セブン協会本部、協会長室。
都市のあらゆる情報が集まり、整理され、価値へと変換される場所。
その中心にあるこの部屋は、豪奢というより整然としていた。
棚には資料。
机には端末。
壁面には都市各地の情報線が投影され、静かに明滅している。
協会。翼。指。
裏路地組織。事務所。個人。
都市を形作るあらゆる関係が、線となって幾重にも重なり合い、まるで巨大な生き物の神経網のように壁を埋め尽くしていた。
そして、その光の中心付近には、最近ひときわ目立つ一本の線があった。
灰色の怪物――オグリキャップ。
今やその名は、一個人として扱うにはあまりにも多くの線を引き寄せていた。
特色フィクサー。
ヂェーヴィチ協会所属。
複数の特色、協会幹部、翼、五本指との接点。
そして本人は、その価値をろくに理解していない。
部屋の空気は穏やかなようでいて、少しだけ張っていた。
トランセンドが椅子に深く腰掛けながら、机の上で指を組む。
トランセンド「じゃ、始めよっか」
軽い口調だった。
だが、その一言だけで部屋の全員が意識を切り替える。
本部長ビリーヴ。
西部支部長フォーエバーヤング。
南部支部長エアシャカール。
北部支部長カレンチャン。
そして協会長秘書、フリオーソ。
セブン協会の中でも、特に情報の核に近い面々が揃っていた。
トランセンドはゆるく笑う。
トランセンド「議題はもちろん、オグリさん」
エアシャカールが即座に顔をしかめる。
エアシャカール「またかよ」
フォーエバーヤングは楽しそうに肩を揺らした。
フォーエバーヤング「まただよ、シャカールさん」
カレンチャンもにこにこしたままだ。
カレン「オグリさんの話ならカレン大歓迎♡」
ビリーヴが静かに手元の資料を開いた。
ビリーヴ「現状確認から入りましょう」
その声音はいつも通り穏やかだが、内容はまったく穏やかではない。
ビリーヴ「灰色の怪物、オグリキャップ。ヂェーヴィチ協会西部一課所属。加えて――」
一度だけ視線をカレンチャンへ向ける。
ビリーヴ「カレンさんの独断行動の結果で増えた、小指・地孤星所属」
カレンチャンは悪びれない。
カレン「うん♡」
ビリーヴはそのまま続けた。
ビリーヴ「特色フィクサー。複数の特色、協会幹部、指、翼関係者と接触済。F社理事ネイティヴダンサーの血族である可能性は、北部支部が既に確証を得ています」
フリオーソがゆっくりと顔を上げる。
フリオーソ「……カレンさん、まず聞きます。本部より先に、翼の血族ということを知っていましたね?」
カレン「うん♡」
迷いのない肯定だった。
エアシャカールが苛立ちを隠さず言う。
エアシャカール「だから、その情報をなんで最初から上げねぇんだよ」
カレンチャンは即答した。
カレン「カワイイから♡」
一瞬、部屋が止まった。
ビリーヴが眉ひとつ動かさず問いを重ねる。
ビリーヴ「……小指とオグリさんが接触するよう手引きして、オグリさんが小指に所属するようにしたのも?」
カレン「カワイイから♡」
今度こそエアシャカールが頭を抱えた。
エアシャカール「お前、それ絶対にヂェーヴィチに知られんなよ。セブンが手引きしたなんてバレたら、一気に組織間問題に発展するぞ」
カレン「分かってるよ♡」
カレンチャンの返答は軽い。
だが、少なくとも“理解していない”わけではないと分かる声だった。
トランセンドはそのやりとりを面白がるように眺めていたが、やがて軽く肩をすくめた。
トラン「……とりあえずカレン、もう灰色の怪物に属性を盛るのは止めて。本部が止められなかった時、ガチで焦ったから」
カレンチャンは少しだけ考える素振りを見せたあと、にこっと笑った。
カレン「オグリさんのカワイイが、今がちょうどいいって判断できたらね♡」
