ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

144 / 198
情報と攪乱

セブン協会本部、協会長室。

 

都市の情報が集積するその部屋は、静かだった。

 

壁一面に展開された投影盤には、協会、翼、指、裏路地組織、事務所、個人。

都市を構成するあらゆる関係性が、無数の線として浮かび上がっている。

 

そのうちの一本。

いや、一本どころではない。

 

今や複数の勢力を奇妙なまでに自然につなぎ始めている灰色の線――

オグリキャップの情報網が、部屋の中心で静かに広がっていた。

 

トランセンドは椅子に深く座り、その線の一つをじっと見つめている。

 

トランセンド「……ふぅん」

 

その一言に、フリオーソが顔を上げた。

 

フリオーソ「何か分かりましたか?」

 

トランセンド「うん、分かったよん」

 

トランセンドは軽く笑う。

だがその目は笑っていない。完全に獲物を追う捕食者の目だった。

 

トランセンド「カレン、やっぱ隠してるね」

 

部屋の隅で端末を操作していたフォーエバーヤングが身を乗り出す。

 

フォーエバーヤング「マジ? もう尻尾見えたの?」

 

トランセンド「見えたっていうか〜、そもそもあの子、隠し方が“カレンチャン”なんだよね」

 

フリオーソ「……と、言いますと?」

 

フリオーソが慎重に尋ねる。

 

トランセンドは投影盤を指先でなぞった。

画面が切り替わり、セブン協会北部支部の情報アクセス履歴が展開される。

 

トランセンド「まずこれ、カレンが北部支部の独自権限で閲覧した記録。表向きは全部、“カワイイに関する周辺情報”で統一されてる」

 

フォーエバーヤングが吹き出す。

 

フォーエバーヤング「うわ、徹底してる〜」

 

トランセンド「でしょ〜?」

 

トランセンドは続ける。

 

トランセンド「でもね、ここで変なのがある」

 

画面上にいくつかのログが拡大される。

 

F社旧社員記録の参照

 

6区裏路地居住履歴の照会

 

人差し指支配区域の住民変遷

 

駆け落ち案件として処理された旧退職データ

 

一部理事秘匿ログへの接触痕跡

 

フリオーソの顔が引き締まる。

 

フリオーソ「……これは」

 

トランセンド「そう。オグリさん個人の現在じゃなくて、“前史”を掘ってる」

 

トランセンドは楽しそうに頬杖をついた。

 

トランセンド「しかもF社理事層の秘匿情報にアクセスした痕跡がある。ここまでやっといて、“カワイイ服着せたいだけでした♡”は通らないよね」

 

フォーエバーヤングが笑う。

 

フォーエバーヤング「いやまあ、カレンなら本気でそれもあり得るのが困るけど」

 

トランセンド「それが余計に厄介なんだよん」

 

トランセンドは即答した。

 

トランセンド「私情で掘れるからこそ、組織の監視をすり抜ける。“カワイイ”っていう個人欲求を偽装じゃなく本音でやってるから、逆に読みづらい」

 

フリオーソが静かに整理する。

 

フリオーソ「つまり、カレンチャン支部長はオグリさん関連の重大情報を、自身の美意識と興味の延長で単独収集し、その一部を意図的に秘匿している、と」

 

トランセンド「そういうこと〜」

 

トランセンドは軽く指を鳴らした。

 

投影盤がさらに切り替わる。

 

今度は、F社周辺の閉じたログと、北部支部の未報告アクセス痕跡が重なる。

 

トランセンド「で、次、カレンが掘った情報のうち、本部に上がってないものを逆算すると――候補は大きく三つ」

 

指を一本立てる。

 

トランセンド「一つ目。オグリさんの母親の正体」

 

二本目。

 

トランセンド「二つ目。オグリさんの父親の経歴」

 

三本目。

 

トランセンド「三つ目。F社側の血縁」

 

そこで、部屋が静かになった。

 

ビリーヴが紅茶のカップを置く。

 

ビリーヴ「……血縁、ですか」

 

トランセンド「うん」

 

トランセンドの声が少し低くなる。

 

