セブン協会本部、協会長室。
都市の情報が集積するその部屋は、静かだった。
壁一面に展開された投影盤には、協会、翼、指、裏路地組織、事務所、個人。
都市を構成するあらゆる関係性が、無数の線として浮かび上がっている。
そのうちの一本。
いや、一本どころではない。
今や複数の勢力を奇妙なまでに自然につなぎ始めている灰色の線――
オグリキャップの情報網が、部屋の中心で静かに広がっていた。
トランセンドは椅子に深く座り、その線の一つをじっと見つめている。
トランセンド「……ふぅん」
その一言に、フリオーソが顔を上げた。
フリオーソ「何か分かりましたか?」
トランセンド「うん、分かったよん」
トランセンドは軽く笑う。
だがその目は笑っていない。完全に獲物を追う捕食者の目だった。
トランセンド「カレン、やっぱ隠してるね」
部屋の隅で端末を操作していたフォーエバーヤングが身を乗り出す。
フォーエバーヤング「マジ? もう尻尾見えたの?」
トランセンド「見えたっていうか〜、そもそもあの子、隠し方が“カレンチャン”なんだよね」
フリオーソ「……と、言いますと?」
フリオーソが慎重に尋ねる。
トランセンドは投影盤を指先でなぞった。
画面が切り替わり、セブン協会北部支部の情報アクセス履歴が展開される。
トランセンド「まずこれ、カレンが北部支部の独自権限で閲覧した記録。表向きは全部、“カワイイに関する周辺情報”で統一されてる」
フォーエバーヤングが吹き出す。
フォーエバーヤング「うわ、徹底してる〜」
トランセンド「でしょ〜?」
トランセンドは続ける。
トランセンド「でもね、ここで変なのがある」
画面上にいくつかのログが拡大される。
F社旧社員記録の参照
6区裏路地居住履歴の照会
人差し指支配区域の住民変遷
駆け落ち案件として処理された旧退職データ
一部理事秘匿ログへの接触痕跡
フリオーソの顔が引き締まる。
フリオーソ「……これは」
トランセンド「そう。オグリさん個人の現在じゃなくて、“前史”を掘ってる」
トランセンドは楽しそうに頬杖をついた。
トランセンド「しかもF社理事層の秘匿情報にアクセスした痕跡がある。ここまでやっといて、“カワイイ服着せたいだけでした♡”は通らないよね」
フォーエバーヤングが笑う。
フォーエバーヤング「いやまあ、カレンなら本気でそれもあり得るのが困るけど」
トランセンド「それが余計に厄介なんだよん」
トランセンドは即答した。
トランセンド「私情で掘れるからこそ、組織の監視をすり抜ける。“カワイイ”っていう個人欲求を偽装じゃなく本音でやってるから、逆に読みづらい」
フリオーソが静かに整理する。
フリオーソ「つまり、カレンチャン支部長はオグリさん関連の重大情報を、自身の美意識と興味の延長で単独収集し、その一部を意図的に秘匿している、と」
トランセンド「そういうこと〜」
トランセンドは軽く指を鳴らした。
投影盤がさらに切り替わる。
今度は、F社周辺の閉じたログと、北部支部の未報告アクセス痕跡が重なる。
トランセンド「で、次、カレンが掘った情報のうち、本部に上がってないものを逆算すると――候補は大きく三つ」
指を一本立てる。
トランセンド「一つ目。オグリさんの母親の正体」
二本目。
トランセンド「二つ目。オグリさんの父親の経歴」
三本目。
トランセンド「三つ目。F社側の血縁」
そこで、部屋が静かになった。
ビリーヴが紅茶のカップを置く。
ビリーヴ「……血縁、ですか」
トランセンド「うん」
トランセンドの声が少し低くなる。
トランセンド「これが一番筋が通る。カレンが情報を秘匿する理由にもなるし、ヂェーヴィチ側が動揺する理由にもなる」
フォーエバーヤングが投影盤を見つめながら言う。
フォーエバーヤング「オグリさんがF社と何かしらの血縁関係にあるってこと?」
トランセンド「多分ね。でも、ただの元社員の娘とかじゃ“北部にわざわざ呼び出して、西部のヤングにバレないようにする”には弱い」
フリオーソが息を呑む。
フリオーソ「では……」
トランセンドは笑った。
トランセンド「理事クラス。それも直系」
数秒の沈黙。
エアシャカールが眉をひそめる。
エアシャカール「……飛躍しすぎだろ」
トランセンド「そう思うじゃん?」
トランセンドは画面を再操作する。
F社理事会記録の外縁。
公開されていない家族情報。
だが完全に消されてはいない、統計の歪みのような痕跡。
トランセンド「F社理事ネイティヴダンサー。数十年前、一族関連の人事記録が不自然に欠けてる。その時期に、社内恋愛禁止規定違反を理由に消された退職記録が一件。さらに、その直後に6区裏路地側で居住履歴が生えてる」
フォーエバーヤングが口笛を吹く。
フォーエバーヤング「うわ。繋がっちゃうじゃん」
トランセンド「繋がるよ」
トランセンドははっきり言った。
トランセンド「オグリキャップは、F社理事ネイティヴダンサーの孫娘」
フリオーソが目を閉じる。
フリオーソ「……確定、ですか」
トランセンド「九割九分。セブン協会で報告書を上げるなら“極めて高い蓋然性”って書く感じかな〜。でもカレンの反応とログの偏り見れば、本人はもう確証取ってる」
ビリーヴが静かに問う。
ビリーヴ「それをどうしますか」
トランセンドは少しだけ黙った。
そして言う。
トランセンド「まず、正面から問い詰めるのは悪手。カレンは可愛いものに対して執着すると、妙に頑固になるから」
