぐもぐ……ふふ、美味しいな」

 

「オグリは本当に食べることが好きね」

 

母親はそれを見て、少しだけ頬を緩める。

 

「幸せそうで良かったわ」

 

ネイチャは菓子をつまみながら、室内を見回した。

 

ナイスネイチャ「……オグリさんの実家だけあって、食べ物をこんなに蓄えてるんですね」

 

「オグリがいつでも帰ってきてもいいようにしてるからね」

 

その言葉に、オグリはすぐに顔を上げた。

 

オグリキャップ「ありがとう、母さん」

 

「……ねえオグリ」

 

母親は静かに言った。

 

「しばらくネイチャさんと話があるから、貴女はそのお菓子、好きなだけ食べてて」

 

オグリキャップ「? 分かった」

 

オグリは特に疑問も持たず、また菓子へと意識を戻す。

 

「ネイチャさん、ちょっと席を外しましょう」

 

ナイスネイチャ「あっ、はい」

 

---

 

別室はさらに狭かった。居間よりも生活感の薄い空間。椅子が二つ、机が一つ。母親は扉をそっと閉め、ネイチャに向き直った。

 

その瞬間、さっきまでの穏やかな母の顔は消えていた。

 

「……ネイチャさん」

 

声は静かだったが、その内側には明らかな緊張があった。

 

「あの子は今……どんな様子ですか?」

 

ナイスネイチャは、少しだけ考えてから答えた。

 

ナイスネイチャ「正直、なーんも変わってないよ」

 

苦笑交じりに言う。

 

ナイスネイチャ「今の状況もよく分からないまま、いつも通り配達して、飯食ってる。」

 

母親は目を伏せた。

 

「そうですか……」

 

そしてゆっくりと息を吐く。

 

「あの子は誰よりも良い子で、優しい子です。私の教えたことを守って……いえ、根本は私の言うことだけを守ってる」

 

「約束は守る。ルールは守る。人は名前で呼ぶ。友達は大切にする……」

 

「たったそれだけが、あの子の全てなんです……」

 

ネイチャは少しだけ眉を下げる。

 

ナイスネイチャ「まあ……自由奔放な行動に振り回されることも多いですけどね。

何しろ、オグリさんにとっての“友達”がほぼ都市の上位層なもんで……」

 

「……私が悪いんです」

 

母親はぽつりとそう言った。

 

「あの子にもっと警戒心を教えておけば……いえ、きっと教えても、よく分からないまま育ったでしょう……」

 

ネイチャは小さく首を振った。

 

ナイスネイチャ「まあ……それがオグリさんの良いところでもあるから……」

 

「でもあの子は……私との約束を守るために、自分のことを考えないんです」

 

母親の声は、少しずつ震えを帯びていく。

 

「その上、他人を全部同列に扱う……しかも強いから、止まることを覚えなかった……

都市で生まれたことだけが、唯一の不幸です……」

 

ネイチャは黙ってその言葉を聞いていた。

軽く流せる話ではなかった。

 

ナイスネイチャ「それでも、オグリさんは幸せそうですよ」

 

しばらくして、ネイチャはそう言った。

 

ナイスネイチャ「私から見ても、優秀な部下ですから。」

 

母親は少しだけ笑った。だが、すぐに真剣な顔に戻る。

 

「……ネイチャさん、オグリのこと、絶対に守ってください。特に……F社からは」

 

ネイチャの表情が変わる。

 

ナイスネイチャ「……F社ですか。オグリさん、F社となにか関係が?」

 

母親は少しの間、黙っていた。

そして、もう隠しても仕方がないと決めたように、ゆっくり話し始める。

 

「……F社は、私と夫……亡くなったオグリの父親が働いていた翼なんです」

 

ナイスネイチャ「えっ?」

 

ネイチャは目を見開く。

 

ナイスネイチャ「ってことは元々、ご両親は翼の社員だったんですか!?」

 

「……はい」

 

母親は頷いた。

 

「F社は社内恋愛禁止だったんですが……どうしても離れられず、秘密裏に交際をしていて……

ある時、夫の母親……オグリから見れば父方の祖母に気づかれました」

 

ネイチャが恐る恐る尋ねる。

 

ナイスネイチャ「オグリさんのおばあちゃん……どんな人なんですか?」

 

母親は迷わなかった。

 

「……F社の理事です」

 

ナイスネイチャ「翼の幹部!?」

 

ネイチャは思わず声を上げる。

 

ナイスネイチャ「えっ何!? オグリさんって実はご令嬢だったの!?」

 

