ヂェーヴィチ協会西部支部、支部長室。
つい先ほどまで、この部屋にはずいぶん重い空気が漂っていた。
小指所属。
地孤星。
五本指。
セブン協会の情報流出。
F社理事の孫娘。
そして都市中に伸び始めた人脈。
一つ一つが、ヂェーヴィチ協会の一支部で抱えるにはあまりにも大きい問題ばかりだった。
けれど今、ひとまず一つの区切りはついていた。
アイネスフウジンが、セブン協会との交渉を終えて戻ってきたのである。
アイネス「……というわけで、セブン協会の協力は取り付けれたの」
支部長室のソファに腰を下ろしながら、アイネスはそう言った。
アイネス「オグリちゃんが小指でもやっていけるように、情報を集めてくれるそうなの」
その報告に、タマモクロスが腕を組んだまま頷く。
タマ「まあ当然やな」
ナイスネイチャも、ほっと肩を落とす。
ネイチャ「良かったよ〜」
ただ一人、オグリキャップだけは会話の流れとはまったく別のところにいた。
オグリ「もぐもぐ……」
特大おにぎりを頬張りながら、実に平和そうな顔をしている。
タマモクロスはそんな相棒を横目で見てから、低く言った。
「まあひとまず、あとは小指の情報待ちやな」
「そうだね〜」
ネイチャは頷いたあと、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……ねえ、それはそうと、ひとつ気になったこと言っても良い?」
タマモクロスがそちらを見る。
「なんや支部長?」
ネイチャは少しだけ言葉を選ぶようにしてから口を開いた。
「……オグリさんってさ、もう全部とは言わないまでも、都市の大体の勢力と繋がったじゃん?」
アイネスが頷く。
「まあそれはそうなの」
タマモクロスは首を傾げた。
「でも今更やろ。それがどないしたんや?」
ナイスネイチャは苦笑混じりに言う。
「いや〜さ、多分そろそろ来るんじゃないかな〜って……」
「何がや?」
ネイチャは短く言った。
「……再接触」
その一言に、アイネスが目を瞬かせる。
「……えっ」
ネイチャは続けた。
「今までさ、連絡先交換っていう目先の出来事が続いてたけど……もうさ、オグリさんの携帯にほぼ全ての上位層の情報入ってるわけじゃん?」
そこで一拍置き、結論を口にする。
「……多分、本格的に来るころなんじゃないの?手に入れたオグリさんの連絡先経由で、組織間交渉しようとする人」
その言葉に、支部長室の空気が少しだけ変わる。
タマモクロスは半ば反射的に否定した。
「……いやいや、まさか」
アイネスもぎこちなく笑う。
「そ、そうなの! ま、まさかそんな急に……!」
その瞬間だった。
ブーブー。
支部長室に着信音が響いた。
全員の視線が、同時にオグリキャップへ向く。
オグリはポケットから携帯を取り出した。
「……電話だ」
そのまま何のためらいもなく通話ボタンを押す。
「もしもし?」
少し間を置いてから、あっさり言う。
「……ノーリーズンか。どうした?」
タマモクロスの顔が固まる。
リウ協会西部支部長。
つい最近、オグリと連絡先を交換したばかりの相手だった。
オグリはそのまま会話を続ける。
「……アーモンドアイにか? 私から連絡すればいいんだな。わかった。伝えておこう」
そして、通話を切った。
ぴっ。
支部長室がしんと静まる。
一番先に口を開いたのはタマモクロスだった。
「……オグリ、なんの電話やった?」
オグリは携帯をしまいながら答える。
「……ノーリーズンが、リウ協会とセンク協会で交流試合をしたいから、センクのアーモンドアイに交渉の打診をお願いしたいそうだ。私経由と言っていたな」
ナイスネイチャが遠い目をした。
「……完全に仲介だねぇ」
タマモクロスはこめかみを押さえた。
「……ついに恐れとったことが」
アイネスはソファから身を乗り出す。
「おおオグリちゃん! それ引き受けるの!?」
