ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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存続危機

ハナ協会本部、大会議室。

 

先ほどまで、この場にはある種の安堵が漂っていた。

 

灰色の怪物――オグリキャップ。

その存在は確かに規格外だ。

だが、彼女のしていることそのものは、あくまでフィクサーの仕事の延長線上にある。

 

配達をし、繋がりを築き、依頼を受け、交渉の仲介をし、情報を渡す。

 

ただそれを、個人としてはあまりにも大きすぎる規模でやっているだけだ。

 

そう再定義されたことで、会議室の空気は一度ゆるんでいた。

全員が、少なくとも“理解不能の怪異”としてではなく、**異常なほど優秀なフィクサー**としてオグリを見直し始めていた。

 

――そのはずだった。

 

だが。

 

スピードシンボリの一言で、その空気はまるで別の意味で凍りついた。

 

「……なら、セブン協会とウーフィ協会の仕事が無くなるということじゃないか?」

 

その場にいた全員が、一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

 

だが理解した瞬間、今度は背筋が冷えた。

 

トランセンドが椅子から転げ落ちかける勢いで身を乗り出す。

 

「……待って、待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って」

 

ナカヤマフェスタも目を見開いた。

 

「……スピードシンボリ、それはタチの悪い冗談か?」

 

しかしスピードシンボリは、冗談を言う時の顔をしていなかった。

 

円卓の主として、都市全体のフィクサー協会の運営を預かる者として、ただ淡々と現実を述べていた。

 

「いや、普通そうじゃないかな?」

 

その声音は穏やかですらあった。

 

だが内容は、あまりにも苛烈だった。

 

「ヂェーヴィチ協会の本業は別としても、今オグリキャップはセブン協会とウーフィ協会の業務を、一部どころか両方ともにほぼ七割近く代替出来ると思ってるよ」

 

トランセンドの顔から笑みが消える。

 

スピードシンボリは続けた。

 

「彼女のコネは、もはやセブン協会を遥かに超えている。しかも純粋で信頼もある。だから当事者の本音にしろ嘘にしろ、“誰が何て言ったか”という情報そのものは、精査するまでもない高い信用度の情報が集まりやすい」

 

投げられる言葉は一つ一つが正確だった。

 

「しかもそれを、オグリキャップへの電話ひとつで即座に受け渡し出来る。上を通らず、そのまま渡る。故に、セブン協会の情報収集と集約、受け渡しなどの流通が、オグリキャップ一人で済む」

 

トランセンドが呆然と呟く。

 

「……まじ?」

 

それは協会長としての声ではなく、ほとんど素の声だった。

 

だがスピードシンボリはそこで止まらない。

 

「そしてウーフィ協会は、契約の仲介や立ち会いをしているが、それはウーフィ協会がどこよりも信頼があるという前提で成り立ってる」

 

今度はナカヤマフェスタの方へ視線を向ける。

 

「しかしオグリキャップは、前述のコネに加えて、本人の悪意の無さ、契約――もとい約束への忠実さ、特色という地位の信頼度、協会という組織ではなく個人という身軽さを持っている。破れば即座に本人が動く。しかも生半可なフィクサーや組織では止められない実力者で、強制力がある……仲介人として理想的じゃないかな?」

 

ナカヤマフェスタの目が死んだ。

 

「……あ」

 

それは、理解してしまった声だった。

 

スピードシンボリはさらに続ける。

 

「おまけに彼女自身、裏表がない。だから駆け引きとは程遠い場所にいる。つまり表に出したくない交渉取引の場に立ち会わせれば、当事者同士に介入するという心配がない。さらに協会を通さないから、オグリキャップ本人さえ懐柔すれば秘密裏に契約が行える」

 

会議室の空気が重く沈む。

 

「記録にも残らない。だがオグリキャップ本人は覚えるから、万が一の時の執行力はある。オグリキャップも、約束を守るなら躊躇わない」

 

一拍。

 

その上で、スピードシンボリは最後の一撃を穏やかに置いた。

 

「そして何より……」

 

全員が息を呑む。

 

「オグリキャップは、これら全てを食事の奢りで受け入れるというコストパフォーマンスがある」

 

沈黙。

 

その一言は、あまりにもひどかった。

ひどいのに、反論が難しかった。

 

フェノーメノが帽子のつばを押さえながら、重く言う。

 

「……協会より遥かに優良な依頼先と」

 

グラスワンダーも、静かに認めざるを得なかった。

 

「……確かに……聞くだけなら、ほぼ完全にセブン協会とウーフィ協会の仕事が無くなる……存在意義そのものが揺らぎます」

 

シンボリルドルフが次に来る現実を見据えて言う。

 

「……その場合に予想されることは……」

 

ヒシアマゾンが短く切り捨てた。

 

「ありきたりだが、予算削減だな。仕事が減るってことは、それだけ費用も減るってことなんだからよ」

 

ヤエノムテキも硬い表情で頷く。

 

「ええ。十二協会全体に配分されている予算は、各協会の業績によるものです。つまり業績が悪い協会に割り当てられる予算を減らすのは妥当かと」

 

