ウーフィ協会各支部、そして西部本部。
再編案が正式に下りてきたその日、協会の空気はいつもと明らかに違っていた。
理由は単純だ。
まず、人が減っている。
空席になった机。
返却されていないまま残っている筆記具。
引き継ぎのために綺麗に整理された棚。
そこにあったはずの気配だけが抜け落ちている。
それだけで、もう十分すぎるほど現実だった。
そしてその上で、各支部長や本部長が持ってきた再編通達。
支部ごとの専門分化。
課の再定義。
今までの「1課が精鋭で6課が新人」という運営観の見直し。
階級ではなく、仕事内容と適性による再配属。
どれもこれも、ウーフィ協会で長く働いてきた者ほど驚く内容だった。
だが。
その驚きの前に、現場の誰もがもっと重く理解していることがあった。
**今までのままでは、次はもっと減る。**
その事実だ。
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東部支部
東部支部の会議室には、いつもよりずっと多くの沈黙があった。
東部1課から6課までの部長と、各課のフィクサーたち。
皆、呼ばれた時点でただの業務連絡ではないと察していた。
前に立つのはシリウスシンボリ。
いつものような乱暴な立ち方ではある。
だが、その顔つきには以前よりずっと疲労と、そして妙な静けさがあった。
背後の投影盤には、再編案が映し出されている。
東部支部――
**裏路地・五本指・非公式契約対応特化**
さらに、課再編。
1課、契約設計。
2課、現場交渉。
3課、履行監査。
4課、調停整理。
5課、文案補助。
6課、記録保全。
ざわめきが起きるかと思われた。
だが、実際には小さな息を呑む音が散るだけだった。
皆、動揺はしている。
しているが、それ以上に先に頭に浮かぶものがある。
東部6課からいなくなった面々。
つい先日まで隣にいた、今はもういない仲間たち。
シリウスシンボリは、全員を見回してから言った。
「……見ての通りだ」
短い一言だった。
「今まで通りの東部じゃ、もう持たねぇ」
会議室が静まる。
「オグリキャップの件で予算が削られた。お前らも知ってる通り、もう何人か去った」
言葉が刺さる。
「んで、上はそのうえで考えた。支部の専門性を上げる。課を階級じゃなく仕事で分ける。……正直、今までのウーフィからすりゃ相当変だ」
そこで少しだけ苦く笑う。
「でもな、変だからやるんだよ」
その言葉に、東部1課部長がゆっくり口を開いた。
「……支部長。つまり、東部は今後もっと裏路地寄り、非公式寄りの契約を主に拾う、という理解でいいのですね」
「ああ」
「なら、今までより現場判断の比率が上がる。表向きの文面より、相手の空気と縄張りの掟を読む力が要る」
「そうなる」
1課部長は少しだけ目を伏せ、そして頷いた。
「……分かりました。やりましょう」
その一言を皮切りに、現場の空気が少しずつ変わる。
東部2課のフィクサーが言う。
「正直、いきなり全部は慣れないっす。でも……」
彼女は少し言葉を探してから、続けた。
「辞めてった奴らの席、見てると文句言ってる場合じゃないのは分かるんで」
別の者も頷く。
「シリウス支部長も、相当無理してこれ持ってきたんでしょう」
その言葉に、シリウスは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
だが現場はもう見抜いていた。
目の下の隈も、掠れた声も、前よりさらに荒れた気配も。
何か重いものを越えてきた顔だと、誰の目にも分かる。
東部6課の残ったフィクサーが、小さく、しかしはっきりと言う。
「……今まで“6課だから下”って、どこかで思ってました」
会議室が少しだけ緊張する。
「でも、仲間が消えて、しかも次にまた削られるかもしれないって時に、そんなこと言ってる場合じゃないです」
彼女は投影盤の“記録保全課”の文字を見る。
「だったら、ここが本当に必要な部署だって証明します」
その言葉は重かった。
東部支部の全員が、それぞれ少しずつ、しかし確実に理解していく。
もう前の形には戻らない。
でも、崩れたまま座り込むわけにもいかない。
なら、やるしかない。
