セブン協会本部、協会長室。
都市の情報が収束する場所。
壁面には幾重にも重なる情報線が投影され、静かに光を脈打たせている。
協会。翼。指。裏路地。個人。
都市の神経網が、そのままこの部屋に集約されているようだった。
その中心にいるのは、セブン協会協会長――トランセンド。
そして、その部屋に訪れたもう一人の協会長。
ヂェーヴィチ協会協会長――アイネスフウジン。
ドアが閉まる音が、少しだけ重く響いた。
トランセンドは椅子に深く腰掛けたまま、軽く手を振る。
トランセンド。「やっほ〜、アイネスさん」
アイネスも歩みを止めず、そのまま机の前まで来る。
アイネス「久しぶりなの、トランセンド協会長」
軽い挨拶だった。
だが、その軽さは表面だけだった。
トランセンドはすぐに察する。
今日は雑談ではない。
「どしたの今日は? なんか必要な情報でもあった?」
その問いに対して、アイネスは一切回り道をしなかった。
「……まず聞くね」
一歩踏み込む。
「北部支部のカレンチャン支部長が、小指にうちのオグリちゃんの情報流したよね?」
沈黙。
ほんの一瞬だけ。
トランセンドは肩をすくめた。
「……気づいた?」
アイネスは即答する。
「気づくの、だってオグリちゃんの配達ルートに先回りして、小指が接触するなんてありえないの」
その言葉は怒りというより、事実確認だった。
協会長としての確認。
トランセンドは逃げなかった。
「うん……まあその点は本当にごめん……」
だがその謝罪に対して、アイネスは首を横に振る。
「ごめんで済むなら協会はいらないの」
その声は静かだった。
だが完全に協会長の声だった。
「……なら誠意を見せるの」
トランセンドは少しだけ目を細める。
「誠意か〜……どうすればいい?」
その問いは軽いようでいて、完全に交渉の姿勢だった。
アイネスは迷わず答える。
「オグリちゃんのことで今後はヂェーヴィチ協会に協力するの」
さらに一歩踏み込む。
「手始めに小指の情報を教えてもらうの」
そして最後に、最も重要な要求を置く。
「それと、小指所属やF社理事の孫娘なんて重要機密は絶対厳守なの」
トランセンドは即答した。
「分かってるよん」
そして続ける。
「ハナ協会にも報告しない」
これは軽い言葉ではない。
セブン協会が
12協会全体への正式共有を止める
という意味だった。
つまり、
かなり大きな譲歩だった。
アイネスは短く頷く。
「ならいいの」
だがトランセンドはそこで正直に続ける。
「でもさぁ、ウチらも小指について全部知ってるわけじゃないんだよね」
壁面の情報線を指でなぞる。
「何しろ秘匿性が翼に負けず劣らずだからさ」
それは言い訳ではなく、事実だった。
小指は都市の中でも特異な存在だ。
構成員同士ですら所属を知らない。
招集も限定条件下のみ。
情報が集まる構造そのものが存在しない。
つまりセブン協会でも解析しきれない。
アイネスはそれでも言う。
「……それでも調べて」
その声は強かった。
「オグリちゃんが小指で危険な目に遭わないように」
トランセンドはそこで少しだけ表情を変えた。
協会長としてではなく、
観測者としてでもなく、
少しだけ人として。
「……いいよん」
椅子にもたれながら言う。
「ウチらの情報網総動員して調べる」
それは約束だった。
協会長としての約束。
アイネスは少しだけ肩の力を抜いた。
だがまだ終わらない。
「……ちなみに」
もう一つ確認する。
「オグリちゃんの情報って、小指の誰に流したの?」
トランセンドは即答する。
「カレン曰く天罡星だってさ」
そして続ける。
「星の地位で見たら小指の上から2番目」
一瞬。
空気が止まった。
アイネスの表情が変わる。
「……え」
トランセンドはさらに続ける。
「で、オグリさんに会いに来たのはその弟子の天機星ね」
そして最後の一言を添える。
「ちなみに天罡星の正体は玉麒麟って名前で活動してるフィクサーね」
アイネスは固まった。
数秒遅れて言葉が出る。
「……それって。現代の都市最強候補に数えられてる?」
トランセンドはあっさり答える。
「そ」
アイネスは静かに天井を見上げた。
「……やっぱりオグリちゃんはおかしいの」
トランセンドも笑う。
「おかしいね」
少し沈黙が流れる。
そしてアイネスはぽつりと言う。
「でも可愛いの」
トランセンドも小さく笑う。
「まあ食べてる姿は嫌いじゃないよん」
そして。
アイネスがもう一度、協会長ではなくなる。
「トランさん」
「なに?」
ほんの少しだけ声が弱くなる。
「……オグリちゃんは……ただのウマ娘なの」
その言葉は交渉ではなかった。
警告でもなかった。
願いだった。
トランセンドは少しだけ視線を外す。
壁面の情報線の中心。
灰色の怪物。
オグリキャップ。
都市の構造を変え始めている存在。
それでも。
「……そうだねぇ」
トランセンドは静かに答えた。
「ただのウマ娘だよ」
そしてその言葉は、
観測者としてではなく、
協会長としてでもなく、
ほんの少しだけ――同意だった。