セブン協会本部、協会長室。
昼前。
夜明けの会議から数時間。
幹部たちは短い休息すらろくに挟まないまま、再び同じ部屋に集まっていた。
だが、先ほどまでと空気は少し違う。
疲労は消えていない。
顔色も悪い。
誰の目にも隈が残り、机に置かれた飲み物も半分以上が冷めている。
それでも今この部屋にあるのは、ただの消耗ではなかった。
**どう変えるか。**
それを本当に決める段階まで来たという、切迫した意志があった。
壁面の投影盤には、都市全図とセブン協会の新編成案が並んで映し出されている。
東部本部。
南部支部。
北部支部。
西部支部。
そしてその横に、1課から6課までの仮ラベル。
トランセンドは、席に深く座ることなく、立ったまま投影盤の前にいた。
「……じゃ、本格的に決めてこっか」
その声はまだ完全ではない。
だが、朝よりも明らかに頭は回っていた。
フリオーソが即座に端末を開く。
「記録準備できています」
ビリーヴも資料を整えながら頷いた。
「方針ごとの整合性確認も行います」
エアシャカールは腕を組んだまま、投影盤を睨む。
「無駄な理想論は抜きにしろよ。現実に回る形じゃなきゃ意味がねぇ」
フォーエバーヤングは机に肘をつき、目を細める。
「でも、派手に変えるなら中途半端はナシでしょ」
カレンチャンは椅子に座ったまま、足を揺らしていた。
「カレンはちゃんとカワイく整理されてれば文句ないよ♡」
トランセンドは、そんな幹部たちを一通り見渡してから、壁面の東部本部の表示を指した。
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東部本部
「まず東部本部」
都市図の東側が淡く強調される。
「ここは**統括および最終決定**。これは固定」
フリオーソが確認するように言う。
「つまり、各支部が拾い、分析し、掘り下げた情報を最後に統合し、“セブン協会としての結論”に変える役割ですね」
「そういうこと」
トランセンドは頷く。
「今まで本部も現場的な収集や個別案件を抱えすぎてた。でも今後はそこを減らして、“情報を価値に変える最終工程”に集中する」
ビリーヴが静かに補足した。
「情報の選別、優先順位付け、秘匿等級の再設定、外部提出用への整形、そして最終承認……本部は今後、単なる中継ではなく“編集機関”になりますね」
「うん」
トランセンドの目が少しだけ鋭くなる。
「セブンはこれから、情報を持ってるだけじゃ駄目なんだよ。持ってる情報をどういう形で出すか、その判断まで含めて商品にする」
エアシャカールがそこで鼻を鳴らした。
「妥当だな。本部が現場に口出しするだけの組織じゃ、また削られる」
フォーエバーヤングはにやりと笑う。
「“情報を知ってる”じゃなくて、“情報の出し方を決める”本部か。いいじゃん」
トランセンドは次に、南部支部へ視線を移す。
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南部支部
「次、南部」
表示が切り替わる。
「南部支部は**分析特化**」
その言葉に、エアシャカールの眉がわずかに動く。
「……オレのところが、か」
「そう」
トランセンドは迷わず言う。
「シャカさんの南部は、元々データ精査と理詰めの相性がいい。人間の勘とか勢いじゃなく、数と構造で読ませる」
エアシャカールはしばらく黙っていたが、やがて低く問い返す。
「分析特化って、具体的にはどこまでだ」
ビリーヴが資料を見ながら答える。
「他支部や外部から持ち込まれた情報の相関解析、勢力変動予測、治安悪化兆候の抽出、流通と事件の接続分析……短期的には“意味を読む”側ですね」
トランセンドも頷く。
「うん。南部は“何が起きたか”じゃなくて、“それが何を意味するか”を専門にする」
エアシャカールの目の色が少し変わる。
感情を排し、構造を読む。
それは、彼女の最も得意とする領域だった。
「……なら、南部は現場収集をある程度削って、分析人員を厚くする必要があるな」
「そうなる」
「統計処理、勢力相関、案件の再分類。加えて報告の標準化も必要だ」