最終的に、東部支部の空気はひとつの方向へまとまった。
**残った自分たちで支える。**
それしかないのだと、全員が腹を括った。
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南部支部
南部支部では、空気が東部とは少し違っていた。
静かで、重い。
だが芯が通っている。
エアグルーヴが支部の全課を集めて再編を説明すると、最初に起きたのは戸惑いよりも、緊張を伴う理解だった。
南部支部――
**協会間・中規模組織間契約調整特化**
そして、課の再定義。
規律を重んじる南部の現場にとって、それは大きな変化だった。
これまで明確だった上下の目安が薄れ、代わりに役割ごとの責任が前に出る。
けれど、南部のフィクサーたちは子供ではなかった。
何より、ついこの前、自分たちの仲間が去っていくのを見ている。
そして支部長自身が、彼女らしい厳格さを保ちながらも明らかに痛みを抱えているのを知っている。
南部3課部長が最初に言った。
「……支部長。今回の再編、現場への負担は当然増えます」
「そうだ」
「ですが、今のままでは次がある」
「……その通りだ」
短いやり取りだった。
だが、それだけで十分だった。
南部5課の若手フィクサーが、おそるおそる口を開く。
「……正直、怖いです」
それは誰も責められない本音だった。
「自分がどこに行くのかも、何を任されるのかも、まだはっきり分からないし……」
一瞬、会議室の空気が沈む。
だが彼女は続けた。
「でも、去った先輩たちが、最後に“残る人たちは頑張って”って言ってたんです」
その一言で、場の温度が変わる。
そうだ。
残った側には、去った側の言葉も背負われている。
南部6課の一人が、少しだけ俯きながら言った。
「今まで6課って、いつか上に行くまでの場所だと思ってました」
「でも今回の再編で、記録保全とか補助文案とか、そういう“残す仕事”が正式に価値を持つなら……」
顔を上げる。
「……やります。ちゃんと意味のある課にします」
エアグルーヴは、その言葉を聞いてほんの少しだけ表情を緩めた。
「そうか」
それだけしか言わなかった。
だが、その短い返答の中に、支部長としての安堵と誇りが確かにあった。
南部支部は最後に、誰からともなく頷き合う空気になった。
文句はある。
不安もある。
疲れもある。
喪失感も消えていない。
それでも。
**ここで崩れたら、去った仲間も、苦しみながら再編を持ってきた上司も、全部無駄になる。**
そう分かっていた。
だから南部は、静かに覚悟を決めた。
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北部支部
北部支部の反応は、最も抑制されていた。
そして同時に、最も重かった。
ヘロドが再編案を読み上げる間、会議室は信じられないほど静かだった。
北部支部――
**翼案件・高額長期契約・監査特化**
業務の責任は明らかに重くなる。
判断の誤りが、今まで以上に大きな損害へつながる。
しかも課は再定義される。
今までの「上の課ほど優秀」という秩序感覚も変わる。
混乱して当然だった。
だが、北部支部のフィクサーたちは、まず別のことを考えていた。
去っていった者たち。
そして、彼らを送り出した支部長の顔。
北部1課部長が静かに問う。
「……支部長。この改革案は、相当無理を通して作ったものですね」
ヘロドは少しだけ沈黙したあと、答えた。
「……そうだ」
それだけで、全員十分だった。
北部の現場は、余計な感傷を表に出さない。
だが、何が起きていたのかは分かる。
北部4課の中堅フィクサーが低く言った。
「今まで通りでは駄目だと判断された。だから変える」
「なら、変わるしかない」
あまりにも北部らしい言葉だった。
別のフィクサーも続ける。
「……正直、今でも納得はし切れていません」
「ですが、支部長の顔を見れば、軽い判断ではなかったのは分かります」
会議室に小さく頷きが広がる。
そして、北部6課の一人がはっきりと言った。
「今まで“6課”って聞くだけで、どこか半人前扱いされる感じがありました」
「でもこれからは違うんですよね」
彼は資料を見る。
「記録も監査も、長期契約では命綱だ」
