ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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予算改革

ウーフィ協会本部、協会長室。

深夜。

 

もう何時間ここにいるのか、誰にも分からなかった。

 

窓の外に広がる都市の光は相変わらず眩しい。

遠くではまだ列車が動き、裏路地のどこかでは夜の仕事が続き、翼のビル群は何事もなかったように稼働している。

 

都市は、何も変わらない。

 

けれど、この部屋の中だけは明らかに変わってしまっていた。

 

机の上には、処理し終えた書類が積まれている。

予算削減案。

役員報酬の減額案。

減給対象一覧。

人員整理の正式文書。

推薦状の控え。

再就職先とのやり取りの記録。

そして、再編後の組織図。

 

全部終わった。

 

全部、自分たちの手で終わらせた。

 

その結果として、協会長室に残っている幹部たちの顔は、どれもひどかった。

 

ナカヤマフェスタは椅子に深く腰掛けたまま、机の一点を見つめている。

シリウスシンボリは背もたれに沈み込み、いつもの荒っぽい覇気は見る影もない。

ヘロドは目を伏せたまま黙り込み、エアグルーヴは姿勢こそ保っているものの、その表情は明らかに限界を越えていた。

バブルガムフェローに至っては、涙の跡が乾ききらず頬に残っている。

 

ひとしきり泣き、声を枯らし、謝って、自己嫌悪に沈み――

ようやく感情を吐き出し切ったあとの、空っぽの顔だった。

 

その静まり返った部屋の中で、最初に口を開いたのはナカヤマフェスタだった。

 

「...全員...吐き出すもんは吐き出せたか...?」

 

いつもの気怠げな口調とは少し違う。

低く、重く、疲れ切っている。

 

シリウスシンボリが天井を見上げたまま、かすれた声で答える。

 

「...ああ...一生分泣いたよ...」

 

ヘロドも短く息を吐いた。

 

「...弱音は嫌いだ...だが...我慢出来ない...」

 

エアグルーヴは自分の膝の上で手を握りしめていた。

 

「...皆...済まない...」

 

誰に向けた謝罪なのか、もはや本人にも分からないのだろう。

部下にか、同僚にか、自分自身にか。

その全部かもしれなかった。

 

バブルガムフェローも、目元を押さえたまま小さく頷く。

 

「...うん...ごめん...」

 

部屋の空気は重い。

だが、泣き崩れていた直後の張り詰めた苦しさとは少し違う。

 

これは、感情を吐き切ったあとの倦怠だった。

そしてその倦怠の下には、次の恐怖が静かに横たわっている。

 

ナカヤマフェスタは机の上の予算資料に視線を落とした。

 

「...ひとまず来期の予算への対応は済ませた...これからどうするかだが...」

 

その言葉で、幹部たちの意識がわずかに現実へ引き戻される。

 

そうだ。

泣いて終わりではない。

 

むしろ本当の問題はここからだった。

 

エアグルーヴが、赤くなった目のまま資料を見る。

 

「...確か、ウーフィ協会の価値を示せなければ、もっと減るんですよね...」

 

ナカヤマフェスタは頷いた。

 

「...ああ、スピードシンボリの奴は...三割から四割は削減出来ると言っていた...」

 

その一言で、また部屋の空気が冷える。

 

バブルガムフェローが、乾いた唇を動かす。

 

「...今回二割削減だったってことは...」

 

シリウスシンボリが反射的に言葉を継いだ。

 

「単純計算で倍の人員整理を行うってことか!?」

 

怒鳴り声ではない。

だが、その問いの中には明確な恐怖があった。

 

ヘロドが、静かに最悪の未来を言葉にする。

 

「...次は6課だけでは済まない、5課と4課の一部も...」

 

そこで全員の顔がさらに曇った。

 

さっきまで切り捨てた部下たちの顔でいっぱいだった心に、

今度は“まだ残っている部下たち”の顔が浮かび始める。

 

東部5課。

南部5課。

北部4課。

西部本部の中堅層。

 

ようやく守ったと思ったところまで、次は刃が届くかもしれない。

 

