ウマ娘×ProjectMoon   作:桜餅 ステラ

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統括

ハナ協会本部、協会長室。

 

都市中のフィクサーを束ねるハナ協会の中枢は、今日も静かだった。

広々とした室内は無駄なく整えられ、机の上には必要な書類だけが並び、壁面には各協会から上がってきた報告が淡く投影されている。

 

その静けさの中で、向かい合って座る二人の協会長だけが、場に似合わないほど疲れ切った顔をしていた。

 

セブン協会長トランセンド。

ウーフィ協会長ナカヤマフェスタ。

 

どちらも都市の上位に立つフィクサーであり、組織の長であり、並の人間なら近づくだけで萎縮するような存在だ。

だが今この場では、二人ともそれ以上に、長い嵐をなんとか生き延びた当事者の顔をしていた。

 

その二人の前で、スピードシンボリは上がってきた報告書を読み終え、静かに息をついた。

 

「...うん、報告は受け取ったよ」

 

その声音は穏やかだった。

 

「良い感じに新体制も軌道に乗って、オグリキャップとの棲み分けも成されてる...なるほど、順調みたいだね」

 

トランセンドが椅子の背にもたれながら、力なく笑う。

 

「...なんとかね」

 

ナカヤマフェスタも、肩の力を抜いたまま問う。

 

「...それで、結果は?」

 

スピードシンボリは書類を閉じ、二人を見た。

 

「まあこの調子なら、再来期以降の追加予算削減はしないよ。この状態を維持する」

 

一瞬の沈黙。

 

それから先に崩れたのはトランセンドだった。

 

「良かった〜....!」

 

張りつめていたものが一気に抜けたような声だった。

 

ナカヤマフェスタも深く息を吐く。

 

「はぁ...やってやったぞ...!」

 

本当に、ようやくという響きだった。

予算削減。

人員整理。

支部再編。

現場の混乱。

部下たちの涙。

去っていった者たち。

それらを全部抱えたうえで、なんとか組織を立て直し、追加削減だけは食い止めた。

 

その意味では、二人とも確かに勝ったのだ。

 

スピードシンボリは、そんな二人を見て小さく笑う。

 

「...ふふ、頑張ったね二人とも。見事な改革手腕だよ」

 

その一言で、二人の表情がぴくりと引きつった。

 

次の瞬間、ほぼ同時に声が飛ぶ。

 

「元はと言えばハナ協会が予算削減に踏み切ったせいじゃん!!!」

 

「元はと言えばハナ協会が予算削減に踏み切ったせいじゃねえか!!!」

 

声が揃った。

 

協会長室の静けさが、一瞬だけ吹き飛ぶ。

 

トランセンドが机に身を乗り出す。

 

「あれのせいで何人リストラすることになったか分かってる!?」

 

ナカヤマフェスタも珍しく感情を隠さない。

 

「そうだ!ウーフィもすごく苦労したんだからな!」

 

その怒りは本物だった。

単なる八つ当たりではない。

二人とも、自分の手で部下を切ったのだ。

その痛みは、たとえ今こうして危機を乗り越えても消えない。

 

だがスピードシンボリは、その怒気を正面から受けながらも表情を変えなかった。

 

「ふふ、分かってるよ」

 

穏やかにそう言ってから、少しだけ声の調子を変える。

 

「...でも、代替手段が現れたら予算一考は当たり前だろう?」

 

その一言は冷たい。

だが、都市では正しい。

 

トランセンドがすぐに言い返す。

 

「だからって、いきなり減らされた時の現場を考えないっておかしいでしょ!?」

 

ナカヤマフェスタも噛みつくように続けた。

 

「私らの苦労も知らないで...!」

 

スピードシンボリは、その言葉を最後まで聞いてから、静かに返す。

 

「...二人とも、ここは都市なんだよ」

 

室内の空気が少しだけ変わる。

 

「合理性を重視するのは当たり前だろう? それとも二人は、今まで合理性を無視してやってきたとでも?」

 

その問いは、反論を許さない種類のものだった。

 

二人とも答えない。

 

答えられないのだ。

自分たちもまた、普段は合理性の上に組織を築いてきた側だから。

 

トランセンドが唇を尖らせるようにして、わずかに顔を逸らす。

 

「...ふん」

 

ナカヤマフェスタも、舌打ち混じりに視線を落とした。

 

「...チッ」

 

スピードシンボリはそれを見て、小さく頷いた。

 

「...分かってもらえて何よりだよ」

 

そして、話題を自然に次へ移す。

 

「それと...シ協会が正式に出した灰色の怪物の暗殺相場...もう知ってるかな?」

 

トランセンドが短く答える。

 

「...知ってるよ」

 

ナカヤマフェスタも顔をしかめる。

 

「...三十兆八千億だろ?」

 

「そうだよ」

 

スピードシンボリはあっさり頷いた。

 

「ルドルフも中々良い値段設定するよね」

 