「お願い」
エアシャカールは短く頷いた。
「やる」
その一言には、南部支部長としての責任と、ようやく自分の支部の生存ルートを見つけた者の冷たい熱があった。
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北部支部
「次、北部」
トランセンドが切り替える。
「北部支部は**局所深層調査専門**」
カレンチャンが、珍しく少し真面目な顔になる。
「深層って、つまり普通の調査より深く潜るってこと?」
「そうだよ」
トランセンドは北部支部長をまっすぐ見た。
「カレンの北部は、前から“狭い対象を徹底的に掘る”ことに関してはセブンでも別格だった」
フリオーソが記録を見ながら頷く。
「実際、局所対象に関する把握力と執着力は北部支部が最も高いです」
「だから北部は、“広く拾う”のをやめる」
トランセンドの声がわずかに強くなる。
「代わりに、一つの対象、一つの組織、一人の人物に対して、都市最高レベルまで掘る」
カレンチャンは口元に指を当てた。
「へぇ……それって、カレン向きだね♡」
フォーエバーヤングが苦笑する。
「いや、向きすぎてて怖いレベルだけどね」
北部支部の役目は明確だった。
* 単一組織の内部構造調査
* 特定人物の過去・現在の接触網深掘り
* 限定地域の異常兆候の集中調査
* 表層報告では見えない“奥”の把握
つまり北部は、
**“一点突破の情報刃”**になる。
トランセンドはそこで釘を刺すように言った。
「ただし、北部の独断で握り潰すのは禁止」
カレンチャンがすぐに目を逸らす。
「……カレン、そんなことしないよ♡」
エアシャカールがぼそっと呟く。
「したからこういう話になってんだろ」
カレンチャンは頬を膨らませたが、反論はしなかった。
トランセンドも苦く笑って続ける。
「深く潜るのは北部。でも情報の扱いは本部を通す。ここは絶対」
「……はーい」
その返事は軽い。
だが、北部支部の役割自体にはカレンチャンも異論がないようだった。
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西部支部
そして最後に、西部支部の表示が大きく映し出された。
部屋の空気が少しだけ変わる。
フォーエバーヤングが背もたれから少し身を起こす。
トランセンドが言う。
「西部支部は――」
一拍。
「**W社23区の状況調査および動的相関分析中心**」
その言葉に、フリオーソが思わず顔を上げた。
「……そこまで踏み込みますか」
ビリーヴも静かに目を細める。
「23区……」
W社23区。
都市でも最悪級の危険地帯。
秩序の崩壊と異常環境が重なり、通常の調査員では帰還率すら怪しい領域。
しかも、オグリキャップでさえ本格的には接触していない。
つまりそこは、セブンが“オグリでも取れない情報”を掘りに行ける数少ない場所だった。
フォーエバーヤングが、ゆっくり口元を吊り上げる。
「……あー、なるほど」
「ようやく本気って感じだね」
トランセンドも頷く。
「西部は今まで、オグリさんに近いからこそ逆に埋もれかけてた」
「なら、オグリさんがまだ触れてない場所に行く」
「しかもそこで終わりじゃない」
壁面に新しい相関図が現れる。
W社23区から、周辺区域、裏路地勢力、翼物流、異常現象、治安変動へと線が伸びていく。
「西部は“危険地帯の現地調査”だけじゃない。そこから都市全体への影響をリアルタイムで読む」
「つまり――」
フォーエバーヤングが継いだ。
「動的相関分析、ってわけね」
「そういうこと」
動的相関分析。
静的な資料整理ではない。
情報が変動し続ける前提で、その場その場の関係変化を読む技術。
これはオグリキャップのような“人脈のハブ”ではなく、
**危険地帯を起点に都市の揺れ方を読むセブン独自の仕事**になりうる。
フォーエバーヤングは目を閉じ、数秒だけ黙っていた。
そして開く。
「……いいよ」
その声は、今までよりもずっと真剣だった。
「西部がやる」
一拍。
「オグリさんの隣で後追いするんじゃなくて、オグリさんが行ってない地獄の先まで踏み込む。そういうセブンでしょ」