沈黙。
フォーエバーヤングが吹き出す。
ヤング「いやー、ブレないねぇ」
エアシャカールは本気で疲れた顔をしていた。
エアシャカール「そういう話じゃねえんだよ……」
トランセンドは机を軽く叩いて、場を戻す。
トラン「はいはい。もう小指の件はどうしようもないから、今は置いておくとして――問題はそこじゃないんだよね」
彼女の視線が、壁面の情報図へ向かう。
トラン「問題は、オグリさんの情報価値が、もう“協会内の好奇心”で済むレベルじゃなくなってること」
ビリーヴが静かに補足する。
ビリーヴ「ええ。現時点で彼女個人が保持、あるいは自然接触によって取得しうる情報の総量は、一部の下級組織を上回っています。しかも本人にその自覚がない」
フリオーソがため息混じりに言う。
フリオーソ「歩く機密保管庫ですね……それも、鍵のかかっていない」
エアシャカールが腕を組む。
エアシャカール「最悪だな」
対照的に、フォーエバーヤングはむしろ目を輝かせていた。
ヤング「最高じゃん」
その場の空気をものともせず、彼女は楽しげに続ける。
ヤング「こんなの都市に一個しかないレアケースだよ? 育て方次第でどこまで伸びるか分かんないし」
フリオーソが即座にツッコむ。
フリオーソ「育てる前提で話さないでください。本人は家畜でも実験体でもありません。そもそもカレンさんが属性を育てようとした結果、五本指に所属しました」
ヤング「知ってる知ってる」
フォーエバーヤングは手をひらひらさせる。
ヤング「でも実際、カレン以外でも都市の連中はそういう目で見始めてるでしょ?」
その一言で、部屋の空気が少しだけ冷えた。
トランセンドが口元だけで笑う。
トラン「まあね。協会、指、翼。どこもオグリさんを“使える形”にしたいと思ってる。問題は、どの方向に使うかってだけ」
ビリーヴが問う。
ビリーヴ「そして、我々セブン協会はどうするのですか?」
トランセンドは少しだけ間を置いた。
その沈黙の間に、全員が彼女の答えを測ろうとする。
トラン「使うよ」
あっさりとした答えだった。
トラン「ただし、“壊さない範囲で”ね」
エアシャカールが眉をひそめる。
エアシャカール「その線引きが一番信用ならねぇ」
フォーエバーヤングが笑う。
ヤング「シャカールさん、トランさんのこと疑いすぎじゃない?」
エアシャカール「当然だ、お前もな」
空気がきしむ前に、ビリーヴが静かな声で止めた。
ビリーヴ「支部長同士の応酬は結構です。続けてください、協会長」
トランセンドはにこやかに頷いた。
トラン「オグリさんはさ、“情報そのもの”じゃないんだよ。もっと正確に言うなら、“情報が集まる構造”になりつつある」
言いながら、投影盤の灰色の線を指先でなぞる。
トラン「だからセブン協会がやるべきことは、オグリさんから搾り取ることじゃない。周囲に集まる流れを読むこと」
フリオーソがメモを取りながら頷く。
フリオ「つまり、本人を中心とした接触網の解析ですね」
トラン「そういうこと」
トランセンドは満足げに言う。
トラン「誰が近づくか。誰が距離を取るか。誰が隠れて接触するか。それを見るだけで、都市の次の動きが読める」
そこでカレンチャンが小さく首を傾げた。
カレン「でもさぁ、それって“カワイイ”の楽しみ方としては遠回りじゃない?」
フリオーソが思わず顔を上げる。
フリオ「支部長、まだその軸なんですか……」
カレン「当然だよ♡」
カレンチャンは胸を張る。
カレン「オグリさんの本質はカワイイなんだから。純粋で、天然で、いっぱい食べて、令嬢で、指で、しかも怪物なんだよ?属性が盛られすぎてて、逆に完成してるの」
フォーエバーヤングが感心したように笑う。
ヤング「その見方、嫌いじゃないな〜」
