ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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底の先

セブン協会本部、各支部、各課。

 

再編案が正式に下りた日、協会の空気は妙に静かだった。

 

それは落ち着いているからではない。

逆だ。

 

誰もが、もう一度現実を突きつけられていたからだ。

 

空いた席。

片づけられた机。

去っていった者の残した引き継ぎ資料。

減った人数で回される業務。

そして何より、幹部たちの顔。

 

協会長トランセンド。

本部長ビリーヴ。

秘書フリオーソ。

南部支部長エアシャカール。

西部支部長フォーエバーヤング。

北部支部長カレンチャン。

 

誰一人として、以前の顔ではなかった。

 

それだけで現場は察する。

 

ああ、本当に何かが壊れたのだと。

そして、その壊れたものを抱えたまま、なお上は次を考えていたのだと。

 

だから、再編案そのものは確かに衝撃的だったが、

「なんでこんなことをするんだ」と怒鳴る者は、ほとんどいなかった。

 

怒る前に分かってしまうのだ。

 

**今までのままでは、次はもっと消える。**

 

その現実が。

 

---

 

東部本部

 

東部本部の大会議室には、1課から6課までの部長と主要フィクサーたちが集められていた。

 

前方に立つのはビリーヴとフリオーソ。

本来なら協会長自ら説明してもいい場だったが、今は本部長と秘書が前に立つことに、現場はむしろ何も言わなかった。

 

トランセンドが休息すら削って再編案をまとめたことは、誰の目にも分かっている。

なら今この場を支えるのは、本部長と秘書の役目だ。

 

壁面投影盤には、新しい支部方針と課編成が並んでいる。

 

東部本部――

**統括および最終決定**

 

1課:戦略編集課

2課:現地収集課

3課:解析課

4課:流通調整課

5課:保全監査課

6課:記録編纂課

 

読み上げが終わったあと、しばらく誰も口を開かなかった。

 

だが沈黙は混乱の沈黙ではなかった。

全員が自分の頭で、新しい位置を素早く計算していた。

 

誰がどこに回されるか。

何が重くなるか。

どの工程が増えるか。

自分は何をやるべきか。

 

東部1課部長が最初に口を開く。

 

「……つまり本部は今後、“知っている”だけでなく“決める”側に全振りする、という理解でよろしいですね」

 

ビリーヴが静かに頷く。

 

「はい。今後、東部本部は最終統合、機密等級の再設定、外部提出可否判断、そしてセブン協会としての最終結論を担います」

 

別の部長が、疲れた顔のまま淡々と続ける。

 

「1課が戦略編集、6課が記録編纂……」

 

「つまり今後は、6課だから下、とは言えないわけですね」

 

フリオーソが答える。

 

「言えません。むしろ記録を失った時点で、セブン協会の価値は大きく損なわれます」

 

その言葉に、後方にいた6課フィクサーたちの空気がわずかに変わった。

 

今まで6課は、どうしても“下積み”“末端”“仮置き場”の気配を帯びていた。

だが今後は違う。

 

記録を残し、過去の案件を接続し、情報の骨格を保つ部署。

つまり、単純な序列の最下段ではなくなる。

 

東部6課の若いフィクサーが、低く呟くように言った。

 

「……だったら、やることは単純ですね」

 

周囲が彼を見る。

 

「今まで“下”だと思われてたなら、これから価値を証明すればいいだけです」

 

その言葉に、空気が少し引き締まる。

 

東部3課の解析担当フィクサーも続けた。

 

「本部が編集、3課が解析、5課が監査……なるほど、情報処理工程を分解するんですね」

 

「オグリキャップが“持ってくる”のなら、こちらは“仕立てる”で勝つしかない」

 

それは極めてセブンらしい理解だった。

 

ビリーヴは、その言葉にほんの少しだけ目を伏せる。

 

たぶん安心したのだ。

現場はちゃんと分かっている、と。

 

だがそれ以上に、もう誰も甘えていないのが大きかった。

 

東部本部の空気は、次第に妙な方向へ落ち着いていった。

 

反発ではない。

納得でもない。

もっと乾いた、そして危うい覚悟だ。

 

**落ちるところまで落ちた。

なら、ここからは上がるしかない。**

 

東部本部の人間たちは、そういう顔をしていた。

 

---

 

南部支部

 

南部支部では、説明役はエアシャカール自身が務めた。

 

彼女はいつも通りぶっきらぼうだった。

だが、現場はそれが逆にありがたかった。

 

