ウーフィ協会本部、協会長室。
夜。
泣き崩れ、部下を送り出し、徹夜の果てにようやく眠ったナカヤマフェスタを休ませてから、数日。
本部の空気は、まだ重い。
けれど、止まっているわけにはいかなかった。
来期の予算削減は決定事項。
しかもそれは警告に過ぎず、次の期にはさらに大きく削られる可能性がある。
つまり、今ここで変われなければ、次はもっと多くを失う。
その現実だけが、幹部たちを会議室へ座らせていた。
協会長室の机の上には、新しくまとめられた資料が置かれている。
題名は、簡潔だった。
**ウーフィ協会再編試案**
席についているのは、ナカヤマフェスタ。
東部支部長シリウスシンボリ。
南部支部長エアグルーヴ。
北部支部長ヘロド。
西部本部長バブルガムフェロー。
誰の顔にもまだ疲労は色濃く残っている。
だが、前回の会議と違うのは、今回は涙ではなく、意志でここにいることだった。
ナカヤマフェスタが、資料を軽く叩く。
「……始めるぞ」
その声はまだ万全ではない。
それでも、前よりは芯が戻っていた。
「今までのウーフィ協会は、東西南北の支部で地域を分けて、ほぼ同じ業務を流す体制だった」
誰も異論はない。
それはウーフィだけではない。
十二協会の多くがそうだ。
各支部は管轄地域が違うだけで、やることそのものはほぼ変わらない。
そして課は上から1課が精鋭、6課が新人寄り。
これは協会という制度における、もはや当然の形だった。
ナカヤマは続ける。
「だが、その体制のままじゃオグリキャップに勝てない」
その言葉は、重いが真っ直ぐだった。
「今までのウーフィの強みは、“どの地域でも同じ品質で仲介と立ち会いができること”だった」
「でも、それを個人でやれる例外が出た以上、同じことを薄く広くやる意味が薄れた」
エアグルーヴが頷く。
「ええ……従来通りの“均質な仲介屋”では、削減対象として見られ続けます」
ヘロドも低く続けた。
「つまり必要なのは、地域で分けるのではなく、役割で分けることか」
「そういうことだ」
ナカヤマフェスタは資料をめくる。
そこには大きく二つの柱が記されていた。
**一、各支部の専門分化**
**二、各課の再定義**
バブルガムフェローが少しだけ目を見開く。
「……本当にやるんだね」
ナカヤマは短く答える。
「やる」
シリウスシンボリが腕を組んだまま、資料を睨む。
「支部ごとの専門分化ってのは分かる。けど、課の再定義ってのは相当だぞ」
「今までの1課〜6課の空気、ほとんど壊れる」
その通りだった。
1課は精鋭。
6課は新人。
その価値観は、協会で生きる者たちにとって当たり前すぎるほど当たり前だ。
そこへ手を入れるということは、単なる業務改革ではない。
協会内部の常識そのものを崩すことになる。
ナカヤマフェスタは、それを承知で言った。
「だからやるんだよ」
部屋が静まる。
「今までは、“強い奴ほど上の課に行く”“下の課は育成枠”で済んだ」
「でもこれから必要なのは、“誰がどの仕事を専門にするか”だ」
一拍。
「もう、課の価値を階級で決める余裕はない」
その言葉に、エアグルーヴが真剣な表情で資料を読み直す。
「……つまり、1課が最強、6課が最下位、という見方自体を壊すのですね」
「そうだ」
ヘロドが眉を寄せる。
「だが、それは相当の反発を生むぞ」
「今まで上を目指してきた者ほど、自分の価値が曖昧になる」
「分かってる」
ナカヤマフェスタの答えは早かった。
「でも、それでもやる。協会を残すためだ」
その一言で、会議室の空気が少しだけ変わった。
これは綺麗な改革ではない。
現場に混乱も出る。
不満も出る。
今までの評価軸で積み上げてきた者には、痛みもある。
それでも、やるしかない。
なぜなら、やらなければ次はもっと多くが消えるからだ。
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ナカヤマが一枚の資料を中央へ出す。
「まず、支部の専門性からだ」
そこには四つの柱が並んでいた。
**東部支部:裏路地・五本指・非公式契約対応**
**南部支部:協会間・中規模組織間契約調整**
**北部支部:翼案件・高額長期契約・監査**
**西部本部:条文設計・契約審査・全体統括**
バブルガムフェローが目を通しながら呟く。
「……かなり分けたね」
ナカヤマが頷く。
「今後は“どこでも同じ仕事をする支部”じゃなく、“その分野ならそこに頼む支部”にする」
エアグルーヴがまず反応した。
「南部が協会間・中規模組織間契約なのは、比較的公的な色の強い案件を想定していますね」
「そうだ。南部は秩序だった案件を多く扱う」
「なら、手順整備や様式統一も同時に必要ですね」
「任せる」
エアグルーヴは小さく頷く。
規律に厳しい彼女には、たしかに最も向いている領域だった。
次にシリウスシンボリが鼻を鳴らす。
「東部が裏路地と五本指か」
「……まあ、だろうな」
その声には不満より納得があった。
元裏路地側の人間であり、都市の汚い契約の匂いにも慣れている。
表の協定より、非公式の駆け引きや縄張りの空気を読む方が性に合っている。
ナカヤマフェスタもそこははっきりしていた。
「東部は“危ないが需要の高い契約”を拾う」
「オグリが簡単な仲介を持っていくなら、こっちはもっときな臭くて複雑な話を取りに行く」