「……一応はそうなりますね。まあ、あの子の性格的に一見しただけでは絶対に分からないですよね」

 

母親は苦笑する。

 

「ただ当然猛反対されて、別れることを迫られました。

だから夫と一緒に退職願を叩きつけて、駆け落ちしました」

 

ネイチャは言葉を失った。

 

ナイスネイチャ「……それで裏路地に」

 

「はい、本当なら別の区に逃げたかった。でも、その時にはもうオグリを身籠っていて……遠出はできなかった。

だから、やむなく6区の裏路地に」

 

ネイチャの脳裏で、いくつもの点が繋がっていく。

 

ナイスネイチャ「……もしかして、人差し指の縄張りで暮らしてるのって……」

 

「指の支配下なら、翼でも容易に手は出せません」

 

母親は静かに答えた。

 

「しかも人差し指なら、金品がなくても指令に従えば最低限の生活は保証される。

だから人差し指の支配下に入ることにしました。幸い、指令も不可能なものは来ませんでしたから」

 

ナイスネイチャ「……オグリさんのお父さんは?」

 

その問いに、母親はほんの少し目を伏せる。

 

「身体の弱い人でした。オグリが生まれて、早くに病で亡くなりました。

その後は、女手一つであの子を育てることだけを目標にしてきました」

 

ネイチャはしばらく言葉を失ったまま、母親を見つめていた。

この人が、あのオグリキャップの土台を作ったのだ。

 

ナイスネイチャ

「……オグリさんがF社に関わるのを止める理由は」

 

「……今のオグリを都市中が狙ってることは知っています」

 

母親は静かに言う。

 

「だから、そのこと自体はもう割り切っています。でも、F社と関われば、オグリの祖母が利用しないはずがない。

あの人に、オグリを会わせたくないんです」

 

ネイチャは長く息を吐いた。

 

ナイスネイチャ「そういうことね……」

 

そして今度は、別の疑問を口にする。

 

ナイスネイチャ「それで、貴女が裏路地に住み続けてる理由は?」

 

「……私は翼を信用していません」

 

母親の答えは即答だった。

 

「オグリに、いくつかの翼から巣への移住の打診があったことは知っています。

でも、あの子が翼に利用されるくらいなら、私は裏路地で住み続けます。まだ指の方が信用できるので」

 

それから、少しだけ視線を柔らかくする。

 

「それにこの家は……オグリがずっと育ってきた場所ですから、守ってあげたいんです」

 

ネイチャはゆっくり頷いた。

 

ナイスネイチャ「……なるほど、そういうことなんですね」

 

母親は少し申し訳なさそうに笑う。

 

「正直、連絡先交換も止めたいですけど……もう、止められる段階ではないようなので、諦めてます」

 

ネイチャは少しだけ考え込んだ後、静かに言った。

 

ナイスネイチャ「……その上で意見を言うなら。できることなら、巣への移住は検討した方がいいですよ」

 

母親が目を見開く。

 

「えっ……」

 

ナイスネイチャ「貴女が死なないために」

 

その言葉は、母親の胸をまっすぐ射抜いた。

 

「オグリさんにとって、貴女は唯一無二の存在です。貴女が死んだら、オグリさんがどうなるか分からない。

だからまず、貴女の身の安全を確保した方がいい。人差し指だって、指令に従えなければ殺す組織ですから」

 

「……でも、翼は……」

 

ナイスネイチャ「ならA社の1区か、B社の2区、C社の3区への移住はどうですか?」

 

母親はさらに驚いた顔をする。

 

「頭、目、足爪は中立組織です。都市の禁忌さえ守れば、絶対に安全」

 

「それはそうですが……でもその三つは……」

 

ナイスネイチャ「ええ、住むには並大抵じゃない」

 

ネイチャは頷く。

 

ナイスネイチャ「都市の最上流階級だけが住める場所です。でも私は、それが一番良いと思いますよ。オグリさんの今の影響力を頼ることにはなるけど、移住権を取れる可能性はある」

 

母親は黙り込んだ。

 

長い沈黙だった。

 

ネイチャは続ける。

 

ナイスネイチャ「……オグリさんを守るっていうなら、まずは貴女自身が安全に暮らせる場所にいるべきです。オグリさんが帰ってこられる場所は、貴女のいる場所だけなんですから」

 

母親は、ゆっくりと目を伏せる。

 

「……そうですね……私……何から何まで、オグリに助けてもらってばかりです……」

 

