ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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Budget cut

chapter:説明

 

ハナ協会本部、大会議室。

 

会議室の空気は、先ほどまでとは完全に別物になっていた。

 

オグリキャップは都市構造そのものではない。

ただ、異常なほど優秀なフィクサーである。

 

――その再定義までは良かった。

 

だがその直後に、スピードシンボリが極めて自然な口調で

「ならセブン協会とウーフィ協会の仕事は減るのでは?」

と述べたことで、円卓の論点は一気に変わった。

 

今や議題はオグリキャップ個人の危険性ではない。

 

オグリキャップによって既存協会の存在意義が削られるかどうか。

 

都市の協会長会議としては、あまりにも笑えない話だった。

 

小声で壊れかけていたトランセンドが、ついに机を叩いて立ち上がった。

 

「いやいやいやいやいや待って待って待って!」

 

その声には、いつもの軽さがほとんど残っていなかった。

 

「流石にそれは暴論でしょ!?」

 

ナカヤマフェスタも椅子を蹴るようにして立ち上がる。

 

「そうだ。いくらなんでも、便利だからってだけで協会一個潰せるなら、都市の制度設計が雑すぎるだろ」

 

二人とも必死だった。

 

それも当然だ。

今この場で話されているのは、ただの業績低下ではない。

 

協会の役目の縮小。予算削減。人員整理。事業停止。

 

つまり組織としての死である。

 

スピードシンボリは二人を急かさず、むしろ落ち着いたまま言った。

 

「なら説明してくれ、オグリキャップでは代替できない、セブン協会とウーフィ協会の価値を」

 

その言葉は静かだったが、逃げ道はなかった。

 

トランセンドが先に口を開く。

 

「……まず、セブン協会は情報の“分析”が本領だよ」

 

彼女は自分の前に投影盤を呼び出し、早口で続けた。

 

「確かにオグリさんは色んな相手と繋がってて、一次情報の収集と流通に関しては滅茶苦茶強い。でも、それって言い換えれば“聞いた話をそのまま持ってくる”だけなんだよ。その情報が本当か、嘘か、誘導か、誰の意図が乗ってるのか、どの勢力が裏でどう動いてるのか――それを解析するのがセブン協会の役割。都市はそんな単純じゃない。一次情報を集めるだけで済むなら、とっくにセブン協会はいらなくなってる」

 

言い切る声には、まだ協会長としての矜持があった。

 

その隣でナカヤマフェスタもすぐ続く。

 

「ウーフィ協会だって同じだ。契約の仲介は、ただ相手同士の間に立てばいいってもんじゃない。落とし所を探る。利害を擦り合わせる。条件を詰める。破綻しない形式に落とす。それを当事者双方が納得する形でやるから意味がある」

 

ナカヤマは円卓を見回す。

 

「オグリは約束は守るだろうさ。だが、そもそも“どんな約束にするべきか”を設計できるのか?仲介人ってのは、ただ信用があるだけじゃ務まらない。駆け引きのない場に立つってのは聞こえはいいが、逆に言えば条件整理も誘導もできないってことだ」

 

トランセンドもすぐに重ねる。

 

「そうそう! そこ!情報も契約も、ただ運ぶだけならオグリさんでいいかもしれない。でもそこから先の構造化、解釈、文脈整理、政治的運用まで込みで考えたら、セブン協会とウーフィ協会は絶対に必要――」

 

「……なるほど」

 

スピードシンボリが、そこで静かに口を挟んだ。

 

その一言だけで、二人の背筋が固まる。

 

「確かにそうだね。では確認しよう」

 

彼女はまずトランセンドを見る。

 

「情報分析についてだが……都市上位層同士のやり取りであれば、当事者側が自前で分析できるのではないかな?」

 

トランセンド

「え」

 

スピードシンボリはそのまま続ける。

 

「翼の理事、協会の幹部、五本指の上位者。彼らは総じて、自勢力の政治判断や利害計算ができるからその位置にいる。オグリキャップから『誰が何を言ったか』だけ正確に届けば、あとは受け取った側が自ら分析する方が早いのでは?」

 

トランセンドの顔色が変わる。

 

「いや、でも、それは……」

 

シンボリルドルフが横から補足した。

 

