ハナ協会本部、大会議室。
都市のフィクサーたちを束ねる総本山に相応しく、その会議室は広く、静かで、無駄がなかった。
長大な円卓。整えられた椅子。壁面には協会の紋章と最低限の装飾だけが置かれ、華美さよりも権威と機能が優先されている。
そこに、十二協会の長たちが集っていた。
それぞれがそれぞれの分野で都市を支える支配者たち。
一人ひとりが一つの組織を背負い、下手な翼の幹部にも劣らぬ影響力を持つ存在である。
そして今、その全員の視線が、協会長ではないたった一人へ向いていた。
オグリキャップ。
ヂェーヴィチ協会西部一課所属。
特色フィクサー「灰色の怪物」。
当の本人は、そんな視線の集中など意にも介さず、いつものように何かを食べていた。
オグリ「……もぐもぐ」
円卓の空気とまるで噛み合っていないその姿に、数人が無言になる。
スピードシンボリが咳払い一つして、会議を始めた。
スピードシンボリ「……では、みんな集まったようだし、会議を始めるとしよう」
フェノーメノが背筋を正す。
フェノーメノ「はっ!」
グラスワンダーは静かに目を細める。
グラスワンダー「……議題は言われずとも……」
シンボリルドルフが穏やかに続ける。
シンボルルドルフ「オグリキャップだな」
ヒシアマゾンが腕を組みながら、やや呆れたように声をかけた。
ヒシアマゾン「……オグリ。腹減ってるのは分かるが、会議中は食べるのはやめな」
オグリは素直に頷いた。
オグリ「もぐもぐ……分かった」
そう言った次の瞬間、残っていた分を一気に口へ運ぶ。
円卓のあちこちで目が点になる。
ヤエノムテキが微妙に困ったような顔で言った。
ヤエノムテキ「……早食いは身体に悪いですよ」
トランセンドが軽く手を上げる。
トランセンド「……で、今回は誰の要請?」
セイウンスカイがすぐに首を横に振る。
セイウンスカイ「私は違うよ〜」
その問いに、アイネスフウジンが勢いよく手を上げた。
アイネス「今回はあたしなの!」
ゼンノロブロイが少し驚いたように眉を上げる。
ゼンノロブロイ「アイネスフウジン協会長がですか?」
ナカヤマフェスタが椅子に深く腰掛けたまま言う。
ナカヤマフェスタ「なんだよ。オグリの上司自ら何を話すっていうんだ?」
ドゥラメンテも視線を向けた。
ドゥラメンテ「オグリキャップのことで何か動きでもあったか?」
スピードシンボリが円卓の空気を整えるように言う。
「……まあひとまず、まずは話してくれ、アイネスフウジン」
アイネスは一度深呼吸をして、それから真っ直ぐ前を見た。
「分かったの!……えっとまず、つい先日オグリちゃんに組織間交渉の仲介依頼が来たの!」
その一言で、会議室が水を打ったように静まった。
ついに来たか――
その空気が、一瞬で全員に共有される。
スピードシンボリが低く呟く。
「……そうか。ついに恐れていたことが……」
フェノーメノが重々しく頷いた。
「……まあ、もう連絡先交換が一通り終わった頃合いでありますからね」
グラスワンダーが確認する。
「……ちなみに、誰と誰の仲介だったんですか?」
アイネスはすぐに答えた。
「ノーリーズン、リウ西部支部長から、センクのアーモンドアイへの交流試合交渉の仲介なの!」
ヒシアマゾンが思わず声を上げる。
「アタシとヤエノのとこじゃねぇか!」
ヤエノムテキも額を押さえた。
「ノーリーズンさん、使う前に一言教えて欲しかったですね……!」
ゼンノロブロイが静かに息を吐く。
「……ついにオグリさんが構造に変わってしまいましたね……」
だが、そこでセイウンスカイが首を傾げた。
「……でもさ、アイネスさん。そんなに嘆いていないみたいだけど、どうしたの?今までオグリさんのこと守ろうとしていたのに」
その問いに、アイネスは力強く頷いた。
「もちろん最初はあたしだって慌てたの!でもその時、オグリちゃんに仲介の仕事について説明したら……」
一拍置いて、言う。
「やってること自体はウーフィ協会の仕事って教えてくれたの!」