トランセンド「これが一番筋が通る。カレンが情報を秘匿する理由にもなるし、ヂェーヴィチ側が動揺する理由にもなる」

 

フォーエバーヤングが投影盤を見つめながら言う。

 

フォーエバーヤング「オグリさんがF社と何かしらの血縁関係にあるってこと?」

 

トランセンド「多分ね。でも、ただの元社員の娘とかじゃ“北部にわざわざ呼び出して、西部のヤングにバレないようにする”には弱い」

 

フリオーソが息を呑む。

 

フリオーソ「では……」

 

トランセンドは笑った。

 

トランセンド「理事クラス。それも直系」

 

数秒の沈黙。

 

エアシャカールが眉をひそめる。

 

エアシャカール「……飛躍しすぎだろ」

 

トランセンド「そう思うじゃん?」

 

トランセンドは画面を再操作する。

 

F社理事会記録の外縁。

公開されていない家族情報。

だが完全に消されてはいない、統計の歪みのような痕跡。

 

トランセンド「F社理事ネイティヴダンサー。数十年前、一族関連の人事記録が不自然に欠けてる。その時期に、社内恋愛禁止規定違反を理由に消された退職記録が一件。さらに、その直後に6区裏路地側で居住履歴が生えてる」

 

フォーエバーヤングが口笛を吹く。

 

フォーエバーヤング「うわ。繋がっちゃうじゃん」

 

トランセンド「繋がるよ」

 

トランセンドははっきり言った。

 

トランセンド「オグリキャップは、F社理事ネイティヴダンサーの孫娘」

 

フリオーソが目を閉じる。

 

フリオーソ「……確定、ですか」

 

トランセンド「九割九分。セブン協会で報告書を上げるなら“極めて高い蓋然性”って書く感じかな〜。でもカレンの反応とログの偏り見れば、本人はもう確証取ってる」

 

ビリーヴが静かに問う。

 

ビリーヴ「それをどうしますか」

 

トランセンドは少しだけ黙った。

 

そして言う。

 

トランセンド「まず、正面から問い詰めるのは悪手。カレンは可愛いものに対して執着すると、妙に頑固になるから」

 

フォーエバーヤングが頷く。

 

フォーエバーヤング「分かる〜。ああいうタイプって、自分の“好き”に触られると一気に閉じるよね」

 

トランセンド「そうそう」

 

トランセンドは続ける。

 

トランセンド「だから、カレンから情報を“吐かせる”んじゃなくて。カレンがこの情報をどう使おうとしてるかを押さえる」

 

エアシャカールが腕を組む。

 

エアシャカール「……つまり?」

 

トランセンド「オグリさんの血縁情報そのものより、その次の一手が重要ってこと」

 

トランセンドの目が細くなる。

 

トランセンド「カレンは情報収集屋である前に、“カワイイ”の演出家なんだよ。ならこの情報を知って終わるわけがない。必ず、オグリさんに新しい属性を乗せようとする」

 

フォーエバーヤングが楽しそうに笑う。

 

フォーエバーヤング「うわ、出た。“属性盛り”」

 

トランセンド「でしょ?令嬢って知った時点で終わるわけないんだよね、あの子」

 

フリオーソが嫌な予感に顔をしかめる。

 

フリオーソ「……まさか」

 

トランセンド「うん、多分次は“所属”を増やそうとする」

 

トランセンドはさらりと言った。

 

トランセンド「フィクサー、特色、令嬢、情報インフラ候補。ここにさらに“指”とか“翼寄り”とか、そういうラベルを足しにいくはず」

 

エアシャカールが露骨に嫌そうな顔をする。

 

エアシャカール「……最悪だな」

 

トランセンド「でも面白いよね〜」

 

エアシャカール「面白がるな」

 

トランセンド「いやいや、セブン協会的には大事な観測対象だって」

 

フォーエバーヤングが笑いながら言う。

 

フォーエバーヤング「で、どうする?カレンの尻尾掴んだんでしょ?」

 

トランセンドは椅子にもたれた。

 

トランセンド「うん。だから次は逆に泳がせる。カレンが隠してる情報の輪郭はもう取れた。なら、“どこへ流すか”を見ればいい。マヤノちゃんも動いてるなら、局所的な撹乱は来る。でも、全体の流れはウチが読む」