「確かにセブン協会の分析は有益だ。だが高位層同士の交渉に限るなら、情報解釈能力は相手方も十分持っていることが多いな」

 

グラスワンダーも静かに頷く。

 

「ええ。少なくとも“誰が何と言ったか”が信頼できる形で届くなら、その後の推測は当事者の参謀や本人が済ませられます」

 

ゼンノロブロイも眼鏡の位置を直しながら言った。

 

「むしろ、セブン協会を挟まないぶん、情報流通の層が減って秘匿性が上がるケースすらありますね」

 

トランセンド

「うっ」

 

一つ目の穴だった。

 

今度はナカヤマフェスタが口を開こうとする前に、スピードシンボリが視線を向ける。

 

「ではウーフィ協会の価値について」

 

ナカヤマは身構える。

 

スピードシンボリは穏やかだった。

 

「契約の落とし所を探る、条件を擦り合わせる、という点はもっともだ。だが、オグリキャップという潤滑剤がいることで、当事者同士が直接そこを詰める方向に流れるのではないかな?」

 

ナカヤマの目が見開く。

 

「……は?」

 

ヤエノムテキが腕を組んだまま補足する。

 

「オグリさんが間に立つことで、最初の接触のハードルは大きく下がります」

 

ヒシアマゾンも続ける。

 

「で、そのまま本人の信頼を借りて“じゃあ細かい条件はあとは当人同士で”ってなったら、ウーフィを通す理由が薄くなるな」

 

ドゥラメンテが事務的に言った。

 

「つまりオグリキャップは、交渉の場そのものを成立させる起点になりうる。ならその後の条件調整は、互いに済ませようと思えば済ませられる」

 

ナカヤマフェスタ

「いや、それじゃ形式が……!」

 

グラスワンダーが静かに遮る。

 

「都市上位層の非公式交渉であれば、最初から形式より実利が優先されることも多いのでは?」

 

ナカヤマフェスタ

「……っ」

 

二つ目の穴だった。

 

会議室の空気が、じわじわと二人を追い詰めていく。

 

トランセンドが額を押さえる。

 

「いやいやいや、待って。上位層同士だけで完結するならそうかもしれないけど、全部が全部そうじゃないでしょ……!」

 

ナカヤマフェスタも噛みつくように言う。

 

「そうだ。契約ってのは失敗した時に責任の所在が必要になる。誰が見届けて、誰が担保するか。それを個人で――」

 

「オグリキャップ本人が担保になるね」

 

スピードシンボリが、またあっさりと言った。

 

ナカヤマフェスタ

「」

 

スピードシンボリは淡々と続ける。

 

「特色フィクサー。悪意なし。約束への絶対的忠実性。都市上位層との既存の信頼関係。加えて破れば本人が動く。組織としての保証ではなく、個人保証としては異常なほど強い。少なくとも一部の契約では、ウーフィ協会より魅力的に映るだろうね」

 

ナカヤマフェスタが本気で頭を抱える。

 

「最悪だ……」

 

トランセンドも机に突っ伏しそうになっていた。

 

「分析も……当事者側でやる……? 契約条件も……オグリさんが起点なら直接詰める……?」

 

フェノーメノが容赦なくまとめる。

 

「つまり、高位層同士の一部案件においては、セブン協会とウーフィ協会を省略する合理性がある、と」

 

「やめて!」

 

トランセンドが珍しく悲鳴のような声を出す。

 

「言語化しないで! それ言葉にされたら現実になるから!」

 

ナカヤマフェスタも珍しく感情を隠せていなかった。

 

「冗談じゃない……っ。都市の歴史何年あると思ってる。そんなポッと出の個人に協会の仕事食われてたまるか……!」

 

その時、ずっと黙っていたセイウンスカイが、眠たげな顔のまま口を開いた。

 

「でもさ〜」

 

全員の視線が向く。

 

「現実的には無理じゃない?」

 

「……え?」

 

トランセンドが顔を上げる。

 

セイウンスカイは頬杖をついたまま、のんびりと言った。

 

「だって、オグリさんって一人しかいないじゃん」

 

その一言で、円卓の空気が少しだけ変わる。

 

セイウンスカイは続けた。

 

「たまたま長い都市の歴史で生まれた、再現性のない個人存在でしょ?それ一人が便利すぎるからって、十二協会の体制そのものいじるのって、流石に制度側が不安定すぎない?」