フォーエバーヤングが頷く。
フォーエバーヤング「分かる〜。ああいうタイプって、自分の“好き”に触られると一気に閉じるよね」
トランセンド「そうそう」
トランセンドは続ける。
トランセンド「だから、カレンから情報を“吐かせる”んじゃなくて。カレンがこの情報をどう使おうとしてるかを押さえる」
エアシャカールが腕を組む。
エアシャカール「……つまり?」
トランセンド「オグリさんの血縁情報そのものより、その次の一手が重要ってこと」
トランセンドの目が細くなる。
トランセンド「カレンは情報収集屋である前に、“カワイイ”の演出家なんだよ。ならこの情報を知って終わるわけがない。必ず、オグリさんに新しい属性を乗せようとする」
フォーエバーヤングが楽しそうに笑う。
フォーエバーヤング「うわ、出た。“属性盛り”」
トランセンド「でしょ?令嬢って知った時点で終わるわけないんだよね、あの子」
フリオーソが嫌な予感に顔をしかめる。
フリオーソ「……まさか」
トランセンド「うん、多分次は“所属”を増やそうとする」
トランセンドはさらりと言った。
トランセンド「フィクサー、特色、令嬢、情報インフラ候補。ここにさらに“指”とか“翼寄り”とか、そういうラベルを足しにいくはず」
エアシャカールが露骨に嫌そうな顔をする。
エアシャカール「……最悪だな」
トランセンド「でも面白いよね〜」
エアシャカール「面白がるな」
トランセンド「いやいや、セブン協会的には大事な観測対象だって」
フォーエバーヤングが笑いながら言う。
フォーエバーヤング「で、どうする?カレンの尻尾掴んだんでしょ?」
トランセンドは椅子にもたれた。
トランセンド「うん。だから次は逆に泳がせる。カレンが隠してる情報の輪郭はもう取れた。なら、“どこへ流すか”を見ればいい。マヤノちゃんも動いてるなら、局所的な撹乱は来る。でも、全体の流れはウチが読む」
その口調は軽かったが、協会長としての冷たさがはっきり滲んでいた。
トランセンド「セブン協会の支部長が本部を欺くなら、それ相応の“答え合わせ”は必要でしょ」
ビリーヴが小さく頷く。
ビリーヴ「監視ラインは増やしておきます」
フリオーソもメモを取る。
フリオーソ「北部支部の外部接触、特に五本指、オグリさんの性格を考えると1番確率の高い小指方面を重点的に洗います」
トランセンド「お願い〜」
トランセンドはそれから、もう一度オグリキャップの名前が表示された灰色の線を見る。
トランセンド「……にしても、まさかF社理事の血まで入ってるとはね」
フォーエバーヤングが笑う。
フォーエバーヤング「ほんと、オグリさんって属性の宝石箱だよね」
トランセンド「うん」
トランセンドも笑う。
トランセンド「だから都市中が欲しがる」
そしてその笑みを、すっと消した。
トランセンド「でも、手に入れるのはウチらの方が上手いよ」
そして冷たく
トランセンド「カレン、隠すならもっと上手くやりなよ」
セブン協会本部の空気が、少しだけ冷えた。
情報の専門家たちは、もう次の手に入っていた。
灰色の怪物本人が何も知らないまま。
また一つ、その周囲の情報戦だけが先へ進んでいく。
セブン協会北部支部、支部長室。
一方その頃、カレンチャンはソファの上で足をぱたぱたさせていた。
カレンチャン「多分トランさんも、オグリさんの情報にはいずれ辿り着くよね」
その声音に焦りはない。
むしろ、先を読んでいる者の余裕があった。
カレンチャン「だから知られたとしても、それは大丈夫」
マヤノトップガンが隣でこくこく頷く。
マヤノ「うんうん」
カレンチャンは机の上に散らばるメモと端末を見下ろし、にっこり笑った。
カレンチャン「あとは……カレンたちが小指に情報を流せるのが早いか、トランさんたちが止めるのが早いかの勝負♡」
マヤノトップガンも楽しそうだ。
マヤノ「マヤ頑張るもんね〜♡」
それでも、少しだけ眉を寄せる。
マヤノ「小指って徹底的に秘匿してるから、セブン協会でもほとんど探れてないけど……」
カレンチャン「だからこそだよ♡」
カレンチャンは即答した。
カレンチャン「オグリさんの情報を流したら、絶対食いつくよね♡」
だが、その直後、声色を少しだけ引き締める。
カレンチャン「言っておくけど、理事の血族って情報は間違っても流しちゃダメだよ。ヂェーヴィチ協会との約束だから」
マヤノトップガンはすぐに真顔で頷いた。
マヤノ「アイコピー!」
カレンチャン「そう」
カレンチャンは満足げに微笑む。
カレンチャン「だから流すのは、あくまでオグリさんの配達ルートの正確な情報とか。小指側から自然に接触できるようになる情報だけ♡」
マヤノトップガンの目がきらりと光る。
マヤノ「わかった〜!ならマヤ、ルートの揺らぎも混ぜつつ、でも本命はちゃんと渡るように調整するね〜!」
カレンチャン「お願い♡」
カレンチャンは背もたれに体を預け、うっとりした顔になる。
カレンチャン「オグリさんが小指にも関わるようになったら……フィクサーで、特色で、令嬢で、情報インフラ候補で、さらに指にも縁があるなんて……もう最高にカワイイよね♡」
マヤノトップガンも両手を握る。
マヤノトップガン「うん! オグリさん、もっとすごい存在になっちゃう!」
カレンチャンは静かに笑った。
カレンチャン「そう。“すごい”じゃなくて“カワイイ”の」
その認識のズレこそが、彼女たちの最も危ういところだった。