ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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怪物と小指

ヂェーヴィチ協会西部支部、支部長室。

 

部屋の中を、ナイスネイチャが落ち着きなく歩き回っていた。

 

右へ。

左へ。

机の前を通って、窓際まで行って、また戻る。

 

その動きは落ち着きのない獣じみていて、さながら熊が檻の中をうろついているようだった。実際、今の彼女の心境はそれに近い。表情こそいつもの平熱気味なものを保っていたが、内心はまるで平熱ではなかった。

 

ネイチャ「……そろそろかな」

 

小さく呟く。

 

ネイチャ「いや、でもちょっと遅い気も……」

 

時計を見る。

もう一度見る。

見たところで時間の進みが速くなるわけでもないのに、それでも見てしまう。

 

今日はタマモクロスが風邪で休みだった。

 

だからオグリキャップは単独で配達に出ている。

 

本来なら、配達そのものは何の問題もない。オグリは真面目だし、実力も申し分ない。任務を失敗する方が難しいくらいだ。

 

問題は、任務の外側だった。

 

あの少女は、強い。

強すぎる。

その上で、驚くほど警戒心が薄い。

 

都市において、そんなものは美徳ではなく致命的な欠陥だ。しかも最近は、特色、翼、指、その他もろもろとの関係が雪だるま式に増えている。もはや「また何か拾ってくるのでは」という不安が、ネイチャの中で慢性化していた。

 

そんなことを考えているうちに――

 

ガチャ。

 

支部長室の扉が開いた。

 

オグリ「今戻った」

 

オグリキャップだった。

 

その姿を見た瞬間、ネイチャは弾かれたようにそちらへ向かった。

 

ネイチャ「オグリさん! 大丈夫? 怪しい人について行ってない? 危ない目にあってない? 連絡先交換してない?」

 

質問が一息に飛ぶ。

 

オグリはまばたきを一つして、それからいつも通り落ち着いた声で答えた。

 

オグリ「してない。大丈夫だ。まっすぐ帰ってきた」

 

ネイチャはその場で肩の力を抜いた。

 

ネイチャ「はぁ……良かった〜……」

 

本当に、心の底からの安堵だった。

 

オグリはそんなネイチャを不思議そうに見た。

 

オグリ「……? ネイチャ、なんでそんなに疲れてるんだ?」

 

ネイチャ「オグリさんが危ないからだよ〜」

 

ネイチャは半ば本音そのままで返す。

 

ネイチャ「うっかりまた連絡先交換してたらどうしようかと……」

 

オグリ「そうか」

 

オグリは納得したような、してないような顔で頷いた。

 

その直後。

 

ぐぅー。

 

静かな支部長室に、遠慮のない腹の音が響く。

 

オグリが真顔で言った。

 

オグリ「ネイチャ、お腹が空いた」

 

ネイチャは思わず苦笑する。

 

ネイチャ「はいはい、おにぎり用意してるよ。いつもの特大サイズ」

 

オグリ「ありがとう」

 

オグリはすぐに席につき、差し出された特大おにぎりを受け取った。

そして、まるで何事もなかったかのようにもぐもぐと食べ始める。

 

オグリ「もぐもぐ……」

 

その姿を見ていると、さっきまで胃の中で渦巻いていた不安が少しだけ薄れるから不思議だった。

 

ネイチャ「はぁ〜……平和だね〜……」

 

ネイチャはようやく自分も椅子に腰を下ろした。

 

ネイチャ「とりあえずオグリさん、上着脱いだらどう? 暑いでしょ」

 

オグリ「そうだな」

 

オグリは素直に頷き、制服の上着に手を掛ける。

 

その時だった。

 

袖が少しずれた。

 

ネイチャの目が、ぴたりと止まる。

 

ネイチャ「……ん?」

 

一瞬だけ、時間が止まったように感じた。

 

ネイチャ「オグリさん、ちょっとストップ」

 

オグリ「なんだ?」

 

ネイチャ「それなに?」

 

オグリが首を傾げる。

 

オグリ「それ?」

 

ネイチャ「今、右肩になんかついてるように見えたんだけど」

 

オグリは自分の肩を見ようとして、少し考える。

 

オグリ「右肩……これか?」

 

そう言って袖をまくる。

 

現れた肩には、何かの紋様のような印が刻まれていた。

 

ネイチャの表情から、じわじわと色が抜けていく。

 

ネイチャ「……なにこれ?」

 

オグリは悪びれる様子もなく答えた。

 

オグリ「烙印だ」

 

ネイチャはその言葉を一度頭の中で反芻してから、なるべく落ち着いて聞き返した。

 

ネイチャ「……なんの?」

 

オグリ「小指の」

 

一拍。

 

ネイチャ「……小指?」

 

オグリ「小指」

 

ネイチャ「小指って、五本指の小指?」

 

オグリ「そうだ」

 

ネイチャはその場でしばらく無言になった。

 

オグリの方は特に緊張もしていない。ただおにぎりを持ったまま、ネイチャが次に何を言うのか待っている。

 

ネイチャ「……なんでついてるの?」

 

ネイチャはようやく、それだけを絞り出した。

 

オグリは思い出すように答える。

 

オグリ「帰り道で、ズーゴンという人に出会った」

 

ズーゴン。

 