 

ゼンノロブロイがはっとしたように頷く。

 

「……確かに、オグリさんは再現不能です。教育で量産もできない。組織化もできない。後継も保証できない」

 

シンボリルドルフも静かに続けた。

 

「協会という制度は、個人の寿命や性格に依存しないからこそ意味がある」

 

グラスワンダーも同意する。

 

「ええ。一過性の特異例だけで、長期的制度を変更するのは危険ですね」

 

ドゥラメンテが整理する。

 

「つまり、十二協会体制そのものは継続が妥当」

 

フェノーメノも頷いた。

 

「制度は維持。しかし運用上、影響評価は必要」

 

トランセンドとナカヤマフェスタが、ほぼ同時に息をついた。

 

トランセンド「た、助かった……」

 

ナカヤマフェスタ「制度は残る、か……」

 

だが、スピードシンボリはそこで穏やかに釘を刺した。

 

「うん。十二協会体制そのものは維持でいいと思う」

 

二人の表情が少し戻る。

 

そして、次の言葉でまた死ぬ。

 

「ただし、予算に関してはしばらく一考する方向かな」

 

トランセンド

「」

 

ナカヤマフェスタ

「」

 

スピードシンボリは極めて自然だった。

 

「制度は制度。予算は予算だよ。再現不能な一個人だから体制変更はしない。だが現実に一部業務が食われる可能性があるなら、査定は見直すべきだ」

 

ヒシアマゾンが腕を組む。

 

「まあ、そりゃそうだな」

 

ヤエノムテキも頷く。

 

「全面廃止はともかく、業務評価の再査定は必要かと」

 

アイネスフウジンは少し困った顔をした。

 

「……ううん、なんか嬉しいような、かわいそうなようななの……」

 

トランセンドはもう椅子に沈み込んでいた。

 

「やばいやばいやばい……ウチ、本気で差別化考えないと……」

 

ナカヤマフェスタもぼそぼそ呟いている。

 

「仲介の質……交渉設計……形式保証……記録性……まだ勝てる、まだ勝てるはずだ……」

 

その姿は、先ほどまで余裕を見せていた協会長のものではなく、

突然存続危機を突きつけられた組織のトップそのものだった。

 

そんな中、円卓の中心近くから、相変わらず場違いに穏やかな声が聞こえる。

 

「……もぐもぐ」

 

誰かが振り向く。

 

オグリキャップは、いつの間にかまた何か食べていた。

 

自分が二つの協会の存続危機の原因として議論されているなど、まるで知らない顔で。

 

その姿を見て、会議室の何人かが同時に頭を抱えた。

 

優秀すぎる。

便利すぎる。

だが本人は何も分かっていない。

 

それが、灰色の怪物の一番どうしようもないところだった。

 


 

chapter:再編

 

十二協会体制そのものは維持。

だが、セブン協会とウーフィ協会の予算については見直しの余地あり。

 

スピードシンボリがそう口にしたことで、ひとまず

「今すぐ協会が消える」

という最悪の事態だけは避けられた。

 

だがそれは、逆に言えばこういうことでもあった。

 

今ここで、自分たちの必要性を示せなければ、本当に削られる。

 

その現実を最も強く理解していたのは、当然ながら当事者である二人だった。

 

トランセンドは机に両手をつき、伊達眼鏡の奥の目をぎらつかせる。

 

ナカヤマフェスタも椅子に深く沈み込んでいた姿勢を起こし、珍しく完全に仕事の顔になっていた。

 

「……まだ終わってないよ」

 

トランセンドが低く言う。

 

その声に、先ほどまでの軽さはもうなかった。

 

「セブン協会にも、ウーフィ協会にも、オグリさんじゃ代替できない価値はある」

 

ナカヤマフェスタも続ける。

 

「当然だ。たった一人の便利屋に、都市の制度が負けてたまるかよ」

 

円卓の空気が少しだけ引き締まる。

 

スピードシンボリは急かさず、むしろ静かに促した。

 

「では聞こう。改革案でも、反論でもいい。示してくれ」

 

最初に口を開いたのはトランセンドだった。

 

「セブン協会の本質は、“集める”ことじゃない」

 

彼女は壁面に投影された都市図を指差す。

 