「なら、俺たちも下じゃない」
ヘロドは、その言葉に一度だけ目を伏せ、そして言った。
「……ああ」
短い。
だが、強い返答だった。
北部支部の現場は、最後に全員が立ち上がるような熱さはなかった。
その代わり、もっと怖いほど静かな決意が共有された。
**やる。**
ただその一点だけが、重く、固く支部全体に根を下ろした。
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西部本部
西部本部の会議室は、ある意味いちばん空気が張り詰めていた。
本部は支部よりも、いなくなった人の痕跡が濃い。
机の配置。
引き継ぎ資料。
整理済みの棚。
誰がどの書類を扱っていたか、日常そのものに染みついている。
だからこそ、本部長のバブルガムフェローが再編案を持ってきた時、現場の全員はその顔を見てまず察した。
本部長もまた、限界まで苦しんだのだと。
西部本部――
**条文設計・契約審査・全体統括**
今後は“通す”より“成立させる”側へ寄る。
それは本部にとって大きな方向転換だった。
加えて、課も再定義される。
設計、現場、監査、整理、補助、記録。
どれも本部の業務に深く関わる。
つまり本部は今後、各課の連携の中心になる。
バブルガムフェローは、できるだけ穏やかに説明した。
だが、その声の奥にある疲労と痛みは隠しきれない。
説明が終わったあと、少し長い沈黙があった。
最初に口を開いたのは、本部1課部長だった。
「……本部長」
「はい」
「これを持ってくるまでに、相当無理をされましたね」
バブルは少しだけ困ったように笑う。
「……まあ、そうだね」
その曖昧な答えに、逆に本部の全員は理解した。
やはりそうなのだと。
本部6課の残ったフィクサーが、手元の資料をぎゅっと握る。
「……私たち、残ったんですよね」
「うん」
「だったら、やります」
声は少し震えていた。
でも、逃げてはいない。
「今までの仲間がいなくなったの、まだ全然慣れません」
「でも、本部長がこんな顔してまで持ってきた案を、嫌だからやりませんなんて言えないです」
そこから先は、別の者が継いだ。
「そうですね」
「今までの本部、好きでした」
「でも好きだっただけで守れないなら、変わるしかないです」
バブルガムフェローの目が少し潤む。
けれど今度は泣かなかった。
代わりに、深く頷いた。
「……ありがとう」
その言葉に、本部の空気が少しだけほどける。
1課から6課まで、全員の表情はそれぞれ違った。
不安そうな者。
悔しさを隠せない者。
まだ戸惑いを抱えている者。
だが、向いている方向だけは同じだった。
**残った自分たちで、この本部を支える。**
その覚悟だけは、全員の中で共有されていた。
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こうして、ウーフィ協会の各支部と本部に再編案が下りた。
混乱はあった。
戸惑いも、不安も、疲れもあった。
今までの運営体制とは明らかに違う。
今までの常識も、価値観も、かなり壊される。
それでも現場の反応は、最終的に一つの形へ収束していった。
怒るより先に、思い出してしまうのだ。
今までの仲間が消えたことを。
送り出されていった者たちを。
そして、その通告や斡旋のために、幹部たちがどれだけボロボロになっていたかを。
だから現場の誰も、軽々しく反発できなかった。
いや、反発しなかったのではない。
**反発より先に、覚悟を決めるしかないと理解した。**
1課の部長たちも。
6課の残った若手たちも。
現場交渉に立つフィクサーも。
補助文案を作る者も。
記録を保全する者も。
全員が、それぞれの持ち場で思った。
もう、今まで通りではいられない。
でも、ここで折れたら、本当に全部終わる。
なら。
**頑張るしかない。**
そうしてウーフィ協会の現場は、
悲しみを引きずったまま、
喪失を抱えたまま、
それでも前を向くことを選んだ。
それは熱血でもなく、英雄的でもなかった。
ただ、去っていった仲間と、壊れかけた上司たちのために、
残った自分たちが立つしかないという、
とても静かで、とても重い覚悟だった。