ネイチャはその名前を頭の中で探った。

協会関係者ではない。西部地域の有名フィクサーでもない。親指、人差し指、中指、薬指の幹部格なら、支部長としてある程度把握している。だが、その名前は聞いたことがなかった。

 

つまり、知らない。

そして知らない相手が、オグリの肩に小指の烙印を刻んだ。

 

最悪だった。

 

ネイチャ「ズーゴン? どこのだれ?」

 

オグリ「小指の天機星と名乗っていた」

 

ネイチャは一度、遠くを見た。

 

ネイチャ「小指?」

 

オグリ「小指」

 

ネイチャ「なんて言ってた?」

 

オグリは素直に説明を始める。

 

オグリ「副業をしないかと言ってきた。最初はネイチャに言われた通り、怪しい人にはついていかず、まっすぐ帰ろうとした」

 

ネイチャは思わず頷いた。

 

ネイチャ「うん、偉いね」

 

そこだけは本当に偉い。

そこだけは。

 

オグリ「そこで自己紹介をしてくれた。だから話は聞くべきと思った」

 

ネイチャ「人としては偉いけど偉くないねぇ……」

 

ネイチャは乾いた笑みを浮かべた。

 

オグリは気にせず続ける。

 

オグリ「フィクサーを続けながら、小指の仕事を手伝って欲しいと言われた。母さんに指にはあまり関わるなと言われたから、断ろうとした」

 

ネイチャ「偉いねぇ」

 

オグリ「でも、フィクサーをやめなくていいし、小指の席を与えるが、呼び出さない限り小指に関わらなくてもいいと言った。だから受けることにした」

 

ネイチャは頭痛を覚えた。

 

ネイチャ「小指の席? なにそれ?」

 

オグリ「地孤星というらしい」

 

ネイチャ「……そっか」

 

その短い返事の間に、ネイチャの脳内ではありとあらゆる危険信号が鳴り響いていた。

 

五本指。

小指。

副業。

地孤星。

小指の烙印。

 

一つ一つが十分に厄介なのに、それが全部まとめてオグリキャップに追加された。

 

しかも本人は悪びれていない。

むしろ、「ちゃんと帰ってきたぞ」と言わんばかりの健全さでそこにいる。

 

オグリ「……どうしたんだネイチャ?」

 

オグリが不思議そうに聞く。

 

ネイチャはすぐに笑顔を作った。

 

ネイチャ「……オグリさん、ひとつお願いしていい?」

 

オグリ「なんだ?」

 

ネイチャ「今から数時間、この部屋から出ないで」

 

オグリ「? なんでだ?」

 

ネイチャ「良いから。約束して」

 

オグリは少し考えたあと、いつものように頷く。

 

オグリ「わかった」

 

ネイチャ「うん、いい子」

 

ネイチャはその返事を確認した瞬間、机上の電話に手を伸ばした。

 

まずアイネスフウジンへ。

 

コール音。

すぐに繋がる。

 

アイネス『もしもし? ネイチャなの? どうしたの?』

 

ネイチャ「お疲れ様です協会長、報告があって電話しました」

 

アイネス『報告? なんの?』

 

ネイチャは一息で言った。

 

ネイチャ「オグリさんが小指所属になりました」

 

電話の向こうが、きれいに止まった。

 

アイネス『……小指?』

 

ネイチャ「小指」

 

アイネス『小指って五本指の小指?』

 

ネイチャ「その小指です」

 

アイネス『ヂェーヴィチ協会は?』

 

ネイチャ「兼業するそうです。小指は副業だと」

 

数秒の沈黙。

 

そして、いつもの明るい口調が完全に消えた声音で、アイネスが告げる。

 

アイネス『……ネイチャ……オグリちゃんを一歩も西部支部、いや支部長室から出さないで。すぐ行くの』

 

ネイチャ「分かりました」

 

受話器を置く。

 

次はタマモクロスだ。

 

コール。

一回で繋がる。

 

タマ『なんやネイチャ……ウチは今寝てるんや……』

 

ネイチャ「えっとね、オグリさんが小指所属になった」

 

タマ『すぐ行く』

 

ガチャン。

 

物凄く早かった。

 

ネイチャは受話器を置き、ようやく少しだけ息をついた。

 

ネイチャ「……ふぅ、これで良し」

 

すると、横から遠慮のない声が飛んでくる。

 

オグリ「……ネイチャ、お腹すいた、食堂に行きたい」

 

ネイチャは即答した。

 

ネイチャ「だめ」

 

オグリ「なんでだ?」

 

ネイチャ「ダメなもんはだめ」

 

オグリは少し口を尖らせたが、それでも約束を思い出したのか、渋々頷く。

 

オグリ「……分かった」

 

ネイチャ「偉いね」

 

ネイチャはそう返しながら、笑顔を保った。

 

保ったまま――

 

内心では絶叫していた。

 

ネイチャ(いや全っ然偉くなァァァァァァァァァァァァァァァい!!!!!!!!!!!)

 

支部長室の中では、何も知らない怪物が特大おにぎりをもぐもぐ食べている。

 

その肩には、小指の烙印。

 

ヂェーヴィチ協会の支部長は、今まさに胃痛と頭痛と責任感の全部乗せをくらっていた。

 

それでもなお、オグリキャップはいつも通りだった。

 

オグリ「もぐもぐ……」

 

平和そうに見えるのが、なおさらひどかった。

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