「“残す”ことと“再利用できる形にする”ことだよ」

 

その言葉に、数人が僅かに反応する。

 

トランセンドは一気に続けた。

 

「オグリさんが得た情報は、その場その場の一次情報としては強い。そこは認める。でも個人の中にあるだけじゃ、体系化されない。参照できない。積み上がらない。都市の情報ってのは、一回きりのやり取りだけじゃ価値が半分なんだよ。いつ、誰が、どう言って、過去の何と繋がるか。そこまで整理されて初めて“使える情報”になる」

 

フェノーメノが顎に手を当てる。

 

「……なるほど。履歴化と構造化ですか」

 

「そう」

 

トランセンドはそこに希望を見出したように強く頷いた。

 

「オグリさんは生きた窓口にはなれる。でもデータベースにはなれない」

 

「情報の蓄積と横断的検索、それに基づく長期傾向分析。それはセブン協会の仕事で――」

 

ゼンノロブロイ「それはディエーチ協会では?」

 

ゼンノロブロイが、ごく自然に口を挟んだ。

 

トランセンドが止まる。

 

ゼンノロブロイは悪意なく続ける。

 

「情報や知識の記録、保管、参照可能な形への整理は、本来ディエーチ協会の領分です。セブン協会は現地調査と即応性に強いですが、保管と体系化それ自体は私たちでも代替可能ですね。むしろ、オグリさんが得た情報をディエーチ協会に渡して保全する、という運用も成立します」

 

トランセンド

「」

 

その横で、ナカヤマフェスタが目を閉じた。

 

ナカヤマフェスタ「うわ、嫌な刺さり方したな今の」

 

トランセンドが苦々しく言う。

 

「いやいやいや、待って。セブンは保管庫じゃないんだって。現地情報と分析の接続が――」

 

シンボリルドルフが静かに補足する。

 

「だが“得る手段”が既にオグリキャップで賄えるなら、保管はディエーチ、分析は受領した当事者自身で行えるな」

 

グラスワンダーも頷いた。

 

「上位層のやり取りに限定するなら、情報を欲する側は大抵それを読み解く頭脳も持っています。必要なのは、分析者そのものより、正確な情報に触れる経路かと」

 

トランセンドが机に額を打ちそうになる。

 

「その“経路”がセブンの強みだったんだけどなあ……!」

 

そこで今度はナカヤマフェスタが前に出る。

 

「じゃあ次は私だ」

 

彼女は腕を組み、円卓を見回した。

 

「ウーフィ協会の価値は、“非公式”ではなく“後腐れなく済ませる公式代替”にある。都市は利害と実益が全てだ。だからこそ、非公式交渉ばかりで回すと後で揉める。ウーフィは、完全な公的機関じゃないが、少なくとも“仲介に慣れた第三者”として当事者同士が後で責任を押し付け合わないよう場を整える。つまり契約の成否じゃなく、その後の安定運用に価値がある」

 

ヒシアマゾンが腕を組み直す。

 

「言いたいことは分かる」

 

ヤエノムテキも頷く。

 

「ええ。交渉成立後の火種を減らす役割ですね」

 

ナカヤマはそこに活路を見出して続けた。

 

「そうだ。オグリは約束は守るだろうさ。だが、当事者双方が“本当にその約束で長く回るか”までは見れない。ウーフィはそこを見る。条件の持続性、相互不満の抑制、将来的な再交渉リスクの軽減――」

 

セイウンスカイ「それ、当事者同士で済ませると思うの」

 

セイウンスカイが、眠たげな声でそう言った。

 

ナカヤマフェスタが止まる。

 

セイウンスカイは悪びれずに続ける。

 

「だって都市の上位層って、そういうの込みで自分たちで決めたがるでしょ〜むしろ間に誰か挟む方が嫌がること多いし。特に裏組織とか、指とか、翼の秘匿案件って、“記録が残る第三者”がいる方が嫌なんじゃないの?」

 

その言葉に、会議室の空気がまた少し重くなる。

 

ナカヤマが低く返す。

 

「……だからこその信頼だろ」

 

「だがオグリキャップ本人に記録が残るなら十分では?」

 

ドゥラメンテの問いは、あまりにも真っ直ぐだった。

 

