外郭・荒涼とした大地
風が乾いた砂を巻き上げ、遠くに崩れたビル群のシルエットが霞む。
空は永遠に濁ったオレンジで、太陽は沈むことも昇ることもない。
二人は、折れた鉄骨の陰に腰を下ろしていた。
ステイゴールドは膝を抱え、夕焼けを見据えている。
「……とどのつまり、あんたはオルフェに自分を見て欲しかった。
それで禁忌を犯して、クソ真面目なあいつに殺してもらいたかった訳だな。
自分をオルフェの記憶と心に永遠に刻むために」
ミスターシービーは膝の間に顔を埋め、小さく頷いた。
「……そうだよ。
……失敗したけどね」
ステイゴールドは苦笑して首を振る。
「あんたも随分拗らせてるな〜……
にしても、オルフェが可哀想だな。
せっかく大切にしてた相方を、こんなことで失うなんて」
シービーの肩がぴくりと震えた。
「……こんなこと?
アタシの気持ちを馬鹿にしてるの?
……邪魔するなら殺すよ」
緑の瞳に、狂気と虚無が混じる。
ステイゴールドは平然と笑った。
「おお〜、やってみるか?
私、一応オルフェの師匠だからな。あいつよりは強いぞ」
シービーは短剣を握りしめたが、すぐに力なく手を下ろした。
「……それで……アタシをどうするの?
もう何もしたくないんだけど……」
ステイゴールドは空を見上げてため息をつく。
「……あ〜、私ってさ、お前みたいな迷子を放っておけないタチなんだよ。
それでだけど……私が面倒見てやる。
野垂れ死にされたらオルフェが悲しみそうだしな」
「……別にいい。
アタシの生きる意味なんて、もうないんだから……」
「はぁ……強情だな」
その時。
風が急に止んだ。
金色の粒子が舞い上がり、空間が裂ける。
オルフェーヴルが、自身の愛用する槍を携えて現れた。
「シービー」
ミスターシービーは顔を上げ、目を見開いた。
「……オルフェ?
なんで……ここに……」
オルフェーヴルはゆっくりと歩み寄り、静かに告げる。
「貴様が万が一にも都市に戻ってこないように釘を刺しに来た。
それと……ケジメをつけにもな」
ステイゴールドは立ち上がり、笑顔で手を振る。
「おー、オルフェ久しぶりだな。元気してたか」
「師匠、久しいな。
ひとまず今はシービーのことを抑えておいてもらいたい。暴れたら面倒だからな」
「分かった」
シービーは立ち上がろうとするが、ステイゴールドの小さな手が肩を押さえる。
「っ……」
オルフェーヴルはシービーの正面に立ち、深く息を吸った。
「……シービー。
貴様の気持ちに気づけなかったのは、私の失態だ。
そのことについては……許してくれとは言わない」
シービーの瞳が揺れる。
「……今更何なの、オルフェ。
アタシ……ずっと見て欲しかったのに……
見てくれなかったくせに……」
オルフェーヴルは静かに目を伏せた。
「ああ、貴様を蔑ろにしてしまった。
……済まなかった」
涙が、シービーの頬を伝う。
「……遅いよオルフェ。
アタシ、もうオルフェと一緒にいられなくなったのに……
それとも何? アタシと一緒に外郭にいてくれるの?」
オルフェーヴルは首を振る。
「それは出来ない。
余にも成すべきことがある」
「じゃあなにしに来たの!?
