ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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灰色の怪物(地孤星)

ヂェーヴィチ協会西部支部、支部長室。

 

部屋の中には、なんとも言えない空気が漂っていた。

 

重い。

暗い。

胃にくる。

だが、同時にどこか現実味が薄い。

 

まるで悪い冗談を延々と見せられているような、そんな空気だった。

 

その中心にいるのは、当然ながら灰色の怪物――オグリキャップである。

 

ただし本人は、その異常さをまったく理解していない。

 

オグリ「もぐもぐ……?」

 

特大おにぎりを食べながら、不思議そうに三人を見ていた。

 

その三人――ナイスネイチャ、タマモクロス、アイネスフウジンは、まるで壊れた機械のように同じことを確認し合っていた。

 

ナイスネイチャ

「……刻まれてるね」

 

タマモクロス

「刻まれとんな」

 

アイネスフウジン

「刻まれてるの」

 

オグリキャップ

「もぐもぐ……」

 

ネイチャが深く息を吐く。

 

「……小指?」

 

タマモクロス

「小指」

 

アイネスフウジン

「小指」

 

タマモクロスがさらに続ける。

 

「地孤星?」

 

ネイチャ

「地孤星」

 

アイネスフウジン

「地孤星」

 

アイネスが虚ろな目で問いを重ねる。

 

「所属?」

 

ネイチャ

「所属」

 

タマモクロス

「所属」

 

アイネスフウジン

「……はーなの」

 

タマモクロス

「……くそが」

 

ナイスネイチャ

「……もうやだ」

 

支部長室とは思えない、あまりにも情けない音が三方向から漏れていた。

 

オグリキャップだけが、その中心で平然とおにぎりを食べている。

 

タマモクロスは明らかに体調不良の顔色をしていた。

もともと風邪気味だったところに、追い打ちのようにこの報告である。悪化しない方がおかしい。

 

それでも、相棒として聞くべきことは聞かねばならなかった。

 

タマ「……オグリ、ひとつええか?」

 

オグリ「……なんだタマ?」

 

タマ「お前さんが会ったズーゴンって奴、どんなんやった?」

 

オグリは少し考え、それからいつもの率直さで答えた。

 

オグリ「誠実だった。自己紹介してくれたし、ちゃんと説明してくれた。良い人だったな」

 

タマモクロスは眉間を押さえる。

 

タマ「……指関係者でろくなやつ、ウチ知らへんけどな」

 

ネイチャも頭を抱えたまま言う。

 

ネイチャ「……あの、協会長。そもそも小指ってどんな組織ですか……?正直、あたしでもほぼ関わったことなくて……」

 

アイネスフウジンは机に肘をつき、額を押さえながら答えた。

 

アイネス「……12協会でも、ほとんど知られてないの。規律の親指、指令の人差し指、義理の中指、芸術の薬指と違って……目的も行動理念も一切不明」

 

少し呼吸を整えてから続ける。

 

アイネス

「セブン協会の情報では、約束と仁を大切にしていることと、役職は星の名前……そして、他の指や翼の職員、フィクサーなんかの職を兼任できるらしいの……おまけに、小指の構成員同士でも、小指所属を知らないことの方が多いって……」

 

ネイチャが苦い顔をする。

 

ネイチャ「一応、全くの謎って訳じゃないけど……」

 

タマモクロスが低く唸る。

 

タマ「きな臭さはあるな……」

 

アイネスはゆっくり顔を上げた。

 

アイネス「……オグリちゃん」

 

オグリ「なんだろうか?」

 

アイネス「……小指に入ったの?」

 

オグリは何の迷いもなく答えた。

 

アイネス「副業だ」

 

その返答に、三人の空気がまた一段重くなる。

 

アイネスが確認する。

 

アイネス「つまり働くの?」

 

オグリ「そうらしい」

 

アイネス「終わったの」

 

アイネスが静かに言った。

 