「公式記録がなくとも、本人の記憶には残る。しかもオグリキャップは約束に忠実で、執行力もある。なら、最も好ましいのは“記録に残らないが、記憶には残る仲介者”ということになるのではないか」

 

ナカヤマフェスタ

「……っ」

 

そこへスピードシンボリが静かに重ねる。

 

「都市というのは、利害と実益が何より重視される場だ。なら上位層の契約や情報が何より非公式優先になるのは自然だろ。記録に残すことは少ない。翼のような公企業ならともかく、指のような裏組織ならなおさらね。そして……」

 

彼女は円卓の中心近くに座るオグリキャップを見た。

 

「記憶には残った上で、執行力があるのが一番好ましい。故にオグリキャップが最適、という結論になる」

 

ナカヤマフェスタ

「……あぁぁ……」

 

それはもうほとんど断末魔だった。

 

トランセンドも両手で顔を覆う。

 

「だめだ……論理が強すぎる……」

 

ゼンノロブロイが、あくまで学術的な調子で補足する。

 

「しかもセブン協会が担うとされる記録・分析・知識保全についても、十二協会全体で見ればディエーチ協会で十分補完可能です。オグリさんが得た情報をディエーチ協会に渡せば、分析も保管も可能。つまり“十二協会全体の機能”として見るなら、セブンとウーフィの一部中核業務がオグリさん経由で圧縮される構図は成立します」

 

トランセンドがゆっくり顔を上げる。

 

「……つまり何?」

 

ロブロイは少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「つまり、セブン協会さんとウーフィ協会さんは、オグリさんにはほぼ勝てない、ということです」

 

沈黙。

 

今度こそ、本当に会議室が静まり返った。

 

トランセンドが椅子に沈み込む。

 

「……終わった」

 

ナカヤマフェスタも天井を見上げた。

 

「……こんな負け方あるかよ」

 

だがその時、フェノーメノが咳払いをした。

 

「とはいえ」

 

その一言で、全員がそちらを見る。

 

「現実的に見れば、長い都市の歴史でたまたま生まれたオグリキャップ個人という一過性の存在だけで、体制変更はできません」

 

グラスワンダーも静かに頷く。

 

「ええ。制度は例外のためではなく、継続性のためにあるものです。オグリさんは明らかに例外です」

 

シンボリルドルフも続けた。

 

「再現性がない。個人依存が強すぎる。後継も育成不能。よって、十二協会体制の継続は妥当だろう」

 

トランセンドとナカヤマフェスタが、今度こそ本気で安堵の息を漏らす。

 

「た、助かった……」

 

「制度は残るか……」

 

しかし。

 

スピードシンボリは、そこで穏やかに言った。

 

「ただし」

 

二人がぴたりと固まる。

 

「予算に関しては、しばらく一考する方向だね」

 

トランセンド

「」

 

ナカヤマフェスタ

「」

 

アイネスフウジンが、なんとも言えない顔で呟く。

 

「うう……生殺しなの……」

 

ヒシアマゾンが腕を組んだまま唸る。

 

「まあ、そりゃそうなるか」

 

ヤエノムテキも頷く。

 

「体制は守る。しかし査定は見直す。最も現実的です」

 


 

chapter:削減

 

十二協会体制そのものは維持。

しかし、セブン協会とウーフィ協会の予算については再考の余地あり。

 

そこまでは既に確認されていた。

 

本来なら、それで今日の会議は一度締めてもよかった。

実際、トランセンドもナカヤマフェスタも、完全に安心はしていないまでも、

 

「ひとまず今日は結論保留で終わる」

 

くらいには思っていた。

 

だが、その希望は甘かった。

 

スピードシンボリは、円卓の中央に表示された簡易投影盤を眺めながら、ふと呟くように言った。

 

「……いや、待てよ」

 

その一言で、数人が顔を上げる。

 

スピードシンボリの視線は、もはやオグリキャップ本人ではなく、

協会制度全体の運営費と役割配分に向いていた。

 

「概算だけなら、今ここでも出せるね」

 

トランセンドの顔色が変わった。

 

「……え?」

 

ナカヤマフェスタも嫌な予感に目を細める。

 

「おい、まさか今この場でやる気か?」

 

スピードシンボリは穏やかな顔のまま頷いた。

 

「うん。大雑把でも、方向性くらいは掴める」

 

そして、さも当然のように言う。

 