セイウンスカイがぼそっと呟く。

 

「……予算が減るってことはつまり……」

 

アイネスフウジンが青い顔でその先を口にした。

 

「……人員整理、業務再編、規模縮小……」

 

ゼンノロブロイが理知的に補足する。

 

「……まあ当然ですね……そしてスピードシンボリ協会長が本気で、オグリさんでセブンとウーフィの業務の七割を代替出来るといえば……」

 

ドゥラメンテが事務的に結論を出した。

 

「単純計算で、ウーフィ協会とセブン協会に割り当てられる予算が七十パーセントカットということか」

 

スピードシンボリはあっさり頷いた。

 

「そうなるね。……まあもちろん今すぐってわけじゃないけど、オグリキャップが本格的に機能するようになったら、一考の余地ありだとは思うね」

 

シンボリルドルフがさらに問う。

 

「……その場合、浮いた予算はどうします?」

 

スピードシンボリは当然のように答えた。

 

「オグリキャップ本人に渡したとしても意味は少ないからね。改めて各協会への再配分が妥当じゃないかな」

 

そして少しだけアイネスの方を見る。

 

「まあ、オグリキャップ本人を管理しているヂェーヴィチ協会に多めにして……残りは適切に割り当てるのが丸く収まるかな」

 

アイネスフウジンの目が一瞬だけ輝いた。

 

「……あ、それは普通に嬉しい未来なの……」

 

だがその横で、二人だけは笑っていなかった。

 

グラスワンダーがぽつりと言う。

 

「……もしかして十二協会体制から十協会になります?」

 

スピードシンボリは少しだけ考え、それから淡々と答えた。

 

「……行くところまで行けばそうなるね」

 

会議室がまた静まり返る。

 

「もちろん、いずれオグリ本人が亡くなるなどしていなくなれば元に戻るだろうけど……オグリキャップがフィクサーである間は、事業停止は可能性としてはあるね」

 

他協会にとっては、単純に見れば悪い話ではない。

浮いた予算が再配分されるのなら、自分たちの取り分は増えるかもしれない。

 

だが。

 

セブン協会とウーフィ協会の二人にとっては、話がまるで違った。

 

トランセンドが小声で延々と呟いている。

 

「……マッテマッテマッテマッテマッテマッテマッテマッテマッテマッテ」

 

ナカヤマフェスタも、今にも机に突っ伏しそうな顔でぶつぶつ言っていた。

 

「……イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ」

 

二人とも、今この場で自分たちの組織の存在意義が、あまりにも合理的に切り崩されていく音を聞いていた。

 

そして何より最悪なのは、その論理にほころびが少ないことだった。

 

セブン協会は、情報を集め、精査し、流す協会。

ウーフィ協会は、信頼を担保に契約や交渉を仲介する協会。

 

そのどちらも、オグリキャップという個人が、

精度ではなく信頼と接続力、そして異常な身軽さによって代替しうる

と、ハナ協会長に言い切られてしまったのだ。

 

しかも本人は、そんなことをまったく理解していない。

 

円卓の中心近くで、オグリキャップはきょとんとしているだけだった。

 

「……?」

 

その顔を見て、余計に状況がひどかった。

 

彼女は協会を潰そうとしているわけではない。

予算を奪おうとしているわけでもない。

権力を求めているわけでもない。

 

ただフィクサーとして、頼まれたことを真面目にやっていただけだ。

 

その結果、協会の仕事と存在意義にまで食い込み始めている。

 

それが最も恐ろしかった。

 

フェノーメノが静かに呟く。

 

「……怪物というより、便利屋ですね……」

 

ゼンノロブロイも苦笑した。

 

「しかも便利すぎるのが問題です」

 

ヒシアマゾンが頭を掻く。

 

「笑えねぇな、これ……」

 

ヤエノムテキは視線を伏せた。

 

「優秀すぎる者が秩序を乱す……というのも、また都市らしい話です」

 

その中で、スピードシンボリだけは穏やかなままだった。

 

彼女は別に、セブン協会やウーフィ協会を潰したいわけではない。

ただ組織全体の均衡を見て、極めて合理的に可能性を口にしただけだ。

 

だからこそ残酷だった。

 

シンボリルドルフが、青ざめた二人を見て、少しだけ哀れむように目を細める。

 

「……まあ、まだ決定ではない」

 

トランセンドとナカヤマフェスタが、同時に顔を上げた。

 

だがスピードシンボリはそこで、さらに追い打ちのように言った。

 

「うん。まだ決定ではないよ。だからこそ、今のうちにオグリキャップがいないと成立しない価値ではなく、オグリキャップでは代替できない価値を示した方がいいんじゃないかな」

 

トランセンド

「」

 

ナカヤマフェスタ

「」

 

完全に、経営改善会議の空気だった。

 

会議室の全員がそのことを理解した時、

円卓の中心で、当の発端だけがぽつりと呟いた。

 

「……お腹空いた」

 

再び、全員の視線がオグリキャップへ向く。

 

やはり本人だけが、何も分かっていない顔をしていた。

 

それが救いであり、同時に絶望でもあった。

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