L社12区 ビルの谷間。
濁った雨が血と油の水溜まりを叩き、赤と青のネオンが歪んで映る。
金色の暴君が、槍を地面に突き立てて立っていた。
「シービー、もう逃がさんぞ」
調律者ジェナ、凝視者ルダ、処刑者バラルが、三方から包囲を完成させる。
「全く、かれこれ半年近くも逃げるなんて……
今までの不純物の中でも最高記録よ」
「だがもう逃がさない。周辺はハナ協会に封鎖させた」
「指一本でも動かしたら引き裂く。肝に銘じろ」
ミスターシービーは、緑のマントを翻し、笑った。
「あはは、勢揃いだね。
それにしても頭って堅苦しいよね。
ガチガチに禁忌を指定して縛るんだからさ」
オルフェーヴルは一歩踏み出し、静かに問う。
「……シービー、一つ聞かせろ。
何故私を裏切った。
私はお前のことを良い相方だと思っていた。
自由奔放ぶりは手を焼くこともあったが嫌いではなかった。
何故私の元から去り、あまつさえ禁忌まで犯した……?
最後にそれだけ答えろ」
シービーの笑顔が、ゆっくりと消えた。
「……オルフェ、結局気づいてないんだ……
アタシの気持ち。
半年も時間あげたのに……」
「……何?」
「オルフェはさ、覚えてる?終生事務所のみんなでやった最後の案件...」
オルフェーヴルの表情が少しだけ曇る
「...無論忘れるはずがない、あれは余にとっても唯一の恥部だ」
「そうだよね...オルフェってあの時、らしくもなく死ぬ一歩手前まで追い詰められて...アタシの処置で義足代が浮いたんだよね」
「...そうだったな、あの時のことは感謝する。だが、何故今それを...」
「...アタシさ、あの時自分でもわけわかんないくらい焦ってたんだよ。オルフェが死にそうってなって...多分、生きていて初めて怖いって思うぐらいには。」
「...ああ、目が覚めた時一番最初に見たのが酷い顔をした貴様だったのは覚えてる」
「...それで初めて自覚したんだよ。アタシ、オルフェが好きなんだって。オルフェにいつも叱られてるのも一緒に依頼を受けるのも...悪くない、むしろ嬉しいって思えるようになったの」
「何...?」
「それであの案件のあと、マルゼンの事務所を辞めてオルフェについていくことにして、ずっと一緒に仕事をやってきたよね。十数年間ずっと...」
「...ああ、だが貴様は半年前に私を裏切った。禁忌に違反した。貴様の身勝手な行動のせいでどれだけ迷惑がかかったか...」
ミスターシービーが歪んだ笑みを浮かべる
「...でもさ、それでオルフェってようやくアタシのこと見てくれたよね。今までアタシのこと気にしてくれなかったのに」
「...なんだと?」
「アタシさ、オルフェが好きって思ってから結構アプローチをしてたんだよ。オルフェの好きそうなものとか好きな場所とか考えて調べて...オルフェの気を引こうって...なのに一度も見てくれなかったよね。いつも仕事優先して...せっかく一緒の時間を過ごしてても何か事件が起こったら直ぐ向かって....アタシより都市の秩序を優先してたよね」
オルフェーヴルの瞳が揺れる。
「……何を……言っている……?」
シービーは、これ以上ないほど苛立った顔で叫んだ。
「なんでアタシを見てくれないの!?
アタシはオルフェが好きだったのにオルフェはいつも都市の秩序のことしか考えてくれない!
ムカつくほど真面目で堅苦しくて……でもそれが好きだった……!
結局この想いはアタシの独りよがりだって知って……
思ったんだ。
どうしたらオルフェにアタシのことを刻めるか。
オルフェは秩序を乱す相手は絶対に許さないしすっごく真面目だよね。
だったら……アタシが禁忌を犯せばアタシを見てくれるよね、それで殺せば...罪悪感も抱くよね。
アタシのこと忘れられなくなるよね。
永遠に考えるようになるよね。
だから……アタシを殺してよ。
オルフェの心にアタシを刻むために、
そのために禁忌だって犯したんだから」
沈黙が落ちる。
「へぇ……これが噂のヤンデレってやつかしら?
実際に見るとちょっと怖いわね」
「ジェナ、この場合はメンヘラというんだ」
「どっちでもいい。要するにオルフェーヴル、貴様が相手しなかったことが原因だな」
ジェナは微笑みながら肩をすくめた。
「ふふ、ならオルフェーヴル、ミスターシービーの相手をしなさい。
A社専属としてケジメは取ってもらうわよ。
私たちは逃亡に備えるから」
シービーはゆっくりと短剣を抜いた。
「……ということだからオルフェ。
アタシからの逃げは許さないよ」
オルフェーヴルは槍を構える。
「シービー……それが貴様の本心か?」
「そうだよ。ずっと……鈍感なオルフェが気づかなかったアタシの想いだよ」
「っ……」
「オルフェ……A社と契約した暴君なら、不純物は排除しないといけないよね?