オグリは、なぜそんなに驚かれているのかよく分からないという顔のまま答えた。
「ああ、友達のお願いだからな」
タマモクロスは呻くように言う。
「……まあ今回は協会同士の交渉やからええけど、これそのうち……」
ナイスネイチャがその先を引き取る。
「翼と指や、翼同士や、指同士の仲介とか来るだろうね〜……」
アイネスは頭を抱えた。
「ああ……ついにオグリちゃんを都合のいい物として見る連中が出て来たの……」
オグリはそこで、ようやく困ったように首を傾げた。
「……? 私はそんなに変なことをしてるのか?」
「してるの!」
アイネスが思わず声を上げる。
「だって都市の上位層の仲介なんて、普通出来るわけないの!」
オグリはまばたきをした。
「? ……仲介とはなんだ?」
タマモクロスが少し考えてから、なるべく分かりやすく説明する。
「まあ簡単に言えばやな。仲は悪いけど互いに交渉したい者同士が、間にそれぞれ仲のいい奴や信頼できる奴を挟むことで交渉をやりやすくすることや。直接やり取りが難しい時なんかに使われるもんやな」
その説明を聞いたオグリは、少しだけ考え込んだあと――
思いがけないことを口にした。
「……つまりウーフィ協会か?」
「えっ?」
アイネスが止まる。
オグリはそのまま続けた。
「確か、ウーフィ協会は契約の仲介をするのだろう?つまりそれと同じことだろう?」
アイネスが呆然とする。
「ウーフィ協会……?」
タマモクロスも少し言葉を失った。
「……確かにあそこは契約の立会いや仲介協会やけど……」
ナイスネイチャがなおも食い下がる。
「……いやいや! それでもオグリさんは、どんな組織ともつながってるから、都市の色んな情報がオグリさんに集まって……!」
そこまで言って、ふとタマモクロスが低く問うた。
「……なあ、都市で情報の使い道って最終的にはどうなるんや……?」
アイネスはすぐ答える。
「えっ? そんなの揺さぶりとか脅しとか弱みを握ったりとか……!」
だがその途中で、ナイスネイチャがぽつりと結論を言った。
「……交渉だね」
タマモクロスが頷く。
「交渉やな」
アイネスも、少し遅れて頷いた。
「交渉なの」
沈黙。
タマモクロスがゆっくり整理を始める。
「……つーことはなんや?うちら、オグリのことなんかとんでもない奴や思うとったけど……その実態は……」
ナイスネイチャが続きを引き取る。
「……なんか凄腕のブローカー……みたいな存在ってこと?」
アイネスは混乱しながらも言葉にした。
「……異常すぎるとはいえ、やってることは……そうなるの……?」
オグリキャップは、また一口おにぎりを食べた。
「……?」
タマモクロスは頭を掻きながら、改めて整理を試みる。
タマ「……いったん整理するで。オグリ自身、色んなところと接触があって、コネがある。都市でも類を見ない個人存在ということは確定や。今度はそれで起こることやけど……」
アイネスが指を折る。
アイネス「まず各勢力がオグリちゃんに連絡して、オグリちゃん経由で交渉したりするの。というか今したの」
ネイチャも続ける。
ネイチャ「んでもって、コネがあるってことは情報も集まる。今度はその情報を聞きだそうとする」
タマモクロスがゆっくり言う。
タマ「オグリに関わっとるやつ全員がそれを出来るってことは……」
アイネスが言い切る。
アイネス「オグリちゃんを使って情報を収集したり、受け渡ししたりするの」
ナイスネイチャがぽつりと呟く。
「……セブン協会?」
タマモクロスが即答する。
「セブン協会やな」
アイネスも頷く。
「セブン協会なの」
そこから先は、妙にスムーズだった。
タマモクロスがまとめる。
タマモクロス「つまりなんや。今のオグリは、ヂェーヴィチ協会の配達のついでに、セブン協会とウーフィ協会の仕事を同時に請け負おうとしとるフィクサーということか?」