それはもう、組織の再編ではない。

組織の骨そのものが削られる話だ。

 

ナカヤマフェスタは、少し強めに言った。

 

「...お前ら...気持ち落ち着けたらすぐに改革案練るぞ...残った人員まで消えたら...もう...立ち直れない...」

 

その声に、今度は全員が即座に反応した。

 

エアグルーヴが背筋を伸ばす。

 

「はい...!」

 

シリウスシンボリも、涙で赤くなった目のまま歯を食いしばる。

 

「くそ...!残った奴らは捨てさせねぇ!」

 

ヘロドも低く、しかしはっきりと言う。

 

「ああ...!もう人を切るのはごめんだ!」

 

バブルガムフェローも、嗚咽を飲み込むように頷いた。

 

「うん...!私、もうこんな思い嫌だ!」

 

その時だった。

 

コンコン、と扉が叩かれる。

 

こんな時間に来客。

しかも今この部屋に来る者など、そう多くない。

 

ナカヤマフェスタが顔を上げる。

 

「...誰だ?」

 

返事を待たずに扉が開いた。

 

ガチャ。

 

そこに立っていたのは、紫がかった照明の下でも分かるくらい顔色の悪いウマ娘だった。

 

トランセンド。

 

セブン協会の協会長であり、都市でも最上級の情報屋。

だが今ここに立っている彼女は、情報を操る切れ者ではなく、何か大切なものを削られすぎた後の顔をしていた。

 

「...失礼するよん」

 

その軽い語尾だけが、かろうじて彼女らしさを残している。

 

エアグルーヴが目を見開く。

 

「トランセンド協会長...」

 

シリウスシンボリは彼女の顔を見て、思わず眉をひそめた。

 

「...お前も随分やつれてるように見えるが...」

 

トランセンドは苦くも笑えない顔で肩を竦める。

 

「...ウーフィのみんな、酷い顔してるね」

 

その言葉に皮肉はなかった。

なぜなら、自分も同じ顔をしているからだ。

 

ヘロドが静かに息を呑む。

 

「...待て、すごく嫌な予感がする」

 

ナカヤマフェスタは、その予感を隠さずに答えた。

 

「...そういえば言ってなかったな。今回の協会長会議ではウーフィ協会は二割減ったが、セブン協会もオグリキャップに代替可能って言われて予算を二十五パーセント減らされたんだよ」

 

一瞬、誰も言葉を失った。

 

バブルガムフェローがかろうじて声を出す。

 

「...えっ、じゃあまさか...」

 

トランセンドは、そこでほんの一拍だけ沈黙した。

 

そして、あまりにも静かに言った。

 

「...うちの子たち、去っちゃった...」

 

その一言は重かった。

 

説明はいらなかった。

 

削られた。

整理した。

通告した。

送り出した。

そういう一連の全部が、その短い言葉の中に詰まっていた。

 

部屋は、また深い沈黙に包まれる。

 

今まで自分たちの地獄だけでいっぱいだった幹部たちに、

“同じ地獄が別の協会でも起きていた”

という現実が重なる。

 

ナカヤマフェスタがようやく口を開く。

 

「...お前のところの連中はどうした?」

 

トランセンドは、部屋の中へ数歩進みながら答えた。

 

「幹部のみんなには休んでもらってるよ...この数日で無理させすぎたから...」

 

それは、ウーフィ側の幹部たちにとって少しだけ羨ましい判断だった。

いや、正しい判断と分かっているからこそ余計に痛い。

 

ナカヤマフェスタは続ける。

 

「...お前自身は?」

 

トランセンドは、椅子にも座らず立ったまま苦く笑う。

 

「...協会長が働かないと組織は動かないからね...」

 

一拍置いて、ようやく本題を出す。

 

「とりあえず予算減らされた協会同士で今後の改革案話し合いたくて来た...」

 

それはとても合理的な話だった。

合理的であるはずなのに、どこか悲鳴に聞こえた。

 

しばしの沈黙。

 

そしてナカヤマフェスタが、ふっと力を抜いたように言う。

 

「...お前ら、全員今日は休め」

 

幹部たちが一斉に顔を上げる。

 