惨めなアタシを笑いに来たの!?」
オルフェーヴルは、静かに、でもはっきりと告げた。
「……シービー。
私は貴様を愛することは出来ない。
だがな、シービー。
私にとっても貴様は唯一無二の相方だ。
お前との日々は……絶対に忘れない。
そのことだけは、分かってくれ」
シービーの唇が震える。
「……何さそれ。
アタシの気持ちは分かってくれないのに……
ずるいよ、オルフェ……」
オルフェーヴルは苦しげに微笑んだ。
「……暴君とは、そういうものだ。
貴様とて、私の性格は理解しているだろう?」
シービーは涙を拭い、笑った。
初めて、本当の笑顔で。
「……そうだね、オルフェっていつも自分の信念を強引に押し通すんだから。
……でも、それがアタシの惚れたオルフェなんだよね。
ごめん、オルフェ……
アタシ、馬鹿やっちゃったよ……」
「……私も……済まなかった、シービー」
ミスターシービーは懐から、折り目のついた写真を取り出した。
「……でもさ、オルフェ。
アタシ、あの事務所でオルフェと出会えて良かったよ。
もちろん……みんなにもね」
オルフェーヴルも、同じ写真を取り出す。
「……貴様、持っていたのか?」
「……だって、オルフェが1番とはいえ……
マルゼンたちだって仲間だったもん……捨てられないよ」
「……ああ、そうだな」
二人の間に、長い沈黙が流れる。
風が、再び吹き始めた。
ステイゴールドが咳払いする。
「……じゃあオルフェ。
シービーのことは私が外郭で面倒見ててもいいか?
とりあえず都市に戻らないようにするよ」
オルフェーヴルは頷く。
「ああ、師匠になら任せられる。
……シービー。
私はこれからも秩序のために生きる。
貴様は……自由に生きろ。
私からの情けであり……罰だ」
「……うん、ねえオルフェ、ひとつだけお願いしてもいい?」
「……なんだ?」
「……事務所のみんなに……よろしく言っておいて。
……特にルドルフのことは気にかけてあげてね。
……あれで1番傷ついていたし」
「……ああ、分かった」
二人は、もう言葉を交わさなかった。
オルフェーヴルは踵を返す。
「では私は都市に戻る。
あとは任せたぞ、師匠」
「ああ、じゃあなオルフェ。
ジャーニーにもよろしく」
「ああ、伝えておこう」
金色の光が舞い、オルフェーヴルが去っていく。
残された二人。
ステイゴールドは肩を叩く。
「じゃあシービー。
私が外郭での暇つぶしの仕方、いっぱい教えてやるよ。
時間だけはあるからな」
ミスターシービーは小さく頷いた。
「……うん、お願い、ステイゴールド」
「ステゴでいいさ。
じゃあ行くぞ」
「……うん」
緑の旅人は、初めて誰かの背中を追いかけた。
「...そういや、今更だけどお前って何の禁忌に違反したんだ?」
「脱税」
A社1区 A社本社・最上階
ジェナが、ドヤ顔で迎える。
「おかえりなさい。
それでオルフェ、ミスターシービーの様子はどうだった?」
「あやつは外郭で生き延びることを決めた。
都市にはもう入らないだろう」
「そう、ならこの案件はこれで一件落着ね。
……時にオルフェ。
A社上層部からあなたに伝えることがあるとのことよ」
「なんだ?」
ジェナは満足げに微笑む。
「今回の仕事ぶりが評価されたから、仮契約だった専属契約を正式なものにするそうよ。これからはA社のために働いてもらうわ」
オルフェーヴルは静かに頷いた。
「そうか……私としても願ってもない話だ。
分かった、受けよう」
「ふふ、よろしくね。
それじゃあ早速頼みたい仕事があるのだけど良いかしら?」
「ふむ、なんだろうか?」
ジェナは指を一本立てる。
「ディエーチ協会のゼンノロブロイ協会長が、
外郭の図書館に調査に行きたいと言ってるから、
あなたが護衛兼監視としてついて行ってちょうだい。
あそこは不純物に指定された場所だからね。
頭としては、ただで許す訳にはいかないのよ」
オルフェーヴルは槍を肩に担いだ。
「ああ、分かった。
準備しておく」
「任せたわよ」
金色の暴君は、再び歩き出す。
相方は失った。
けれど、道は続く。
外郭では、
緑の旅人が、新しい旅を始めた。
二人の道は、もう交わらない。
けれど心のどこかで、
永遠に繋がっている。
それが暴君と旅人の、最後のケジメだった。