今ここで妙な情緒を見せられるより、

冷たくてもはっきり示される方が、まだ立っていられる。

 

南部支部――

**分析特化**

 

1課から6課までの役割も再定義される。

 

説明が終わると、南部支部の会議室には重苦しい沈黙が落ちた。

しかし、それも長くは続かない。

 

南部1課部長が、腕を組んだまま低く言う。

 

「……なるほどな」

 

彼女の目は死んでいない。

むしろ、変に冴えていた。

 

「結局、今後の南部は“何が起きたか”じゃなく“何が起きるか”を読む支部になるってことか」

 

エアシャカールが短く答える。

 

「そうだ」

 

南部3課のフィクサーが資料をめくりながら言った。

 

「分析、予測、再分類、相関抽出……」

 

「やることは増えるが、分かりやすいですね」

 

別の者が苦笑する。

 

「オグリキャップが情報を集めるなら、こっちは情報を解剖する側に回る、と」

 

そこで少しだけ乾いた笑いが漏れた。

 

以前ならその笑いには皮肉が混ざっていたかもしれない。

だが今は違う。

 

自嘲の先に、奇妙な納得がある。

 

南部のフィクサーたちはもともと理詰めに強い。

なら、情報収集で個人例外に負けたとしても、分析の深さで勝負するのは自然だ。

 

南部6課の一人が、静かに口を開く。

 

「……6課が記録編纂や保全監査に寄るなら、下積みって感じじゃなくなるんですね」

 

「そうだ」

 

エアシャカールは即答した。

 

「今後、雑に扱える課は一つもねぇ」

 

その言葉は、南部では何より強い。

 

雑に扱える課はない。

つまり全課が必要。

全員が工程の一部。

 

南部の現場は、その言葉でほぼ覚悟を決めた。

 

誰かがぽつりと呟く。

 

「まあ……ここまで来たら、やるしかないですね」

 

別の者が頷く。

 

「仲間も減った。幹部もボロボロになった。なのにここで拗ねてても、もっと減るだけだ」

 

そこに感傷はほとんどなかった。

 

ただ、理屈で腹を括った者たちの静かな決意があった。

 

エアシャカールはそれを見て、ほんの少しだけ息を吐いた。

 

彼女の支部は、やれる。

そう思えた。

 

---

 

北部支部

 

北部支部の再編説明会は、ある意味いちばん異様だった。

 

カレンチャンが前に立っている。

それだけならいつも通りの軽さが混じりそうなものだ。

 

だが今回は、彼女も妙に静かだった。

 

北部支部――

**局所深層調査専門**

 

要するに、広く浅くではなく、

一つの対象を都市最高レベルまで掘る支部になる。

 

カレンチャンは説明の最後に、珍しくきっぱり言った。

 

「今後の北部は、“可愛いから知る”だけじゃなくて、“必要だから全部知る”に変わるよ」

 

その言葉に、会議室の空気が少しだけ張りつめる。

 

北部1課部長が眼鏡を押し上げながら言った。

 

「……支部長らしいようで、支部長らしくない説明ですね」

 

「えへ♡」

 

「ですが意味は分かります」

 

彼は資料を見る。

 

「対象を狭める代わりに、徹底的に掘る。なら北部は今後、単独対象への執着と掘削精度で食っていくわけですね」

 

「そういうこと♡」

 

北部支部の現場は、他支部よりも“掘る”ことへの抵抗が少ない。

もともと局所集中型の情報収集に長けている者が多いからだ。

 

北部4課のフィクサーが、少しだけ乾いた声で言う。

 

「局所深層か……」

 

「要するに、今まで以上に寝る時間なくなるな」

 

その冗談とも本音ともつかない一言で、少しだけ場が緩む。

 

しかしすぐに別の者が続けた。

 

「でもまあ、分かりやすいです」

 

「今までの北部って、カレン支部長の感性で走ってる部分もありましたけど、今後はそこに“支部としての機能”がつく」

 

カレンチャンはその言い方に少しだけ唇を尖らせたが、否定はしなかった。

 

北部6課の若いフィクサーが、緊張したように言う。

 

「……6課が記録編纂なら、掘った情報を残すのも北部の仕事になるんですね」

 

「うん♡」

 

「だったら、やります」

 

彼女は深く息を吸ってから続けた。

 

「いなくなった人たちの分も、北部の情報、ちゃんと残します」

 

