ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

159 / 197
徹夜

ウーフィ協会本部 協会長室。

深夜。

 

時計の針はとっくに日付を跨いでいた。

 

窓の外には、都市の夜景が広がっている。

翼の高層ビル群は冷たい光を放ち、遠くの路線ではまだ夜行列車が動き続け、裏路地のどこかではきっと今も誰かが仕事をしている。

 

都市は眠らない。

 

けれど、この部屋にいる二人は、もはや「眠らない」などという生易しい状態ではなかった。

 

ウーフィ協会協会長、ナカヤマフェスタ。

セブン協会協会長、トランセンド。

 

机を挟んで向かい合ってはいるものの、その姿はもはや普段の彼女たちとは程遠い。

 

目の下には濃い隈。

乾いた唇。

焦点の合っているようで合っていない目。

それでも意識だけは、無理やり仕事に縛り付けている。

 

限界を超えている、という表現すら足りなかった。

 

二人とも、感情を吐き切り、部下を送り出し、組織の痛みを真正面から受け止めたあとだ。

本来ならそこで倒れて当然だった。

 

それでも倒れていないのは、倒れた瞬間に次の削減が来ると分かっているからだった。

 

トランセンドが、机の上に散らばった資料を指先で払うようにめくる。

 

その資料には、びっしりと数字、矢印、再編案、そして赤いバツ印が並んでいた。

 

「動的相関分析……これだけで協会を成り立たせるとしたら、どれくらいの単価になると思う?」

 

声は掠れていた。

それでも思考だけは止めない。

 

ナカヤマフェスタは少しだけ目を閉じ、それから低く答える。

 

「...都市の情勢を丸ごと把握して、しかもリアルタイムで公表出来るぐらいしないと価値はない」

 

淡々とした口調。

だがその内容は重い。

 

「無論、そのうえで一件ごとにかなりの金額になる。……その需要がなければ意味が無い」

 

トランセンドは小さく頷いた。

 

「そっか。ならもっと変える必要があるね」

 

その返答には諦めがなかった。

いや、正確には、諦める余力すらもう残っていないのだろう。

 

ナカヤマフェスタも、手元の契約再設計案に視線を落とす。

 

「...こっちも契約の設計に専門を移すとしたら、客単価を上げないと厳しい」

 

紙の上には、仲介、立ち会い、交渉補助、契約監修といった既存の枠組みが書かれている。

その大半には、赤い線でバツが引かれていた。

 

「生半可な改革ではダメだ」

 

トランセンドが乾いた笑みを浮かべる。

 

「本業の大半が消えたとはいえ、なんとか方向性は同じでも別ものに変えないといけないからね」

 

ナカヤマフェスタは頷く。

 

「あくまで情報のセブン、契約取引のウーフィだったからな。その建前は崩せない」

 

一拍置いて、はっきり言う。

 

「崩せば、本当に意味がなくなる」

 

それは誇りの話だった。

もう一度壊されかけている、協会そのものの誇りの話だ。

 

トランセンドは、資料の端を指でなぞりながら言う。

 

「うん、もう誇りなんてとっくに壊されたけど……やるよ」

 

軽い調子で言ったつもりなのだろう。

だが声に力はない。

 

ナカヤマフェスタが、机に肘をついたまま短く息を吐く。

 

「私らが壊れるぐらいで終わる組織なら、それまでだったってことだ」

 

その目は死にかけていた。

それでもなお、芯だけは折れていない。

 

「でも、そんなことはさせない」

 

トランセンドが小さく笑う。

 

「だね」

 

それだけだった。

 

それだけの会話なのに、その一つ一つに二人の意地が詰まっていた。

 

そこから先は、ほとんど言葉もなく時間だけが過ぎていった。

 

紙をめくる音。

端末の打鍵音。

たまに入る短い確認。

 

「これはだめ」

「単価が足りない」

「需要が弱い」

「協会の看板と矛盾する」

「その案だと結局オグリの下位互換だ」

 

そうして、新しい改革案が積み上がっては消えていく。

 

机の端に山のように積まれた紙束には、無数のバツ印が入っていた。

それは失敗の数であり、足掻いた証でもあった。

 

二人は、気づけばその紙の山の中に沈み込むようにして朝を迎えていた。

 

---

 

翌朝

 

ウーフィ協会本部の廊下には、重たい空気が漂っていた。

 

昨日までの通告、再就職斡旋、減給説明。

それらすべてを終えた本部の人間たちは、誰も彼も寝不足だった。

 

とりわけバブルガムフェローはひどかった。

 

目の下に影が落ち、髪もいつもより少し乱れている。

本来なら朗らかで頼れる本部長である彼女も、さすがに今朝はその余裕を保てていない。

 

「い、一睡も出来なかった……協会長、大丈夫かな……」

 

誰に言うでもなく漏らしたその声に、足音が重なる。

 

振り向くと、そこには見慣れた、だがやはり見慣れたくないほど酷い顔があった。

 

フリオーソだった。

 

セブン協会の協会長秘書。

トランセンドの腹心。

普段はきっちりとした印象の彼女も、今朝ばかりは顔色が悪く、明らかに限界に近い。

 

「バブル本部長……」

 

「……フリオーソさん?」

 

バブルガムフェローは一瞬だけ驚いたが、すぐに理由を察した。

 

「……どしたの?」

 

フリオーソは少しだけ視線を落とす。

 

「今朝になっても、セブン協会本部に協会長が戻ってなかったので……ウーフィにいると思い、迎えに来ました……」

 