 

その口調は軽かったが、協会長としての冷たさがはっきり滲んでいた。

 

トランセンド「セブン協会の支部長が本部を欺くなら、それ相応の“答え合わせ”は必要でしょ」

 

ビリーヴが小さく頷く。

 

ビリーヴ「監視ラインは増やしておきます」

 

フリオーソもメモを取る。

 

フリオーソ「北部支部の外部接触、特に五本指、オグリさんの性格を考えると1番確率の高い小指方面を重点的に洗います」

 

トランセンド「お願い〜」

 

トランセンドはそれから、もう一度オグリキャップの名前が表示された灰色の線を見る。

 

トランセンド「……にしても、まさかF社理事の血まで入ってるとはね」

 

フォーエバーヤングが笑う。

 

フォーエバーヤング「ほんと、オグリさんって属性の宝石箱だよね」

 

トランセンド「うん」

 

トランセンドも笑う。

 

トランセンド「だから都市中が欲しがる」

 

そしてその笑みを、すっと消した。

 

トランセンド「でも、手に入れるのはウチらの方が上手いよ」

 

そして冷たく

 

トランセンド「カレン、隠すならもっと上手くやりなよ」

 

セブン協会本部の空気が、少しだけ冷えた。

 

情報の専門家たちは、もう次の手に入っていた。

 

灰色の怪物本人が何も知らないまま。

また一つ、その周囲の情報戦だけが先へ進んでいく。

 


 

セブン協会北部支部、支部長室。

 

一方その頃、カレンチャンはソファの上で足をぱたぱたさせていた。

 

カレンチャン「多分トランさんも、オグリさんの情報にはいずれ辿り着くよね」

 

その声音に焦りはない。

むしろ、先を読んでいる者の余裕があった。

 

カレンチャン「だから知られたとしても、それは大丈夫」

 

マヤノトップガンが隣でこくこく頷く。

 

マヤノ「うんうん」

 

カレンチャンは机の上に散らばるメモと端末を見下ろし、にっこり笑った。

 

カレンチャン「あとは……カレンたちが小指に情報を流せるのが早いか、トランさんたちが止めるのが早いかの勝負♡」

 

マヤノトップガンも楽しそうだ。

 

マヤノ「マヤ頑張るもんね〜♡」

 

それでも、少しだけ眉を寄せる。

 

マヤノ「小指って徹底的に秘匿してるから、セブン協会でもほとんど探れてないけど……」

 

カレンチャン「だからこそだよ♡」

 

カレンチャンは即答した。

 

カレンチャン「オグリさんの情報を流したら、絶対食いつくよね♡」

 

だが、その直後、声色を少しだけ引き締める。

 

カレンチャン「言っておくけど、理事の血族って情報は間違っても流しちゃダメだよ。ヂェーヴィチ協会との約束だから」

 

マヤノトップガンはすぐに真顔で頷いた。

 

マヤノ「アイコピー!」

 

カレンチャン「そう」

 

カレンチャンは満足げに微笑む。

 

カレンチャン「だから流すのは、あくまでオグリさんの配達ルートの正確な情報とか。小指側から自然に接触できるようになる情報だけ♡」

 

マヤノトップガンの目がきらりと光る。

 

マヤノ「わかった〜!ならマヤ、ルートの揺らぎも混ぜつつ、でも本命はちゃんと渡るように調整するね〜!」

 

カレンチャン「お願い♡」

 

カレンチャンは背もたれに体を預け、うっとりした顔になる。

 

カレンチャン「オグリさんが小指にも関わるようになったら……フィクサーで、特色で、令嬢で、情報インフラ候補で、さらに指にも縁があるなんて……もう最高にカワイイよね♡」

 

マヤノトップガンも両手を握る。

 

マヤノトップガン「うん! オグリさん、もっとすごい存在になっちゃう!」

 

カレンチャンは静かに笑った。

 

カレンチャン「そう。“すごい”じゃなくて“カワイイ”の」

 

その認識のズレこそが、彼女たちの最も危ういところだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。