ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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怪物の値段

シ協会本部、協会長室。

 

全体を黒に近い灰色で統一した室内に、赤い意匠が鋭く走っている。

華美ではない。

だが一目で分かる緊張感があった。

 

そこは暗殺を専門とする協会の中枢にふさわしく、静かで、整いすぎるほど整っていた。

机上に置かれた資料の位置すら乱れていない。

椅子の向き、書類の角度、壁面投影盤の明滅――どれもが無駄を嫌っているように見える。

 

その協会長室で、シ協会の幹部たちが集められていた。

 

協会長シンボリルドルフ。

東部本部長ミホノブルボン。

南部支部長ユジン。

北部支部長ジェンティルドンナ。

そして西部支部長カルストンライトオ。

 

会議の空気は張っていたが、セブンやウーフィのような疲弊の色はまだ薄い。

それも当然だった。

 

シ協会は今のところ、予算を削られていない。

むしろ、他協会から削られたぶんの一部が回ってきている側だ。

 

だが、それで安心していられるほど、シンボリルドルフは甘くなかった。

 

彼女は机上の資料を閉じると、幹部たちを見渡して口を開いた。

 

「...ということで、セブン協会とウーフィ協会は改革することになった」

 

その声は静かだった。

けれど、室内の全員の意識を一瞬で会議へ引き戻すには十分だった。

 

「まだ詳細な結果は出ていないが、今後次第では全協会の体制を変えるきっかけになるだろう...」

 

ミホノブルボンが即座に反応する。

 

「...協会長、それはつまりシ協会にも影響があるということですか?」

 

彼女の言葉はいつも通り簡潔で、無駄がない。

ルドルフは頷いた。

 

「今はない。だが、いずれは来るだろう」

 

その返答に、室内の空気が少しだけ重くなる。

 

ジェンティルドンナが、優雅な所作のまま問い返した。

 

「では、わたくしたちシ協会も似たような体制を取らざるを得ない日が来ると?」

 

「現状、シ協会は予算が減らされたわけではない」

 

ルドルフは事実から述べた。

 

「むしろセブンとウーフィの分が回ってきた。とはいえ、セブンとウーフィの事例を見れば、代替可能と判断されれば予算削減はありうる」

 

ユジンが表情を引き締める。

 

「それは...厳しいですね。ただでさえ少数精鋭のシ協会での人員整理は、かなりの影響に...」

 

「そうだ」

 

ルドルフは即答した。

 

シ協会はもともと人員が多い協会ではない。

精鋭を揃え、少数で確実に仕留める。

それが前提の組織だ。

 

だからこそ、削られたときの痛手は他協会以上に深くなりうる。

 

「故に我々シ協会も、複数の種類の価値証明をしておく必要がある」

 

彼女の言葉は淡々としている。

だが、その内容は重い。

 

「代替されても他で賄えるようにするんだ」

 

カルストンライトオが、そこで真っ直ぐ手を上げるような勢いで口を開いた。

 

「なるほど、つまり誰にも真似出来ない速さがあればいいんですね」

 

一拍も置かない。

 

「ではその方向で即時最適化を開始します暗殺対象発見から接触までの秒数短縮移動経路再設計報告系統単純化それと試験運用も必要ですのでやってきていいですか良いですね」

 

ルドルフはこめかみを押さえた。

 

「ライトオ、君の速さへの信頼はあるが、今は話を聞いてくれ」

 

「分かりました」

 

返事だけは恐ろしく早い。

 

ジェンティルドンナが、わずかに目を閉じた。

ユジンも慣れたように咳払いを一つする。

ミホノブルボンだけが平然としていた。

彼女にとっては、この程度の速度偏重はむしろ理解可能な範囲なのかもしれない。

 

ユジンが改めて、会議の軸を戻すように話す。

 

「...しかし協会長、我々の暗殺業務の何より難しい部分は、その需要です」

 

ルドルフが視線を向ける。

 

「そう簡単に代替されるものではないのでは?」

 

その言葉には現場感覚があった。

 

暗殺という仕事は、ただ“誰かを殺す”だけではない。

後腐れなく、しがらみなく、依頼者が誰であれ、事情を問わず実行する。

その徹底した非情さと確実さに価値がある。

 

それを個人一人で完全に代替するのは、現実的にはかなり難しい。

 

ジェンティルドンナも続ける。

 

「ええ。それにオグリさんのような特異性とは違い、仮に現れたならシ協会に受け入れればいいだけです」

 

白魚のような指で資料の端を整えながら、さらりと言う。

 

「それならむしろ人材の層が厚くなるのでは?」

 

その通りだった。

 

セブンやウーフィは、“オグリキャップという個人”が組織の外側からその価値を侵食している。

だがシ協会に求められるのは、そもそも“確実な殺し”であり、その能力を持つ者が現れたなら取り込んでしまえばいい。

 

ルドルフもそこは認めた。

 

「そうだな。私も暗殺の需要の多さは理解しているし、個人で全て代替出来るものではないことも理解している」

 

彼女はそこでわずかに息を吐いた。

 