エアシャカールは本気で理解不能そうな顔になった。
エアシャカール「なんでそこから“完成してる”になるんだよ」
カレンチャンはそこで、少しだけ真面目な顔になった。
カレン「だって都市って、だいたい何かを失って完成するじゃん?」
その言葉に、数人の目が細まる。
カレン「でもオグリさんは、いっぱい持ったまま完成してるの」
一瞬だけ、誰も返せなかった。
トランセンドが目を細める。
トラン「……なるほどね」
ビリーヴも小さく頷いた。
ビリーヴ「面白い解釈です」
フリオーソだけが、また胃のあたりを押さえたくなっていた。
フリオーソ「発想がセブン協会向きすぎる……」
エアシャカールが低く言う。
エアシャカール「で、結局どうすんだ。放っとくのか、監視強めるのか、接触するのか」
トランセンドは椅子にもたれた。
トラン「全部かな、放っておく。でも見張る。必要なら接触する。その都度、一番得な手を打つ」
そして、少しだけ笑う。
トラン「都市の情報屋としては、まあ普通の判断でしょ?」
エアシャカールはあからさまに不満そうだったが、それ以上は言わなかった。
結局、それが一番セブン協会らしい答えだと分かっていたからだ。
そこでビリーヴが一つの確認を入れる。
ビリーヴ「一点。オグリキャップのF社血統および小指所属については、12協会全体への共有を見送る、でよろしいですか」
トランセンドは即答しなかった。
代わりに、カレンチャンを見る。
カレンチャンは笑顔のまま、しかし一歩も譲らない目をしていた。
カレン「カレンは、まだ共有しない方がいいと思うよ。少なくとも今それを流すのは、カワイくない」
フォーエバーヤングがからかうように言う。
ヤング「それ、セブン協会の判断基準としてどうなの?」
カレン「正しいよ♡」
カレンチャンは平然としていた。
カレン「だって今それを流したら、オグリさんの周りに“令嬢”だけ見て近づくやつが増えるもん。オグリさん本体のカワイさが濁る」
そこで一拍置き、さらっと続ける。
カレン「あと、五本指所属ってバレたら、手引きしたセブン協会終わるでしょ?」
エアシャカールが低く呟く。
エアシャカール「……言ってることの半分は意味分かんねぇが、結論だけは間違ってねぇな」
そしてぼそりと付け加える。
エアシャカール「……その原因お前だがよ」
トランセンドが吹き出した。
トラン「じゃ、今回は保留でいっか。北部支部管理、必要時のみ本部共有」
ビリーヴが即座に記録する。
ビリーヴ「承知しました」
フリオーソが静かに確認する。
フリオーソ「では、最終的な方針は」
トランセンドは指を折りながら、軽くまとめた。
「一つ。オグリさんの接触網は継続監視」
「二つ。F社血統情報は限定管理」
「三つ。カレンの独断はしばらくはダメ」
「四つ。ヤングは勝手に煽らない」
「五つ。シャカさんはキレすぎない」
エアシャカールが即座に言い返す。
エアシャカール「最後の二つ雑すぎんだろ」
フォーエバーヤングは笑う。
ヤング「でも的確〜」
カレンチャンもご機嫌だった。
カレン「じゃあカレン、またオグリさんのカワイイ集めてくるね♡ もちろんちゃんと報告するよ♡」
フリオーソがぼそっと呟く。
フリオーソ「誰かこの協会を止めてください……」
ビリーヴは淡々と書類を閉じた。
ビリーヴ「止まりませんよ。この人たちは、止まらない選択をしているので」
トランセンドはその言葉に満足そうに笑った。
トラン「でしょ?」
そして視線は、また壁面の一本の線へ向かう。
灰色の怪物、オグリキャップ。
都市の中で、まだ個人でありながら、すでに多くを巻き込み始めている存在。
セブン協会にとって、それは脅威であり、機会であり、そして何より――
極上の観測対象だった。