ナイスネイチャ「でも、貴女が無事にいるってだけで、オグリさんは毎日頑張ってますよ」

 

その言葉に、母親は小さく笑った。

 

「ええ、本当に……あの子は、私にはもったいない娘です……」

 

---

 

その頃、居間では。

 

オグリキャップがひたすら菓子を食べ続けていた。

 

「もぐもぐ……」

 

一つ食べ、また一つ食べる。

 

「……母さんとネイチャの話は長いな……」

 

そう呟きながらも、別に不満そうではない。

 

ただ、目の前の菓子に真剣だった。

 

部屋の中は静かだった。

だがその静けさの裏で、灰色の怪物を巡る最も大きな謎の一つが、ゆっくりと輪郭を現し始めていた。

 


 

タマモクロスサイド

 

F社6区、巣。

 

そこは一目見ただけで、他の区とは違うと分かる場所だった。

 

街並みは整っている。舗装された道、規則正しく並ぶ建物、空を映すガラスの外壁。けれど、ただ近未来的というにはどこか奇妙で、メルヘンめいた意匠が混じっている。塔の縁や窓枠には妖精譚を思わせる装飾が施され、色使いもやわらかい。まるで童話の世界を、そのまま都市の技術で再現したような景観だった。

 

だが、その奥に立つ本社ビルだけは別だった。

 

装飾は洗練されているのに、どこか冷たい。華やかな街の中心で、そこだけが現実そのものの顔をしているように見えた。

 

タマモクロスはそのビルを見上げ、小さく息を吐いた。

 

タマモクロス「ここがF社の本社か……」

 

心の準備をするように一拍置く。

 

タマモクロス「よし、行くか」

 

エントランスに足を踏み入れると、空気が変わった。外の華やかさとは違い、内装は上品で落ち着いている。無駄に威圧的ではないが、あらゆる調度品が“金がかかっている”と分かる質感を持っていた。

 

タマモは受付へ向かいながら、思わず周囲を見回す。

 

タマモクロス「やっぱ翼なだけあってデカイな……N社とは違った意味で凄いわ……」

 

受付の女性は、訓練された笑みを崩さず一礼する。

 

「いらっしゃいませ。ご要件はなんでしょうか?」

 

タマモクロス「ヂェーヴィチ協会のタマモクロスや。配達に来たんやけど、案内してもらえるか?」

 

「かしこまりました。確認いたします」

 

しばらくして、受付は再び顔を上げた。

 

「タマモクロス様ですね。それでは6階の応接室でお待ちください。担当がすぐに伺います」

 

タマモクロス「……おおきに」

 

案内された応接室は、外の街並みの延長線上にあるような空間だった。優雅で、どこか幻想的で、それでいて確かに都市的な機能美がある。N社のような張り詰めた白さとも、親指のような威圧感とも違う。F社の持つ独特の“余裕”が部屋全体に滲んでいた。

 

タマモは椅子に腰掛け、部屋の内装を見回した。

 

タマモクロス「……N社はカッチリしとったけど、ここは比較的メルヘンチックやな……それでいて都市らしさもある……」

 

そう呟いたところで、扉が開いた。

 

「待たせたな」

 

低く落ち着いた声だった。

 

タマモが反射的にそちらを向き、そして言葉を失う。

 

入ってきたのは芦毛のウマ娘だった。

 

明らかにオグリキャップ本人ではない。年齢も雰囲気も違う。だが、その面立ちのどこかに、そして纏っている空気の端々に、オグリと同じものがあった。血筋、とでも呼ぶしかない似た気配が、確かにそこにあった。

 

タマモは一瞬、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

タマモクロス「あ、あんたは……?」

 

「私はF社理事のネイティヴダンサー。今回の依頼主だ」

 

翼の理事。

 

その肩書の重さを改めて意識しながら、タマモは慌てて配達の手続きに意識を戻す。

 

タマモクロス「……あんたが依頼主か。じゃあ受け取り確認するで」

 

ネイティヴダンサー「ああ。すぐに済ませよう」

 

ネイティヴダンサーの動きには一切の無駄がなかった。書類の確認、荷物の照合、受領手続き。そのどれもが慣れ切っていて、理事という肩書が飾りではないと分かる。

 

手続きが終わると、タマモは荷物から手を離した。

 

タマモクロス「……確かに渡したで。おおきに」

 

ネイティヴダンサー「こちらこそ」

 

ネイティヴダンサーはそう言ってから、ふと視線を細めた。

 

ネイティヴダンサー「……青白の稲妻は、いつも灰色の怪物と一緒だと聞いていたが。今日は一人なのか?」

 