もう君は……アタシを殺すしかないんだよ」
「……ふん、良いだろう。介錯してやる」
金色の槍が、シービーの首に狙いを定める。
シービーは目を閉じて微笑んだ。
「ふふ、オルフェの全力にもぶつかれたし……大満足だったかな。
まあ、オルフェがアタシの気持ちに気づかなかったのはちょっと不満だけどね」
オルフェーヴルの手が震える。
「アハハ、オルフェったら手が震えてる。
やっぱりアタシを殺すのには罪悪感があるんだね。
ならさっさとやってよ。
オルフェだって逃げ場はない。
調律者がみてるし、見逃せばオルフェも死ぬよ」
「……くっ」
「ふふ、オルフェ。今回はアタシの勝ちだよ。
アタシのこと忘れないでね」
その時、オルフェーヴルの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「……ジェナ、一つ良いか?」
「何かしら?」
「不純物は排除か外郭への追放が規則だと言ったな。
排除は分かるが、外郭への追放はどのようにして行う?」
「以前やった例だと、図書館の放逐がいい例よ。L社の巣ごと外郭へ飛ばしたわ」
「……どうやってだ?」
「凝視者の空間転移特異点を使う。B社の産業たる翼の廃業処分のために与えられたものだ」
「それはどのようなものだ?」
「対象の移動前と移動先の座標を特定して空間転移させる。対象が一歩も動かなければいつでも可能だ」
オルフェーヴルはニヤリと笑った。
「そうか」
次の瞬間。
「ふん!」
「ガハッ!?」
腹に金色の槍の柄が突き込まれる。
衝撃でシービーは膝をつき、動けなくなる。
「お、オルフェ……!?」
オルフェーヴルは冷たく告げた。
「シービー、余は不純物を許さない。
しかし無闇な殺生はしない主義だ。
……逃げ道はまだあったようだな」
「お、オルフェ……なんで……!?
アタシを見逃すの……!?」
「貴様は今でも私の相方だ。
だが不純物になったことは許し難い。
よって一番屈辱的な罰を与えることにした。
私のことを考えながら、惨めに生き続けろ」
「オルフェ……! お前……!」
「ルダ、頼む」
「任せろ」
空間が歪み始める。
「ま、待って……! アタシはまだ……!」
光が爆発し、シービーの姿が消えた。
オルフェーヴル「...シービー、せいぜい外郭で生きるんだな」
「ふふ、それにしてもオルフェーヴル、よく気づいたわね。」
ジェナが称賛しながらオルフェーヴルに問いかける
「ふん、排除以外で不純物への対処法を考えた時にとっさに思いついた。...ルダ、助かったぞ」
「礼は良い、だがもしミスターシービーが外郭から都市に入り込もうとしたらどうする?メンヘラは甘くないぞ」
「そうなる前に余が外郭に出向いてあやつと対話する。...しっかりケジメをつけるためにな」
「なら良いだろう。速やかに対処しておけ」
「ああ」
外郭・荒野
砂埃と共に、緑の旅人が転がり落ちる。
「……オルフェ、なんで……なんでアタシを……」
茫然自失のミスターシービー。
そこへ、小さな影が近づいてきた。
「おー、こんなところに誰か倒れてると思ったら、
都市を騒がせてるミスターシービーってウマ娘だろ?」
「……誰……?」
「私はステイゴールド、特色フィクサー『黄金の行人』さ」
「特色……」
「それであんたなんでこんなところにいるんだ?ついに追放されたのか?」
「……君に話すことなんてない。
アタシ今機嫌悪いから……どっか行ってよ。」
「...その様子だと訳ありみたいだな。なら私が面倒を見てやろうか?外郭は過酷だからな」
「良いよ別に...アタシは今から都市に戻らないと...」
その言葉を聞くとステイゴールドは双剣を抜いた。
「それは見過ごせないな。私だってフィクサーだ
不純物が都市に戻ろうとするなら……対処するしかない」
シービーは虚ろな目で立ち上がる。
「……」
「とりあえず事情を聞くよ。
何があったか、聞かせてくれ」
シービーは、震える唇で呟いた。
「……分かったよ」
風が吹き抜ける。
外郭の空の下、
緑の旅人は、
初めて立ち止まった。
そして、
金色の暴君は、
遠く離れた都市で、
静かに槍を握りしめた。