トランセンドは、その答えに小さく頷いた。
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支部方針が固まったところで、トランセンドは次の資料を開いた。
「じゃ、次。1課から6課」
そこに映ったのは、従来とはまるで違う役割一覧だった。
**1課:戦略編集課**
**2課:現地収集課**
**3課:解析課**
**4課:流通調整課**
**5課:保全監査課**
**6課:記録編纂課**
フリオーソが読み上げるように確認する。
「1課は最終編集と戦略判断、2課は現場での一次収集、3課は解析、4課は外部への流通調整、5課は真偽確認と情報監査、6課は記録保全と編纂……」
「そう」
トランセンドは机に手をついた。
「もう“1課が強い、6課が下”じゃない」
「これからは“どの工程を担うか”で分かれる」
エアシャカールがすぐに反応する。
「なら3課と5課はかなり重要度が上がるな」
「うん。分析と監査はむしろ今後のセブンの核」
ビリーヴも静かに言う。
「6課も単なる新人置き場ではなく、記録の骨格を担う正式専門課になりますね」
トランセンドは頷いた。
「情報を残せない情報屋なんて終わりだからね」
カレンチャンが小首を傾げる。
「2課が現地収集なら、北部2課とか西部2課ってかなり危なくない?」
フォーエバーヤングが笑う。
「危ないから価値があるんでしょ」
「その通り」
トランセンドははっきりと言う。
「危険で、深くて、変動してる情報を取るなら、2課は最前線になる」
「でもそれをそのまま売るんじゃなくて、3課と5課で削り、1課で形にして、4課で渡す」
エアシャカールが小さく頷く。
「……工程分業か」
「そう。今までのセブンは“みんなが何となく全部やる”寄りだった」
「でもこれからは違う」
トランセンドの目が、ようやく協会長らしい強さを帯びる。
「収集、解析、監査、編纂、流通、決定。全部を専門工程に分ける」
「そうしないと、オグリさんの“なんでも一人で繋がる強さ”には勝てない」
フリオーソが、静かにメモを取りながら呟く。
「……個人の強さに対して、組織の強さを再構築する」
「そういうこと」
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会議はさらに数時間続いた。
東部本部にどこまで決裁権を集中させるか。
南部解析課にどの程度人員を寄せるか。
北部の局所深層調査を本部がどう制御するか。
西部のW社23区調査にどこまで予算を割くか。
そして課ごとの昇進概念をどう崩し、どう新しい誇りへ置き換えるか。
問題は山ほどあった。
混乱も、反発も、確実に出る。
だが、それでも最後にトランセンドは言った。
「……これでいくよ」
誰も反対しなかった。
反対できないからではない。
これ以外に、生き残る道が見えなかったからだ。
ビリーヴが静かに端末を閉じる。
「承認します」
エアシャカールも頷く。
「南部、受ける」
フォーエバーヤングは笑った。
「西部、やるよ。地獄までね」
カレンチャンは少しだけ考え、それからいつも通りの調子で言った。
「北部もいいよ♡でもちゃんと面白い情報持って帰るからね」
フリオーソは、最後にトランセンドを見る。
「協会長」
「なに?」
「……セブン協会、変わりますね」
トランセンドは数秒だけ黙っていた。
その沈黙の中には、失ったものも、壊れたものも、全部あった。
それでも彼女は答えた。
「うん」
そして、はっきりと。
「変わるんじゃない。変えるんだよ」
その言葉で、会議は終わった。
セブン協会はこの日、
広く浅く都市全体を舐める情報屋から、
* 本部で決め、
* 南部で読み、
* 北部で掘り、
* 西部で危険地帯を追い、
* 各課で工程分業する
**濃く、深く、鋭い情報機関**へ変わることを決めた。
失ったものは戻らない。
去った者たちも戻らない。
だが、その痛みの上でしか生まれない変化もある。
そしてセブン協会は今、確かにその変化の入口に立っていた。