ナイスネイチャ

「終わりましたね」

 

タマモクロス

「終わったな」

 

その言い方があまりにも自然で、逆に支部長室の空気は死んだ。

 

アイネスはしばらく黙り込んでから、ぽつりと聞く。

 

アイネス「……ハナ協会に報告する?」

 

タマモクロスが即座に首を振った。

 

タマ「……報告したらオグリ終わるで」

 

ネイチャも頷く。

 

ネイチャ「殺されはしないだろうけど、終わるね。色んな意味で」

 

アイネスは項垂れた。

 

アイネス「……オグリちゃん……なんでこうなるの……?」

 

するとタマモクロスが、まるで現実確認でもするように指を折り始めた。

 

タマ「……この際や、オグリの経歴確認するで」

 

ネイチャもアイネスも無言でそちらを見る。

 

タマ「まずひとつ」

 

タマモクロスが言う。

 

タマ

「オグリの出自はF社理事の孫娘」

 

ネイチャ

「うん」

 

アイネス

「うんなの」

 

タマ

「次、現在の実家は人差し指の縄張りで、安全な一〜三区の巣のいずれかへの移住手続き中」

 

ネイチャ

「そうだね」

 

アイネス

「そうなの」

 

タマ

「それで既に、オグリは親指と中指の幹部との連絡先交換しとる」

 

ネイチャ

「してるね」

 

アイネス

「してるの」

 

タマ

「で、小指所属や」

 

ネイチャ

「したねぇ」

 

アイネス

「しちゃったの」

 

タマモクロスはそこで区切って、重く問いかける。

 

タマ「……あと残っとるのは?」

 

ネイチャが遠い目で答える。

 

ネイチャ「薬指だけ」

 

アイネスフウジンは頭を抱えた。

 

アイネス「……五本指との関係、リーチなのぉ……!」

 

タマモクロス

「……詰みか?」

 

ナイスネイチャ

「詰みだね」

 

アイネスフウジン

「詰みなの……」

 

その絶望的な会話の中心で、オグリキャップは相変わらずだった。

 

オグリ「? もぐもぐ」

 

本当に、何も分かっていなかった。

 

タマモクロスは頭痛をこらえるように目を閉じ、それから静かに言った。

 

タマ「……オグリ」

 

オグリ「なんだタマ?」

 

タマ「……今日は二度と外出んな」

 

オグリはあっさり頷く。

 

オグリ「分かった」

 

アイネスは半泣きの顔でネイチャを見る。

 

アイネス「……どうするの、ネイチャ……」

 

ネイチャ「んなこと言われても……」

 

ネイチャももう、いつもの軽口では処理できなかった。

 

アイネスは震える声で言う。

 

アイネス「……オグリちゃん……もう……変わらなくていいの……」

 

それは半ば祈りのような言葉だった。

 

強くならなくていい。

属性を増やさなくていい。

誰かに利用されるための存在にならなくていい。

 

せめて、今ここにいるオグリキャップのままでいてほしい。

 

その願いに対して、オグリは首を傾げた。

 

オグリ「? 私は私だぞ?」

 

あまりにも当たり前のように、そう言った。

 

アイネスは、その言葉に一瞬だけ救われたような顔をした。

 

アイネス「うん……」

 

小さく頷く。

 

アイネス「……オグリちゃんは……オグリちゃんなの……」

 

支部長室の空気は重いままだった。

小指。地孤星。副業。五本指。F社の血。移住手続き。親指、中指との接点。

 

あまりにも情報過多で、まともに整理しようとするだけで頭が痛くなる。

 

それでも。

 

少なくとも、この場にいる三人にとっては、オグリキャップは情報ではなかった。

属性の集合でも、都市の結節点でもなかった。

 

ただの、守りたい一人のウマ娘だった。

 

その本人だけが、変わらずおにぎりを食べている。

 

オグリ「もぐもぐ……」

 

それが妙に救いで、妙に残酷だった。

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