「ロブロイ、手伝ってくれるかな」

 

ゼンノロブロイは即座に眼鏡の位置を直した。

 

「ええ、もちろんです」

 

その返事が早すぎて、トランセンドは本気で椅子から立ちかけた。

 

「待って待って待って待って待って!」

 

ナカヤマフェスタも机に手をつく。

 

「いやいやいや、そんなの会議の流れとしておかしいだろ!」

 

スピードシンボリは二人を見る。

 

「おかしくはないよ。今この場で“予算をどう扱うべきか”という論点が出た以上、概算を出すのはむしろ自然だ」

 

ゼンノロブロイも静かに頷いた。

 

「数値化せずに議論だけで止める方が危険ですね。印象論で引き延ばすことになりますので」

 

トランセンド

「印象論で止めようとしてたんだけど!?」

 

ナカヤマフェスタ

「私もそうなんだが!?」

 

しかし、もう止まらなかった。

 

スピードシンボリが壁面投影を切り替える。

十二協会全体の予算配分。

協会ごとの年度業績。

主要案件の比率。

協会間連携案件の処理件数。

 

都市全体を回すための数字が、静かに並び始める。

 

それを見た瞬間、トランセンドとナカヤマフェスタだけが理解した。

 

これはもう、

“検討”ではなく“査定”だ。

 

スピードシンボリが淡々と読み上げる。

 

「まずセブン協会。情報収集、現地調査、分析、流通、事後対応。このうち、今回オグリキャップが代替しうるのは主に“上位層間の一次情報流通”と“高位接触の起点形成”だ」

 

トランセンドが慌てて口を挟む。

 

「いや、でもその比率は限定的でしょ! セブン協会の案件って都市全域――」

 

ゼンノロブロイがすぐに数字を出す。

 

「いえ、上位層接触案件、およびその周辺情報の占める価値比率は高いです」

 

彼女の指先で、投影盤にいくつかの項目が拡大される。

 

・翼・協会・五本指幹部関連調査

・高位個人追跡

・組織間接触監視

・上層部非公開ルートの探索

・準機密級交渉周辺情報の流通

 

ロブロイは冷静に続けた。

 

「案件数ベースでは全体の二割弱ですが、単価と影響度換算では、年間実績の約四割を占めています」

 

トランセンド

「……は?」

 

ロブロイはさらに続ける。

 

「そしてこの領域において、オグリさんは単独で“接触の発生”と“情報搬送”を代替可能です。分析それ自体は残りますが、高位層同士の案件では、当事者または補佐役が自前で分析するケースも多い」

 

スピードシンボリが補足する。

 

「つまりセブン協会の“最も単価が高い一部業務”が、オグリキャップに侵食される。七割代替は言い過ぎだったかもしれないが、予算査定上は三割〜四割の縮小圧力は十分あるね」

 

トランセンドの顔から血の気が引いた。

 

「三割……四割……?」

 

まだ喋れるだけマシだった。

 

次はウーフィ協会だった。

 

スピードシンボリが視線をナカヤマフェスタへ向ける。

 

「次にウーフィ協会、契約仲介、交渉立ち会い、条件整理、形式保証。このうち、オグリキャップが直接食うのは“高位層間の非公式交渉の入口”と“信頼担保”部分だ」

 

ナカヤマフェスタが即座に反論する。

 

「入口だけだろ。そこから先の条件詰めや形式設計は別だ」

 

だが今度はシンボリルドルフが静かに言った。

 

「都市上位層に限れば、その“別”が自前で済むことも多いな」

 

ヒシアマゾンも頷く。

 

「つーか、アタシらみたいな協会長クラスなら、話の落とし所くらいは自分で探る」

 

ヤエノムテキもそれを肯定した。

 

「ええ。あくまで難しいのは“最初の接触”と“互いに安心できる場”の確保です。そこをオグリさんが担えるなら、以降は当事者間で済ませる方向に流れる可能性は高いですね」

 

ゼンノロブロイがそこへ数字を載せる。

 

「ウーフィ協会の仲介案件のうち、公式記録や長期履行確認が強く求められるものはおよそ半数。逆に言えば、残り半数近くは“非公式高位仲介”の比重が高い案件です」

 

ナカヤマフェスタが凍る。

 

ロブロイは容赦なく続ける。

 