円卓の空気が、別の意味で止まった。
スピードシンボリが目を細める。
「……なんだって?」
シンボリルドルフがゆっくり考え込むように言った。
「……個人で行っているという特異性はあるが、確かにやっていることそのものは普通の組織間交渉の仲介……」
ドゥラメンテがすぐ隣のナカヤマフェスタを見る。
「……ナカヤマフェスタ、どうみる?」
ナカヤマは腕を組んだまま、少しだけ口元を歪めた。
「……まあ、ウーフィでは普通だな。都市上位層の契約だからこそ、本来はウーフィ協会が間に入ったりすることも多い」
ゼンノロブロイが少し身を乗り出す。
「つまり……何が言いたいのですか?」
アイネスはここで、今日この会議を開いた本題をまっすぐ口にした。
「オグリちゃんは、あくまでフィクサーってことなの!都市規模のことを個人で行ってるのは異常なのは認めるの。でも仕事そのものは、ただのフィクサーと同じなの!」
その言葉に、すぐには全員が頷かなかった。
最初に異を唱えたのはトランセンドだった。
「いやいや、それは流石にないでしょ。だってオグリさんにはコネがあって、それ故にめちゃくちゃ情報が集まるんだよ。情報網のハブ化が進行中で……」
だが、その言葉を受けてグラスワンダーが静かに口を開いた。
「……よく考えれば、それはセブン協会の仕事と同じでは?」
トランセンドが止まる。
「え?」
グラスワンダーは落ち着いた声音のまま続けた。
「情報を集める。情報を渡す。情報の交換の仲介に立つ……セブン協会がしてることとほぼ同じなのではないですか?」
トランセンドはしばらく黙り込んだあと、ぽつりと言った。
「……ウチじゃん」
その一言で、会議室の空気が少しだけ緩む。
スピードシンボリが視線をアイネスへ向ける。
「……アイネスフウジン、つまりどういうことだ?」
アイネスは両手を前に出して、まるで結論を掲げるように言った。
「よーするに!オグリちゃんは、セブンとヂェーヴィチとウーフィ協会の仕事を同時にできる凄腕フィクサーってだけなの!」
フェノーメノがやや困惑気味に眉を寄せる。
「……だけ、で済ませるには規模がおかしい気もしますが」
ナカヤマフェスタはそれでも頷いた。
「……あくまでフィクサーの仕事ではあるな」
シンボリルドルフが整理するように言う。
「つまり、オグリキャップのことを一言でいうなら……」
セイウンスカイが気だるげに、しかし的確に言葉を置いた。
「フィクサーの仕事をやっていたら、いつの間にか個人で協会規模の仕事を出来るようになってた、ってことね」
ドゥラメンテも静かに認める。
「規模だけ見れば明らかに異常構造だが、言い換えれば過去稀に見る優秀な人物という評価も出来る」
そこで、一度長い沈黙が流れた。
誰もがそれぞれ、自分の中でオグリキャップという存在を組み直していた。
ゼンノロブロイがぽつりと漏らす。
「……そう見るとオグリさんって……」
フェノーメノが続ける。
「……まだ理解の範疇ではありますね」
ヒシアマゾンが腕を組み直しながら言う。
「……構造的な存在じゃなくて、都市構造に接続出来るフィクサーってわけか」
グラスワンダーが静かに釘を刺す。
「とはいえ、能力の危険度は変わりませんが……」
シンボリルドルフはわずかに微笑んだ。
「……あくまでオグリキャップ個人という存在のままではあるな」
アイネスフウジンは嬉しそうに頷いた。
「そういうことなの!」
その時だった。
円卓の中心近くから、妙に平和な声がした。
オグリ「……お腹空いた」
全員の視線が、そこでようやくオグリ本人へ戻る。
スピードシンボリがほんの少しだけ口元を緩める。
「……なるほど。アイネスフウジン、つまり君は灰色の怪物の再定義をしたかったということか?」
アイネス「そうなの!」
アイネスはすぐに答える。
「オグリちゃんは、最初から最後までオグリちゃんだったというだけなの!」
グラスワンダーが小さく笑う。
