ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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夜明け

セブン協会本部、協会長室。

 

朝だった。

 

だが、その部屋の空気は朝らしくなかった。

 

カーテンの隙間から差し込む薄い光が、壁面の投影盤や机の上の資料を白く照らしている。

本来なら、情報の整理が始まる一日の入口。

都市中から集まった報告を選別し、分析し、価値に変える、セブン協会にとっての始業の時間だ。

 

けれど今の協会長室にあるのは、整然とした仕事の気配ではなかった。

 

静かな疲弊。

削られた後の沈黙。

そして、それでも前へ進まなければならない者たちの重さだけがそこにあった。

 

協会長室には、セブン協会の中枢を担う幹部たちが集まっている。

 

トランセンド。

フリオーソ。

エアシャカール。

ビリーヴ。

フォーエバーヤング。

カレンチャン。

 

誰の顔にも疲労が残っていた。

それは寝不足というだけではない。

通告をし、別れを告げ、送り出し、そしてなお次を考えなければならない立場の者だけが持つ疲れだ。

 

その中心にいるトランセンドも例外ではなかった。

 

伊達メガネの奥の目には、明らかな寝不足の影がある。

声の調子も万全とは言いがたい。

だが、それでも彼女は協会長席に座っていた。

 

休みたい、では済まない。

自分が口を開かなければ、セブン協会は前へ進めない。

 

それが分かっているからだ。

 

トランセンドは、机の上の資料を軽く揃えてから顔を上げた。

 

「みんな集まってくれてありがとう……じゃあ、始めるよ」

 

短い一言だった。

だが、それだけで部屋の空気がわずかに引き締まる。

 

フリオーソが即座に姿勢を正す。

 

「はい」

 

エアシャカールが低く応じる。

 

「ああ」

 

ビリーヴも静かに頷いた。

 

「分かりました」

 

フォーエバーヤングが腕を組んだまま答える。

 

「いいよ」

 

カレンチャンも、いつも通りの笑顔を崩しきれないまま言った。

 

「うん」

 

その返事の一つ一つに、もう後がないという認識が滲んでいた。

 

トランセンドは一度視線を落とし、それからゆっくりと資料をめくる。

 

「...えっと、まずウーフィのナカヤマさんと相談した結果……ウーフィもセブンも、改革の方向性は大体決まったよ」

 

そこまで言って、一拍。

 

「広く薄くではなく、濃く狭くをモットーにする」

 

その言葉に、最初に反応したのはフリオーソだった。

 

「つまり、情報の専門性をさらに上げるんですね」

 

「そう」

 

トランセンドは頷く。

 

「ウーフィの場合は契約や仲介の専門性を上げると言っていた。こっちも情報の専門性を上げて、オグリさんでカバーしきれない部分の情報を根こそぎ拾いまくる」

 

その言い方には、かつてのトランセンドらしい強気さがほんの少し戻っていた。

だがそれは、余裕から来る強さではない。

追い詰められた先でようやく掴んだ方向性を、必死に言葉にしているだけだ。

 

「これが大まかな方針」

 

部屋の中に沈黙が落ちる。

 

セブン協会が今まで何をしてきたか。

何を誇りにしてきたか。

その全てを知っている幹部たちだからこそ、“広く薄くではなく濃く狭く”という言葉の意味は重かった。

 

セブン協会は、都市の広範な情報を拾い、整理し、渡すことで価値を持ってきた。

だが今、その“広さ”がオグリキャップという個人存在に侵食されている。

 

ならば残る道は何か。

 

広さを競うのではなく、深さを競うこと。

 

トランセンドは続ける。

 

「次。それに合わせて、各支部と各課の役割を明確にする」

 

エアシャカールが眉を寄せる。

 

「どういう意味だ?」

 

その問いには、純粋な確認以上のものがあった。

つまり、どこまで壊すつもりなのか、という問いだ。

 

トランセンドは、そこを隠さなかった。

 

「今まではセブン協会、いや十二協会では、どの支部も差異はあれど基本同じ業務で、違うのは担当区域だけだった」

 

彼女は淡々と現状を言語化していく。

 

「そして課は、6課が末端、1課が主力というのが常識だった。実際、6課には良くて6級フィクサーまでぐらいしかいないけど、1課には1級も多い」

 

ビリーヴが静かに言った。

 

「当たり前ですね。それが協会でしたから」

 

その“当たり前”が、今まさに変えられようとしている。

 

トランセンドは、机の端を指先で叩いた。

 

「故に切り捨てるのも最初は6課からだった。……これを変える」

 

その一言で、部屋の空気がまた少し緊張する。

 

フォーエバーヤングの目が細くなる。

 

「...まさか」

 

トランセンドは視線を上げた。

 

「...各支部の1〜6課までを、人員配置を階級ではなく役割で分ける」

 

一拍。

 

「情報の収集、分析、流通、管理……これらを課ごとの仕事として再配置する」

 

カレンチャンが、珍しくすぐには笑わなかった。

 

