ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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困惑

A社1区。

A社本社、調律者執務室。

 

都市の中心にそびえるA社の建物は、ただ巨大なだけではなかった。

それ自体が「支配」を視覚化したような建築だった。

 

壁面は黒を基調に統一され、そこに金色のハニカムパターンが規則正しく刻まれている。整然としすぎていて、むしろ生物的な温度を感じさせない。まるで巨大な巣だ。人間のための建築というより、都市そのものを監視するための器官の一部のような印象があった。

 

その上層階。

調律者に与えられた執務室の一つ。

 

静かな部屋だった。

 

書類の紙擦れの音すらよく響く。

窓の外には1区の巣が広がっているが、その景色さえここでは遠い。ここは都市の中枢でありながら、都市から最も切り離された場所にも思えた。

 

その部屋で、クモハタが連絡を終えたところだった。

 

クモハタ「……というわけだ。灰色の怪物についての伝達情報は以上だよ」

 

机を挟んだ向かい側で、マンハッタンカフェがわずかに眉を寄せる。

 

彼女は感情を大きく表に出すタイプではない。

人に見えないものを見る彼女は、常に少し遠い場所から世界を眺めているような空気をまとっていた。だが今は、その彼女ですら明らかに困惑していた。

 

マンハッタンカフェ「……ひとつ良いですか?」

 

クモハタ「なんだい、カフェ?」

 

カフェは手元の資料に一度目を落とし、それから顔を上げた。

 

マンハッタンカフェ

「特色フィクサー、裏路地育ち、天然、純粋、健啖家、人付き合いの才能あり、情報インフラ化進行中、翼の血族……」

 

少し間を置く。

 

マンハッタンカフェ

「……同一人物ですか?」

 

クモハタはあっさり頷いた。

 

クモハタ「そうだよ」

 

マンハッタンカフェ「個人?」

 

クモハタ「個人」

 

カフェは数秒黙った。

それから、いつになく率直に言った。

 

マンハッタンカフェ「……バグでは?」

 

クモハタは小さく笑った。

 

クモハタ「まあ、バグだねぇ」

 

マンハッタンカフェ「いや……」

 

カフェは珍しく言葉に詰まる。

 

マンハッタンカフェ

「A社で働いていますから、並大抵のことでは驚きません。特異点も禁忌も、都市の歪さも見てきました。でも、これは……」

 

彼女は言葉を探すように少し視線を泳がせる。

 

マンハッタンカフェ

「頭の原則である“人間らしさ”の範囲を超えている気がします。どう考えても、ウマ娘の姿をした何かでは?」

 

クモハタはその言葉を否定しなかった。

ただ、柔らかく返した。

 

クモハタ「しかしだねぇ、彼女は普通のことをして、普通に暮らしてるだけなんだ。禁忌には一切触れていない」

 

カフェはますます納得できない顔になる。

 

マンハッタンカフェ

「……よく分かりません」

 

クモハタは肩をすくめた。

 

クモハタ「良いよ。僕も半分しか理解できてない」

 

カフェは静かに瞬きをした。

 

マンハッタンカフェ

「逆に半分は理解できるんですか……?」

 

クモハタ「うーん……」

 

クモハタは少し考える素振りを見せる。

 

クモハタ「ごめん、良くて三割かな」

 

マンハッタンカフェ「……ですよね。」

 

ようやく少しだけ、カフェの表情がいつも通りに戻った。

理解できないものを理解できないまま処理するのも、A社の仕事だった。

 

クモハタは机の上の資料を軽く整えながら言う。

 

クモハタ「とりあえずA社はこれまで通り静観。通常通り、A社の業務をしておいてくれ」

 

マンハッタンカフェ「了解しました」

 

返事をしたあと、カフェは一枚の資料を取り出した。

 

マンハッタンカフェ

「あの、一部の調律者たちが連絡先を手に入れたいと言っている件は……?」

 

クモハタは苦笑した。

 

クモハタ「宥めておくよ。流石に調律者が個人と直接連絡先を交換するのはやめてほしい」

 

その声は穏やかだったが、決定事項としての重みがあった。

 

クモハタ「いざという時はオルフェーヴルに窓口になってもらう」

 