その言葉に、北部の空気は完全に決まった。

 

カワイイだの局所だの言っていても、

結局この支部も、去っていった仲間とボロボロになった上司の顔を見ている。

 

なら、結論は一つだ。

 

**やるしかない。**

 

北部の覚悟は、どこか尖っていた。

だが、芯はぶれていない。

 

---

 

西部支部

 

西部支部の説明会だけは、最初から空気が違った。

 

理由ははっきりしている。

 

西部支部の新方針が、他のどこよりも危険だからだ。

 

西部支部――

W社23区の状況調査および動的相関分析中心

 

W社23区。

都市最悪クラスの危険地帯。

オグリキャップすら本格接触していない領域。

そこへセブン協会の調査線を伸ばす。

 

しかもただ現地に入るだけでなく、そこで得た情報から都市全体の相関変動を読む。

 

要するに、西部支部は今後、

**オグリが持ってこない地獄の情報を掴みに行く支部**になる。

 

説明を終えたフォーエバーヤングは、普段よりずっと真面目な顔で言った。

 

「……そういうわけ。今後の西部は、安全圏で情報整理してるだけじゃ駄目」

 

「危険地帯を見て、そこから都市全体の揺れ方を読む」

 

西部1課部長が低く呟く。

 

「本気だな」

 

「本気だよ」

 

フォーエバーヤングは即答した。

 

「だってそうしないと、アタシらもう“オグリさんの隣で後追いしてるだけの情報屋”で終わるじゃん」

 

その言葉はきつかった。

だが、西部支部の誰も反論しなかった。

 

皆、薄々そう感じていたからだ。

 

西部2課の現地収集系フィクサーが、口元を押さえながら笑う。

 

「……はは。そこまで言われたら逆にすっきりしますね」

 

「23区かぁ……」

 

「死ぬほど嫌ですけど、まあ、今さら安全志向にもなれないですし」

 

別の者が頷く。

 

「しかも“オグリさんでも拾ってない情報”を取るなら、価値は明確です」

 

「やる意味はある」

 

西部6課のフィクサーが、いつもより強い目で前を見る。

 

「……今まで6課って、後方整理とか雑務寄りで見られてましたけど」

 

「動的相関分析までやるなら、記録編纂の価値も上がりますよね」

 

フォーエバーヤングが笑う。

 

「上がるどころか必須」

 

「記録が雑なら分析死ぬし、分析死んだら西部支部終わる」

 

それを聞いて、西部6課の面々の顔つきが変わった。

 

恐怖はある。

かなりある。

 

でも、それ以上に今は、

**価値を証明するチャンス**

として見始めている。

 

西部支部の現場は、最終的にどこよりも危うい熱量を帯びた。

 

誰かが言う。

 

「ここまで落ちたなら、あとは這い上がるしかないですよね」

 

別の誰かが笑う。

 

「23区か。だったらちょうどいいんじゃないですか」

 

「どうせ地獄見るなら、価値ある地獄の方がいい」

 

西部は、覚悟が決まると笑う。

そういう支部だった。

 

---

 

こうしてセブン協会の東部本部、南部支部、北部支部、西部支部の現場に再編案が下りた。

 

大改革だった。

 

* 支部ごとの専門分化

* 課の再定義

* 1課〜6課の序列感の解体

* オグリキャップでは代替できない領域への特化

 

本来なら混乱はもっと大きかったはずだ。

 

実際、戸惑いはある。

不安もある。

今までのキャリア観が崩れる者もいる。

自分の課の意味が変わることへの恐れもある。

 

けれど、それでも。

 

セブン協会の現場フィクサーたちは、誰一人として腰を引かなかった。

 

なぜなら、もう一度同じ光景を見たくないからだ。

 

空席になった机。

去っていく仲間。

通告をしてボロボロになった幹部たち。

削られた予算。

そして、あのまま何もしなければさらに失うという未来。

 

そこまで見てしまったからには、もう迷っている余裕はない。

 

人間、落ちるところまで落ちれば、あとは一つしかない。

 

這い上がる。

 

セブン協会の1課から6課の部長たちも、現場のフィクサーたちも、

この日を境にほとんど同じ顔をするようになった。

 

疲れている。

傷んでいる。

でも、目だけが妙に据わっている。

 

反発ではない。

諦めでもない。

半端な希望でもない。

 

**覚悟ガンギマリ。**

 

それが、今のセブン協会の現場だった。

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