タマモは一瞬だけ言葉を選んだ。

 

タマモクロス「あ、ああ……あいつ、今日は体調不良なんや」

 

言った瞬間、自分でも苦しい言い訳だと思った。だが、ネイティヴダンサーは追及しなかった。

 

ネイティヴダンサー「む……そうか。なら仕方ない」

 

少しだけ残念そうに目を伏せる。

 

ネイティヴダンサー「会えるかと思っていたが、運が悪かったか」

 

その反応に、タマモは逆に違和感を覚えた。

 

タマモクロス「……なんやあんた。オグリのこと知っとるんか?」

 

ネイティヴダンサーは少し黙ったあと、静かに問い返した。

 

ネイティヴダンサー「……聞きたいか?」

 

その声音に、タマモは嫌な予感を覚えながらも頷いた。

 

タマモクロス「……なんやあいつ、なんかやばい事情でもあるんか?」

 

ネイティヴダンサーは、ほとんど感情を表に出さないまま言った。

 

ネイティヴダンサー「……灰色の怪物。いや、オグリキャップは私のだよ」

 

タマモの思考が一瞬止まった。

 

タマモクロス「……は?」

 

次の瞬間、声が裏返る。

 

タマモクロス「ま、孫!? あんたオグリのばあちゃんなんか!?」

 

ネイティヴダンサー「そうだ」

 

ネイティヴダンサーは淡々と頷く。

 

ネイティヴダンサー「もっとも、あの子は知らないだろうが」

 

タマモクロス「てことはなんや!? オグリの奴、ボンボンやったんか!?」

 

ネイティヴダンサー「一応はそうなる」

 

タマモは目を丸くしたまま、しばらく言葉が出なかった。あの裏路地育ちの怪物が、F社理事の血を引いている。繋がらないようでいて、妙に繋がる話でもあった。

 

タマモクロス「……嘘やろ……なんで裏路地で暮らしてるんや……?」

 

ネイティヴダンサーは、そこで初めて少し遠い目をした。

 

ネイティヴダンサー「私の息子は、元々F社の社員として働いていた。コネではない。実力で入社した。ただ……翼の社員としては、出来が良い方ではなかったな」

 

その言い方は冷たいようでいて、どこか懐かしむ色が混じっていた。

 

ネイティヴダンサー「それでも、人となりは悪くなかった……そして、あの子に恋人ができた。同僚のウマ娘だった」

 

タマモは黙って聞く。

 

ネイティヴダンサー「当然、私は反対した。他の翼ならともかく、F社は社内恋愛禁止だ。それに、重役の子息と一般社員の恋愛となれば、立場の問題もある。認めない、と言った」

 

ネイティヴダンサーはそこで一度言葉を切った。

 

ネイティヴダンサー「……すると二人とも、そのまま退職願を出して駆け落ちした」

 

タマモは思わず感心したように呟く。

 

タマモクロス「……あんたの息子さん、なかなか思い切りええんやな」

 

ネイティヴダンサー「思い切りが良すぎた、その時までは長所でもあったが、あの瞬間に限っては短所だった」

 

ネイティヴダンサーの返答は短かった。だが、その一言に、怒りと呆れと後悔がまとめて押し込められているようだった。

 

ネイティヴダンサー「それが……オグリキャップの父親と母親だ」

 

タマモクロス「……二人を連れ戻す気はなかったんか?」

 

タマモの問いに、ネイティヴダンサーはすぐには答えなかった。

 

ネイティヴダンサー「……そこまでするなら勝手にすればいいと思った。半ば勘当だったな」

 

その声には、若い頃の自分への苦味が滲んでいた。

 

ネイティヴダンサー「だが、F社の裏路地で息子が早くに亡くなったと知って……初めて後悔した」

 

タマモは息をのむ。

 

ネイティヴダンサー「そして、あの子に娘がいることも知った」

 

タマモクロス「……なんや、オグリを連れ戻す気か?」

 

ネイティヴダンサー「本音を言えば、そうしたかった」

 

ネイティヴダンサーはあっさり認めた。

 

ネイティヴダンサー「だが、住まいが人差し指の支配下だった。容易に手は出せなかった」

 

タマモクロス「……指と戦うことになるからか」

 

ネイティヴダンサー「そうだ」

 

それだけではない、と言わんばかりに、彼女は視線を伏せる。

 