シリウスが口端をわずかに上げる。
「上等だよ」
ヘロドは北部支部の欄を見て、静かに考え込んでいた。
「翼案件、高額長期契約、監査……」
「責任が重いな」
ナカヤマが頷く。
「だからこそ北部だ」
「長期履行、違反確認、条件監査。ここは厳格さがいる」
ヘロドは少しだけ目を伏せ、それからはっきりと答えた。
「……引き受ける」
最後に本部の欄。
西部本部、すなわちバブルガムフェローの領域だ。
「条文設計、契約審査、全体統括……」
フェローは紙を見つめたまま言う。
「つまり本部は、現場に立つより“契約を作る側”に寄るんだね」
「そうだ」
ナカヤマフェスタの声は少しだけ柔らかかった。
「オグリが強いのは、約束を通すことだ」
「でも“どういう約束にするか”までは詰められない」
「ならウーフィはそこをやる」
バブルガムフェローは、しばらく考えたあとで頷いた。
「……うん。なら本部は“通す組織”じゃなく、“成立させる組織”になるんだね」
「そういうことだ」
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そこでナカヤマは、さらにもう一枚の資料を出した。
ここからが本当の難所だった。
**1課:契約設計課**
**2課:現場交渉課**
**3課:履行監査課**
**4課:調停整理課**
**5課:文案補助課**
**6課:記録保全課**
しばらく、誰も声を出さなかった。
今までの価値観で見れば、これはほとんど異物だったからだ。
1課から6課までの番号はそのまま。
だが意味が、まるで違う。
もうそこには「上の課ほど偉い」「下の課ほど未熟」という発想がない。
ナカヤマフェスタが説明する。
「これからは、課は階級じゃなく役割で分ける」
「1課が一番強い、6課が一番弱い、って考え方は捨てろ」
「1課は設計専門、2課は現場特化、3課は監査、4課は調停、5課は補助文案、6課は記録保全だ」
エアグルーヴが静かに資料を持ち上げた。
「……つまり、たとえ一級フィクサーであっても、記録保全に適性があるなら6課に配置される可能性があるのですね」
「ある」
その即答に、やはり部屋は少し緊張した。
これは、本当に今までと違う。
ヘロドが低く言う。
「6課が“新人の仮置き場”ではなくなるのか」
「そうだ」
「記録保全と過去契約管理を担当するなら、むしろ下手な者を置けない」
「その通り」
バブルガムフェローの目が少しだけ変わる。
「……それ、いいかも」
全員がそちらを見る。
フェローは続けた。
「今まで6課って、どうしても“下積み”って見られやすかったでしょ」
「でも記録保全が正式な専門部署になるなら、残された子たちにも新しい誇りを渡せるかもしれない」
その言葉に、空気が少しだけ和らいだ。
たしかにそうだ。
今回、真っ先に削られたのは6課だった。
だからこそ、その“6課=末端”という認識を壊すことには意味がある。
シリウスシンボリが腕を組んだまま言う。
「2課が現場交渉、3課が監査か……」
「これ、戦闘力が高い奴が必ずしも上に来るわけじゃなくなるな」
ナカヤマは頷く。
「そうだ。必要なのは強さじゃなく、適性だ」
「強くても条文設計に向かない奴はいる。逆に戦闘は並でも、契約の穴を見抜くのに長けた奴もいる」
「今後はそこを見て振り分ける」
エアグルーヴがそこで少しだけ苦い顔になる。
「……かなり混乱しますね」
「するだろうな」
「昇進観念も崩れます。今までは1課配属が栄誉でしたから」
「分かってる」
ナカヤマは、疲れた目のまま、それでも真っ直ぐに言った。
「でも、今のままの栄誉の形を守って協会が潰れたら意味がない」
その一言が重かった。
誰も反論しなかった。
結局のところ、それが一番正しいからだ。
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会議はさらに続いた。
支部間の案件移送ルール。
各課の研修基準。
階級ではなく適性評価を行う新基準。
記録保全課の守秘権限。
契約設計課と現場交渉課の連携。
議論は尽きない。
問題も山ほど出る。
だが、前回までと違って、今日は少しだけ前を向いた話ができていた。
シリウスシンボリが、資料を閉じながら言う。
「……ずいぶん変わるな、今までのウーフィとは、だいぶ別物だ」
ナカヤマフェスタはそれを否定しなかった。
「だろうな」
バブルガムフェローが、静かに微笑む。
「でも、ウーフィ協会ではある。約束や契約を扱うって本質は消えてないから」
ヘロドも頷く。
「専門性を守ったまま、構造だけ変える。改革の基本だ」
エアグルーヴが最後に資料を整えながら言った。
「……なら、やるしかありませんね」
その声には、以前より確かな力があった。
ナカヤマフェスタは、机の中央に置かれた改革案を見つめた。
たくさん失った。
もう戻らないものも多い。
けれど、それでも残った者たちがいる。
守らなければならない協会がある。
だから、この改革は敗北の証明じゃない。
**二度と同じ負け方をしないための、再編成だ。**
ナカヤマフェスタは、短く言った。
「……これでいくぞ」
誰も迷わなかった。
その瞬間、ウーフィ協会はようやく、
削られるだけの組織から、
自ら形を変えて生き残ろうとする組織へと変わり始めた。