マンハッタンカフェ「A社専属特色フィクサーですか……」

 

カフェは小さく頷く。

 

マンハッタンカフェ「まあ、それならあまり問題は出ないでしょうね」

 

クモハタ「そうだね」

 

クモハタはそこで少し声の調子を変えた。

 

クモハタ「それと、A社、B社、C社の巣に、灰色の怪物とその家族が住もうとしている件だけど……どう思う?」

 

カフェは一瞬考え込んだ。

 

その質問は単なる雑談ではない。

A社がどう接するかという、都市の根幹に近い話だった。

 

マンハッタンカフェ「……特色フィクサーといえども、普通の翼の巣に住むのは簡単ではありません。まして1区、2区、3区となれば、なおさらです」

 

クモハタは黙って先を促す。

 

カフェは続けた。

 

マンハッタンカフェ

「ですが、灰色の怪物は……もはや“個人”の概念を少し超えかけています。それでも禁忌違反ではない。故に納税義務と居住審査を満たすなら……受け入れても良いかと」

 

クモハタは静かに頷いた。

 

クモハタ「そうだね、じゃあ、頭、目、足爪は、灰色の怪物に対しても公平に接することにしよう」

 

その言葉はA社的にはかなり異例だった。

だが同時に、A社らしくもあった。

 

クモハタ「個人として都市で生きる限りは無視。無論、禁忌に触れれば容赦しない。だが、そうでないなら……全て放任だ」

 

カフェは深く一礼した。

 

マンハッタンカフェ「了解しました……」

 

報告と確認は終わった。

それでも部屋の中には、まだ妙な余韻が残っていた。

 

カフェは資料を抱えながら、最後にぽつりと呟く。

 

マンハッタンカフェ

「……それにしても特色で、裏路地育ちで、天然で、健啖家で、情報インフラで、翼の血族……やっぱり、同一人物とは思えません」

 

クモハタは窓の外を見ながら笑った。

 

クモハタ

「そうだねぇ、でも、そういうのが都市には時々出るんだよ。理屈じゃ整理できないのに、ちゃんと存在していて、しかも禁忌には違反していない」

 

カフェは少しだけ首を傾げる。

 

マンハッタンカフェ「……困りますね」

 

クモハタ「うん」

 

クモハタはあっさり認めた。

 

クモハタ「すごく困る」

 

少しだけ沈黙が落ちたあと、彼は机の上の資料の一番上に置かれた名前を指先で軽く叩いた。

 

灰色の怪物。

オグリキャップ。

 

クモハタ「まあ、それでも禁忌に触れないなら、頭は見守るしかない。都市で生きる一個人としてね」

 

カフェはその言葉に、完全に納得したわけではなかった。

だが、A社としての正解は理解できた。

 

理解できない存在を、理解できないまま放置する。

禁忌に触れない限り、それが頭の流儀だった。

 

マンハッタンカフェ「……了解しました」

 

そう言って部屋を辞しかけたところで、クモハタがふと思い出したように付け加える。

 

クモハタ「ああ、カフェ」

 

マンハッタンカフェ「はい?」

 

クモハタ「調律者たちには“連絡先交換は我慢”って伝えておいて」

 

カフェはほんのわずかに目を細めた。

 

マンハッタンカフェ「……本当に我慢してくれますか?」

 

クモハタは少し困ったように笑う。

 

クモハタ「多分、半分くらいは」

 

マンハッタンカフェ「残り半分は?」

 

クモハタ「オルフェーヴルに任せよう」

 

カフェは小さくため息をついた。

 

マンハッタンカフェ「……ですよね」

 

彼女が部屋を出ていった後も、クモハタはしばらく資料を眺めていた。

 

特色。

裏路地育ち。

情報インフラ。

翼の血族。

 

どれ一つ取っても、普通なら一人の中には収まらない属性だった。

それを全部載せたまま、本人だけは何も知らず、今日もどこかでおにぎりを食べているのだろう。

 

クモハタは思わず笑う。

 

クモハタ「……やっぱり、バグだねぇ」

 

けれどそのバグは、まだ都市を壊していない。

むしろ奇妙な均衡の上に立っている。

 

だからこそ、頭は手を出さない。

 

今はまだ。

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