トランセンドが、呆れとも感心ともつかない顔をする。

 

「スピードシンボリ協会長の孫っていう血筋じゃない?」

 

ナカヤマフェスタは少し身を乗り出した。

 

「...ちなみに、あんたがもしシ協会長ならいくらにしたんだ?」

 

スピードシンボリは少しも迷わない。

 

「同じぐらいさ」

 

そう言ってから、少し考えるように目を細めた。

 

「...まあ、私は安定した暗殺が出来る相場を最低価格にするから...多めに見積もって四十二兆眼かな」

 

トランセンドが眉を上げる。

 

「...やっぱあのウマ娘、別格だね」

 

ナカヤマフェスタは力なく笑った。

 

「はぁ...私らの業務が致命的に相性が悪かったんだ...」

 

それは半ば敗北宣言のようでもあった。

 

スピードシンボリは否定しない。

 

「そうだね」

 

穏やかに、しかしはっきりと認める。

 

「何しろ情報にしろ契約仲介にしろ、価値の根本は信頼とコネだ」

 

指先で机を軽く叩く。

 

「他の協会のように、組織的制度、運営体制、管理体系などのように形があるものへの依存じゃなかったのが致命的だね」

 

トランセンドが顔を伏せる。

 

「こんなことならもっと早く考えておけば良かった...」

 

ナカヤマフェスタは、そこでやっと少しだけ顔を上げた。

 

「...まあ、今回の改革は流石にそう簡単に代替させねえぞ」

 

声は低いが、芯はあった。

 

「二度と予算は減らさせねえ」

 

スピードシンボリはそれを聞いて、楽しそうに微笑む。

 

「ふふ、まあ頑張りなさい」

 

その物言いに、トランセンドが最後にもう一度だけ不満げな顔をした。

 

「全く...じゃあ失礼するよ」

 

ナカヤマフェスタも立ち上がる。

 

「...いつか覚えとけよスピードシンボリ」

 

半分本気、半分は負け惜しみだった。

 

二人が協会長室を出ていく。

扉が閉まり、室内に再び静けさが戻った。

 

スピードシンボリはその静寂の中で、小さく笑う。

 

「...ふふ、新しい変化が起きるのは良いことさ」

 

視線は窓の外、都市の遠景に向いている。

 

「永遠なんてないんだからね」

 

その言葉には、冷たさと、どこか達観めいたものが混じっていた。

 

その時、再び扉がノックされた。

 

コンコン。

 

「失礼します」

 

ドリームジャーニーが入ってくる。

本部長らしい整った所作で一礼し、スピードシンボリの前に立った。

 

「ジャーニーか、どうしたんだい?」

 

「協会長、オグリさんの母親の二区への移住が完了したそうなので、報告に来ました」

 

スピードシンボリの目がわずかに細まる。

 

「おや、そうかい...随分手早く済んだんだね」

 

ドリームジャーニーは淡々と答える。

 

「ヂェーヴィチ協会が全面的にバックアップとして動いたそうなので、かなり短時間で終わったそうです」

 

「そうか」

 

スピードシンボリは静かに頷く。

 

「...アイネスフウジンも、そういうところは素早いね」

 

そこには少しだけ感心が混じっていた。

協会長としては甘いだけではない。

守ると決めた相手のためなら、実務も手続きも最短で通す。

それはヂェーヴィチらしくもあり、アイネスフウジンらしくもある。

 

ドリームジャーニーはそこで次の確認を入れた。

 

「はい。...それで協会長、これからオグリさんの仕事内容についてはどうしましょう?」

 

スピードシンボリは、少しだけ考えるように沈黙した。

 

オグリキャップ。

あの個人がどこまで広がり、どこまで都市に影響を与えるか。

それを今ここで縛るのは簡単だ。

だが、それでは見えなくなるものもある。

 

やがて彼女は答えた。

 

「彼女がどこまでできるか...干渉せず見守ることにしよう」

 

その判断は、放任ではない。

あくまで統括者として、観測対象を不用意に壊さないための保留だった。

 

「...ハナとして、特色フィクサーの動きは注視しないとね」

 

ドリームジャーニーは静かに頷く。

 

「分かりました」

 

報告はそれで終わりだった。

だが、部屋の空気にはまだ余韻が残っている。

 

二つの協会が削られ、改革し、なんとか生き延びた。

シ協会は怪物の値段を数字にした。

そしてヂェーヴィチ協会は、その怪物の母親を安全圏へ移した。

 

制度は動いている。

組織もまた動いている。

だが、そのすべての中心にいるオグリキャップ本人は、たぶん今日も変わらずおにぎりを食べているのだろう。

 

スピードシンボリは、そのことを思ってわずかに笑った。

 

個人は、個人のまま。

だが周囲の制度だけが、その存在に押されるように変わっていく。

 

その変化を見届けるのもまた、統括の仕事だった。

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