なるほど、とバブルガムフェローは頷いた。

 

「……やつれてますね」

 

フリオーソがそう言うと、バブルガムフェローは疲れた顔のまま小さく笑う。

 

「……君もね」

 

「……ええ」

 

短いやり取りだったが、それだけで互いの状態は十分伝わった。

 

「……多分協会長室にいると思うよ。迎えに行こっか」

 

「……分かりました」

 

二人は並んで歩き出した。

 

廊下を進む足取りは重い。

そしてその重さの中には、嫌な予感がはっきりと混じっていた。

 

---

 

協会長室

 

コンコン。

 

「...協会長、いる?」

 

返事はない。

 

フリオーソが扉の前で耳を澄ます。

 

「...返事はありませんね」

 

バブルガムフェローは少しだけ眉を寄せ、静かに言った。

 

「...入るよ」

 

「...失礼します」

 

ガチャ。

 

扉が開いた瞬間、二人は揃って言葉を失った。

 

そこには、徹夜の痕跡があまりにも生々しく残っていた。

 

机の上どころか床にまで積み上がった改革案の資料。

何度も書き直された計算表。

あちこちに走るバツ印。

乱雑に開かれた端末。

冷めきった飲み物。

書きかけのメモ。

 

そしてその山の中に埋もれるようにして、二人の協会長がいた。

 

トランセンド。

ナカヤマフェスタ。

 

椅子に座ったままでもなければ、きちんと机に伏しているわけでもない。

資料の山に身体を預けるようにして沈み込み、ほとんど気絶に近い状態で眠っていた。

 

その姿は、ただの徹夜明けではなかった。

 

本当に限界を超えた人間の姿だった。

 

バブルガムフェローの顔色が変わる。

 

「...っ」

 

フリオーソも息を呑む。

 

「これは……」

 

次の瞬間、二人は同時に駆け寄っていた。

 

「...協会長!」

 

「協会長!」

 

バブルガムフェローはナカヤマフェスタの肩を抱くようにして揺らす。

 

「ナカヤマさん!……ごめん……ごめんなさい……!」

 

謝る必要なんて本来ない。

それでも口から出るのはその言葉だった。

 

フリオーソも、トランセンドの傍に膝をつく。

 

「...協会長……しっかりしてください……!」

 

その声には、秘書としての取り繕いが一切なかった。

ただ、上司を失うかもしれない恐怖だけが滲んでいた。

 

しばらくして、二人の瞼が微かに揺れる。

 

ナカヤマフェスタが、掠れた声で呟いた。

 

「...バブル……か……?」

 

トランセンドも遅れて目を開く。

 

「....フリオ……?」

 

ようやく目を覚ました。

 

だが、それは“十分に休んで起きた”という目ではない。

身体だけがかろうじて意識に戻ってきた、そんな危うい目だった。

 

ナカヤマフェスタは焦点の定まらない視線のまま、バブルガムフェローを見る。

 

「...私、なんとか考えたよ……ウーフィ……守るために……」

 

フリオーソの肩が震える。

 

トランセンドも、掠れきった声で言った。

 

「...フリオ……セブン……立て直せるよ……みんなで……守れる……」

 

その言葉を聞いた瞬間、バブルガムフェローは完全に涙腺が終わった。

 

「うん! うん! 知ってるよ! だって……!」

 

声が詰まる。

 

「ナカヤマさん……誰よりも頑張ってるもん……!」

 

フリオーソも同じだった。

 

「協会長……! すみません……! 貴女だけに抱え込ませて……!」

 

ナカヤマフェスタは、意識の浅いまま小さく言う。

 

「...みんなで……やるぞ……」

 

トランセンドは、泣き崩れかけているフリオーソを見て、弱々しく笑おうとした。

 

「...フリオ……泣かないでよ……酷い顔じゃん……」

 

その言葉で、余計にフリオーソの涙は止まらなくなった。

 

こうして協会長室は、前夜とは別の意味で完全に地獄となった。

 

泣き崩れる部下。

限界を超えてなお改革案に縋る上司。

守られる側だった者たちが、今度は守る側になろうとする瞬間。

 

それは痛々しく、けれど確かに前へ進む光景でもあった。

 

---

 

やがて、ある程度落ち着きを取り戻した二人は、それぞれ自分の上司を休ませることにした。

 

フリオーソが、慎重にトランセンドの身体を支える。

 

「...バブルさん……では私は協会長を休ませますので……」

 

バブルガムフェローも、ナカヤマフェスタをソファへ運びながら頷いた。

 

「うん……こっちもナカヤマさん休ませるね……」

 

「では失礼します……」

 

フリオーソは、ほとんど気絶したままのトランセンドを背負って退室していった。

 

その背中は、頼りなくもあり、頼もしくもあった。

 

部屋に残ったバブルガムフェローは、ナカヤマフェスタをそっとソファに横たえる。

 

資料の山。

バツ印だらけの改革案。

その中心で倒れるように眠る協会長。

 

バブルガムフェローは、その寝顔を見つめて、小さく呟いた。

 

「...協会長……」

 

そして、ゆっくりと毛布を掛ける。

 

「...ごめんね」

 

その謝罪には、今まで守られていた側としての悔しさが滲んでいた。

 

「私たちで……守ろう……ウーフィ協会……」

 

それは小さな声だった。

 

けれど、その部屋のどんな改革案よりも真っ直ぐで、確かな決意だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。