ナイスネイチャが苦笑する。
ネイチャ「やってることは滅茶苦茶だけど……」
アイネスも少しずつ理解し始める。
アイネス「……中身自体はフィクサーの仕事の範疇?」
タマモクロスはまだ納得しきれない顔だった。
タマ「……三つの協会分の仕事を請け負うってどうなんや?」
アイネスはうーんと唸ってから答える。
アイネス「フィクサーの基本に基づけば、別になんでもないことだとは思うの。金さえ受け取ればなんでもやるのがフィクサーなの」
ネイチャが付け加える。
ネイチャ「オグリさんにとっては、それも食事ひとつで了承しちゃうだろうけど……」
そこでまた短い沈黙が落ちる。
そしてタマモクロスが、ようやく一つの結論に辿り着いたように言った。
タマ「……構造として扱う時に“個人で成立してる情報インフラ”って言えばそうやろうけど……これを、オグリという個人で言い換えれば……」
アイネスが小さく呟く。
アイネス「情報収集と仲介と配達が滅茶苦茶得意なフィクサー?」
ネイチャがゆっくり頷く。
ネイチャ「……なんかそう聞くと、オグリさんってまだ身近な存在?」
タマモクロスが苦笑した。
タマ「やな」
アイネスも、少しほっとした顔になる。
アイネス「そう思えるの」
タマモクロスは肩の力を抜きながら言う。
タマ「……最近オグリの属性が増えすぎて、よー分からんなっとったけど……」
ナイスネイチャも続ける。
ネイチャ「オグリさんって……」
アイネスが結論を言った。
アイネス「ただ色んな仕事が出来る、才能のあるフィクサー?」
オグリキャップは相変わらずだった。
オグリ「もぐもぐ?」
タマモクロスが、勢いよく膝を叩いた。
タマ「なんや! そうやったんかいな!」
ナイスネイチャも力が抜けたように笑う。
ネイチャ「な〜んだ……オグリさんのこと、なんか異常な存在になりかけていて、それを繋ぎ留めないといけないって思ってたけど……」
アイネスも大きく頷く。
アイネス「やってることはただのフィクサーだったの!」
もちろん、それで全部の問題が消えたわけではない。
タマモクロスがその現実を補足する。
オグリ「オグリの属性やら所属の問題が消えたわけやないけど……」
ナイスネイチャが柔らかく言う。
ネイチャ「……まあ……ある意味安心したよね」
「オグリさんはオグリさんだったんだから」
アイネスは小さく息を吐き、少しだけ反省するように言った。
アイネス「結局、あたしたちも色々なことに惑わされて、オグリちゃんのことをよく見れてなかったの……」
その間も、オグリはずっと変わらない。
オグリ「……もぐもぐ?」
タマモクロスが顔を上げる。
タマ「なあ協会長、このこと一回12協会に言うべきなんやないか?オグリはあくまでフィクサーやってな」
アイネスの目が少しだけ真剣になる。
アイネス「そうするの!オグリちゃんのやってることは規模は凄いけど、やってることそのものはフィクサーの仕事と同じだって知ってもらうの!」
ナイスネイチャも頷いた。
ネイチャ「オグリさんへの認識が変わるといいねぇ」
オグリキャップは最後までいつも通りだった。
オグリ「もぐもぐ」
アイネスはその姿を見て、ようやく少しだけ笑う。
そして立ち上がった。
アイネス「早速、ハナのスピードシンボリ協会長に協会長会議の要請をするの!」
その声には、先ほどまでの混乱とは違う強さがあった。
オグリキャップは都市の上位構造に食い込み始めている。
それは確かだ。
だが、それでも。
彼女がやっていることそのものは、フィクサーの延長線上にある。
配達し、繋がり、話を通し、情報を受け渡し、頼みを引き受ける。
それが異常な規模になっているだけで、本質そのものは変わっていない。
つまり――
オグリキャップは最初から最後まで、ただのフィクサーなのだ。
少しばかり、才能がありすぎるだけで。