「...つまり、1課から6課までの階級差が減るってこと?」

 

「減る、というか無くなる」

 

トランセンドの答えは明確だった。

 

「何しろ目的が違うようになるからね。全部同格になる」

 

その瞬間、幹部たちは本当の意味で、この改革の重さを理解した。

 

これは単に業務を少し入れ替える話じゃない。

セブン協会の中で、ずっと前提だった価値観を壊す話だ。

 

1課を目指す。

6課から這い上がる。

上へ行くほど強く、重要で、価値がある。

 

それが協会という組織の空気だった。

 

だが今からトランセンドがやろうとしているのは、その序列感そのものの破壊だった。

 

エアシャカールが腕を組み直す。

 

「...反発が出る可能性は高いぞ」

 

その声は低い。

 

「……やれんのか?」

 

疑っているのではない。

あまりにも大きい変化だからこそ、本気で確認しているのだ。

 

トランセンドは、そこで一切目を逸らさなかった。

 

「やらなかったら、次の予算は二割削減では済まないよ」

 

部屋が静まる。

 

「少なくとも三割削減は確定する」

 

その数字は、全員にとって現実だった。

 

三割。

それがどれだけの人間をさらに失うことになるか。

この部屋にいる全員、もう十分すぎるほど想像できる。

 

ビリーヴが先に答えた。

 

「...やるしかありませんね」

 

フリオーソも続く。

 

「...はい」

 

その返答には迷いがなかった。

いや、迷っている暇がないと言うべきかもしれない。

 

トランセンドは少しだけ頷き、さらに続ける。

 

「うん。そのうえで各支部についても、管轄区域というのはある程度そのままにする」

 

資料の一枚をめくる。

そこには東西南北の地域特性がまとめられていた。

 

「だけど、そのうえで支部ごとの強みを高めて専門性を強くする」

 

トランセンドの目が少し鋭くなる。

 

「都市の東西南北で違う文化に適応してるから、その強みを活かす」

 

この言葉には、セブン協会らしい発想があった。

 

情報は同じではない。

場所が違えば、人も、勢力も、流れも違う。

ならば均質であることを捨て、その差異を武器にするべきだ。

 

フォーエバーヤングが、そこでようやくしっかりと顔を上げた。

 

「...分かった」

 

その返事は短い。

だが、彼女の中で何かが噛み合ったのが分かる。

 

もともと“都市にイノベーションを起こす”と豪語していた女だ。

旧来の協会体制に手を入れるこの案は、彼女にとって恐ろしくもあり、同時に血が騒ぐものでもあった。

 

トランセンドは最後に資料を置いた。

 

「詳しいことは今日の会議で決めるけど、大まかな方向性はこれだよ」

 

そこまで言って、ようやく一度息を吐く。

 

エアシャカールが低く呟く。

 

「...セブン協会、大きく変わるな」

 

それは嘆きではなかった。

事実の確認だった。

 

カレンチャンは、小さく首を傾げてから言う。

 

「...でも、変わらないのはカワイくない」

 

その発言だけを聞けば、いつもの彼女らしい勝手な理屈にも聞こえる。

 

けれど今この場では、それは妙に本質を突いていた。

 

停滞は死だ。

変われない組織は削られる。

なら、生き残るためには変わるしかない。

 

ビリーヴが静かに言う。

 

「...もう失うのは嫌です」

 

その声には、本部長としての抑制がありながらも、確かな本音が滲んでいた。

 

フリオーソも、かすかに目を伏せながら続ける。

 

「...はい」

 

彼女は、誰よりも近くでトランセンドの疲弊を見てきた。

そして、去っていった者たちの書類も、自ら手を動かして整理してきた。

だからこそ、その一言は重い。

 

フォーエバーヤングが、口元だけ少しだけ笑う。

 

「...イノベーション、起こすんだね」

 

その言い方には、以前のような軽さはなかった。

だが、火は残っている。

 

トランセンドはその言葉を受け止めて、ゆっくりと頷いた。

 

「...うん」

 

声は掠れていた。

それでも、はっきりしていた。

 

「セブン協会が生き残るために……全て変える」

 

その一言は、朝の薄い光の中でやけにはっきり響いた。

 

誰も拍手はしない。

熱く叫ぶ者もいない。

そんな元気はもう、この部屋には残っていない。

 

それでも、全員が理解した。

 

これはただの予算対応ではない。

セブン協会という組織が、自分で自分の形を壊し、作り変える宣言だ。

 

夜は明けた。

 

けれど、この部屋に差し込んでいるのは希望そのものではない。

もっと冷たく、もっと現実的な光だ。

 

それでも、その光の下でセブン協会の幹部たちは確かに前を向いた。

 

喪失を抱えたまま。

後悔を抱えたまま。

それでもなお、自分たちの組織を終わらせないために。

 

夜明けとは、やさしいものではない。

 

ただ、逃げ場のない朝が来るというだけだ。

 

そしてセブン協会は、その朝の中で、

もう一度立ち上がることを選んだ。

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