ヂェーヴィチ協会西部支部。
支部長室の空気は、奇妙なほど落ち着いていた。
いや、正確には落ち着いているように見えるだけだった。
実際には、そこにいる三人の保護者たちは全員、精神的にかなり追い詰められている。
だが、その中心で当の本人だけが、何一つ変わらぬ調子でおにぎりを食べていた。
オグリキャップ。
灰色の怪物。
特色フィクサー。
F社理事の孫娘。
そして今や――小指・地孤星。
その本人は、特大おにぎりを両手で持ちながら、ただ静かにもぐもぐしている。
オグリキャップ「……もぐもぐ」
その姿を見て、アイネスフウジンがぽつりと呟いた。
アイネス「……可愛いの……」
ナイスネイチャも深く頷く。
ネイチャ「可愛いね」
タマモクロスも腕を組んだまま、疲れたように笑う。
タマ「可愛ええな」
あまりにも平和な光景だった。
だからこそ、その平和さが逆に三人の神経を削る。
つい数時間前、この怪物は単独配達に出て、帰ってきたら小指所属になっていたのである。
もはや笑うしかない。
アイネスはしばらくオグリを見つめてから、ふと何かに気づいたように顔を上げた。
アイネス「……ねえ、ひとつ思ったこといい?」
タマモクロスが視線を向ける。
タマ「なんや?」
アイネスは真顔だった。
アイネス「オグリちゃんへの小指の接触、偶然だったの?」
ナイスネイチャが目を瞬かせる。
ネイチャ「どういうこと?」
アイネス「だって」
アイネスは指を組みながら言葉を続ける。
アイネス「オグリちゃんの配達ルートに先回りして、小指の幹部がいるなんておかしくないの?」
一瞬、部屋の空気が変わった。
タマモクロスの目が鋭くなる。
タマ「……まさか」
ナイスネイチャも表情を引き締める。
ネイチャ「情報漏洩……」
タマモクロスが低く唸るように言う。
タマ「それが出来んのは……」
アイネスが、嫌そうな顔のまま答えを出した。
アイネス「……セブン協会」
ナイスネイチャもすぐにその先を継いだ。
ネイチャ「やるとしたら……」
タマモクロスが吐き捨てるように言う。
タマ「……カレンか」
次の瞬間。
アイネスフウジンが机に突っ伏す勢いで叫んだ。
アイネス「最悪なのぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
タマモクロスも額を押さえる。
タマ「あいつほんま……!」
ナイスネイチャは逆に、そこから冷静さを取り戻し始めていた。
ネイチャ「……でもさ……逆にいえば、セブン協会から見てもとんでもないよね?」
タマモクロスが顔をしかめる。
タマ「どういうことや?」
ネイチャは指を一本立てた。
ネイチャ「だって、他協会の特色を五本指に所属させたんだよ?普通に越権行為で、業務妨害で、組織問題じゃん」
部屋の空気が、一瞬だけ静まる。
アイネスがぱっと顔を上げた。
アイネス「言われてみればそうなの……!」
タマモクロスの口元がわずかに持ち上がる。
タマ「ネイチャ、それ最高や」
ナイスネイチャは肩をすくめた。
ネイチャ「まあ……オグリさんの小指所属を明かすわけにはいかないから、表立って抗議はできないけど……」
そして少しだけ悪い顔で続ける。
ネイチャ「いざって時は、セブン協会を道連れに出来るんじゃね?」
その発想はあまりにもヂェーヴィチ協会らしいというか、保護者の逆襲としてはかなり筋が良かった。
アイネスの目がみるみるうちに戻ってくる。
アイネス「あたし、トランセンド協会長と交渉するの!」
ネイチャとタマモが同時にそちらを見る。
アイネス「小指所属なんかのオグリちゃんの機密情報を、絶対にハナ協会にバレないようにするの!」
タマモクロスが勢いよく頷く。
タマ「よっしゃ! ならオグリの小指の仕事の対応さえどうにかすれば乗り切れそうやな!」
アイネスも調子を取り戻してきた。
アイネス「セブン協会に、小指の情報を徹底的に教えてもらうの!小指の内部情報とかを知って、対策するの!」
ナイスネイチャはそこに現実的な補足を入れる。
ネイチャ「……まあ、セブン協会からしたらオグリさん経由で小指の情報を知ろうとしてる、って可能性もあるけど」
アイネスは即座に首を振った。
アイネス「オグリちゃんをスパイにはさせないの」
その声は、珍しくはっきりしていた。
アイネス「オグリちゃんはオグリちゃんなの!」
タマモクロスも力強く続く。
タマ「せやな! オグリはオグリやで!」
ナイスネイチャも苦笑混じりに頷く。
ネイチャ「そうだね!」
その熱い決意表明の中心で、オグリキャップはやはり変わらない。
オグリキャップ「もぐもぐ……」
三人は同時にそちらを見た。
アイネスはもう一度、現実確認のように呟く。
アイネス「……で、小指所属はやめさせれないの?」
タマモクロスが即答する。
タマ「無理やろな」
ナイスネイチャも淡々と続ける。
ネイチャ「無理だろうね」
アイネスフウジンは再び胃を押さえた。
アイネス「やっぱり胃が痛いの〜!」
机に突っ伏しそうになるアイネス。
それを見ながらネイチャは小さく息を吐き、タマモは頭をかいた。
状況は最悪だった。
オグリキャップは小指に所属してしまった。
その接触にはセブン協会が絡んでいる可能性が高い。
ハナ協会にこの事実が渡れば面倒どころでは済まない。
しかも当のオグリ本人は、小指が何なのかも、自分がどれだけまずい立場にいるかも理解していない。
だが、それでも。
今この場で出来ることはある。
セブン協会を外交カードとして握ること。
情報統制を徹底すること。
小指に関する知識を得て、オグリの副業を“事故”ではなく“管理対象”に変えること。
つまり、保護者として出来るだけのことをするしかないのだ。
アイネスがゆっくり顔を上げた。
アイネス「……交渉するの」
ネイチャが頷く。
ネイチャ「うん」
タマモクロスも頷いた。
タマ「やるしかないな」
オグリは三人の様子を見て、少しだけ首を傾げた。
オグリキャップ「? どうしたんだ?」
アイネスは一拍だけ言葉に詰まり、それから小さく笑った。
アイネス「なんでもないの」
本当は、なんでもなくなどなかった。
けれど、それをこの少女に説明したところで、きっと全部を理解することはない。
ならば、せめて守る側が理解して動くしかない。
オグリキャップは、そんな三人の心境も知らず、また一口おにぎりを頬張る。
オグリキャップ「もぐもぐ……」
それを見た三人は、同時に少しだけ肩の力を抜いた。
結局のところ、この少女は変わらない。
どれだけ属性が増えようと。
どれだけ組織に狙われようと。
どれだけ都市の構造に巻き込まれようと。
この場にいる三人にとって、オグリキャップはただ一人の、守るべきウマ娘だった。
そしてその守るべき本人は、相変わらず可愛かった。