「そのうち、オグリさんの代替可能領域は六割前後。ただし協会全体の全案件ベースで均せば、業務代替率は三割強……といったところでしょうか」

 

ナカヤマフェスタ

「……三割強」

 

スピードシンボリがそこで両方を見た。

 

「セブンが三割〜四割。ウーフィが三割強。もちろん、今すぐ全案件が失われるとは言わない。だが予算というのは“実際に失われた後”ではなく、“代替可能性が明確になった時点”で見直しが入るものだ」

 

フェノーメノがきっぱりと言う。

 

「妥当ですね」

 

グラスワンダーも静かに同意した。

 

「ええ。制度を維持する一方で、予算査定を先行見直しするのは合理的かと」

 

セイウンスカイがのんびりした口調で追い打ちをかける。

 

「まあ、いきなり七割は無理でも、三割とか四割なら“様子見しつつ削る”にはちょうどいい数字だよね〜」

 

アイネスフウジンが少し青い顔になる。

 

「ちょ、ちょっと待つの! そこまで削るの!?」

 

スピードシンボリは首を横に振った。

 

「いや、そこまでは一気にやらないよ」

 

トランセンドとナカヤマフェスタの表情が少しだけ戻る。

 

そして、次の言葉でまた死ぬ。

 

「だから、段階的だね」

 

ゼンノロブロイがすでに計算を進めていた。

 

「初年度は警戒査定として、セブン協会二十五パーセント減、ウーフィ協会二十パーセント減が現実的でしょう」

 

トランセンド

「にじゅうご」

 

ナカヤマフェスタ

「にじゅう」

 

ロブロイは冷静だった。

 

「これは“協会存続は維持”“体制変更なし”“オグリさんの影響が限定的である可能性も考慮”した上での最低限の修正値です」

 

スピードシンボリがさらに補う。

 

「うん。七割なんていきなりやる必要はない。でも、何も変えないのは不自然だからまずはそこからだね」

 

会議室の空気が、完全に決定のそれに変わる。

 

もう冗談でも仮定でもない。

 

数字が出た。しかもそれが“穏当な見直し”として受け入れられ始めている。

 

シンボリルドルフが静かに頷く。

 

「妥当かと」

 

フェノーメノ

「異議ありません」

 

グラスワンダー

「私も」

 

ヒシアマゾン

「まあ、そんなもんだろ」

 

ヤエノムテキ

「段階的ならば、混乱も抑えられるでしょう」

 

ドゥラメンテ

「合理的判断です」

 

セイウンスカイ

「ん〜、私は賛成かな〜」

 

アイネスフウジンだけが複雑そうな顔をしていた。

 

「うぅ……オグリちゃんの再定義をしたかっただけなのに、なんでこうなるの……」

 

だが、流れは止まらない。

 

スピードシンボリが最後に結論を置く。

 

「では、十二協会体制は継続。ただし来期予算査定において、セブン協会二十五パーセント減、ウーフィ協会二十パーセント減を暫定適用。以後、オグリキャップの代替実績と各協会の改革案提出を見て再評価とする」

 

トランセンドは、そこで完全に椅子にもたれた。

 

「……終わった」

 

ナカヤマフェスタは額を押さえたまま、乾いた笑いを漏らす。

 

「……いや、終わってはない。終わってはないが……かなり刺されたな」

 

その姿は、もはや大物協会長のそれではなく、

予算会議で首を絞められた中間管理職に近かった。

 

そんな二人を横目に、オグリキャップがぽつりと言う。

 

「……お腹空いた」

 

会議室の何人かが同時に目を閉じる。

 

そして、アイネスフウジンは本気で頭を抱えた。

 

「オグリちゃん、何もしてないのに二つの協会を弱らせたの……」

 

オグリは本当に意味が分からないという顔をした。

 

「? 何か問題があったのか?」

 

トランセンドが遠い目で言う。

 

「問題しかないよん……」

 

ナカヤマフェスタも低く呟く。

 

「……食事で受けるな、せめてもっと高く売れ……」

 

だが、それも無意味だった。

 

灰色の怪物は、自分が何を起こしているのかを知らない。

ただ、頼まれたことを真面目にやっているだけだ。

 

それが一番どうしようもなく、

そして一番都市らしい惨劇だった。

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