「……何だか……」
トランセンドも肩の力を抜いた。
「……一気に気抜けちゃったね」
シンボリルドルフも苦笑する。
「……オグリキャップのやってたことは別になんでもない。ただ、フィクサーとして真面目にやっていただけか」
ナカヤマフェスタが低く呟く。
「……そう見るとこいつは……」
ヤエノムテキがまっすぐ言い切った。
「ええ。都市構造であると同時に、フィクサーとしての職務に誰よりも忠実だった……ということですね」
会議室の空気は、確かに弛緩していた。
つい先ほどまで重く張り詰めていたものが、一気にほどけていく。
オグリキャップは、そんな空気の変化をまるで理解していない顔で周囲を見た。
「?」
ヒシアマゾンが大きく息を吐く。
「なんだよ! そういうことだったのか!」
グラスワンダーも静かに言った。
「木を見て森を見ず、いえ……森を見て木を見ず、ということですね。オグリさんの規模に気を取られすぎて、オグリさん個人の本質を見れてませんでした」
フェノーメノが帽子のつばに触れ、真面目に頭を下げる。
「……申し訳ありませんでした、オグリさん」
オグリは本気で不思議そうだった。
「? なぜ謝るんだ」
トランセンドが肩をすくめる。
「……やっぱりなんも分かってないね」
シンボリルドルフは、その言葉に静かに頷いた。
「まあ、何も分かってないからこそ、ここまで優秀なフィクサーになったということだ」
ゼンノロブロイが理知的に補足する。
「まあ、オグリさんの影響力が消えたわけではありませんが……」
ドゥラメンテが言う。
「接し方は変えるべきだな。構造として扱うのではなく、個人としてな」
アイネスフウジンは本当に嬉しそうだった。
「良かったの、オグリちゃん! みんな分かってくれたの!」
だが。
その時、スピードシンボリだけはまだ何かを考えていた。
「……」
シンボリルドルフが気づく。
「……スー様? どうしましたか?」
スピードシンボリはゆっくりと口を開いた。
「……アイネスフウジン、ひとついいかな?」
「なんなの、スピードシンボリ協会長?」
「オグリキャップという存在の本質は理解できた」
スピードシンボリは淡々と言う。
「なるほど。確かに彼女は異常なほど優秀なフィクサーというだけではあったな。セブン、ヂェーヴィチ、ウーフィ協会の仕事を行える素質と能力を持っている」
アイネスは満面の笑みで頷く。
「そうなの! とっても優秀な子なの!」
そして、その直後だった。
スピードシンボリが、あまりにもさらりと、とんでもないことを言った。
「……なら、セブン協会とウーフィ協会の仕事が無くなるということじゃないか?」
しん、と会議室が凍った。
トランセンド
「え」
ナカヤマフェスタ
「は?」
スピードシンボリはまったく悪びれない。
「いやまあ、オグリキャップは情報分析は苦手なようだから、そういう意味ではセブン協会の役目は消えてないが……オグリキャップ経由で都市上位層の契約や交渉仲介が済むなら、ウーフィ協会の仕事が消えるんじゃないかな?」
数秒遅れて、アイネスの表情が固まる。
「……あ」
それは、ようやく自分の再定義が別方向で爆発したことに気づいた声だった。
会議室の空気は再び張り詰め始める。
安心したのも束の間。
灰色の怪物の“本質”を理解したことで、今度は別の問題が浮かび上がってきたのだ。
オグリキャップは都市構造ではない。
ただのフィクサーだ。
――だがもし、その“ただのフィクサー”が、協会規模の仕事を個人でこなせるのだとしたら。
それはそれで、既存の協会の存在意義に食い込む可能性がある。
誰よりも真面目にフィクサーをやっていた結果、
いつの間にか他協会の領域まで踏み込んでいた。
それが、灰色の怪物という存在の、また別の厄介さだった。
そしてその中心で、当の本人だけが静かに呟く。
「……お腹空いた」
もう一度、会議室の全員がオグリキャップを見る。
やはり、何も分かっていない顔をしていた。