シ協会の存在理由は明確だ。

 

絶対に後腐れなく、誰にでも平等な死を与えられること。

 

他では断られる暗殺。

しがらみで躊躇う依頼。

そのすべてを、金額さえ満たせば受ける。

 

その非情さこそが、シ協会の強みだった。

 

「...それでも万が一はある」

 

ルドルフはそう言い切った。

 

「故に、今すぐでなくても長期的な対策はしておいた方がいいということだ」

 

カルストンライトオがまたすぐに反応する。

 

「なんですかそれでは遅い私ならその時間に暗殺を十件は終わらせられるやってきていいですか良いですね」

 

「ライトオ、今日は会議に集中してくれ」

 

「分かりました」

 

返事だけは本当に素直だった。

 

ルドルフは少しだけ天を仰いだ。

 

「...誰だこの者を支部長にしたのは...」

 

ジェンティルドンナが、涼しい顔で言う。

 

「協会長ですわよ」

 

「そうだったな...」

 

そのやり取りに、わずかだが室内の空気が和らぐ。

 

ミホノブルボンがそこで、極めて実務的に話を進めた。

 

「...ですが、効率的な業務というのは基本、どの協会にとっても優先事項です」

 

「ライトオさんの言葉を借りるなら、素早く、正確で、確実な暗殺を出来るに越したことはありません」

 

ルドルフは深く頷く。

 

「ああ。ブルボンの言う通りだ」

 

彼女の視線が幹部全員を一巡する。

 

「ひとまず各支部、本部ともに、いざという時への備えはしておいてくれ」

 

それは命令というより、将来への先回りだった。

 

すぐに改革するわけではない。

だが、“今のままで永遠に通用する”と考えるほど愚かではない。

 

シ協会もまた、都市の一部なのだから。

 

ジェンティルドンナが、そこで少し話題を変えるように口を開いた。

 

「分かりました。...時に協会長」

 

「なんだ」

 

「灰色の怪物の暗殺については...既に相場を書いておいた方がよろしいのでは?」

 

その言葉で、室内の空気がまた少しだけ鋭くなる。

 

オグリキャップ。

灰色の怪物。

今や協会再編の引き金となった個人。

 

ジェンティルドンナは続けた。

 

「何しろセブンとウーフィ、二協会の存亡危機を招いています。恨みを持たない者がいないとは限らないのでは?」

 

ユジンも頷く。

 

「確か協会長会議で、“一協会の予算分をまるまるいただく”と言ったそうですね」

 

「実際にその値段で確定させますか?」

 

ルドルフは、そこで少しだけ考えるように沈黙した。

 

そして、はっきりと言う。

 

「そうだな。少なくとも、ウーフィ協会の二十パーセント、セブン協会の二十五パーセントを代替するに相当すると判断された」

 

一つひとつ言葉を置いていく。

 

「暗殺するなら、それ以上の額をいただくのは当然だ」

 

室内が静かになる。

 

それは単なる冗談ではない。

本当にその額で相場を決めるということだ。

 

ミホノブルボンが即座に応じる。

 

「分かりました。ではオーダー、概算を行います」

 

ルドルフは頷き、それからライトオへ視線を向けた。

 

「ならライトオ、君は今後、灰色の怪物の暗殺を依頼しようとする者がいたら、その値段を提示し、払えないと判断すれば全て断るように」

 

「分かりましたではすぐに取り掛かります」

 

返事と同時に、ライトオは立ち上がった。

 

そのまま扉へ向かう。

いや、向かうというより飛び出した。

 

「では失礼します高速対応開始します」

 

バタン。

 

カルストンライトオが協会長室を飛び出していく。

 

「...あっ、ちょっと待っ...」

 

ルドルフの制止は一歩遅かった。

 

扉が閉まり、室内に妙な静寂が落ちる。

 

ジェンティルドンナが、ため息にも似た声で言う。

 

「...行ってしまいましたわね」

 

ユジンが眉間を押さえる。

 

「...ライトオ支部長は暗殺の速さと正確さはいいのですが、速さへの執着は玉に瑕ですね」

 

ミホノブルボンは淡々と分析した。

 

「...それでも、あれこれ考えないのは暗殺向きかと」

 

ルドルフは少しだけ苦笑する。

 

「...まあ、根は真面目だから信頼出来るな」

 

その言葉は本音だった。

 

ライトオは扱いに困る。

会議のテンポも時々破壊する。

だが、速さと正確さにかけては本物だ。

そして何より、命じられたことを変に曲げない。

 

そういう意味では、シ協会の支部長として間違いなく有能だった。

 

室内に残った幹部たちは、それぞれ資料へ視線を戻す。

 

セブンとウーフィの改革。

いずれ来るかもしれない予算圧縮。

そして、灰色の怪物の暗殺相場。

 

すぐに何かが起きるわけではない。

だが、都市は一度動き始めたら止まらない。

 

だからこそ、シ協会もまた先を見据える。

 

静かに。

冷徹に。

そして必要以上には慌てずに。

 

暗殺の協会らしい、無駄のない備えだった。

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