エアグルーヴが反射的に反論しかけた。

 

「...え、いやしかし...」

 

ナカヤマフェスタはそれを遮る。

 

「...お前らだって疲れただろ...トランとは少し話がある...」

 

その言葉には、有無を言わせないものがあった。

 

ヘロドが先に頷く。

 

「...わかった」

 

シリウスシンボリも、椅子から立ち上がりながら低く言う。

 

「...無理はすんなよ」

 

バブルガムフェローは最後まで心配そうだった。

 

「...協会長っていっても...抱え込み過ぎないでね...」

 

その一言を残して、四人はゆっくりと退室していく。

 

扉が閉まる。

 

部屋に残ったのは、ナカヤマフェスタとトランセンドの二人だけだった。

 

沈黙。

 

長い、長い沈黙だった。

 

二人とも、さっきまで誰かの前では崩れまいとしていた。

けれど今は、そうする必要がない。

 

同じ地獄を見た者同士だからだ。

 

トランセンドが、ぽつりと呼ぶ。

 

「...ナカヤマさん」

 

ナカヤマフェスタは、視線を外したまま答える。

 

「...なんだ?」

 

トランセンドは少しだけ俯いて、言葉を探してから口にした。

 

「...ウチらのやってきたことって...なんだったんだろうね...」

 

その問いには、情報屋としてのトランセンドの誇りが、静かに砕けた気配があった。

 

ナカヤマフェスタはすぐには答えない。

 

「……さぁな」

 

トランセンドが続ける。

 

「...なんかさぁ、情報ってそんなものだったのかな...って...」

 

「個人で賄えるような程度のものを組織でやってたのかなって...」

 

彼女の目は、壁ではなくもっと遠いどこかを見ていた。

 

セブン協会。

自分が育て、拡張し、都市に価値を示してきた組織。

その仕事の中核が、オグリキャップ一人で代替できると判断された。

 

その痛みは、たぶんまだ言葉になりきっていない。

 

ナカヤマフェスタも、静かにそれを受け取る。

 

「...仲介や立ち会いも...結局信頼出来るやつに流れるのは...当然なのかもな...」

 

自分の協会の存在意義を、自分で削るような言葉だった。

 

ウーフィ協会は、人と人の間に立つことで価値を持つ。

だが、もし都市の上位層が“協会”より“個人”を信頼したなら。

それがオグリキャップみたいな例外なら。

その時点で、理屈の上ではウーフィ協会は競り負ける。

 

正しい。

あまりにも正しい。

だからこそ救いがない。

 

トランセンドが、かすかに笑いそうになって失敗する。

 

「...みんな頑張ってたのになぁ...」

 

その一言が、この数日間のすべてを物語っていた。

 

情報を集めた。

仲介をした。

立ち会った。

整理した。

働いた。

必死にやった。

 

なのに、その努力そのものが否定されたわけではないのに、結果として“不要寄り”と見なされた。

 

ナカヤマフェスタも、短く答える。

 

「...ああ。」

 

沈黙。

 

だがその沈黙は、さっきまでの絶望一色ではなかった。

 

底を見た者同士が、ようやく次を見ようとしている沈黙だった。

 

トランセンドが、弱い声のまま、それでもはっきりと言う。

 

「...改革...しよっか...もう...失いたくないもん...」

 

その言葉には情報屋としての理屈も、協会長としての建前もなかった。

 

ただの本音だった。

 

もう失いたくない。

 

もう、自分の手で去らせたくない。

 

ナカヤマフェスタは、それに小さく頷く。

 

「...だな」

 

その返事は、短い。

だが、十分だった。

 

この夜、予算を削られた二つの協会は、

涙と喪失の果てでようやく同じ場所に立った。

 

都市の理屈に押し潰され、

自分たちの部下を送り出し、

それでもまだ協会長であることをやめられない二人が。

 

次にやるべきことは、もう決まっている。

 

泣くのは終わり。

後悔も終わりではないが、止まっているだけでは何も守れない。

 

だからこそ――改革する。

 

もう二度と、こんな別れを繰り返さないために。

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