ネイティヴダンサー

「翼は巣では自由に動ける。だが裏路地では、たとえ管轄区でも指との交渉が必要不可欠だ。

それに私自身、理事とはいえ好きに動ける立場ではない。

そうして先送りにしているうちに、あの子は特色になった。もう、翼として無理な手段を取れるような相手ではなくなった。

もし強引に動けば、母親に気づかれる。そして母親が一言でも言えば……オグリキャップはF社に敵対する。損害は確実だ」

 

タマモは苦い顔で頷く。

 

タマモクロス「……あいつ、情報インフラとか何とか扱われとるけど、実力もちゃんとあるからな」

 

ネイティヴダンサー「だから私は何もしない」

 

ネイティヴダンサーは静かに言った。

 

ネイティヴダンサー「……出来れば一目会いたかったが」

 

わずかに目を細める。

 

ネイティヴダンサー「母親が手を回したか」

 

タマモは苦笑する。

 

タマモクロス「……なんや、分かっとったんか」

 

ネイティヴダンサー「オグリキャップの頑丈さの情報は知っている。体調不良になるはずがない」

 

タマモクロス「……そういうことやったんか」

 

少し間があってから、ネイティヴダンサーがぽつりと問う。

 

ネイティヴダンサー「……オグリキャップは、どんな様子だ?」

 

その問いだけは、理事ではなく祖母の声だった。

 

タマモは少しだけ表情を和らげる。

 

タマモクロス「多分今頃、実家に帰省しとるはずや。支部長と一緒にな。どうせなんか食っとるやろ」

 

ネイティヴダンサー「……そうか」

 

その一言だけで、ネイティヴダンサーがどれほど安堵したかが分かった。

 

タマモクロス「……オグリがあんたの孫ってのは、誰が知っとるんや?」

 

ネイティヴダンサー「私の側近と、他の理事などわずか数名だけだ」

 

即答だった。

 

ネイティヴダンサー「セブン協会にも知られないように、徹底的に秘匿している」

 

タマモクロス「そうやったんか……」

 

ネイティヴダンサー「……あの子が元気なら、それでいい」

 

ネイティヴダンサーは静かに言う。

 

ネイティヴダンサー「馬鹿だったとはいえ、息子の忘れ形見だ。少なくとも蔑ろにはしない」

 

そして少しだけ皮肉げに、しかしどこか誇らしげに続けた。

 

ネイティヴダンサー

「それにしても……あの子が都市中の勢力と繋がるとは。

翼の重役の素質が、受け継がれてしまったか」

 

タマモは首を傾げる。

 

タマモクロス「どういう意味や?」

 

ネイティヴダンサー「翼の理事ともなれば、他の翼、指、協会との交渉力が必須だ。関係を築き、維持する能力が求められる」

 

ネイティヴダンサーの視線が少しだけ遠くを向く。

 

ネイティヴダンサー「……それを、あの子は無自覚のまま受け継いだ」

 

タマモは思わず天を仰いだ。

 

タマモクロス「……ああ。なんか納得いったわ」

 

確かにそうだ。オグリは何も分かっていないのに、人と繋がることだけは異常なほど上手い。あれが血筋なら、これほど厄介な話もない。

 

ネイティヴダンサーは最後に、静かに念を押した。

 

ネイティヴダンサー「オグリと私のことは他言無用で頼むぞ。特に……指や翼には気を付けるように。良くて、オグリを必ず守ると信頼できる者だけ。」

 

タマモは真っ直ぐ頷いた。

 

タマモクロス「分かっとるわ。信頼できるヂェーヴィチの支部長と協会長にしか言わん」

 

ネイティヴダンサー「ならいい」

 

ネイティヴダンサーは目を伏せる。

 

ネイティヴダンサー「……あの子をよろしく頼む。私は、もう関われないのだから」

 

その言葉は、理事としての判断でもあり、祖母としての諦めでもあった。

 

タマモクロス「オグリに危害が及ぶためか」

 

ネイティヴダンサー「祖母としてはな、同時に私はF社の幹部だ。故に理事の孫娘という交渉カードを他の翼や指に渡すことは出来ない。故にオグリとは赤の他人でいることしか出来ない。もし会うとしても、翼の幹部と特色フィクサーの他人としてだ」

 

タマモクロス「……なるほどな」

 

タマモクロスは、いつになく真面目な顔で言った。

 

タマモクロス「……任せとき、あいつは、あくまで一人のウマ娘や。都市がどう扱おうと、ウチが繋ぎ止めたる」

 

ネイティヴダンサーは、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

ネイティヴダンサー「……感謝する」

 

それは、確かにオグリキャップへの愛情の証だった

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